冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

84:ラストエピローグ【エル編】完結

【冬フェンリルエピローグ:14】
(エル視点)


 ”世界会議が終了いたしました。
 迅速にフェルスノゥ王国に帰ります。
 各国からいただいた、たくさんのお土産物を持って。
 王族たちはすっかりとフェンリル様・エル様に魅せられたようですわ。
 さすがです。みなさまの協力のおかげで、滞りなく理想的に会議が進みました。
 冬の恵みへの感謝を、そして近々、本当の春がやってくるでしょう。”



 ミシェーラからのメッセージを、妖精王たちの魔法で見た。
 白薔薇のツルが円になっていて、そこに薄氷が張っているの。
 文字が浮かび上がって、夢のように消えていった。


「よかったぁ〜……! ミシェーラ大成功みたいだね。冬姫が認められたこと、緑の国の反省、助かるねぇ」
「ああ。世界的にこの認識が共有された。エルの身が安全になって、喜ばしい」

 何かあってももちろん私が守るが、とか耳元で囁くの、ズルイですフェンリル。
 ぶるっと震えると、笑った声がやっぱり獣の耳に響いてそわそわしちゃった。

「ミシェーラとグレアが帰ってきたら、桜祭りだな」
「準備万端だもんねー! 桜はまだしばらく咲いているから船の到着まで持つでしょう。屋台はつくったし、雪解け水の甘露酒もある。クリスがすごくはりきってるよ」
「楽しみだな」
「本当だね!」

 立ち上がって、春風をめいっぱい受ける。
 数日前よりもいっそうあたたかい。

 本当の春って、どんな感じなんだろう……?
 そう聞いたら、フェンリルは遠くを見るような視線になった。

「春龍の魔力が風ににじむんだ。桃の甘い香りのあと、いっせいに花が咲く。あたり一帯が生命で満ちる」
「それはすごい大事だね……!」
「ああ。今年こそ」

 フェンリルは大地の蕾を撫でてから、空を見上げて、祈るような仕草をした。
 なんとなくそれを真似すると、桜色の髪をなびかせたフェンリルがこちらを見下ろして微笑んでくれる。

「春龍に幸いあれ、と。そう思ったんだよ」
「そうだね……。……私、気が利いたこと言えるわけじゃないけど、想像がつかないくらい色々大変なんだなって思うけど、でもね、心を込めて祈るくらいしたいな」
「ああ、それでいい。話し合いはミシェーラが成し遂げた。そして冬の魔獣のフェンリルが二人掛かりで祈ったんだから、世界に幸運がやってくるキッカケくらいできるだろう」
「その考え方、好き」

 そうだといいなぁ。
 私とフェンリルは手を恋人つなぎみたいにして、じんわりと魔力を込めていく。
 白銀のきらめきが、さああっと波紋のように草原を駆け抜けていった。

 フェンリルの魔法は、冬に加護範囲を豊かにする。

 春になにかをできるわけじゃないけれど、祈りの気持ちが、届いてくれたらいいなって。
 できれば、数日前に重大な決断をしたらしい春姫様のところまで──


「あっ」

 甘い匂い。
 驚いてフェンリルを見ると、鼻をヒクヒク動かしている。

「桃の香りだ。ふむ、かすかだが春龍の魔力に違いない。春が力を取り戻しかけている」
「そ、それって、春姫様……?」
「ああ。変化を与えたのだろう。春を呼んだにしてはまだ淡い、これから時間をかけてしっかりと季節が整っていくはずだ。普通、成りたての春姫などはそうなんだ。すぐに完璧な冬を呼べたエルが特別なんだよ」
「そっかぁ……フェンリルが丁寧に教えてくれたからだよ」


 私たちはそうっと寄り添った。

 草原の真ん中、桜の木々が立ち並び、春の陽だまりがあるところ。
 ポカポカあたたかくて、心地いい。

「こういう幸せをね、守っていきたいよね」
「末長く」
「一緒に」
「次の冬の結婚式が楽しみだ」

 フェンリルはとろけるように笑うの。
 っあーーーずるいずるい……ほんとずるい……視線が彼の美貌に固定されるので、私はぼうっと見つめることしかできない。
 そのうちに頬が触れあう。

 ぽわっとほてった頬も桜色。


 春がやってきて、夏になり、秋が落ちつけば、冬がくるだろう。
 とても楽しみだね。
 未来がかがやくよう。

 白銀の耳と尻尾を揺らして、山の頂に登っていって、氷の祭壇の最上部で、フェンリルたちが声を揃えて吼えた。

<<四季の安寧と、良い未来を……!>>





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