冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

59:最終決戦!

 雪原を走りながら氷の鎧を纏う。

 ピキピキと足元から氷に包まれて、私はアイスプレートアーマーを纏った。
 顔も全部包み込んでしまう。

 グレアにも、走るのに邪魔にならない程度の鎧を纏ってもらう。
 あの恐ろしい怪物に対抗するんだから。できるだけ怪我はさせたくない。

「グレア、走るのに問題は無さそうだね?」
<このくらいならまだまだ余裕です>
「わかった。じゃあもうちょっと覆うよ」

 グレアの頭にも氷の甲冑を。

「紫のたてがみがよく映えて素敵だね」
<……誠にありがとうございます>

 フンと鼻を鳴らしたグレアは照れているのか、耳をピクリと揺らした。
 うん、どういたしまして。

「ミシェーラたちには……」
<あの異世界の怪物が何を標的にしているか明確ではありませんから、防御のため、氷の鎧で覆うのは正解だと思います。クリスは見た目を囮にするつもりでいますから、そのままで良いのではないでしょうか>
「まずミシェーラだね」

 私が彼女の方を見ると「聞こえていますわ」と力強い頷き。
 少し薄めの氷の鎧をミシェーラには纏ってもらった。

 彼女が乗るヘラジカはフェルスノゥ王国の紋章がついた軽鎧を纏っているから今のままで大丈夫そう。動きが阻害される方が問題と思った。

「クリス!  氷馬をもっと大きくしても?」
「大丈夫です!」

 確認をして二倍の大きさにする。
 彼の足も地面から遠く離れてしまった。
 もしも落ちてしまったら……怪我は必須だ。

 そうならないように私たちが守って怪物を仕留める!

「わたくしとエル様の二人が、姫君を守る騎士となるのですね?」

 ミシェーラのジョークがご丁寧にも魔法で私とクリスの耳に運ばれてきて、みんなでプッと吹き出してしまった。


 私はスマホを見る。
 怪物の居場所が──近い。


 あちらから近づいてくる様子は無い。
 少し近くに雪の小山を作って、私たちは体を隠しながら足を止めた。
 騎乗したまま、顔を近づける。

「プリンセス。スマホという機械があの怪物と連動しているならば、それを……お借りできませんか。囮としてより長い間、確実に、あの怪物を引きつけておくためです」

 ……クリスの申し出に動揺する私がいた。
 スマホが私の手元からなくなるのは、初めてのことだ。
 父と母を想い、唇を噛みしめる。

 でもすぐに決断しなくてはいけない。

「あら?  そのスマホとやらを、怪物は狙っているのですか?  エル様を狙っているのかも……と思っていましたけれど」

 ミシェーラの声に、スマホを渡しかけていた私とクリスが動揺する。
 そういえばその問題も不確実なんだよね……。

 ミシェーラの問いはなんだかしっとりと私の中に残った。

「エル様を狙っていると思ったからこそ、お兄様は、フェンリル後継者のように女装してこの場にいるのではありませんか?  でしたら、渡すものはスマホではなくて、エル様の魔力が馴染んだものであるべきです。より彼女らしく見せる事が大切だと思いますけれど」

 ……より私らしく見せるなら、スマホも持ってたほうがいいとは思うんだけど……?

 そう考えながら、ミシェーラの慈愛の微笑みを見つめ返して、分かった。
 私、彼女に気遣われているんだ。

 クリスの方を見ると、眉をハの字にして困った微笑みを浮かべながらも、ミシェーラと同じく温かみがある目でこちらを眺めてくれている。

 クリスはおそらく、私が抱えてきた異世界との問題を背負おうとしてくれてるんじゃないかな。
 ……そんな気がする、っていうか、確信した。

 じわっと目頭が熱くなる。

 二人とも、優しいなぁ。

 私は……

「せっかくクリス姫になってくれたし、ミシェーラの意見を参考にしたいと思います」

 そうジョークまじりに二人に告げて、いったん氷の鎧を解除した。

 首の後ろの留め具を溶かして、涙の真珠のネックレスを外すと、クリスの首に装着する。
 グレアが氷馬に寄り添ってくれて、クリスは私に向かって深く頭を下げた。
 涙の真珠が、彼の首で揺れる。

 私はクリスの頭を抱え込むようにぎゅっと抱きしめた。

 距離がゼロになる。
 ぐりぐりと首筋に頭を擦り付ける。

「プリンセスぅぅうあああーーー!?」
「静かに!」

 ミシェーラの言葉が鋭い。瞬時にクリスが口をつぐむ。素晴らしい調教。

「……私の魔力がついていたほうがいいらしいですから。……ね!」

 そう言ってまた、ぐりぐりぐりぐり。
 クリスの首元が真っ赤になってきた。しまった頭でこすり過ぎたかな。……っていうか、まあ、彼も照れるよね分かってますよ……うん……。

 くんくんと匂いを嗅ぐと、ネックレスを渡したこともあり、クリス本人の香りに私たちフェンリル種族らしい爽やかな冬の香りが混ざっている。
 ……よし!!

「……ありがとうございます、クリス。色々と、私のことを気にかけてくれて。感謝しています」

 首元に頭を預けたまま、言葉を選んで、本心を真剣に伝えた。
 か、顔が上げられないのはごめん。
 なんかめっちゃピコピコ主張してる獣耳で察して下さい……!

 深呼吸。

「生きようね」

 顔を上げてしっかり告げた。

 彼の肩が跳ねる。

「……もちろんです。そしてこちらこそ大変ありがとうございます……!  プリンセスに雪山と王国を救われたご恩、一生忘れません。同じ場所を守る調査員として・・・・・・、これからもよろしくお願いいたします。戦闘、とても頑張れそうです!」
「……えへ。よろしくお願いします。調査員さん」

 赤い顔をつき合わせて、にっと不敵に笑い合った。

 足でつんつんとグレアのお腹をつついて、クリスの氷馬から離れてもらった。

「とっても綺麗だよ、赤いチーク!」

 からかって照れをごまかして、私はすぐさま氷の鎧を纏い直して、赤い顔を隠した。
 同じく真っ赤になっているクリスは顔を隠しようがないので、指先で頬をかいてへにゃりと笑った。

 そして彼が前を向いてキッと顔を引き締める。
 ──先頭に立った。

 ミシェーラがその横顔を見て、それは満足そうに口角を上げて頷いた。
 彼女も心持ち、頬が赤くなっている。
 え、えーと、みんなおそろいだね?


 陣形を整えて、再出陣!
 もう休憩はできないよ。


 森の木々の間から、槍のように鋭く氷馬が飛び出す!

 スカートがひらめき、なびいた白銀の髪が圧倒的に注目を集めた。

 ”ギギギギギギギギギ”

 怪物がクリスを捉える。
 ゆっくりとした……というより鈍い動きに、きしむ音。

 スマホを持つ私がクリスのすぐ後ろにいる。
 標準が一致したと、あちらが考えますように。

 怪物がクリスを赤い光で照らした。
 ロックオン、したみたい!

 ……それにしても、あの怪物の姿はなに!?

 ゴテゴテと、私としては見慣れた生活用品がその体に張り付いている。新たな異世界の落し物を取り込んだようだ。
 でもあれから妖精の泉に入ることはできていないから、攻撃力が増した印象はない。
 というか動きづらそう。

 ど真ん中にくっついた私のアパート内のドアとか、その最もたるものだと思う。
 とりあえず集めました、みたいな?

 ”……標的は何?””目的はなんだろう?”先ほどのミシェーラの言葉が頭にこだまする。


 怪物が奇妙な音を出しながら体を動かした。
 機械であるゆえにこの雪山の寒さで関節が冷え切って、動作が遅いらしい。

 これはいい傾向!
 半日休戦している間に、こちらに有利になった。
 あちらには回復の手段がなかったんだ。

 機械の関節を滑らかに動かすには、熱することと油をさすことが重要なはず。
 だとすれば、あちらの体が温まらないうちに仕留めよう。

 クリスが向かっていく。

 地面が蠢くような感覚……やっぱりね。

「大地よ、凍れ」

 氷の手綱を強く引いて、グレアの前足を上げさせると、ダァァン!!  と地面に打ち付けてもらった。
 グレアの氷の鎧越しに私の魔力を流す。
 巨大な魔法陣が雪の上に現れた。

 その範囲が驚くべき早さで凍りつく。

 氷馬とヘラジカを乗りこなして高くジャンプしていたクリスとミシェーラは無事だった。
 獣が力強く、氷の上に四肢を打ち降ろす。

 氷から少しだけ頭をのぞかせている黒い物体を見つける。
 機械の脚の先端だ。
 ……やっぱりね!

 タブレット端末の人工知能を持つ怪物は頭がいいから、ただ見晴らしがいい広場で襲われるのを待っているはずがないと思ったの。

 体を半分以上固定されてしまった怪物は、大きく動くことができない。
 上体のみ動かして、蜘蛛のような長く鋭い脚で、クリスを捕らえようとする。

 見事に氷馬を操って、クリスは攻撃を避けた。
 怪物はクリス本人というよりは、まず移動のための氷馬を狙っているようだね。

氷の槍アイスジャベリン!」

 ミシェーラが怪物を氷の槍で突き刺す。
 怪物は体を半回転させて、タブレットの液晶が昨日以上に壊されることは防いだ。
 でも、あの液晶には一瞬電気の光が見えたから、かなり弱っているみたい……

 いける!

 クリスがさらにぐいっと近づく。
 怪物は彼を注視した。

 私は、怪物の後ろに回るべくグレアと方向転換。

 怪物が、クリスを無視してこちらに目を向けた。
 …………えっ!?

 ぞわりと背中に嫌な汗が流れた。

「こっちだと言っている!……ですわ!」

 クリスの必死のお嬢様喋り、でも声がさすがに野太いよ!?

 ……っとそれは置いといて、私は大急ぎで心を落ち着かせて、体に魔力をめぐらせ始めた。
 右手にオヴェロン、左手にティターニアの繋がりを感じる……!

 ここで怪物がキィーーキィーーキィィ!! と奇妙な音を立て始めた。
 タブレット端末のバッテリーにあたる部分が膨張している!?
 ちょ、爆発するんじゃないの!?

 熱風が周囲に漂い始める。
 これ……取り込んだドライヤーと、雪妖精の効果を併用しているんじゃないかな!?

 パチパチビリビリと電気が周囲に走って、怪物を留まらせていた氷が割れ始める。
 網のような独特の形の脚が、わさわさと氷の下から現れた。

 まっずい!!
 ……不安がぶわっと膨れ上がる。

「あああああああ!」

 クリスが大きな声で威嚇をしながらまっすぐに怪物に向かい、怪物の注意は一瞬だけそちらに向けられた。
 クリスが持つ雷剣は怪物の発する電気を吸収し、胴体に間違いなくダメージを与えた。

 そして反動を受けて吹っ飛び、さらにドライヤーの熱風で氷馬が溶かされる。

「クリス姫!!」

 ミシェーラがさっそうとヘラジカを走らせて、落ちていったクリスを危なげなく回収。
 そのまま少し距離を取る。

<エル様、いけますか……!?>

 グレアがステップで怪物の攻撃をかいくぐり続けているけど、いつ捕まってもおかしくない。
 私は必死にイメージを続けている。


「──氷魔法<アイスメイデン>極大!」


 丸い氷の円が幾十も現れて、怪物を包み込んで、ぎゅうっと締め上げる。
 枷の氷からは棘が伸び、ザクザクと怪物に刺さった。

 あちらが熱風で氷を溶かすか、私が先に全て凍らせてしまうか、真剣勝負!!

 体から瞬く間に魔力が流れていく。
 怪物も奇妙な音を響かせながら、どんどんと温度を上げているから、余裕はないはずだ。

氷槍アイスジャベリン!」

 私がさらに魔法を重ねて、空気中に氷の槍を作る。
 刺す!!

 怪物が体を捻ったことで、攻撃は、部屋の扉に激突した。

 もう、いち、ど……ッ、えっ!?

 壊れた扉の向こうには、約三年間私が暮らしていた、アパートの室内が覗いている。

 家具がなくなり随分とこざっぱりしているけれど、間違いがない。

 なん……で?  帰る方法、なの?  ……今……ッ?

 頭の中がパニック状態になる。
 ……ッ!!
 しまった!  魔力が暴走して……ッ!

<エル様!?>

 心臓にドッと負担がかかり、喉がつまる。
 私の目尻から涙が真珠となってこぼれ落ち、あのアパートの扉に吸い込まれていって、床にあたるとカツンと硬質な音がした。
 〜〜〜〜〜〜〜ッッ……!

 まるで私を呼ぶように、あの扉は風を内側に呼び込み、吸引を始めた。
 雪や氷がぐんぐんと吸い込まれていき、おかしな吹雪状態だ。

 バランスを崩して前に倒れこみかけて、グレアの首にしがみつく。
 温かい。

 ……ここで……生きてる……。
 クリスとミシェーラも……私と、フェンリルも。この、雪山にいるの……っ!

 放り出して逃げたり、しない。
 だってここにいるって何度も、何度も、何度も約束した。……フェンリルと。

「っ────!」

 獣のような叫びをあげる。
 グレアの背中から飛び降りて、氷の甲冑を解除、怪物に向かっていく。

 一人きりになってしまって、今までポジティブぶって押さえつけていた、不安や後悔や悲しみや辛い感情が溢れ出してきた。
 ビキビキと私の周囲が凍り始める。

 止めない。
 これでいいの。

 精霊王たちの魔力も込められているんだから、この氷は特別なものだ。
 きっと怪物の熱気でもなかなか溶かすことができない。

 それを活かす。


 私は──冬姫エルだもの。守ってみせるの。


 自分の脚を集中的に凍らせて、地面に固定。
 そのまま感情を爆発させた。
 ただ、無心になるだけでよかった。

 機械の不快音が止まる。
 同じ氷の中で。
 あちらは氷漬けになったみたいだ。良かった。

 私は冬姫だから、まだ生きていられる、思考を続けられる。

 嫌なことを考え続ける。
 どれだけでも溢れてくる。だって私、ひねくれ者だもん。
 会社のこと、見栄を張って両親に嘘をついたこと、たくさん失敗したこと、……。

 ……楽しいことを考えてはダメ。そうしたら氷が溶けてしまいかねないからね。

 ……でも、怖いな、寂しいなぁ。

 ……それが今、怪物を止める力になってるんだけどね。


 あのタブレット端末も、寂しいのかな。
 ふと考える。

 手の中に収めたスマホは振動し続けていて、タブレットからの信号を受け取っているようだ。
 近くにいる端末と同期している時の反応。

 一人きりは寂しいから運命の相手を求めて叫んでるのかな、なーんて。
 ……。

 顔が氷に覆われる前に、そっと息を吐くと、白く染まった。

 その向こう側に、輝くような白銀の獣を見た。


<──エルッ!>






コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品