冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

57:怪物戦闘

 怪物の気配をフェンリルが察知して、彼を頼りに雪山を移動していると、目前に氷の結晶のような魔法が出現した。

<<冬姫様〜>>

 泣きべそをかくようなオーブとティトの声。尋常ではない、よね……!?

「ど、どうしたのー!」

 声を張り上げながら魔方陣に向かっていく。
 耳をすませて、オーブたちの声をしっかり聞き分けた。

<我らだけでは手に負えぬのじゃ。あのすばしっこい奴め、氷魔法の隙間を縫って走るなどと小賢しい!>
<それに、妖精の泉に出現した小さな個体が、外にあった異世界の落し物を吸収して複合体となった>
<やたらと頭が良く、罠を仕掛けたところは通りかからない>
<ウィンウィンと耳をつんざくような不快音を出しおって、先ほどから頭が痛いぞ>
<<助力に来てはくれぬか!?>>

 二人がそこまで言うって事は……相当、切羽詰まってるんだと思う。
 これまで頼んだ仕事はきっちりこなしてくれていて、すぐ弱音を吐いて放り出すような性格ではないと信用しているから。

 私たちは緊張で白くなった顔見合わせた。
 フェンリルが瞳を閉じて瞑想する

<向かう予定だった場所の近くに、スノーマンと、黒ねこやなぎが変化した黒ユキヒョウがいる。あやつたちにあちらは任せようか>
「わかった!」

 私が元・緑の妖精に連絡を取る。
 氷を緑の葉で縁取ったような魔方陣を、小さく実現させた。
 ……あちらの魔力を感じる。繋がった。

「あなたたち。機械の怪物を止めていてくれないかな?  どうかよろしくお願いします」

 祈るような気持ちで頼み込む。

<承知シタ。小生タチがソレに向かウ>
「ありがとう……!  周りの黒ユキヒョウたちとも連携をとって、絶対に逃さないようにして」
<あいわかった。コノ命に代えてモ、成し遂げヨウ>

 そ、そこまで?
 これは元の緑の妖精の性質なんだろうか……私が注意をする前に、通信はあちらから切られてしまった。
 困ったようにフェンリルを見ると、苦笑される。

<あの緑の妖精たちは隠密に長け、戦闘経験もある。善戦してくれると思う。今は雪妖精になったのだから、攻撃されても私が復活させられる。命は奪われない>
「よかった」

 フェンリルが、目の前に伸びていた氷の道をバリンと爪の一撃で砕く。

 そして、たんっと足踏みして新たな道を作り上げた。

<一番大きな妖精の泉から出てきた怪物が、最も危険だと考えられる。他の機械を取り込む能力、高い知能か……あの泉には、エルの髪が溶け込んでいるから強力な変化をしていると思われる……>
「あああ……!?  そうだね……っ」

 申し訳ない、と思うと耳が伏せた。

<そう嘆くな、エル。善意の施しが、思いもよらない結果を招くことはある>

 フェンリルの落ち着いた声が、私の心に深く染み渡っていく。

<大切なのは問題を最善に収束させることだ。これまで、人々は何度もそれを繰り返してきて、この雪山での生き方を学習した。動物たちは自然災害から逃げる技能を身につけた。
 今回の事態も、乗り越えよう。エルがこの地に馴染むために>
「……私は……失敗から、学びたい。反省して、次に活かしたいよ」

 みんな、次を待っていてくれるから。

 フェンリルは<失敗とは思っていないさ。エルの施しで、弱っていた雪妖精たちが回復しただろう。良いことをしたのだ。悪用した奴がいただけさ>と微笑んでくれた。

<この件が落ち着けば、またオマエのベッドになろう。朝までずっと一緒だ。ゆっくりとお休み。エルを守るよ>
「うん。フェンリル、大好き!」

 滲みかけた涙は、瞳の奥に引っ込んだ。
 クリアな視界で、美しい獣に見惚れた。
 なんだかたまらなくなって、左手の中指に光る指輪に、すり、と頬ずりした。

 背後から「すんっ」と音が聞こえたので振り返ると、王子様が乙女のように両手で顔を覆っ鼻をすすっている。

「すみません、感動が鼻から出てきてしまって」
「は、鼻からはレアですね。普通は目から涙とかなのに……」

 大して面白くもない返しをしてしまった……。
 王子様は手を離すと笑顔を見せて「幸せになって下さいね」と言ってくれた。

 みんなで、新たな道の先を眺める。

 飲み込まれてしまいそうな暗闇。
 足元をすくわれないように気をつけて、しっかりと道に足をつけて、フェンリル、ユニコーン、氷馬の三体が一丸となり、進撃を開始した。


 ☆


 道の先におかしな光が見えている。自然のものではないと分かる強烈な発光。
 ジージィィィ!  とやかましい機械音を耳が鋭く拾う。

「これは……灯りというよりも……っ」
<雷魔法……?>

 私の言葉を遮って、グレアが唖然とつぶやいた内容がおそらく正解。

 あれは、スタンガンなど、恐ろしい攻撃用の電力じゃないかな。
 そんな気がする……。
 獣の本能がガンガン警報を鳴らしている。

 雪妖精がひとり、雷に打たれて雪の上に倒れた。
 他の雪妖精の攻撃を遮りながら怪物は近づき、倒れた雪妖精の上を滑るように走って、回収した……ように見えた。

 必死で目を凝らして、私たちは戦闘を観察する。

 怪物を中心にいきなり雪嵐が起こり、小さな竜巻のように上空に登った。
 安全地帯から針のようなものを飛ばし、ティトをかばったオーブを貫いた。

<オヴェロンー!?>

 ティトの悲鳴が、痛々しい。

 フェンリルが一声吠えて、追撃を加えようとした怪物とオーブの間につららの柱を生やして防御した。
 オーブがこちらに気付いてほっと息を吐き、雪原に降り立った怪物はざざっと後ずさる。

 警戒の様子からも、知能の高さがうかがえた。

 私たちは氷の壁で防御をしながら、硬質なつららの後ろに滑り込む。

 体躯が大きいフェンリルは流れるように人型になった。
 ……万が一私が狙われた場合、怪物の意識を逸らしやすいように、かな……。

「これまでよく耐えていてくれたな、妖精王よ」
<やあやあ、現フェンリルよ。我々でも荷が重かったぞ。この怪物、小さいが、内に秘めた力はなんと強い>

 フェンリルが、オーブの腕に突き刺さっていた針を抜き、傷口を氷で冷やし固めた。
 雪妖精にとってはこれが回復になるらしいの。

「ティトぉ……!」
<冬姫様。心配をかけたのぅ>

 私は、ティトを霜(しも)で覆った。
 それが溶けると、土気色だった顔は雪妖精らしい白さになっている。ホッ……。

「一人で、妖精の泉の入り口を守ってくれていたんだね」
<あの怪物を二度と泉に入らせぬ!  憩いの場を荒らされたこと、冬姫様の好意を利用してのけたこと、誠に腹立たしいのじゃ!>

 ぷりぷり怒るティトは、むん!  と口をひん曲げている。
 私の気持ちも考えてくれたことが嬉しかった。
 きちんと怪物再対策をして、また妖精の泉を回復させるからね。

「怪物は何を狙っていますか?」
<考察も含めて語ると長くなる。念話で送るぞ>

 わお、そういうこともできるんだ?
 私相手にだけは可能らしい。

『異世界の落し物が下から現れて、泉の中に出現した。
 ぷかぷか浮かんでいた機械に気付いて、雪妖精たちが大慌てで岸に出すと、変化を始めて拘束を振り切って逃げた。
 泉の外に出て、他の異世界の落し物を取り込んで、また泉に戻ろうとした。力を増強しようと企んだようだ。
 雪妖精たちがガードしたところ、攻撃と取り込みを始めた。
 オーブとティトが参戦し、怪物をこの場に押さえていた』

 頭の中に響いた声は驚くべき内容を伝えてきた。
 頭が痛いな……。

「落し物二つの特徴を教えて」

 それを知れたら、少しは対策できるかもしれない。

<そうじゃな。泉に落ちていたのは長細い棒のようなもの>

 ……それと雷の組みあわせだったら、私の部屋にあった痴漢撃退グッズのプチスタンガンが強化された可能性がある……!  まずい。

<取り込んだのは、四角くて平べったくて真っ黒の、表面がツルツルした感じのアイテムじゃった>

 私は大急ぎでいろいろなものを思い浮かべる。

<それを吸収してからやたらとテクニカルな動きをするようになった>

 ティトの補足。
 ……頭が良くなった……もしかして、人工知能が入ったタブレット端末?

 ゾっとした。
 その答えを肯定するかのように、私のスマホがブルっと振動して、通知を主張する。

 大急ぎでスマホを眺めてみると……<同期対象が検出されました>の表示が画面にはっきりと浮かび上がっていた。


 ──このスマホと怪物がつながっている。
 ──どこに隠れていてもおそらく私は見つけられる。
 ──スマホを手放せば、二度と両親と話をすることができないだろう。
 ──どうする?


 頭の中が真っ白になった。
 怪物はもちろんそんな私の葛藤なんて待ってくれない。

 フェンリルの氷のガードがバチバチィ!  と電撃の物理打撃で無理やりこじあけられて、機械らしい硬質な部品が覗いた。
 警棒の先に爪がついたような形状。

「かなりの強度で作ったはずだがな」

 フェンリルが鋭く息を吐き、ぴくぴくと耳を動かす。

「!  氷魔法グングニル」

 巨大な三つ又槍を瞬時に形成すると、地面にガッ!  と突き刺した。

「その氷を切り裂いた部分はオトリか。ずいぶん悪知恵が働くものだ」

 フェンリルが、暗躍する怪物本体に気付いていなかったら……と思うと怖くてたまらない。

 タブレットの液晶部分が槍に貫かれて、割れている。
 これで終結、だと良いんだけど……。

 フェンリルが「永久氷結」の印を組もうとした。
 その時、タブレットが振動する。

 タブレットを中心に、超音波のような耳障りな音が響き渡った。
 雪原を駆け抜けて、雪山にどこまでも伸びやかに広がる。
 ……雪山にこの振動が……?  ッ!!

「雪崩に気をつけて!!」
「なんだと?」

 私の声にみんなが反応してくれたけど、驚くべき早さで雪崩は私たちを襲ってきた。

 一度目の揺れで、この「真冬の昼の夢」スポット近くには雪がこんもりと積もっていたのだ。

「エルッ!」

 恐怖で動けずにいた私を、フェンリルが包むように抱きしめた。
 重い雪の直撃は、まるでトラックに跳ねられたかのようなダメージを与える。
 この大事な局面で、私はなんと意識を手放してしまったのだ。


 ☆


「……ん……」

 身体がぽかぽかと温かくて、まどろみそうになり、どうして?  と考えながら意識を浮上させた。
 なにか、体を締め付けられているような圧迫感。

「……フェンリル……?」

 目を開けて、ぽかんとした。
 私と彼の白銀の髪が、絡まり混ざっている。近すぎる距離。抱きしめられているんだ。
 なんとか顔を動かして、とろりとしたオレンジのお湯を確認した。

「レヴィ?」
<そうよ。冬姫様。冷たく凍えていたから、死んでしまったかと心配したんだから>

 顔にポタポタとお湯がひとしずくずつ溢れてきた。
 レヴィの涙だろうな、って想像するのは簡単だった。

「──怪物は……!?」

 あの夜を思い出して、声を上げる。
 気配があったとおり、グレアが答えてくれた。

「順に説明いたしましょう。
 エル様とフェンリル様は雪崩に巻き込まれて、意識を失いました。運が悪いことに、倒木が当たってもいたんですよね。
 怪物はグングニルから抜け出し、お二人を掘り出そうとしていました。
 オヴェロン様とクリスが怪物を全力攻撃して、あちらも傷を負っていたため、逃亡しました。
 俺たちはエル様とフェンリル様の回復を第一に考えて、戻ってまいりました」

 疲れた声。私たちを庇いながら、走ってくれたのだろう。

「ありがとう。ごめんね……」
「とんでもない、当たり前のことをしたまでです。他の怪物は討伐した、と元・緑の妖精から連絡がありましたから、それは安心して下さい」

 ホッと肩の力を抜く。
 私が動いたから、フェンリルの腕が力なくずれた。

「……ねぇ、フェンリルは……」
「意識を取り戻しません。ダメージが甚大でしたから」

 心音を聞いていたから最悪の事態ではなかったものの、私は人型の彼にしがみついて、わんわん泣いた。

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