冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

42:大通りパレード


 フェルスノゥ王国の街は壁に囲まれていないの。雪かきをしやすくするためなんだって。
 とんがり屋根の民家が玄関口からも見えている。可愛らしい印象の街並み。
 それに歓迎の証のリースやスノーマン、鮮やかな刺繍衣装の住民が入り口から見えている。白の自然風景の中、街だけが色とりどり。

「入国、ドキドキするね。グレア」
<そうですか?  俺はまるで気になりませんけど。でもこの歓迎は特別なものなので、フェンリル様への敬意が分かって気分はいいです>
「グレア、一年前に王国に来たことあるんだもんね。先輩、作法とか教えてね。よろしく」
<こちらが優位なのでどうとでも好きに過ごせばいいのです>
「もー」

 先輩頼りなぁい。たてがみをサワサワ撫でてみると<緊張はほぐれましたか!?  そうですか。フーン!>とグレアにぼやかれる。
 ……そう、私きっと緊張してるんだよねぇ。こう言っちゃあれだけど、友達づきあいとか元々苦手で。勉強ばっかしてたし。さらにここ2年半くらいは仕事ばっかしてたし。……ウーーーー!  忘れていこう!!!!
 ぼすん!  とグレアのたてがみに顔を埋めてグリグリ頭を動かしてやると、<何をなさいます!?>って慌てられた。そりゃそうだよねー。グリグリ。

 後ろから笑い声が聞こえて、フェンリルの吐息がフーッと冷たく私の髪を包む。うひゃ!
 ……あ。乱れてた髪が綺麗にまとまった。ありがとう。
 王子様にさっき毛先を整えてもらったばかり。美容室に行ったみたいに綺麗なカットなんだけど、彼、ハイスペックが過ぎるよね。

<エル。私も緊張がほぐれた>
「フェンリルは本当に優しいよね」

 にっこり微笑んで後ろを向くと、優しい顔の美しい獣がいる。
 ……あっ、ちょっ、そのお顔のままで門をくぐります?  お、おう。王国民の皆様、お覚悟を……。

「ただいま帰った!」
「フェンリル様をお連れいたしましたわ!」

 先頭の王子様とミシェーラが声をあげた。ソリの上で危なげなく立ち、手を振る。

「「「「ッキャーーーーーーーーーーーーーー……ッッッ!!!!」」」」

 歓声!  悲鳴!  絶叫!  転倒!  なんかそんな感じ!
 みんな落ち着いてーーー!?
 無理か!?

 あまりの音量に耳が痛いくらい。人々は口を手で覆って声を抑えようとはしてるんだろうけど、感動が上回ってるのね!?
 きっとグレアとフェンリルも耳が痛いだろうなぁ……あ、顔を顰めてる。お互いの印象が悪くなるのは避けたい……よーし。

 右手をバッと勢いよく上げる!
 みんなの視線が私に集中する。

 いくよっ!

 手に魔力を集中……青い光を空に、それから弾けさせる!  パーーーーーン!!
 青の花火が上がった。空中で雪になり、太陽の光をあびて輝く。空間全体が昼のイルミネーションのよう。

「お迎え下さり誠にありがとうございます、皆様っ」

 空を見上げて感動のあまり沈黙しているらしい人々に、落ち着いた声で話しかけた。
 ほんのりと微笑む。
 人々が頬を染めて、あ、ちょ、すうっと息を吸い込んでまた叫ぶ姿勢なのではーー!?  うそぉ。失敗?

「静かに迎えてくれ、みんな」

 王子様が苦笑しながら唇に指を当てて「しー」とジェスチャー。
 さすがにみんなハッとして、息を飲み込んだ。
 ーーホッ。
 対応に慣れているよね。彼に助けられたから、あとでお礼を伝えよう。こういう細やかな目配りは、ミシェーラよりも王子様の方が向いている様子だね。

 ユニコーンと冬姫、フェンリルがゆっくりと街の大通りを歩いていく。まあめちゃくちゃ目立つ。そっと手を振ると、きゃあきゃあ控えめに住民が騒いだ。

 大通りの道はみんなで頑張って雪かきしてくれたんだろうな。ここだけ石畳が現れている。他の場所は数十センチ雪が積もっているよ。
 道の脇にはスノーマンが並ぶ。子どもが手を振ってくれるから、ちょっと出来心で、指をふってスノーマンに魔力を与える。動き出したスノーマンに子どもは大興奮で、一緒に踊り始めた。うん、うん!  可愛い。

「こういうのっていいよねー」
<楽しそうですね。エル様>

 なんだろう。ミシェーラやクリストファー王子たちに似て優しい雰囲気の人たちばかりだから、この国に対して安心したのかもしれない

 その言葉を耳にしたらしい王子様が器用にソリの中でずっこける。彼、本当に器用で不器用だなぁ。ミシェーラ、そのガッツポーズは今の私の視力だと見えるんだよね、なんかごめん。

<エルが施した魔法、いいな。私も3年間心配をかけていたんだ……ここで住民を安心させるのも悪くないだろう>

 フェンリルもやる気になったみたい!
 私とグレアがバッと後ろを振り返る。
 にまっと楽しげな企みの目をしているフェンリル。グレアの尻尾がぶんぶん揺れてる、ちょっと落ち着いて。

 フェンリルが立ち止まり、足をダーン!

 スノーマンが一斉に輝きを纏い、生きているようにくるりっと踊った。
 葉がなかった街路樹に氷の花が咲いて、ツタを伸ばすようにアーチ状に空に氷の橋がかかる。左右の氷のツタが頭上で絡まり、模様がある屋根のように。

「氷のアーケードだぁ。それに太陽の光が差し込んで……地面に光を散らしてすごく綺麗」

 私の語彙力じゃこれくらいが限界かな。
 王子様ならきっとハイクオリティポエムを作ってくれるんだろうけど。

 王国の人々は氷の芸術を眺めたり、スノーマンと踊ったり、フェンリルを崇め拝んだりと、とても騒がしく楽しそう。
 みんなの心の熱気が口から白い吐息となってもれる。

 ーーなんて優しい冬だろう

 王子様がそう呟いた声が私たちの耳に届いた。
 私、グレア、フェンリルが顔を見合わせて、にこっと笑いあった。

 長い距離をゆっくりパレードして、お城の前へ。
 うわああ!  童話みたいな白い壁に青の屋根。メルヘン極まってるわー。

「あ。私が贈ったメルヘンツリー?」

 玄関脇に派手なツリーを確認。これだけすごい存在感。

「そうですわ。素晴らしい贈り物をありがとうございます、エル様。あとで木の実を室内に運ばせますね」
「ありがとうミシェーラ」

 そうだね、ちょっと味見したい気もしたけどお行儀が悪いから、あとで……。
 でも私がグレアに乗って木の間を通り抜ける時に、リンリンリンリン、と音がして木の実が揺れて、ぽてぽてと雪の上に落ちた。

「…………」
「…………」

 王国側も私たち雪山組も沈黙する。どうしよう、散らばったこれ。

「あとで食べるから熟れて待ってて」

 私が言うと、木の実たちは小刻みにボディを揺らし始める。じゅ、熟し中なの……?
 イートミィ!  なーんて言われている気分。はははははは。

「エル様は本当に、あらゆる冬の動植物に好かれているのですね」

 王子様がそうフォローしてくれた。
 へんてこトンデモ変化も柔軟に受け止めてくれて、この世界の人って本当に優しいなぁ。
 変な空気はほっこりと穏やかなものになった。
 衛兵さん、木の実の回収よろしくお願いしますね。

 巨大な玄関扉の前で、王子様たちはソリから降りてトナカイを騎士団に託す。
 私たちも足を止めた。
 みんなが超絶期待している中で……ーーフェンリルが人型になる。

「「「「ーーーーーッッ!!!!」」」」

 王国民の皆様は声にならない悲鳴をあげて麗しのフェンリルを拝み倒す。涙すら流している人もいる。予想通りの乱れよう、ってところかな……ほら……全員グレアみたいなもんだし。そのグレアも人型になりしっかりフェンリルを拝んでいた。
 私もやっとこう……と思ったけど、フェンリルが困っているみたいだから、近寄っていって手を繋ぐ。

「エル」

 ほっとしたフェンリルの微笑み。
 すんごい美麗だから、心があらぶるのも分かるよね!!!!  が、頑張れ私。平常心でいられるのはきっと私だけだぞー。

「みんなフェンリルのことが好きなんだよ」

 笑顔でそう伝えた。
 手が少し強めに握られた。
 安心したんだよね、きっと。耳がぴこぴこ、尻尾がゆらり。

「ウッッッッ!?」
「ほああああ……!」
「ふおおおお……ッ」

 ついに重厚な玄関扉の向こう側からも声が漏れてきた。ていうか隙間からお迎えしてくれる人たちが覗いてるのでは!?  雪国のマナーでは、内部の暖かい空気が外に漏れて雪を溶かさないように、できるだけギリギリで扉を開くの。
 内部の様子は私の予想通りだったみたい。
 ナイスタイミングで玄関扉が開く。

「ようこそいらっしゃいました!  フェンリル様、冬姫様、ユニコーン様!!」

 王族一同がきびきびとした一礼で歓迎の挨拶をしてくれた。

「ああ、この場に訪れるのは随分と久しぶりだ。現在の王よ。……そろそろ面をあげてくれ。冬の女王と雪国の王は対等だ」

「ーーありがたきお言葉!」

 深々と礼をしていた王様がフェンリルを眺めて、柔らかな笑顔になった。
 フェンリルは男性だけど、これまでの慣習に従って冬の女王を名乗っている。驚くほど違和感がないよ。

「これから怪物の様子を見ていただき、食事、休憩して少し城内を周る、というスケジュールで問題御座いませんか?」

「よい。あと、街の祭りがあるのだったか?  夕方あたりに、少し見て周りたい。エルはそういうのが好きそうだから」

 フェンリルは本当に私を大切にしてくれるね。頷くと、ニコッと笑ってくれた。
 あ、信者一同がぷるぷる震えて感激してるぅ。
 倒れちゃう前に、移動しましょうか!

 お城の廊下を歩いていく。

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