冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
30:妖精の泉
妖精の泉についた。
うわぁ……!  光景に目を奪われる。
黒い葉、白いバラに囲まれている大きな泉。水面はオパールのような遊色に輝いている。
どれだけ深いんだろう……ひと目見ただけではわからないね。
泉から二人、妖精が出てくると、水しぶきが雪の結晶のようなクラウンを作った。なるほど全員雪妖精なだけあるぅ。
水面の輝きが黒い葉っぱに映って、光を拡散して、空間を夢のように彩っている。
小さな妖精たちがいっせいにお辞儀をした。
このお出迎え、フェンリルの来訪をわかっていたのかな?  気配とかで?
もしくは……さっきフェンリルが召喚した雪妖精が伝えたのかも。とはいえ、全員スノーブルーの服で顔も似てて見分けがつかないんだけどね。
様子が違うのは……泉から出てきた二人だけ。少し青が濃いの。
<<ようこそいらっしゃいました>>
<歓迎ありがとう>
フェンリルが言うと妖精たちがくるりと舞う。
<<お久しぶりでございます>>
そう挨拶をされたフェンリルは苦笑いをした。
言わないであげてよー……きっと5年ぶりだってことが言いたいんだよね。レヴィと同じく悪気は無いと思うけど……うーん。
フェンリルへのレトルトご飯は二食分ふるまうって決めた。元気出して。
<皆が知っての通り、冬が訪れた。だからバラのアーチができてこの妖精の泉にようやく来ることができた>
フェンリルの静かな声。
へぇ、夏の間は開放されていないのね?
<こちらはエル。フェンリルの魔力を受け継いだ。それからエルの補佐を務めるユニコーンのグレア、フェルスノゥ王国のクリストファー王子>
全員が紹介された。
妖精は人間を見ても特にいやそうなアクションはしていない。ここに人間が入るのは初めてらしいから不安だったけど、ホッとした。
王子様もホッとしたみたい。
少し震えているのは妖精の泉に感動したからかなぁ。わかるよ!
あとキョロキョロしたいのを頑張って堪えているのも親近感。
私も何とかまっすぐ前を見てる状態。真剣に取り組まなくちゃね。
……泉から出てきた二人の妖精とめちゃくちゃ目が合うなぁ……
<本日は>
<<冬姫様の召喚妖精を選びにきたのですよね!>>
フェンリルの声にかぶせるように2人の妖精が言った。
……ビシバシとアプローチを感じるんだけど?
<そうだ。エルと相性が良い者を選ぼうと思っている>
フェンリルがツリーを黒鳥が狙っていたことを話した。ツリーを守るガーディアンについても考えたいと。
<山頂にお出かけですって!>
妖精たちがざわざわ話して、パタパタ翅を揺らした。ひゃあメルヘン。
こんなにも好奇心旺盛なんだなぁ。フェンリルが呼び出した妖精たちは静かに仕事をこなして帰っていくから、妖精によってにぎやかなのは意外だった。
お出かけって能天気だけど。
<妖精の選び方を教えよう、エル。
そこの泉の中央に立って、上に手を伸ばしてごらん。
妖精が周りを舞う。エルの手に触れた妖精が相性が良い。魔力が合わない場合、妖精は近寄ることができないんだ>
「そうなんだ。フェンリルもそうやったの?」
<ああそうだ>
「その時って妖精は何人近くに来てくれたの……?  普段たくさんの妖精を従えてるから」
<力がある妖精が10人。それからその部下にあたる妖精が、いつも私の言葉を聞いて動いてくれている>
「そんなに慕われてるなんてフェンリルはさすがだねー!」
フェンリルが柔らかく笑ってる。本当に凄いよ!  みんなあなたのことが好きなんだよ。
……私、そんなに何人もの妖精と契約できるのかなぁ。だってフェンリル族初の半獣人らしいし、異世界人だし。
<不安か?  大丈夫だよ>
フェンリルはいつも私の気持ちを分かってくれる。
あなたがそう言うなら、きっと大丈夫……なんて、勇気がでてくる。えへへ。
フェンリルが作ってくれた氷の橋を歩いて泉の中央へ。
「私と契約してくださいっ」
腕を上げた。
あたりをいっせいに妖精が舞う。
おわああああああ!?
妖精ハリケーンの中央にいる気分……!  みんな飛ぶの速くない!?  激しくない!?  羽音やばいよ!  興奮してるの!?
目を回しかけていると、
<<捕まえた♪>>
……………………ちょっと待て。
私は捕まる側ではなかったはずなんだけど?
私の指に抱きついているのは、泉から出てきた二体。
なんとなくそんな予感はしてた!
他の妖精はちょっぴり遠巻きだったもん。
(やってしまったか……)
(ええやってしまいましたね……)
フェンリルとグレアのひそひそ会話が不穏。
ちょっとそれどういう意味?  やばい知りたくない。
((あの妖精王たちの魔力と調和してみせるとは))
やばい知りたくないわ!!!!
<オーブと呼んで>
<ティトと呼んで>
……オヴェロンとティターニア?
試しに、地球式の妖精王と妖精女王の名称を呼んでみる。
ビクビクゥ!  と2人が反応した。
やっぱりねーー!?
いやあっちから攻めてこられたから……雑ッッな偽名で……これもう知らんぷりできないんでしょ?  なら……諦めた!
<我は妖精王オヴェロンである>
<妾は妖精女王ティターニアじゃ>
あっちも諦めてきたーーー!?
素を晒すのがはやすぎる!
可愛らしい妖精の雰囲気もどこへやら、急に尊大にふんぞりかえる。
<我は>
<妾は>
<<楽しいことが大好きじゃ!!>>
自己紹介ドーーン!  雑!
うんまあ……この感じはきらいじゃない。
素直すぎるけどレヴィより穏やかで、ハイテンションだけどグレアよりうるさくないし。
<千年ぶりに強大なフェンリル族に会えて嬉しく思うぞ>
<妾たちと契約できるなんて光栄であろう?  そうであろう!?>
この2人、きゃっきゃとはしゃぐ様子が可愛らしいからかなり得をしていると思う。
一般的な王様とかが尊大に口にしてたらけっこう嫌味な言葉だよねぇ。
フェンリルをチラリと振り返る。
「エルとの魔力調和ができているし、妖精王たちと契約をしても問題はないだろう。エルの護衛が強力になるなら私としても賛成だ」
んーー!  心配ありがとう好き!
護衛ねぇ、それより遊びたいのじゃ、なんて妖精王たちがコソコソ話しているのが気になるんだけど?
この2人、かなり自由な性格なんじゃないかな。だって王様と女王様で、部下の妖精たちとずっとここにいたんだから尽くされ放題だよね。
外ではそのままの感覚は困る……と思うの。
というかこの2人が私と契約したがってたら他の妖精は遠慮するしかなくない?  とんだ接待選択だよ!
<<さあ契約してやろう>>
妖精王たちがニコニコと手を差し出してくる。
私は……微笑み返した。
「まだまだ未熟ではありますがこの冬がよりよいものになるようフェンリルとともに頑張っていきたいと思っています。
お手伝いの契約立候補、誠にありがとうございます!」
おっと、雲行きがあやしくなってきたのを感じ取った妖精王たちがたじろいだ。
「お二人のような凄い方に助けて頂けるなんてとても頼もしいです!」
相手は尊大に胸をはった。よっしゃ!
「よろしくお願いいたします」
<<いいだろう!!>>
妖精王と妖精女王がそれぞれ私と手を繋いだ。
私の手の甲に紋章が浮かび上がる。
<契約成立だな>
フェンリルがふうっと息を吐いて、私の髪に冷風がかかりパウダースノーが舞った。
くるりと舞った妖精二人は、濃い青色の髪、冠付きのゴージャスな衣装に変身。
ちょっっっと!?  この目立つ二人を連れまわすのー!?
手の甲をまじまじ眺める。契約は結ばれちゃってるわ……。
……魔法文字で問題なく読める。
「ん?  契約したのは、オーブとティトだって」
<<なぬ!?>>
2人がパタパタと翅をはばたかせて驚く。
私の手を覗きこんだ。
<普通の妖精のフリをして遊んでおったのじゃが……そのまま魔法に組み込まれてしまった……と!?>
<なんということだ。我々の栄誉ある名が!  エルに貸し出されてしまった!>
「えっ」
それって、私がフェンリルに”ノ”の文字を食べられたみたいに……?
あれ返却可能なの?
「別に名前の魔力とかいらないな……」
<<いらないって言った!?  王と女王の魔力ぞ!?  大変甘美ぞ!?>>
困惑の仕方が面白すぎる。笑うな私。フェンリルは震えてるから頑張って耐えて!
フェンリルがグレアにちらっと目線を送った。伝言をたのんだのかな?  
アイコンタクトだけでフェンリルの意思を完全把握するグレアがマジで狂信者なんだけど。
<契約が結ばれたので、エル様がお二人を召喚している間は”オーブ””ティト”として使役されます。ご反省……失礼。ご了承ください>
<<……まあそれも気楽な散歩ということにしておく!>>
対応が早いな!!
オーブとティトがちんまりででんと胸をはった。
「これからよろしくお願いしますね」
<<うむ!>>
本人たちにやる気があるから、一緒に仕事をやりやすそうだ。よかった。真面目に働いてくれますように。
ちなみにこの二人と契約したことにより、私はすべての雪妖精を使役できるらしい。マジなの。
<……ところでエルにお願いが>
<冬姫様よ、妾たちは困っておるのじゃ>
ONEGAIのタイミングが絶妙だねー!?  やられた!  でもそれが役目だし、いいよ。
「まずうかがいます」
<妖精の泉の魔力が弱まっているのだ。長く冬が訪れなかったので妖精は泉にこもりきり、魔力は消費されるばかりで泉が回復することがなかった>
<冬姫様の魔力を分けてはもらえぬか>
どうやったらいいんだろう?
フェンリルに目線を送る。……頼ってばかりだけど、勝手に安請け合いしたり、想像だけで動いて失敗するよりいいよね。
<名前を分けるか、エルの身体の一部を分けるか……>
なかなかバイオレンスな提案。
私これ以上名前を分けるなら「エ」「ル」みたいな1文字になっちゃうの?  それは困る。
「身体の一部……髪とかは?」
<<それはいい!>>
オーブとティトは大絶賛。お、おー。ではそうしますか。
<エルの美しい髪が……ッ>
保護者勢がそれはもう嘆いている。王子様は嘆きすぎて膝をついている。しっかり!?
でも毛皮(スカート)とかを切るわけにはいかないし。
気持ちを改める、って意味でも髪を切るのはちょうどいい機会なのかも……って。
会社員時代に伸ばしっぱなしだった髪。
未練は……ないないないないない。むしろ断ち切りたいって。
<<では今のうちに!>>
妖精の本音がダダ漏れすぎるよ!
氷のハサミでばっさりと、30センチほど髪が切られる。肩下くらいの長さになった。
白銀の髪が泉の表面に散らばって、溶けるように消えていった……
ぞくぞくと妖精たちが震える。
<<冬姫エル様に心からのお礼を!>>
一斉にお辞儀。
私ははれやかな気持ちで、その様子を眺めた。
オーブとティトに手をひかれて氷の橋を渡る。私のここでの役目はおわり。
<泉に落ちちゃダメだぞ、エル>
<その通りじゃ。妖精以外のものがもぐると妙な変化をすることがあるからな>
はーい、って返事をしたけどこれ怖いよね。
だから妖精の泉に行くことをためらってたんだし。必要になって結局きちゃったけどね。
フェンリルの元に行くと、髪に鼻先をすりつけられた。
大切にしてもらってるなぁ……髪、サッパリしたから大丈夫だよ。あなたに魔法をかけてもらった髪だからそれだけ少し惜しかったけど。役に立てたならよかったなって。
「プリンセスの髪の毛先をまた整えさせてください」
王子様がそう申し出てくれた。
女性が髪をバッサリ切るなんて、とつらそうな表情で。フェルスノゥ王国では女性はロングヘア、みたいな風習があるのかな?  もしかして。
彼は器用そうだから「あとでお願いします」と返した。
グレアが張り合ってきたけど……獣のハサミ使い怖そうで……今回は王子様に頼むことにしたよ。拗ねてた。もー。
オーブとティトとは手を振りあって別れた。
あとで山頂に戻ってから、二人をツリーガーディアンとして召喚する。
二人の名前の魔力を預けられて、私はより強力な魔法がつかえるようになったんだって。
妖精の泉の外に出る。
空気がざわっと肌をなでた。
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