冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
82:ラストエピローグ【ミシェーラ編】
【冬フェンリルエピローグ:12】
(緑の姫視点)
緑玉のよう、春姫様。
そう呼ばれて喜んでいたのは、幼い頃だけよ。
やがて、春龍の生贄になるための娘なのだと理解した。
たくさん持て囃された美貌も、磨いた緑の魔法だって、ケダモノになるためなんかじゃないわ。
わたしのためだもの。
褒めて欲しかっただけだもの。
仲良しだった緑の妖精すらも、いつしか憎むようになっていた。
わたしのこと生贄だと思って育てているんでしょう、って、それならわたしもあなたたちを物として扱うんだから、って、酷使した。
ボロボロの妖精を見て良心が痛んだって、わたしはもっと辛いんだから、って。
みんなが困った顔をしていたって、わたしは、もっと!!
そんな中、お兄様はいつまでもわたしを「綺麗な女の子」として見てくれた。
それから雪国の王子クリストファー様も、欲深くない瞳でわたしを見てくれたわ。
涼やかな青色の爪の手で、わたしをエスコートしてくれたとき、包みこむように優しかったから恋をした。
お兄様に政治利用された。
王子様はわたしを妹のように見ていた。
そしてもう、何も信じられなくなって、心も体も、籠の中──。
…………。
…………。
ギィ、と籠の扉が開く。
誰なのかしら、と気だるく顔を上げると、白金の髪が現れた。
冬の雲の切れ間からそそいだ光みたいな白金と、雪色の肌のなかで、氷の瞳があまりに力強くかがやいている。
「嫌よ」
きらいよ。
そう顔をそむけてしまうのは、当たり前だと思うの。
ミシェーラ。自分の代わりに異世界人がケダモノになってくれた幸運な姫君なんて、見ているだけで胸がムカムカするわ。
「腹を割って話し合いましょうか」
その冬の光はなんと、わたくしの籠の中に入り込んできた。
向かい側のソファに腰掛けているだけなのに、なんて重圧なのかしら!?
決して広くない空間の中で、どうしたって彼女を意識させられてしまう。
「……なんなのッ!」
叫んで睨むと、あちらは暗闇の中の日だまりのような存在感だった。
……いや違うわ、夜に現れたシロクマよ。
なんて獰猛な顔をしているのよ。
「ケ、ケダモノ」
「あら話が早くて助かりますわ。わたくしフェルスノゥ王国の代表として、二つの正解を持ってまいりましたの」
そういって、華奢な指が二本立てられた。
「議題は春龍の復活なのですけど。……ところで、生贄だとか代替わりだとか、辛いですわよね。だってわたくしたちの努力は、いずれ四季魔獣になるためと決められているし、大切な家族との記憶も無くしてしまうし、一度ミシェーラ姫として生まれたのは一体なんのためだったのかしら?って、泣いてしまいますわ」
「……あなたが泣く?」
信じられないというか。
この姫君がそんなふうに悲しんでいる様子をイメージできない。彼女は強すぎる。
どうせ懐柔目的なのでしょう、って思うのに、どうしてわたしの目からは涙が溢れてきて止まらないの。
じんわりと視界が滲む。
「ええ、幼少期はよく泣いて過ごしておりました。わたくしが一番無くしたくないものは、家族との思い出でしたわ。あなたは?」
「……わたしはこの美貌を無くしたくないわぁ」
「一番?」
「……だってこれだけは、みんなが純粋に褒めてくれたもの」
魔法の力をどれだけ磨いたって、みんな、わたしを通して春龍しか見ていなかった。
美貌だけは、わたし自身を見られている証拠だもの。
差し出されたハンカチを受け取ってしまったのは、なぜかしら。
白金の光と氷の瞳が柔らかかったせいかしら。
「美貌を保つことができますよ」
「……はあ? なんですって?」
「美貌だけ、です。記憶は捨てることになりますが。さああなた、どういたしますか?」
二本の指をタクトのように振って、彼女は待っています。
詳しく聞くと、名前を捧げると春龍を回復させることができる……ですって。
身も心も春龍になるか?
美貌の人型を残して名前を捧げるか?
──未来がふたつの道に分かれているなんて、信じられないような心地だった。
「わたしは」
返事をすると、彼女はやわらかくわたしを抱きしめて「よく頑張りましたね、メイシャオ・リー」と、姫と名称をつけない名前をただ呼んでくれた。
(緑の姫視点)
緑玉のよう、春姫様。
そう呼ばれて喜んでいたのは、幼い頃だけよ。
やがて、春龍の生贄になるための娘なのだと理解した。
たくさん持て囃された美貌も、磨いた緑の魔法だって、ケダモノになるためなんかじゃないわ。
わたしのためだもの。
褒めて欲しかっただけだもの。
仲良しだった緑の妖精すらも、いつしか憎むようになっていた。
わたしのこと生贄だと思って育てているんでしょう、って、それならわたしもあなたたちを物として扱うんだから、って、酷使した。
ボロボロの妖精を見て良心が痛んだって、わたしはもっと辛いんだから、って。
みんなが困った顔をしていたって、わたしは、もっと!!
そんな中、お兄様はいつまでもわたしを「綺麗な女の子」として見てくれた。
それから雪国の王子クリストファー様も、欲深くない瞳でわたしを見てくれたわ。
涼やかな青色の爪の手で、わたしをエスコートしてくれたとき、包みこむように優しかったから恋をした。
お兄様に政治利用された。
王子様はわたしを妹のように見ていた。
そしてもう、何も信じられなくなって、心も体も、籠の中──。
…………。
…………。
ギィ、と籠の扉が開く。
誰なのかしら、と気だるく顔を上げると、白金の髪が現れた。
冬の雲の切れ間からそそいだ光みたいな白金と、雪色の肌のなかで、氷の瞳があまりに力強くかがやいている。
「嫌よ」
きらいよ。
そう顔をそむけてしまうのは、当たり前だと思うの。
ミシェーラ。自分の代わりに異世界人がケダモノになってくれた幸運な姫君なんて、見ているだけで胸がムカムカするわ。
「腹を割って話し合いましょうか」
その冬の光はなんと、わたくしの籠の中に入り込んできた。
向かい側のソファに腰掛けているだけなのに、なんて重圧なのかしら!?
決して広くない空間の中で、どうしたって彼女を意識させられてしまう。
「……なんなのッ!」
叫んで睨むと、あちらは暗闇の中の日だまりのような存在感だった。
……いや違うわ、夜に現れたシロクマよ。
なんて獰猛な顔をしているのよ。
「ケ、ケダモノ」
「あら話が早くて助かりますわ。わたくしフェルスノゥ王国の代表として、二つの正解を持ってまいりましたの」
そういって、華奢な指が二本立てられた。
「議題は春龍の復活なのですけど。……ところで、生贄だとか代替わりだとか、辛いですわよね。だってわたくしたちの努力は、いずれ四季魔獣になるためと決められているし、大切な家族との記憶も無くしてしまうし、一度ミシェーラ姫として生まれたのは一体なんのためだったのかしら?って、泣いてしまいますわ」
「……あなたが泣く?」
信じられないというか。
この姫君がそんなふうに悲しんでいる様子をイメージできない。彼女は強すぎる。
どうせ懐柔目的なのでしょう、って思うのに、どうしてわたしの目からは涙が溢れてきて止まらないの。
じんわりと視界が滲む。
「ええ、幼少期はよく泣いて過ごしておりました。わたくしが一番無くしたくないものは、家族との思い出でしたわ。あなたは?」
「……わたしはこの美貌を無くしたくないわぁ」
「一番?」
「……だってこれだけは、みんなが純粋に褒めてくれたもの」
魔法の力をどれだけ磨いたって、みんな、わたしを通して春龍しか見ていなかった。
美貌だけは、わたし自身を見られている証拠だもの。
差し出されたハンカチを受け取ってしまったのは、なぜかしら。
白金の光と氷の瞳が柔らかかったせいかしら。
「美貌を保つことができますよ」
「……はあ? なんですって?」
「美貌だけ、です。記憶は捨てることになりますが。さああなた、どういたしますか?」
二本の指をタクトのように振って、彼女は待っています。
詳しく聞くと、名前を捧げると春龍を回復させることができる……ですって。
身も心も春龍になるか?
美貌の人型を残して名前を捧げるか?
──未来がふたつの道に分かれているなんて、信じられないような心地だった。
「わたしは」
返事をすると、彼女はやわらかくわたしを抱きしめて「よく頑張りましたね、メイシャオ・リー」と、姫と名称をつけない名前をただ呼んでくれた。
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