冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

29:雪原を駆けて

 
<フェンリル視点>


 私の愛娘がやっと無邪気に笑った。
 心からの笑顔だと感じる。ああ、よかった……!
 昨日からずっと気を張り詰めさせていたみたいだから。エルが癒されるようにと、願いをこめて頬をすり寄せた。

 エルには既にたくさん助けられている。
 ありがたいが……私は親として、愛娘には楽しく生きてもらいたいと考えている。
 疲れさせたことを、申し訳ない、かわいそうにと感じている。

「ありがとう」

 エルがそう言うたび、こちらこそ、と返事をする。
 脚に抱きついてくる様子が愛おしい。

<これから妖精の泉に向かう>

 エルはグレアに乗り、私の前を進む。
 グレアの紫色のしっぽが揺れ、エルの白銀の髪もなびいた。
 人型の私の髪色にそっくりだな。

 ユニコーンの隣をソリで走っている王子クリストファーの髪がふと目に入った。
 華やかな金髪。
 覚えていないが、フェルスノゥ王国の王族は皆この髪色なので、フェンリルとなる前の私も金髪だったのかもしれない。

 森林を抜けて雪原に出る。
 太陽の光が我々を照らし、氷の装飾などが光を反射して輝いた。
 エルの腰の部分、ポシェットの氷紐が光っている。
 この中に収められている通信機械(スマホ)のことを思い出して、昨日、また返信について言いそびれてしまった……とため息をついた。

「フェンリル?」

 おっといけない。

<どの妖精の泉に連れて行こうか考えていたところだ>

 エルが振り向いたのでごまかしておく。
 フェンリルの魔力を共有しているため何となくお互いの気持ちがわかったり、感覚を共有したりするのだ。

「いくつも妖精の泉があるんだっけ」

<森林の各場所に散らばって存在している。そうだな……その中でも一番大きな泉に行こう。妖精がたくさんいるから、エルと相性がいい妖精が必ずいるはずだ>

 それに最も強力な妖精が集っている。と、これは内緒にしておこうか。
 ふっと息を吐いて、小さな氷の魔法陣をひとつ。
 そこから私が契約した雪妖精が一体現れて、エルの周りをくるりと舞って消えていった。
 クスクスとエルが笑う声が耳に届き、心地よくて目元を和らげる。

「楽しみ!」

<それはよかった>

 エルには笑って過ごしてもらいたい。

 親としてフェンリルの愛娘を思う気持ちと、フェンリルとして後継ぎ問題に悩む気持ちは両立が難しい。
 しかし幸いにも、私はエルのおかげで力をある程度取り戻したので、今すぐに決断する必要はない。

 グレアやあのミシェーラ姫は、時期は今しかないと焦っているが、300年も生きると悠長になるものだ。

 王子は……まだ人生について迷っているな。
 エルと似ている。
 お互いの様子を客観的に見て、自分の心と向き合えるようになってほしい。
 ともに切磋琢磨できると一番よい。

 王子はキョロキョロと周りを見渡し、真剣に冬景色を観察している。能力は優秀だと言える。
 夢見るような瞳は、冬を通してエルへの恋心をさらに加速させているのかもしれない。

 グレアはそれが気に入らないようだ。
 まぁ私も、気に入らないかと言われたら気に入らないが……エルにさっぱりその気がないので安心していられる。心がつながっているからこそわかる感覚だ。

 エルはまだ自分のことで精一杯。
 王子の態度に思うところはあるだろうが、恋愛的な雰囲気にもちこまれて悩みごとを増やしたくないようで「フェンリル信者だー」と自分を納得させている。

 エルが成長し、恋を覚えることが、いつかあるだろうか?
 フェンリルが番(つが)いをもつ前例はない。
 しかし元王子がフェンリルを継いだのも、異世界からやってきた娘が半獣人になったのも初めてのケース。
 前例がどうした、と鼻で笑えるくらい前代未聞だらけである。

 ……うーむ。おっと、今それを考えている場合ではない。

 前方をトナカイの群れが横切ろうとしている。
 このまま進めばぶつかるだろう。

 ”ガオオオーーーーン!”

 吼えると、氷の橋がアーチ状に作られて、トナカイの群れが走り抜けていった。
 エルたちには<そのまま走れ>と声をかける。

<さすがです!!!!>

 グレアの声が大きくてエルの「すごいね」がほとんど聞こえなかったではないか!?
 まあ称賛されるのは悪い気はしないが。苦笑した。

 エルたちを前に行かせているのは、妖精の泉を視界いっぱいに見せたいからだ。
 とても美しい場所なので、きっと感動するだろう。
 宝石の洞窟でもいい反応をしてくれた、と思い出す。

 なんとなく、異世界からの落し物を見つけたことを思い出して、エルのポシェットをまた眺めた。
 胸がざわざわする……早く返信について言ってやらなくては、だな。

 それから別の懸念もある。
 この冬になじまぬものが森林に存在している気がするのだ。
 異世界の落し物のような、違和感のあるものが。
 それは本能で感じ取っただけだが……だからこそ嫌な胸騒ぎがとまらない。
 ざわざわ……ざわざわ……ああ、この感覚はいやだな。
 あとで愛娘と触れ合って癒されよう。

 雪妖精を10体召喚する。
 2体、足りない
 ……雪妖精は気ままなところがあるので、呼びかけに応じないことは稀にあるが。
 嫌なタイミングだ、と耳が伏せた。
 エルが振り返ってしまう。

「ねぇフェンリル!  夜には、一緒にレトルトごはんを食べてみようね。フェンリルも一緒がいいの」

 癒された。愛娘の笑顔はすばらしい効力だ。
 私の気持ちを明るくしようと発言したのだろう。嬉しい。

 あのちんまりした食料を食べるには……そうだなぁ……人型が適している。
 しかし抵抗がある。男性型だとエルに知られて、距離を置かれてしまったらどうしようかと……ううむ……正直乗り気ではない。
 獣型のままだとエルがたっぷり甘えてきてくれるからだ。この関係は絶対に崩したくない。

 妖精の泉の入り口が見えてきた。
 まずはエルの契約妖精を見つけ、守りを固めようか。
 白薔薇のアーチをくぐった。
 エルの静かな歓声が聞こえて、とても嬉しくなった。

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