冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

35:怪物についての相談

 

 フェルスノゥ王国のソリが近づいてくる。
 リンリンとなる鈴の音が、なんだか騒がしいなぁ。爆走してない?

 隣をチラリと見ると、王子様はとても複雑そうな顔で氷の道の先を見つめていた。
 まぁそうだよねぇ。
 彼の境遇を思い出してこっそり苦笑い。

「お待たせいたしました!」

 トナカイが引くソリが私たちの前に着き、ミシェーラ姫がとても美しい一礼をした。

「フェンリル様のもとへのお導き、感謝申し上げます」

 後ろには先日の騎士団長たち。今日は三名の来訪だね。
 王子様には「お久しぶりですお兄様」と短い挨拶。
 それからすぐにミシェーラ姫はフェンリルに視線を向けた。

「先日はご連絡をありがとうございました。奇妙な怪物について、こちらから報告がございます」

「うかがいましょう」

 紙とペンを持ったグレアが返事をする。
 冬の白樺の木からつくった魔法紙と青いインク。
 重要なことは記録しておいて、洞窟の壁に紙を押し付けて模様を移し、後世に残すの。
 私たちが寝床にしている洞窟はとても奥が深くて、雪国の歴史が長く長く壁に綴られている。

 怪物の危機は後世に伝えなければならない重要事項。

「フェルスノゥ王国の雪原で狩りや採取をしていた国民が、おかしな怪物を見ました。つい昨日のことです。その怪物たちは異世界からもたらされた機械独特の光沢を放っていて、明らかに生物ではございませんでした」

「まるで自分が見たような物言いですね?」

「ええ。続きを話します。
 目撃は一体。ぐにょぐにょと動く灰色の筒を振り回し、雪を吸い込み、胴体である箱の中に人を飲み込みました」

 ……ごくりと喉を鳴らす。人が襲われたの!?

「さいわいにも怪物はすぐに人を吐き出したようです。被害にあったのは二名。雪キノコを採取していた少女は箱の中で、何かを確かめるようにくるりと回転させられたそうです。それから解放されました」

 確かめるように……ひっかかるなぁ。

「怪物はその後、雪山に向かおうとしたようです。王宮に報告があり、騎士団とわたくしが向かいました」

「ミシェーラーー!?」

「お兄様お静かに。今の季節は冬、強力な氷魔法を操れるわたくしが討伐に向かうのが一番効率がよいでしょう?  怪物がフェルスノゥ王国やフェンリル様に被害を出すかもしれない。王族が全力で立ち向かわなくてどうします」

 ミシェーラの眼力がすごいぃ……これは女王様の器だわ……!
 ぐっとおし黙る王子様にミシェーラは少し微笑みかけた。家族として心配されたのが嬉しかったんだろうなぁ。

「怪物は氷の槍で刺し殺しました」

 過激派。

「バラバラになった残骸はフェルスノゥ王国に厳重保管しております。とくに動き出す様子はございませんが……結界魔法士たちが見張っています」

「状況は把握しました。適切な処置だったと感じます」

「ありがとうございます」

 ミシェーラが綺麗なお辞儀。

「それから……こちらの雪妖精をお届けに」

 ミシェーラが振り向くと、騎士団長たちが持っていた籠のかぶせ布が少し浮いて、雪妖精が少し顔をのぞかせた。震えて、怯えている様子……?

<私の呼びかけに反応しなかった雪妖精だ。なぜ……どこにいた?>

「ミ、ミシェーラ。フェンリルがね、その雪妖精どこにいたの?  って」

「怪物の中に吸収されておりました」

「ええええ!?」

 私たちは全員で顔を見合わせる。みんな緊張した表情で耳が伏せてる。私もそうなってるだろうな。
 雪妖精は弱々しく飛んで、フェンリルの前にやってきた。

<ーー妖精の泉に何かが落ちた。そういうことか>

 あっ。フェンリルに以前聞いたことを思いだす。
 ”妖精の泉は魔力が濃いから、何かを落としたら思わぬ変化をするかもしれない。イタズラしないように”
 そういうこと!?

「異世界の落し物が妖精の泉に落ちて、怪物になっちゃったの!?」

<おそらく>

 私の声にミシェーラたちが目を丸くする。

「困りましたね。妖精の泉は特別な場所なので入ることができる者は限られています。しかし異世界の落し物となると、我々が規制することもできない……」

「グレア。異世界の落し物が泉に落ちた前例ってないの?」

「ありませんね」

 だからみんな驚いてるんだもんね。うう、マヌケな質問をしちゃったなぁ。

<早急にその妖精の泉を訪れて、泉の具合を確認して、この雪妖精たちを癒す。状況を他の妖精たちにも伝えよう>
「……とフェンリル様が申しております」

「よろしくお願い申し上げます、皆様。
 それから……我が国に保管している怪物もご覧頂けないでしょうか?  何か今後の対策の手掛かりになればと。それから、もう動き出さないか最終確認をして頂きたいのです。国の都合ではありますが、いつまでも結界魔法士たちに見張らせているのも大変ですので……」

<承知した>

 フェンリルが頷く。
 ミシェーラはホッとした表情で頭を下げた。

 一応怪物の正体がわかって、今後の方針もそれなりに決まって、みんなの顔が明るくなる。

<エル。気になっていることがあるなら言うといい>

「えっ」

 ……フェンリルには分かっちゃうんだ。
 せっかく明るくなったところで言うべきじゃないかなって悩んでたんだけどな。
 注目されちゃったし、じゃあ……

「結局、怪物ってどうして人を襲ったんだろう?」

「……」

 みんなが考え込む。

「対象は”人”、そして”雪キノコを持ってた少女”の方が関心が高かった。何を狙っているのかなぁ?」

「僕たちが遭遇した怪物は、クリストファーとプリンセスと人型フェンリル様の三名を狙っていましたよね」

 ぶるぶる震えてしまった私を慰めるように、王子様が手を取ってくれる。

「僕がこの身に代えてもお守りいたします」

「あ、ありがとうございます。えっと、お気をつけて下さい」

「昨日はあわててしまいましたが、僕は全属性の中級魔法が満遍なく使えるので、今後は同じ失敗はしませんよ!」

 すごいね!?
 あのね、後ろからグレアのチョップが迫ってきてるの。それのことを注意してたんだ。ごめんね。

 王子様は撃沈した。
 ミシェーラが「お兄様をソリに」と騎士団長たちに命じた。

「兄が暴走してしまい失礼いたしました。置いていった緊急バッグの兄の食料なども尽きるので、いったん王国に連れ戻そうと思います。
 そのように国王とも相談いたしました」

「お、王子様の意思は……」

 心配になって聞いてみる。
 ミシェーラが苦笑した。

「もちろんですわ。それを王国で発表してもらうつもりです。そのように先日話がまとまりましたし。
 ところで兄はソリ作りでお役に立てたでしょうか?」

 そういえばそんな話してたよね……!
 あー、強烈な出来事がたくさんですっかり頭から抜けてたよ……。

「クリストファー王子、たくさん頑張ってくれましたよ!  立派なソリを作ってくれて、冬の植物にも詳しくて、狩りが上手で、本当にすごいなぁって」

「「光栄です!」」

 ミシェーラと王子様の声がかぶった。
 王子様はキラキラした目でソリからこっちを見てるから、えーと、手を振ってみる。
 乙女のように顔を覆ってしまった。耳が真っ赤だ。こっちが恥ずかしくなっちゃうよ?

「ーーそれでは!  またフェンリル様がいらっしゃる日程を相談するために早めに参りますわ。皆様とお会いできるのもとても楽しみで幸せです」

 ミシェーラがひらりとソリに乗って別れの挨拶を。
 行っちゃう!  速い!
 あわてて駆け寄って、お土産に、って王子様に袋を渡した。

「プリンセス……!  また、必ず会いに参ります。僕は……先ほど、あなたを何が何でも守ると言ったばかりなのに」

 王子様は、王国に帰ることと、自分の気持ちにまだ迷いがあるんだね。
 王位継承権をミシェーラに譲るのか、自分が王になるのか。
 あんまり弱気なところを見せるとミシェーラが(それならば雪山の調査員になればよいではないですか?)と目を光らせて狙ってるよ?

「クリストファー王子。どうか、後悔のないように話し合ってきて下さいね。あなたにとって楽しい人生になるように。そうおおらかに考えて決めるのが、一番いいと思います」

 私自身にも向けた言葉、かも。
 王子様が目を見開く。
 ぐっ、と拳を握ったのが見えた。

「自分と向き合ってみますね」

 迷いがありながらも晴れやかな笑顔で王子様が言う。

「クリス。あなたはまた泊まりに来るでしょうから、寝具などそのまま置いておきます。次は今回の冬特有の動植物をいろいろと観察に行きますから、記録用の冊子を持って来てください」

 あれ!?  グレアいつの間に……本当に仲良くなったんだねぇ。
 王子様は嬉しそうに「はい!」と返事。
 ミシェーラもすんっっごく嬉しそう。そうか、グレアはミシェーラ女王派だから王子様を雪山へお誘いする後押しが心強いか……逞しいなぁ。

 鈴の音とともに王国の人たちが去っていった。
 この数日間は王子様にとって有意義なものだったならいいな、と手を振りながら思う。

<妖精の泉に行こうか。エル>

「うんっ。……その前にね」

 もふん!  ふわふわ!  サラサラ!  きゃーーー!
 癒されたくてフェンリルに抱きついて撫でまくった。ポジティブエネルギーはチャージしておかなくちゃね!


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