冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
(おまけ小話)桜祭りと雪の国・当日編1
桜祭りの開催日がやってきた。
急ごしらえの装飾品でフェルスノゥ王国の城下町は飾り付けられていて、従来の街並みには春らしいパステルカラーが目立つ。
布屋が端切れでパッチワークを施したタペストリー、ガラス工房が春色のガラスを街頭にドンと寄贈していたり、子どもたちが摘んできた野花の輪っかが飾られていたり。
よく見てみると各々のテーマがバラバラのものばかりで、金銭的価値も用途もバラバラなのだが、それでも数は用意されていた。
それだけ国民たちがこの桜祭りを楽しみにして、労力を惜しまなかったのだ。
時間がなかったなら愛情でカバーということ。
そしてその愛情こそが、フェルスノゥの王族にとっては何よりも嬉しいものであった。
街中にふと現れたミシェーラ姫と、クリストファー王子は晴れやかな笑顔をしていた。
国民たちはというと、ぎょっとしている。
手に持っていた飾りリボンであるとか、チラシの山をばさりと落としてしまって、あわてて拾った。
「パレードが始まる……のか?」
「それはあるって聞いてるけどよ、お二人は護衛もいなくて二人っきりだし、飾り物をつけた出し物もなーんにもねえぞ?」
「時間だってまだ早朝なのになあ。オラ、嫁っこと子どもを起こしてくるよ」
国民はばたばたと走り回る。
ミシェーラ姫とクリストファー王子は、まだまだ人気の少ない氷のアーケードに静かに佇んでいる。
(ちょうどいい人の少なさね。わたくしたちが目立つ祭りではございませんもの)
(ああ。フェルスノゥ王国民に忠誠心があるのはありがたいが、ただ冬を賛美する祭りで終わってほしくない。冬と春の調和という目的を達成することこそ、桜祭りの意義なのだから)
(初めてのお祭りだもの、みんなで作り上げて良いのです)
(わずかでも氷色の魔力を持つもの”全員”が、心置きなく参加し、フェルスノゥ王国民として認められるように──)
誰に認めてもらう?
春の民、夏の民、秋の民。
移住権を発行した政府はとっくに認めているけれど、人の心にはそれだけでは足りないのだ。
仲良くしなさいという命令ではなく、仲良くなりたいという思いやりが、きっと国民を輪にしてくれるだろうと信じて。
ミシェーラとクリスは手を繋いだ。
王族らしい優雅な一礼を披露する。
たまたま居合わせた国民たちは、ほうっと感動の息を吐いた。
しかし、あれ? と首をかしげる。
姫と王子が頭を上げてから片手で印を組むような仕草は、これまで見たことがなかったから。
二人は魔法を唱える。
「「アーケードにこもる冷気よ、我らの魔力と混ざり合い、雪となれ。雪は春風と混ざりあい、心のままに丸くなあれ」」
ちょっと子どもっぽい言い回しをした二人は、ちらりと視線を交わらせてクスッと笑った。
アーケードの屋根の下には小さなつむじ風がいくつも生まれて、冷気を雪玉(・・)に練り上げると、ぽすんぽすんと二段に重なった。
「──あっ雪だるま!?」
寝起きの目をこすりながらやってきた子どもが、歓声をあげた。
指差す先にはたくさんの雪だるまだ。
それも、魔法がかけられていて木の枝の手足を持ち、若葉の口にさくらんぼの赤い目をした、春らしくて珍しいデザイン。若葉がきゅっと曲がり、微笑みのようになる。
本来であれば、春に氷魔法はもう使えないので、雪だるまに遭遇するはずもなかった。
しかし「すでに在る物を似た形に変化させる魔法」をアーケードで使えば、氷魔法のように使うこともできる。
(冬姫様のアイデアの斬新なこと)
(プリンセスはいつも僕たちを驚かせてくれる)
魔力量の多いミシェーラと、器用に四季の魔法を使いこなすクリスが協力をしたら、アーケードを雪だるまで埋めることも可能だと、冬フェンリルの愛子は提案したのであった。
「ねえ姫様、雪だるまたちに触ってもいーい……?」
「よく聞けました。ええ、雪だるまたちも氷魔法の適性を持つみんなと触れ合いたいようだわ」
ミシェーラが許可を出すと、子どもたちがぱああっと笑顔になって雪だるまに突撃していく。
維持の魔法をあわてて重ねがけしたクリスは「ぐうっ」とお腹を押さえた。とっさに同調したため、突撃の衝撃を10人分ほどまとめて受けてしまったのだ。
しっかりしてくださいまし、とミシェーラがとんとんと背を叩く。ついでに癒しの魔法をかけてくれた。
クリスが姿勢を正す。
(僕よりも先にミシェーラに許可を取った、か。ああ、妹はずいぶんと国民に受け入れられている。……よかったな〜)
「お兄様?」
ミシェーラがクリスの顔を覗き込んでいた。
そんなに調子が悪いのかと。
むしろ調子が良くなったくらいだ、とは話がややこしくなるので言わないけれど。
(変わっていく。冬は雪解けを迎えて、しかし春の陽気にまた雪が混ざり。かと思えば桜が吹雪く)
くすくすとクリスが喉で笑う。
さすがにミシェーラが怪訝そうな表情になってきたので、咳払いをしてごまかした。
アーケードの柱の間を冷風がすずやかに通り抜けていって、ともに吹かれてきた淡いピンクの花びらがぺたぺたと雪だるまに張り付いた。
その冷風のなかに一瞬、桜色の尻尾を見たような気がした。
国民がそれに気を取られている隙に、ミシェーラたちは撤退する。
(どうか初めての桜祭りを楽しんで下さいな!)
(また昼に──)
ーーーー
本日、まんが王国様でコミカライズ更新です!
web小説は明日も更新いたしますね。
あわせてお楽しみいただけますように!
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