冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

43:城での食事会

(フェンリル視点)



 この城を訪れたのはもう100年も前だろうか。
 その時は感じなかったような懐かしさを覚える。
 エルたちとともに廊下を進む。絨毯を踏む感覚、廊下の長さ、城の室内の温度、全てどこか覚えがあるのだ。驚いた。
 まるで人だった時の記憶が蘇ってきているようだ、なんてぼんやり考える。

「歴代王様のお顔、みんな似てるねぇ」

 廊下にかけられた肖像画を眺めながら、エルが話しかけてくる。
 たしかにこの絵の人物たちは似ているが……と私は記憶を遡ろうとした。しかし、さすがに300年前のことは思い出せなかった。
 私が沈黙しているので、エルが首を傾げている。おっと。

「王族は顔が似ていますね。みんな白金の髪にアイスブルーの瞳を受け継ぐのです」
「クリストファー王子。そうなんですね」

 彼がフォローしてくれたか。助かった。
 エルが私をちらりと見る。

「フェンリルが王子様だった時の肖像画はありますか?」

 なんだと?

「もちろんございますよ!」

 あるのか。なんなんだ。私は王になったわけではないはずだが。

「やったぁーー!  見たいです!」

 エルが私と手を繋いだままバンザイしたので、またつられて同じポーズをすることになった。やはり……恥ずかしい。
 顔が熱いし耳が反応してしまう。

「「「「ウッ……ワァ……ァァァ……ッ……!」」」」

 落ち着け王族たちよ。声を漏らさぬ努力は認めるが、その様子は正直不気味だ。グレアもな。誇り高いユニコーンよ、立ち上がってくれ頼むから。膝を折って祈るのをやめろ。

 照れ笑いするエルが可愛いのでまあいいか……。

「大広間にフェンリル様の肖像画がございます」
「案内してくれ」
「はい。そちらに食事の準備も整っております」
「皆で立ち止まっていたから食事が冷めてしまったのではないだろうか……」
「僕の熱魔法で温めますのでご安心ください」

 王子よ、本当に器用だな。

 大広間にはフェルスノゥ王国の国旗が一番目立つところに飾られている。青の生地に白雪の刺繍。

 そして歴代の依り代となった姫君の肖像画が並んでいた。
 末端は美少年の肖像画である。白金の髪に、芯が強そうなアイスブルーの瞳。姫君と間違えそうな繊細な王子だったようだ。今のフェンリルの姿と似ているが、比べたらこの王子の方が平凡な容姿。
 そういえばエルもフェンリルの魔力を帯びてから少し顔が華やかになったので、私もそのような変貌をしたのだろう。

「ふあああ綺麗な人だー……!」
「ご縁があったことを心より感謝申し上げます、ああなんと尊い……!」

 エル、グレア、そう肖像画を拝むんじゃない。
 なんだか妙に照れ臭くなってしまう……。

「当時、強大な氷魔法の適性を持つ姫君がいなかったそうです。そのため一番実力があった王子が、フェンリル様の依り代として手を挙げて下さいました。一年かけて髪を伸ばし、姫君の衣装を着て、魔法陣に消えていきました。ーーそう伝えられています」

 国王のよく通る声が広間に響く。みんなしっとりとその話に耳を傾けていた。
 肖像画の下には名前が書かれている。

「サフィラエル・レア・シエルフォン様」

 エルに名前を呼ばれて、少し心臓が高鳴った。
 この消え去った王子の名前には、もうなんの魔力も含まれないし、私が記憶すらしていなかったのに、甘い響きだと感じた。
 いたずらっぽく笑っているエルの頭を撫でてみる。

 王族とグレアよ、分かる、エルがすさまじく可愛らしい顔をしているのはたまらないな、分かるぞ。私も同志なので是非仲間に入れてくれ。
 愛娘が可愛すぎて困る。いやまるで困らない。
 これからもこの笑顔を守っていきたいと思った。

「熱を取り戻せ」

 王子の魔法により、料理が湯気を立て始めた。

「たくさんの料理これだけ急に用意するのは大変だっただろう。歓迎を感謝する」
「フェンリル様がいらしてくれるのですから。とても嬉しく、我々がしたかったことをしただけです。ご足労下さり、誠にありがとうございます」

 国王の言葉は心からのものだと感じた。心地いい雰囲気の中、食事が始まる。

「どうぞお召し上がり下さい」

 赤くとろみのついたスープや、冬キャベツのマリネ、どっしり濃厚なバターケーキ、少し炭を混ぜ込んだと言う香ばしい灰色のパンに、酒と蜂蜜につけていた夏の果物が小皿に乗っている。他にも細やかに皿が並ぶ。

 談笑をしながら食べる。
 雪山の様子を私たちが教えて、王国からは街の様子が伝えられた。
 暖かな食卓とはこのような場のことを言うのだろうな。

 私の体は食事のマナーを覚えていたようで本能的にナイフとフォークを難なく使った。グレアは本で予習をしたらしい。エルは日本式のマナーを披露、この国の文化とほとんど同じだったらしくホッとしていた。

「とても美味しいです」

 エルの言葉にみんなが顔を綻ばせた。
 なごやかに食事をする家族を見て、ほんの一瞬だけ寂しそうな顔したことに気づく。

 幼い頃から二十年ほど一緒に過ごした家族とは、エルは永遠に離れ離れだ。
 私は、それ以上のものをこれからエルに与えなければならない。彼女を迎えて、大切にすると決めたのだから。
 気持ちを新たにする。

「エル」

 私が呼ぶと白銀の髪を揺らしてエルが振り向く。

「エルが一番気に入ったものを当ててみせよう。クリームチーズを乗せたパウンドケーキ」
「あっ正解」
「そうだろう?  オマエが喜ぶところをよく見ていたから」

 エルはパウンドケーキを食べる時にとくに幸せそうな顔をしていた。
 私のぶんをエルに勧めると、目をキラキラとさせる。
 そういえば尻尾はまだ生えていないが、獣耳はぶんぶん揺れた。

 王国の者たちが撃沈している。情けないぞ。

 ぱくりとケーキを口にしたエルが「ありがとうフェンリル!」といつもより高い声で言った。

 私も撃沈した。

 エルの可愛さに耐えられる者などきっと存在しないのだ。あるのはただ、同志との心地よい一体感である。

「食後のデザートです」

 給仕係がツリーフルーツを持ってきた。
 それぞれに一つ。

「さて、どうやって食べようかな……?」

 皆に注目されたエルがそう言うと、フルーツはなんとひとりでに割れた。

「……」
「…………」
「……これは……!?」

 みんなが絶句する。

「チョコレートケーキ、ショートケーキ、モンブラン、スフレチーズケーキ、苺のムース……」

 エルがそれぞれのフルーツを指差しながら、恐る恐るというように説明する。
 そう、フルーツの中は層になっていて、クリームとふわふわの実が詰まっていたのだ。……実……?  表現に悩むが、まあケーキだ。

「恐ろしい進化を遂げちゃったよ、このメルヘンツリー!」
「才能に溢れていらっしゃいます。エル様、ありがとうございます。緊急時の食料となるように念じて下さったから、高カロリーのケーキフルーツとなったのですね!」
「う、うん?  ケーキフルーツ、フルーツケーキ……?  まあそんな感じで……」

 エルが苦笑いして、ミシェーラ姫に頷きを返した。
 ミシェーラ姫はわくわくと頬を赤らめている。甘いものが好きなのだろう。

「いただきましょう」

 エルが言って、全員がいっせいにスプーンを口に運ぶ。
 これまでのどの料理よりも素晴らしい味だったため、口を押さえて身悶えした。


 ***


 別の部屋で食休みをしてから、怪物がいると言う部屋に行く。
 魔術師たちが結界を張っている。全員顔色が悪い。

「もう休んで構わない。ご苦労様」
「フェンリル様……!」

 私が声をかけると、魔術師たちは糸が切れたように肩の力を抜き、やっと魔力供給を切った。相当疲労しているな。

「よく頑張ってくれていた」
「もったいないお言葉です……!」

 ペコペコと頭を下げられる。
 部下へのお言葉かけ感謝申し上げます、とミシェーラ姫が言うので、苦笑が口に滲む。

「未だかつてない事態とはいえ、雪山からもたらされた怪物だ。私が管理できていれば、と思うところもある」
「フェンリル?  困った時には助け合いましょう、って教えてくれたじゃない」

 エルが私を励ますように「ねっ!」と肩を叩いてくれた。そうだな……。
 冬姫が彼女で良かった。心底そう思う。

「さて」

 怪物をエルとともに眺める。

「やっぱりこれ、掃除機が変化して怪物になったんだと思う」
「そうか。部屋の掃除をする機械、だったな」

 感覚を研ぎ澄まして怪物を眺める。……うむ。

「生命力が感じられない。再び動き出すことはないだろう」
「ああ、良かったー!  ……それにしても、ものすんごくバラバラだね……?」
「ああ……そうだな……完膚なきまでに粉々だ……。掃除機と判別できたエルもすごいぞ」

 私とエルがミシェーラ姫を振り返ると、眼力強くにこっと見つめ返してきた。
 いつもより笑顔に迫力があるのは、私たちに頼もしさを与えたいからだろう。逞しいな。

「<永久氷結>」

 怪物を溶けない氷で覆ってしまう。
 この部屋で魔法を使用してもいいとの確認はした。
 これでよし。城に来た第一目的を果たせた。

「ミシェーラ姫。もし良かったら、私にもこの怪物を攻撃した極大魔法を教えてもらえませんか?」
「もちろんですわ!」

「エル!?」
「エル様!?」
「プリンセスーーーー!?」

 まさかの打ち合わせを始めたので、私たちは思わず叫ぶようにエルを呼ぶ。
 ミシェーラ姫の気質が感染したのか!?  いやいやいやいやいや……!

「驚かせちゃってごめんね。えーっとね、今後、また怪物が現れる可能性も一応あるでしょう?  それ以外の脅威にも遭遇するかもしれない。そんな時に備えて、オーブとティトが与えてくれた力も使えるようになっておきたいんだ」
「ああ……そういうことか。雪山のこれからのことを考えてくれていたんだな。こちらこそ、驚かせてしまってすまない」
「うん、そうなの。怪物を効果的に倒したミシェーラの攻撃方法がいいかなって」

 私とエルが再び怪物を眺める。
 バラッバラの破片。完膚なきまでに叩き壊されている。

「…………」
「…………強力すぎ?」

「さあ参りましょうエル様!  夕方の祭りが始まるまでまだ少し時間がありますわ。騎士団の訓練場がございますから、氷魔法のレッスンをいたしましょう!  わたくし、頑張って教えますね!」
「う、うん!?  あ、ありがとう……!」

 ミシェーラ姫はさっさとエルの背中を押して導こうとする。
 顔を見合わせた私たちも、ふっと諦めの息を吐いて、彼女たちの後を追うことにした。

 廊下を歩き、大広間の前でふと室内を眺めた。
 肖像画の王子は、先ほどよりも幸せそうな顔に見えた。

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