冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

65:三人の乙女

 朝になって、うーんと伸びをして起きる。
 またぽふっとフェンリルのお腹に仰向けに倒れこんだ。

「気持ちいい……好きだよー」
<よく眠れたようでよかった。おはよう、エル>

 その言葉を聞くと元気になれる。
 今日もあなたと一緒の証、だね?  ふふふ。
 白銀の毛並みをかきわけて体を動かして、フェンリルの頬に頭を寄せてすぐそばで返事をする。

「おはよう」
<せっかくならそのまま口付けてくれたらいいのに>
「獣型の大きな口、ずらりと歯が覗いていて、ここにキキキキスするのはハードルが高すぎる……!」

 そう言い訳すると、フェンリルが人型に戻った。
 ちゅーーっと長めに口付けられて、唖然としている私を、また獣型になって包んだ。

 日課。日課。日課。

 この獣、本当に日課こなす気だ……っ!
 昨日のことを思い出してクラクラする。

<まだ、まどろんでいたいだろうと思ってな。グレアたちが起きるまでお休み>

 脚の力が抜けきってしまった私は、フェンリルの毛並みに倒れこんだ。

 ぼんやりと空を眺めて、そういえば昨日の映像や写真が残ったスマホが日本に帰ったんだっけ……と……ふと思い至……お父さんたちが見そうじゃん……っ!?
 あのタブレットならやらかしそうじゃん!?
 両手で顔を覆った。


 隣のかまくらから、声が聞こえてくる。
 獣耳が敏感に小声を拾う。

「お兄様、おはようございます」
「ああ、おはようミシェーラ」
「……ふふ。こうして一緒に寝るなんて幼い時以来ですわね」
「そうだな。……もう機会なんて二度とないと思っていた」
「わたくしは後継の獣になり、お兄様は国王になる予定でしたものね……」
「こんな朝を迎えられて良かったと思ってるよ。今、気持ちがとても晴れやかだから」
「まあ。クリス姫ったら。ふふ」
「……そうだ、まだ着替えてなかったんだ……!  うわっ」

 どさっと何かが落ちた音。
 きっとクリス姫が振り落とされたのかなぁ。

<起きたなら立ち上がって朝の支度をして下さい。全く、寝相がいいところしか褒めるところがありませんでしたね>
「何を言われてるか分かりませんグレア様……でも、起きろってことですね」

 素直にクリス姫が立ち上がってお辞儀するところを、私はフェンリルの足の方からそっと頭を出して見ている。

 グレア結局褒めてるんじゃん。
 それ文句じゃないじゃん?
 きっとクリスたちに聞こえないと思ってデレてるんだな?

 フェンリルと私の体が笑いをこらえて揺れる。うぷぷっ……!

 かまくらから出てきたクリスとミシェーラは、私たちに弾けるような笑顔を見せてくれた。

「「「おはよう!」」」

 みんなで挨拶して、着替えてたら、さあ一緒にレヴィの元に向かおうか!

 氷のソリに雲の乙女を乗せた。

 説明を聞いて驚愕するクリスたちに苦笑いを返して、名残を惜しみながら、爽やかな風が吹き抜ける雪原を走っていった。
 目に白銀の世界を焼き付ける。


 ☆



 ぽかぽかと温泉の蒸気をたちのぼらせたレヴィが、両手を広げて私たちを出迎えてくれる。
 心配そうに眉根が寄せられていたけど、顔をあわせたらぱあっと笑顔になった。

<冬姫様!  おかえりなさいませ>
「ただいまレヴィ〜!」

 このメイドさんめいた挨拶を聞くこともなくなるのかぁ。
 秋までとはいえ、やっぱりさみしい……。

 レヴィをぎゅーっと強めに抱きしめる。
 感激したレヴィの温度が上がったからか、フェンリルが人型になり羽織っていた上着を私にかけてくれた。
 服装は、彼がフェンリルの後継となった時の晴れ着なんだって。

 しばらく温度を分け合う。

<私はー?  ねぇねぇー>
<……!  ミムレット?>

 レヴィはやっと雲の乙女に反応した。
 今まで雲の乙女はすぐに帰っちゃっていたから個々の名前は記録されていなかったんだけど、レヴィは知ってたんだね。

 私たちが怪物と戦った結末、雲の乙女が降りてきた理由を話す。
 冬が終わることも。

<そんな……>

 レヴィはしょんぼりと眉尻を下げて、すがるように私の手を取る。

 どう、言葉をかけたらいいんだろう……。
 雲の乙女が降りてきたら、湯の乙女と空に登るしか帰る方法がないの。
 その間には、空から雲がなくなってしまうから。日照り続きになる。
 この世界の環境が乱れてしまうんだ。

 レヴィは私以上にそのことを理解しているはず。

 雲ひとつない空を三人で見上げた。

<……空にいきますわ。寂しくなりますね>
<私がいるよー?>

 雲の乙女が無邪気にレヴィと私と手をつないでみせた。

<秋までレヴィをどうかよろしくね。ミムレットちゃん>
<うんー。冬姫様、冬の間はレヴィをよろしくねー>

 レヴィがくすくす笑った。
 彼女の感情に反応して、スイレンの花がいっそうきれいに開花する。
 さっきまで8分咲きだった花は、満開に。

<わあ!  これきれいだねー。冬姫様が言ってたレヴィの温度を整えるしくみー?>
<そうですわ>

 レヴィは愛おしそうに花を撫でた。
 丁寧な扱いに、私はとっても嬉しくなる。

<フェンリル様>

 レヴィがお辞儀すると、察したフェンリルが近寄ってきて私の隣に並ぶ。

<冬の間、お世話になりました。……今のままでは空に登るための温度が足りません。本来ならばまだ冬なのですもの。他の湯の乙女たちもいつもとは調子が違うはずです。お湯を更にあたためる方法が必要ですわ>
<それは……どうしたらいいだろうか?  心当たりがありそうだが>

 心配しながらレヴィとの会話を聞いていたけど、確かに、レヴィは頼もしく微笑んでいる。

<お祭りの時に、入浴剤をお土産に下さったでしょう?  あれを湯の乙女に配って下さいまし>
「……そっか!  あれを溶かすと温度が上がったんだったね」
<そうですわ冬姫様>
<問題が解決しそうでよかった>

 人型になったフェンリルが私の手を引いて、レヴィから少し離した。

「分かった、ではそれを調達しよう。ちょうど王国にいく予定もあるからな。そして雪妖精たちに入浴剤を運んでもらおうか」
<よろしくお願いいたします。……フェンリル様、わたくしに冬姫様をもう少し貸してくださいませ。独り占めはずるいですわ!>
「……そう熱くならないでくれ。エルの服が溶けてきているだろう」

 あ。しまった。だからフェンリルは私を少し離したんだね。

「水着に着替えたからもう大丈夫だよ」

 後ろでクリスが倒れた。

「クリスーーーー!?  あっ、ミシェーラの蹴りがえぐい。トドメ!?  優しくしてあげて!?」
「エル様の素肌を見てしまうなんてお兄様にはちょっと贅沢が過ぎると思いまして」
「これ、水着だから……!……だけど、もしかしてフェンリルも脚を出してるの嫌だ?」
「嫉妬は、するかもしれない……。王子時代の記憶を少し取り戻してから、人間らしい感覚が少しずつ戻ってきているのだ」

 フェンリルが平穏を装いつつも困ったように獣耳を伏せた。
 私はこの様子にすこぶる弱い……ッ!

 元のドレスに着替えた。

「これなら?」
「可愛らしいな」

 はい。フェンリルだけいる時にしますね、水着になるのは。

 じゃあクリスも目覚めたことだし、王国に向かおう!

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