冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

69:春の毛並み

 氷の観客席を静かに下降させる。
 住民の皆さんを地面に降ろした。

 素晴らしかったです!!  貴重な体験をありがとうございます!!  との歓声に、手を振って応える。

 降った手の動きに合わせてスノーマンが踊ってくれてる。まるで指揮してるみたいだな。

 試しに氷のタクトを創り上げて、一振りすると、地上ではスノーマンがくるくる回って、空では雪妖精と、オーブ・ティトが舞い踊った。
 豪華すぎない!?

 なんだか笑ってしまった。
 私の周囲で、青い雪の結晶のような魔力がパチパチ弾ける。
 ──フェンリルみたい。二人の魔力が混ざっているんだ。

 小さな王族に氷のタクトをおねだりされたから、貸してあげた。
 とくに魔法はかけていないから、安全だもんね。

 オーブとティトは私の指揮でなければ踊らないみたい。

「さすがです、冬姫様だからこそ妖精王たちも力を貸してくれるのですね!」
 ……ってキラキラした目で見つめられてる。

 いい子すぎる。
 物事を前向きに捉えて発言する、フェルスノゥ王族としての資質なんだろうなぁ。

「山の様子を見に行きたい。いいだろうか?」
「承知致しました、フェンリル様。街の出口までお見送りをしても?」
「ああ、問題ない」

 フェンリルが王様たちと話し合っている。

 ……問題ない?  言いかたを不思議に思ったけど、ああ、そっかぁ。
 信者のみんなはできるだけフェンリルと一緒にいたいんだよね。だから、付き添いたいと。

 分かる!!
 その気持ちすごく分かるよ!!

「エル?」

 ……でもね、フェンリルの隣は、私に譲ってもらってもいいですか?

 私は子どもたちから離れて、王様たちに囲まれていたフェンリルの方へ。
 服の袖をつんと引っ張った。

「そうか、おいで」

 腕を大きく広げたフェンリルが、私を抱きとめる。
 というか、抱きしめにくる。回避不可能。迫りくるフェンリル。包まれた。ぬわああああ……!?

「エルは大仕事を終えて、きっと疲れたのだろう。フェンリルの毛並みにくるまって眠るのがとても好きな娘だから……」
「あ、ああ!  そうなのですね……!?」

 フェンリルの言葉半分くらいしか信じてないでしょ王様、顔真っ赤でニコニコしてるからね!?

 私の顔も真っ赤だよ!  そりゃそうでしょ……好きだ……超好きだわ……!

 俯いて、そっとため息。
 それすらも恋の熱を含んでいて、熱い。

 フェンリルの長い髪を、私の吐息が揺らす。

「……んっ!?  フェンリル、髪の毛先が……ええっ、どんどん短くなっていってるよ!?  溶けてくみたいに……!」
「ああ、そうだな。春だから」
「そんな当然みたいにー!  けっこうとんでもないことだよ!?」

 ほら街の信者の皆さんは魂抜けかけてるじゃーん!!
 説明!!  早くー!

「フェンリルの髪、すごく好きなのに……残念すぎるよ……!」

 信者の声代表エル、言いましたよ。
 信者たちから送られる高速頷きのエーーーール!!

 だよね!!!!

「これは、冬毛と夏毛の違いなんだよ。だからまた、冬が訪れたら髪は伸びる。冬は長く、夏は短く、春と秋は半ばほど……といった感じだろうか。人型の時の変化は」

 確かに、フェンリルの髪が溶けるのはもう止まっていて、肩くらいの位置で柔らかな白銀髪が軽やかに風になびいている。

 かっ……こいいか……ッ!!!!

「これはこれで大好きです……!」
「ありがとう」

 渾身の力を振り絞って告白すると、フェンリルはとても柔らかく微笑んだ。最高か。好きだ。

 後ろでバタバタと人が倒れる音がした。

 慌てて靴のかかとを鳴らして、簡易魔法陣を出現させて、雲のような淡雪を地面に敷き詰める。

 そろそろ雪が溶けてきてるから、倒れるときは背後に気をつけようね!?
 ぶっ倒れて硬い床で頭を打つと、危ないから。ね!

「ね、グレア!  もうー……さあ立って」
「俺は地面に頭をこすりつけてフェンリル様への尊敬と崇拝を表したいのですエル様止めないで下さい!!」
「フェンリル補佐官なら、直視できるようになろうね!!  もったいないよ?  機会損失だよ?」

 私の言葉にハッとした様子で、グレアが音速で立ち上がって、真面目な顔でフェンリルに一礼した。

(…………っっ素晴らしい……!)
(分かる。あとで語ろう。絶対ね。約束しよう)
(した)

 私も信仰心がもーー内側から溢れ出さんばかりだからね!!  夜通しフェンリル愛を語れるよ!

 無言でグレアとアイコンタクトを取りぷるぷる震えていると、フェンリルが私の髪をひと房、手に取った。
 じいっと眺めている。

「エルの髪は……少しだけ、短くなったか?」
「あ、本当だ。元々フェンリルほど長くなかったから、変化が少ないのかもしれないね」

 さらさらと髪を撫でる指が心地よくて、目を細める。

「んんっ……!」

 フェンリルが咳払いをして口を押さえた。

「どうしたの!?  もしかして私の魔力が馴染まなくて体調を崩した……!?」
「い、いや……そんなことはない」

 今度はフェンリルの後ろにいた人たちが、バタバタと倒れていっている。
 ちょっとー!?

「ん?  そんなことが、あるかもしれないな……」
「フェンリル?」

 うっとりと目を細めたフェンリルの顔が近づいた。
 驚いて硬直していると、口付けられる。

「だから魔力は馴染ませておいたほうがいい。ありがとう」
「……どういたしまして……ッ」

 ダテ魔狼!!!!

<これはよい!>
<これはめでたい!>

 私たち二人を虹がくるりと包む。
 オーブとティトの仕業みたいだ。もー。

 きらびやかな祝福をまとって、私たちは名残を惜しまれながら、フェルスノゥ王国の街を後にした。


 さあ、春になった山へ向かおう。
 魔物や動物たちはどうしているのかなぁ。

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