冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
48:クリストファーの決意
(クリストファー視点)
フェンリル様をお迎えしての冬祭りは大成功に終わった。
こんなに賑やかで楽しい冬は初めてだ、と城の重鎮たちとも何度話したかわからない。
誰も彼も年甲斐もなくはしゃいでいる。
眉間に深いシワが刻まれた宰相すらも、表情を緩めて冬祭りについて語るほどだ。
「祭りの後片付けまで楽しいだなんて、って街の人たちは喜んでいましたね。お兄様」
「至るところにフェンリル様がいらした痕跡があるからな。玄関扉の青のサインだったり、冬が終わるまで動き続けるスノーマンとともに雪かきをしたり」
「「あはは!」」
ミシェーラと軽やかに笑い合った。
子どものようだわ、はしたない、とミシェーラが口を押さえる。
それでもクスクス笑みが溢れている。
「……ふぅ!  気持ちを切り替えましょう」
「そうだな。塔に向かうか」
二人で頷き合った。
これからは私語を極力少なく、お互いに問題について思考しながら静かに廊下を進む。
……この情報は極秘だ。
うかれているメイドたちにわざわざ水を差さなくてもいいだろう。
「静かですわね」
「そうだな」
ミシェーラがそっと呟く。
そう、囚われている人物は喧々と叫ぶこともなく、物に当たっている気配もない。
塔が近くなり、魔法まで使って耳をすませた僕たちは不思議に思った。
失言があれば儲けものとも思っていたんだけど。
「それだけ反省していたらいいですのにね」
「同意だ」
「お兄様が姿を見せたらまた口を開いて騒ぐかしら?」
「餌扱いされる……」
「冗談ですわ。もし黙りきっていても必ずや口を割らせますから大丈夫です」
「頼もしい」
「光栄ですわ」
物騒な言葉遊びを終えた僕たちは、ふぅ、とため息を吐く。
城の廊下は長く、端の方ともなるとさすがに少し冷える。
息は白くなった。
フェルスノゥ王国民でないあの囚人にとっては冷気が堪えるはずなので、塔の中は僕たちにとっては暑いくらい温めていると聞く。
「暖房代の無駄ですわ」
「気持ちは分かる。しかし風邪を引かせるわけにもいかないんだよな。早く帰ってほしい」
「落とし前をつけてから、ですわね」
もう一度、僕たちの口から白い憂鬱が溢れた。
いざ塔に入ろうとした途端、
「な、なんだ!?」
大きな揺れを確認。
ふらついたミシェーラを抱えて、慌てて壁に手をついた。
揺れはしばらくすると収まった。
「何だったんだ……」
「異常事態ですわ」
「クリストファー王子、ミシェーラ姫!  大丈夫ですか!?」
「問題ない」
メイドと執事たちが慌てて駆け寄ってくる。
僕たちだけめまいを起こしたわけではなく、全員が体感したのか。
地面そのものが大きく動いたのだ。どれほどの範囲で揺れたのか……
雪山は?
「プリンセスは大丈夫だろうか……!?」
窓をバッと開けて、はるか遠くにそびえる白い山を見上げる。
山の頂上近くにプリンセスはいるはずだ。
様々な嫌な予測が頭をよぎる。
このさらりとした雪では雪崩が起きやすいだろう。異世界からやってきた彼女の身におかしな変化が起こっていないだろうか?  怖がって泣いていないだろうか。
頭の中はプリンセスの事で埋め尽くされた。
胸がぎゅっと痛くなる。
「異世界の落し物が一点、外にありますね。見慣れない精巧な鉄のアート……確定だと思います。
街への影響も気になります。塔の鉄格子に変化はみられませんね。魔力反応もないので彼女はおかしなことをしていないでしょう」
隣に立ち冷静に判断するミシェーラの言葉に、ハッとした。
「エル様のことは、フェンリル様たちが守るから問題ないと思いますよ」
「……ミシェーラ。僕は……っ」
みっともない、絞り出したような声が出た。
「お兄様。エル様への心配で頭がいっぱいだったのですよね」
「……ああ」
ミシェーラの苦笑から顔をそらして、僕は再び、熱く雪山を見つめる。
「お兄様のお心はもう決まっているのではないですか」
「…………そのようだ」
今回ばかりは自分への言い訳すら思い浮かばない。
国の危機のことよりも、僕はプリンセスを優先したんだ。
窓を開けて真っ先に見たのは街ではなく雪山だった。
「すぐ出発して下さいませ、お兄様。雪山への対応は頼みました。街の事はわたくしにお任せ下さい」
「ミシェーラ。お前に託す」
ついにこの言葉が出た。
喉につっかえるわけではなく、するりと。
妹へのお願いだ。
すがるような情けない言葉のはずだ。
しかしミシェーラはしっかりと目を見開いて頷き、けして僕を馬鹿にすることはなかった。
「エル様や雪山を想うこと、街を心配すること、どちらも大切な心です。その気持ちに優劣などございません」
「ミシェーラ……」
「どちらを選んだから良い、悪い、ではないのです。私たち王族は手を取り合い、全てを慈しむのです」
ミシェーラの青い瞳は煌々と内側から光を発しているように力強く、これぞ次期フェンリル様の依り代に選ばれた器なのだと心から思った。
「ただ役割を分けているだけですわ。わたくしとお兄様の心は、いつだって同じなのだと思います。平和と平穏を、そうでしょう?  立つ場所は違えど、ともに歩みましょう」
「ありがとう」
僕からミシェーラに手を差し出した。
可愛らしい妹へ、という気持ちではなく、1人の立派な政治者を称えるために、対等の立場で。
ミシェーラは迷いなく手のひらを握り返した。
彼女が眩しくて僕は目を細める。
「行ってくる!」
僕は、執事が持ってきた外出用の分厚いコートをばさっと羽織る。
ふと執事の顔を見ると、涙ぐんでいた。
彼はずっと僕の専属として働き、悩みを全て知っているから心配していたんだろう。
安心させるように笑ってみせる。
「同行します。クリストファー王子」
「騎士団の誇りにかけて、貴方をお守りいたします!」
副団長たちが僕を雪山まで送り届けてくれるらしい。
道中の危険さを考えると彼らに同行を頼むのがいいだろう。
頷いて、ソリを用意するよう指示する。
騎士団長がミシェーラの後ろに控えているのは、僕たち兄妹の立場が変わったことを表していた。
「ミシェーラ……あの塔について、苦労を重ねさせてしまうが」
「なんのなんの。わたくし、あの方々については、ずうっと腹にすえかねておりますから。自分が真正面から対応できるだなんて最高ですわ!」
この状況においてミシェーラの輝くような笑顔は恐怖以外の何物でもない。
塔を見上げて心の中で合掌した。
まぁ自分たちがやらかしたことの後始末だ。
しっかり報いを受けてくれ。
大至急、ソリの支度が整った。
僕がトナカイたちに声をかけていると、頭上をフクロウが飛んでいく。
「あれは……!  雪山からの使いか」
この城に向かってきたということは、政治的な相談があるのだろう。
「いろいろと迷惑をかけるな……仕事を放り出してしまうのは初めてだ」
ぼそっと呟き、憂う気持ちで城を振り返ると、玄関に父が立っている。
頭上には光り輝く王冠。
拳を合わせて膝を曲げる、フェルスノゥ王国式の最敬礼を僕に向けた。
「雪山をフェンリル様たちとともに守る誇り高い雪国の使者よ。旅路に幸あらんことを」
唖然とその言葉を聞いていると、国王はにかっと笑う。父の顔で。
「お前たち兄妹だけで立ち向かうべきことではない。私たち全員を頼りなさい」
「父上……!  ありがとうございます」
僕は最敬礼を返した。
雪山に向けて、全力でソリを走らせる。
鈴の音がリンリンリンリンと、白銀の世界に甲高く響いた。
プリンセス、どうかご無事で……!
フェンリル様をお迎えしての冬祭りは大成功に終わった。
こんなに賑やかで楽しい冬は初めてだ、と城の重鎮たちとも何度話したかわからない。
誰も彼も年甲斐もなくはしゃいでいる。
眉間に深いシワが刻まれた宰相すらも、表情を緩めて冬祭りについて語るほどだ。
「祭りの後片付けまで楽しいだなんて、って街の人たちは喜んでいましたね。お兄様」
「至るところにフェンリル様がいらした痕跡があるからな。玄関扉の青のサインだったり、冬が終わるまで動き続けるスノーマンとともに雪かきをしたり」
「「あはは!」」
ミシェーラと軽やかに笑い合った。
子どものようだわ、はしたない、とミシェーラが口を押さえる。
それでもクスクス笑みが溢れている。
「……ふぅ!  気持ちを切り替えましょう」
「そうだな。塔に向かうか」
二人で頷き合った。
これからは私語を極力少なく、お互いに問題について思考しながら静かに廊下を進む。
……この情報は極秘だ。
うかれているメイドたちにわざわざ水を差さなくてもいいだろう。
「静かですわね」
「そうだな」
ミシェーラがそっと呟く。
そう、囚われている人物は喧々と叫ぶこともなく、物に当たっている気配もない。
塔が近くなり、魔法まで使って耳をすませた僕たちは不思議に思った。
失言があれば儲けものとも思っていたんだけど。
「それだけ反省していたらいいですのにね」
「同意だ」
「お兄様が姿を見せたらまた口を開いて騒ぐかしら?」
「餌扱いされる……」
「冗談ですわ。もし黙りきっていても必ずや口を割らせますから大丈夫です」
「頼もしい」
「光栄ですわ」
物騒な言葉遊びを終えた僕たちは、ふぅ、とため息を吐く。
城の廊下は長く、端の方ともなるとさすがに少し冷える。
息は白くなった。
フェルスノゥ王国民でないあの囚人にとっては冷気が堪えるはずなので、塔の中は僕たちにとっては暑いくらい温めていると聞く。
「暖房代の無駄ですわ」
「気持ちは分かる。しかし風邪を引かせるわけにもいかないんだよな。早く帰ってほしい」
「落とし前をつけてから、ですわね」
もう一度、僕たちの口から白い憂鬱が溢れた。
いざ塔に入ろうとした途端、
「な、なんだ!?」
大きな揺れを確認。
ふらついたミシェーラを抱えて、慌てて壁に手をついた。
揺れはしばらくすると収まった。
「何だったんだ……」
「異常事態ですわ」
「クリストファー王子、ミシェーラ姫!  大丈夫ですか!?」
「問題ない」
メイドと執事たちが慌てて駆け寄ってくる。
僕たちだけめまいを起こしたわけではなく、全員が体感したのか。
地面そのものが大きく動いたのだ。どれほどの範囲で揺れたのか……
雪山は?
「プリンセスは大丈夫だろうか……!?」
窓をバッと開けて、はるか遠くにそびえる白い山を見上げる。
山の頂上近くにプリンセスはいるはずだ。
様々な嫌な予測が頭をよぎる。
このさらりとした雪では雪崩が起きやすいだろう。異世界からやってきた彼女の身におかしな変化が起こっていないだろうか?  怖がって泣いていないだろうか。
頭の中はプリンセスの事で埋め尽くされた。
胸がぎゅっと痛くなる。
「異世界の落し物が一点、外にありますね。見慣れない精巧な鉄のアート……確定だと思います。
街への影響も気になります。塔の鉄格子に変化はみられませんね。魔力反応もないので彼女はおかしなことをしていないでしょう」
隣に立ち冷静に判断するミシェーラの言葉に、ハッとした。
「エル様のことは、フェンリル様たちが守るから問題ないと思いますよ」
「……ミシェーラ。僕は……っ」
みっともない、絞り出したような声が出た。
「お兄様。エル様への心配で頭がいっぱいだったのですよね」
「……ああ」
ミシェーラの苦笑から顔をそらして、僕は再び、熱く雪山を見つめる。
「お兄様のお心はもう決まっているのではないですか」
「…………そのようだ」
今回ばかりは自分への言い訳すら思い浮かばない。
国の危機のことよりも、僕はプリンセスを優先したんだ。
窓を開けて真っ先に見たのは街ではなく雪山だった。
「すぐ出発して下さいませ、お兄様。雪山への対応は頼みました。街の事はわたくしにお任せ下さい」
「ミシェーラ。お前に託す」
ついにこの言葉が出た。
喉につっかえるわけではなく、するりと。
妹へのお願いだ。
すがるような情けない言葉のはずだ。
しかしミシェーラはしっかりと目を見開いて頷き、けして僕を馬鹿にすることはなかった。
「エル様や雪山を想うこと、街を心配すること、どちらも大切な心です。その気持ちに優劣などございません」
「ミシェーラ……」
「どちらを選んだから良い、悪い、ではないのです。私たち王族は手を取り合い、全てを慈しむのです」
ミシェーラの青い瞳は煌々と内側から光を発しているように力強く、これぞ次期フェンリル様の依り代に選ばれた器なのだと心から思った。
「ただ役割を分けているだけですわ。わたくしとお兄様の心は、いつだって同じなのだと思います。平和と平穏を、そうでしょう?  立つ場所は違えど、ともに歩みましょう」
「ありがとう」
僕からミシェーラに手を差し出した。
可愛らしい妹へ、という気持ちではなく、1人の立派な政治者を称えるために、対等の立場で。
ミシェーラは迷いなく手のひらを握り返した。
彼女が眩しくて僕は目を細める。
「行ってくる!」
僕は、執事が持ってきた外出用の分厚いコートをばさっと羽織る。
ふと執事の顔を見ると、涙ぐんでいた。
彼はずっと僕の専属として働き、悩みを全て知っているから心配していたんだろう。
安心させるように笑ってみせる。
「同行します。クリストファー王子」
「騎士団の誇りにかけて、貴方をお守りいたします!」
副団長たちが僕を雪山まで送り届けてくれるらしい。
道中の危険さを考えると彼らに同行を頼むのがいいだろう。
頷いて、ソリを用意するよう指示する。
騎士団長がミシェーラの後ろに控えているのは、僕たち兄妹の立場が変わったことを表していた。
「ミシェーラ……あの塔について、苦労を重ねさせてしまうが」
「なんのなんの。わたくし、あの方々については、ずうっと腹にすえかねておりますから。自分が真正面から対応できるだなんて最高ですわ!」
この状況においてミシェーラの輝くような笑顔は恐怖以外の何物でもない。
塔を見上げて心の中で合掌した。
まぁ自分たちがやらかしたことの後始末だ。
しっかり報いを受けてくれ。
大至急、ソリの支度が整った。
僕がトナカイたちに声をかけていると、頭上をフクロウが飛んでいく。
「あれは……!  雪山からの使いか」
この城に向かってきたということは、政治的な相談があるのだろう。
「いろいろと迷惑をかけるな……仕事を放り出してしまうのは初めてだ」
ぼそっと呟き、憂う気持ちで城を振り返ると、玄関に父が立っている。
頭上には光り輝く王冠。
拳を合わせて膝を曲げる、フェルスノゥ王国式の最敬礼を僕に向けた。
「雪山をフェンリル様たちとともに守る誇り高い雪国の使者よ。旅路に幸あらんことを」
唖然とその言葉を聞いていると、国王はにかっと笑う。父の顔で。
「お前たち兄妹だけで立ち向かうべきことではない。私たち全員を頼りなさい」
「父上……!  ありがとうございます」
僕は最敬礼を返した。
雪山に向けて、全力でソリを走らせる。
鈴の音がリンリンリンリンと、白銀の世界に甲高く響いた。
プリンセス、どうかご無事で……!
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