冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
50:緑の妖精の事情
雪原を駆け巡って緑の妖精を捕らえて周る。
すでに冬の寒さで弱っていたため、ただ回収するだけでよかった。
どうしてこんなにも急激に現れたのか、というと、緑の妖精は擬態が得意で、もともと潜んでいたとのこと。
それがグレアの能力でやっと姿を現したんだって。
すでに従順な雪妖精に変化させた緑の子に色々と話を聞いてみると、緑の妖精は隠密・擬態・毒が得意な、忍者みたいな存在のよう。
「ねぇグレア。緑の妖精を発見できたなんて、ユニコーンって凄いんだねぇ」
<それに私はフェンリル様の補佐官でありますし>
「そうだね。いつもありがとう」
<その期待には応えてみせますから>
照れたグレアはふいっと顔を背けた。
だいたいの緑の妖精は回収できたみたい。
向かう大木の幹に、ひとまわり大きな緑の妖精を見つけた。
「あっ。逃げる!?」
他の妖精と違って、まだ動けるみたい。
<そうはいくか>
フェンリルが氷の息吹を吐くと、氷柱が乱立して緑の妖精が捕らえられた。
<うぐっ、ぐう……!>
<まずは作り替えてしまおう>
パキパキと緑妖精が氷に完全に包まれて、雪妖精に変わる。
顔色が良くて、他の元・緑妖精よりも元気がありそうだな。
<オマエが緑妖精のリーダーか?  知っている事情を、全て語れ>
<……御意。小生(しょうせい)ハ、翠玉姫様ノ指示デ、この雪山ヲ訪れタ>
<翠玉姫……?>
ミシェーラ以外のお姫様の名前を聞くのは初めてで、びっくりした。
フェンリルとグレアはその名前を聞くと、顔を顰めている。
何か、知っているみたい。
最後まで黙って聞くつもりだったんだけど、私が不安そうにしていたからか、グレアが説明してくれた。
<緑の王国の姫君の名前です。ミシェーラ姫と同じく、次期聖獣様の寄り代となる予定の女性ですね。大嫌いです>
「そうなの!?  き、嫌いかぁ。……他の国にも、癒しを呼ぶフェンリルみたいな存在がいるってこと?」
<ええ。緑の国にいるのは春を司る春龍様です>
この世界には四季を司る聖獣がいるらしい。
春夏秋冬、それぞれの加護を与える聖獣がいる国は、土地が肥沃であり他国から一目置かれているのだとか。
それにしてはフェルスノゥ王国は小国だけれど、冬の寒さがあまりに厳しいため、他国からの移住者が少ないんだって。
3年間は加護なしにこの冬の寒さに耐えなければいけないわけだしね。
「ちょっと待ってよ。その春のお姫様が、どうしてこの雪山に悪さをしてくるの……」
<国家侵略デス>
私の疑問には緑の妖精が答えた。
その内容にゾクッと震える。
フェルスノゥ王国の親切な人たちとしか会っていないから、私には危機感がなかったんだ。また、痛感した。
<緑ノ王国ハ、モウ長イこと、春龍様ガ姿ヲ現シテいない。小生たち妖精モ、春龍様ノ声ヲ聞かなくナリ、随分経ツ。森ノ奥深くデ、そっとお休みにナッテいるハズ……>
「…………」
<土地ハ痩せテ、植物にも人にも元気がナイ。国力ガ落ちテいる。そのため、他国ノ勢力ヲ削ごうとシタ>
<愚かな……>
フェンリルが低くぐるるっと喉を鳴らした。
「……そんなのって、納得できるわけないよ!  八つ当たりじゃない!?」
<小生ハ、ただ情報ヲ話すダケ>
フェンリルが私の側に来て尻尾で頬を撫でてくれた。
しまった、雪原の表面が凍りついてきている……!
私の、怒りの感情のせいだ。
落ち着いて、落ち着いて…………
うん、大丈夫。
ほうっとあたたかな息を吐いて氷を溶かした。
<エル。この妖精の情報をまずは全部聞き出そう。>
「……っ分かった。話の腰を折ってごめんね」
<いや、私たちの代わりに怒ってくれて、ありがとう。救われた気分だよ>
歳をとるとつい合理的に怒りを堪えてしまうが、そういうのは本来精神的に良くないものだからな、とフェンリルは本心を語って、苦笑した。
<作戦ヲ考えタのは王太子。それヲ翠玉姫様が、決行シタ。
王太子ハ、他国への侵略ヲ成功させテ、国王の座ヲ確実に得ようとしてイル。双子ノ弟に、王座ヲ取られテなるものか、と>
<…………続きを>
<翠玉姫様ハ、毒ニまみれた森デ龍にナンテなりたくなかったカラ、他国ヲ弱らせるコトに賛成シタ。
他の聖獣ガいなくなり、他国モ弱体化すれば、龍ノ生贄ニならなくてもよくなる……そのようニ調整スルカラ、と王太子ハ誘った>
「……っ」
すごく、胸がズキズキムカムカしてる。
憤りとか、悲しさとか、いろんな感情がないまぜになって……なんと言葉にしたらいいのか、私は分からなくなって口を引き結んだ。
王太子に関しては、自国の権力争いに巻き込むなとブチギレたい。本当に。
グレアの<生涯絶え間ない腹痛に苦しめ>って声に同意するわ、まじで。
翠玉姫については、事情がとても難しいと思った……。
「獣になること」について、ミシェーラがどれだけ苦しんでいたか、目の前で見ていたから……依り代に選ばれる姫たちの悩みは、似ているね。
だからといって緑の妖精をけしかけてきた翠玉姫を許していいわけではないし、依り代の道から目を逸らさなかったミシェーラとは、雲泥の差だけどね。
「そんな、世界の皆で苦しむなんてことになって……誰が救われるっていうの?」
ぽつりぽつりと言葉をこぼす。
ああ、しんどくて涙が滲んできた……泣いとこう。
涙の真珠が雪の中に落ちていって、芽吹いた花はこの大好きな雪山を癒すから。
「まず、国力を落とすって、土地を痩せさせて雪国の人たちを飢えさせることだよね。そのためにフェンリルも狙われた。他の国の住民だからってそんなことしていいわけがない。
自分の国だってそうだよ。春龍様……を見放したら、土地がますます痩せて、まず困るのは国民のはずだよね?  そしてじわじわと王族にも影響がある。その土地に住む以上、無関係でいられるわけがないんだから。そんな統治はダメだよ。
翠玉姫は依り代になりたくなかったなら、春龍様を癒す他の方法を、国が一丸となって考えるべきなんじゃない?
それなのに……王太子の独断と翠玉姫の一存?
もう、はあぁ……」
<首謀者の王太子とやら、聞けば聞くほど反吐が出ますね。腹痛では生ぬるいか。嘔吐下痢も追加しましょう>
グレアが吐き捨てた。
年中胃腸風邪みたいなものかー、すんごく辛そう、でも報いだから本当に引き受けてほしいくらいだ。
私は紫のたてがみに顔を埋めた。やるせない。
荒ぶりそうな負の感情を必死に抑える。
フェンリルの悲しげなため息を、獣耳が拾った。
<その、フェンリルを弱らせるための作戦とはどんなものだ?>
<御意。フェンリル様ガ体調ヲ崩しタと王太子ガ耳にシタ、三年前。それから緑ノ王国ノ諜報部隊ヲ、フェルスノゥの街に潜入させた。そして一年前……代替わりの情報ヲ掴んだ。翠玉姫ガこの国ヲ訪れて、小生たち緑の妖精ガ、雪山にそっと放たれた>
<……一年前、か。気付くことができなかった、自分が不甲斐ない>
<その頃、フェンリル様は本当に体調を崩されていましたから仕方ないですよ!?>
グレアが絶叫する。
<ああ。しかし反省はさせてくれ。私は雪山を守るフェンリルなのだから>
<ぐううっ>
ギリギリとグレアが歯を噛み締めている。
そうだね、私たちより、フェンリル本人が悔しいんだよね。
ああああ緑の王太子ごらああああッ堪えろッ私ッ……!
<代替わりがスムーズに行われなければ、フェンリル様はただ一人で死ヲ迎え、冬ヲ司ルフェルスノゥ王国は滅びるであろう。そのため、小生たちガ、転移魔法陣に仕掛けヲ施した。毒を混ぜた>
<なるほどな。緑の妖精は隠密と毒の扱いに長ける……毒は、緑の森のものか?>
<いかにも。氷の魔法陣と馴染むよう、冬スノードロップの毒モ調合シタ。三年前の冬、諜報部隊が採取シタ物>
<そして魔法陣に影響を与えた結果、おかしな変化が起こりエルがやってきたというわけだな>
名前を呼ばれた私はハッと顔上げる。
私とたてがみの間に挟まれていた元・緑の妖精がぷはあっと顔を上げた。
あっ、ごめん潰してた。
<エルがやってきたのは、そのような理由だったらしい。巻き込んで、すまなかったな>
「……私は……!  みんなに会えて、よかったよ」
<もちろん、私もエルと会えて嬉しく思うよ>
本当にありがとう、とフェンリルが目を潤ませて言ってくれて、尻尾で私をふんわり包んだ。
白銀の毛並みに頬を寄せて、私は涙を尻尾に吸わせた。
<異世界からエルがやってきたことで、思いがけずフェンリルは回復し、緑の国の陰謀がことごとく失敗したのか>
<作戦ハ失敗に終わッタ。そのことヲ小生たちハ只今確認し、情報ヲ、王太子の元へ持ち帰ろうとしていた所>
<翠玉姫のところではなく?>
<翠玉姫カラ、王太子へ伝えよと指示されてイル。雪国ノ情報、翠玉姫ハ興味がナイ>
<これだけかき乱しておいて、よく無反応などと……>
フェンリルは怒りを通り越してもはや呆れているような声。
全くだよ。
翠玉姫は、王宮の高みから下々を眺めるばかりで、全てゲーム感覚……なんじゃないかな。
土地に足をつけて人々が懸命に歩き、緑の木々の間でたくさんの動物たちが生活して、虫がはばたく風景を知らないのでは。
王族だからこそ、それを知らなくちゃいけないはずなのに。
国の人々を気遣って、雪山の動植物に触れて、目を輝かせるフェルスノゥ王国のクリストファー王子とは大違いだ。
なんなの、緑の国!!
<エル様。感情を抑えられてえらいですね>
「うーー!」
グレアが素直に褒めるほど私は頑張っている。
うん、もっと褒めて。
感情の波を抑えるの、すんごく疲れるんだ。この世界に来てから、感情を豊かに表現できるようになったからだと思う。
日本では、死んだ魚の目で無感情でクレーム対応してたし……今ばかりは、ブラック企業を思い出してネガティブに心が沈むのことすら利用したい。
ただただ、大好きな雪山は癒したいの。
ーーほんの一瞬、地面がわずかに揺れた。
<っ……!  この揺れと、緑の王国の関係は!?>
<存じ上げナイ>
<そうか>
フェンリルが短く返して、瞳を閉じて瞑想。雪山の気配を探っているみたい。
<…………問題ない。小さな揺れだったから雪崩も起きていない、少し異世界の落し物が増えたくらいだ>
「原因、何だろうね」
<エルが不安に思っていると、悲しくなるな。笑顔が似合うのだから>
フェンリルが鼻先で私のへにょんとした獣耳を押し上げようとしてくれる。
でも体格差があり、鼻先では上手くいかないんだよね。
獣の鼻のぬるんっとした湿った感触。出会った頃を思い出して、くすぐったくなって笑えた。
<ああ、よかった>
「ありがとうフェンリル。元気出た」
ここで、フェルスノゥ王国に送った魔物フクロウが戻ってくる。
周辺国に揺れの調査を依頼してくれるんだって。
緑の妖精が捕まっている関係で、緑の国とは一番早く連絡がとれそうとのこと。
うん、ミシェーラに任せておいたらきっと安心だね。
王子様が正式に王位を譲ったって追加連絡には、とても驚いた。
そして雪山に向かっているのでどうかよろしくお願いします、って伝言には、ミシェーラたちの深い家族愛を感じた。
やっぱり、フェルスノゥ王族の人柄はとても好きだなぁ。
目頭が熱くなる。
揺れ問題は解決していないけれど、緑の妖精たちは捕まったし、王国の被害はないと分かって、やっと一息つけそう。
魔法陣の他にも細々と仕掛けられていたけど、そちらは私たちがフォローできそうだ。
王子様を待つため、いつも通りに寝床の近くに戻ることにした。
すでに冬の寒さで弱っていたため、ただ回収するだけでよかった。
どうしてこんなにも急激に現れたのか、というと、緑の妖精は擬態が得意で、もともと潜んでいたとのこと。
それがグレアの能力でやっと姿を現したんだって。
すでに従順な雪妖精に変化させた緑の子に色々と話を聞いてみると、緑の妖精は隠密・擬態・毒が得意な、忍者みたいな存在のよう。
「ねぇグレア。緑の妖精を発見できたなんて、ユニコーンって凄いんだねぇ」
<それに私はフェンリル様の補佐官でありますし>
「そうだね。いつもありがとう」
<その期待には応えてみせますから>
照れたグレアはふいっと顔を背けた。
だいたいの緑の妖精は回収できたみたい。
向かう大木の幹に、ひとまわり大きな緑の妖精を見つけた。
「あっ。逃げる!?」
他の妖精と違って、まだ動けるみたい。
<そうはいくか>
フェンリルが氷の息吹を吐くと、氷柱が乱立して緑の妖精が捕らえられた。
<うぐっ、ぐう……!>
<まずは作り替えてしまおう>
パキパキと緑妖精が氷に完全に包まれて、雪妖精に変わる。
顔色が良くて、他の元・緑妖精よりも元気がありそうだな。
<オマエが緑妖精のリーダーか?  知っている事情を、全て語れ>
<……御意。小生(しょうせい)ハ、翠玉姫様ノ指示デ、この雪山ヲ訪れタ>
<翠玉姫……?>
ミシェーラ以外のお姫様の名前を聞くのは初めてで、びっくりした。
フェンリルとグレアはその名前を聞くと、顔を顰めている。
何か、知っているみたい。
最後まで黙って聞くつもりだったんだけど、私が不安そうにしていたからか、グレアが説明してくれた。
<緑の王国の姫君の名前です。ミシェーラ姫と同じく、次期聖獣様の寄り代となる予定の女性ですね。大嫌いです>
「そうなの!?  き、嫌いかぁ。……他の国にも、癒しを呼ぶフェンリルみたいな存在がいるってこと?」
<ええ。緑の国にいるのは春を司る春龍様です>
この世界には四季を司る聖獣がいるらしい。
春夏秋冬、それぞれの加護を与える聖獣がいる国は、土地が肥沃であり他国から一目置かれているのだとか。
それにしてはフェルスノゥ王国は小国だけれど、冬の寒さがあまりに厳しいため、他国からの移住者が少ないんだって。
3年間は加護なしにこの冬の寒さに耐えなければいけないわけだしね。
「ちょっと待ってよ。その春のお姫様が、どうしてこの雪山に悪さをしてくるの……」
<国家侵略デス>
私の疑問には緑の妖精が答えた。
その内容にゾクッと震える。
フェルスノゥ王国の親切な人たちとしか会っていないから、私には危機感がなかったんだ。また、痛感した。
<緑ノ王国ハ、モウ長イこと、春龍様ガ姿ヲ現シテいない。小生たち妖精モ、春龍様ノ声ヲ聞かなくナリ、随分経ツ。森ノ奥深くデ、そっとお休みにナッテいるハズ……>
「…………」
<土地ハ痩せテ、植物にも人にも元気がナイ。国力ガ落ちテいる。そのため、他国ノ勢力ヲ削ごうとシタ>
<愚かな……>
フェンリルが低くぐるるっと喉を鳴らした。
「……そんなのって、納得できるわけないよ!  八つ当たりじゃない!?」
<小生ハ、ただ情報ヲ話すダケ>
フェンリルが私の側に来て尻尾で頬を撫でてくれた。
しまった、雪原の表面が凍りついてきている……!
私の、怒りの感情のせいだ。
落ち着いて、落ち着いて…………
うん、大丈夫。
ほうっとあたたかな息を吐いて氷を溶かした。
<エル。この妖精の情報をまずは全部聞き出そう。>
「……っ分かった。話の腰を折ってごめんね」
<いや、私たちの代わりに怒ってくれて、ありがとう。救われた気分だよ>
歳をとるとつい合理的に怒りを堪えてしまうが、そういうのは本来精神的に良くないものだからな、とフェンリルは本心を語って、苦笑した。
<作戦ヲ考えタのは王太子。それヲ翠玉姫様が、決行シタ。
王太子ハ、他国への侵略ヲ成功させテ、国王の座ヲ確実に得ようとしてイル。双子ノ弟に、王座ヲ取られテなるものか、と>
<…………続きを>
<翠玉姫様ハ、毒ニまみれた森デ龍にナンテなりたくなかったカラ、他国ヲ弱らせるコトに賛成シタ。
他の聖獣ガいなくなり、他国モ弱体化すれば、龍ノ生贄ニならなくてもよくなる……そのようニ調整スルカラ、と王太子ハ誘った>
「……っ」
すごく、胸がズキズキムカムカしてる。
憤りとか、悲しさとか、いろんな感情がないまぜになって……なんと言葉にしたらいいのか、私は分からなくなって口を引き結んだ。
王太子に関しては、自国の権力争いに巻き込むなとブチギレたい。本当に。
グレアの<生涯絶え間ない腹痛に苦しめ>って声に同意するわ、まじで。
翠玉姫については、事情がとても難しいと思った……。
「獣になること」について、ミシェーラがどれだけ苦しんでいたか、目の前で見ていたから……依り代に選ばれる姫たちの悩みは、似ているね。
だからといって緑の妖精をけしかけてきた翠玉姫を許していいわけではないし、依り代の道から目を逸らさなかったミシェーラとは、雲泥の差だけどね。
「そんな、世界の皆で苦しむなんてことになって……誰が救われるっていうの?」
ぽつりぽつりと言葉をこぼす。
ああ、しんどくて涙が滲んできた……泣いとこう。
涙の真珠が雪の中に落ちていって、芽吹いた花はこの大好きな雪山を癒すから。
「まず、国力を落とすって、土地を痩せさせて雪国の人たちを飢えさせることだよね。そのためにフェンリルも狙われた。他の国の住民だからってそんなことしていいわけがない。
自分の国だってそうだよ。春龍様……を見放したら、土地がますます痩せて、まず困るのは国民のはずだよね?  そしてじわじわと王族にも影響がある。その土地に住む以上、無関係でいられるわけがないんだから。そんな統治はダメだよ。
翠玉姫は依り代になりたくなかったなら、春龍様を癒す他の方法を、国が一丸となって考えるべきなんじゃない?
それなのに……王太子の独断と翠玉姫の一存?
もう、はあぁ……」
<首謀者の王太子とやら、聞けば聞くほど反吐が出ますね。腹痛では生ぬるいか。嘔吐下痢も追加しましょう>
グレアが吐き捨てた。
年中胃腸風邪みたいなものかー、すんごく辛そう、でも報いだから本当に引き受けてほしいくらいだ。
私は紫のたてがみに顔を埋めた。やるせない。
荒ぶりそうな負の感情を必死に抑える。
フェンリルの悲しげなため息を、獣耳が拾った。
<その、フェンリルを弱らせるための作戦とはどんなものだ?>
<御意。フェンリル様ガ体調ヲ崩しタと王太子ガ耳にシタ、三年前。それから緑ノ王国ノ諜報部隊ヲ、フェルスノゥの街に潜入させた。そして一年前……代替わりの情報ヲ掴んだ。翠玉姫ガこの国ヲ訪れて、小生たち緑の妖精ガ、雪山にそっと放たれた>
<……一年前、か。気付くことができなかった、自分が不甲斐ない>
<その頃、フェンリル様は本当に体調を崩されていましたから仕方ないですよ!?>
グレアが絶叫する。
<ああ。しかし反省はさせてくれ。私は雪山を守るフェンリルなのだから>
<ぐううっ>
ギリギリとグレアが歯を噛み締めている。
そうだね、私たちより、フェンリル本人が悔しいんだよね。
ああああ緑の王太子ごらああああッ堪えろッ私ッ……!
<代替わりがスムーズに行われなければ、フェンリル様はただ一人で死ヲ迎え、冬ヲ司ルフェルスノゥ王国は滅びるであろう。そのため、小生たちガ、転移魔法陣に仕掛けヲ施した。毒を混ぜた>
<なるほどな。緑の妖精は隠密と毒の扱いに長ける……毒は、緑の森のものか?>
<いかにも。氷の魔法陣と馴染むよう、冬スノードロップの毒モ調合シタ。三年前の冬、諜報部隊が採取シタ物>
<そして魔法陣に影響を与えた結果、おかしな変化が起こりエルがやってきたというわけだな>
名前を呼ばれた私はハッと顔上げる。
私とたてがみの間に挟まれていた元・緑の妖精がぷはあっと顔を上げた。
あっ、ごめん潰してた。
<エルがやってきたのは、そのような理由だったらしい。巻き込んで、すまなかったな>
「……私は……!  みんなに会えて、よかったよ」
<もちろん、私もエルと会えて嬉しく思うよ>
本当にありがとう、とフェンリルが目を潤ませて言ってくれて、尻尾で私をふんわり包んだ。
白銀の毛並みに頬を寄せて、私は涙を尻尾に吸わせた。
<異世界からエルがやってきたことで、思いがけずフェンリルは回復し、緑の国の陰謀がことごとく失敗したのか>
<作戦ハ失敗に終わッタ。そのことヲ小生たちハ只今確認し、情報ヲ、王太子の元へ持ち帰ろうとしていた所>
<翠玉姫のところではなく?>
<翠玉姫カラ、王太子へ伝えよと指示されてイル。雪国ノ情報、翠玉姫ハ興味がナイ>
<これだけかき乱しておいて、よく無反応などと……>
フェンリルは怒りを通り越してもはや呆れているような声。
全くだよ。
翠玉姫は、王宮の高みから下々を眺めるばかりで、全てゲーム感覚……なんじゃないかな。
土地に足をつけて人々が懸命に歩き、緑の木々の間でたくさんの動物たちが生活して、虫がはばたく風景を知らないのでは。
王族だからこそ、それを知らなくちゃいけないはずなのに。
国の人々を気遣って、雪山の動植物に触れて、目を輝かせるフェルスノゥ王国のクリストファー王子とは大違いだ。
なんなの、緑の国!!
<エル様。感情を抑えられてえらいですね>
「うーー!」
グレアが素直に褒めるほど私は頑張っている。
うん、もっと褒めて。
感情の波を抑えるの、すんごく疲れるんだ。この世界に来てから、感情を豊かに表現できるようになったからだと思う。
日本では、死んだ魚の目で無感情でクレーム対応してたし……今ばかりは、ブラック企業を思い出してネガティブに心が沈むのことすら利用したい。
ただただ、大好きな雪山は癒したいの。
ーーほんの一瞬、地面がわずかに揺れた。
<っ……!  この揺れと、緑の王国の関係は!?>
<存じ上げナイ>
<そうか>
フェンリルが短く返して、瞳を閉じて瞑想。雪山の気配を探っているみたい。
<…………問題ない。小さな揺れだったから雪崩も起きていない、少し異世界の落し物が増えたくらいだ>
「原因、何だろうね」
<エルが不安に思っていると、悲しくなるな。笑顔が似合うのだから>
フェンリルが鼻先で私のへにょんとした獣耳を押し上げようとしてくれる。
でも体格差があり、鼻先では上手くいかないんだよね。
獣の鼻のぬるんっとした湿った感触。出会った頃を思い出して、くすぐったくなって笑えた。
<ああ、よかった>
「ありがとうフェンリル。元気出た」
ここで、フェルスノゥ王国に送った魔物フクロウが戻ってくる。
周辺国に揺れの調査を依頼してくれるんだって。
緑の妖精が捕まっている関係で、緑の国とは一番早く連絡がとれそうとのこと。
うん、ミシェーラに任せておいたらきっと安心だね。
王子様が正式に王位を譲ったって追加連絡には、とても驚いた。
そして雪山に向かっているのでどうかよろしくお願いします、って伝言には、ミシェーラたちの深い家族愛を感じた。
やっぱり、フェルスノゥ王族の人柄はとても好きだなぁ。
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