冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
20:湯の花とともに
つまり、レヴィのさみしさをなんとか癒して、また地中に帰ってもらうことが目的だったんだって。
いつも通りの冬となるように。
「このまま温泉があっちゃダメなの?」
しょんぼりとしながら、フェンリルを見つめる。
だってお湯がとっても心地いいよ。
できれば毎日、お風呂に入りたいんだけどなぁ。
<すまないな……エル。しかし言った通り、レヴィの湯は熱すぎる。この私にとってもだ>
「フェンリルでも?  冬毛の魔法が溶けちゃうの……?」
<ああ、おそらく。それを覚悟でレヴィのさみしさをなんとかしようと思っていた>
えっと、つまり抱擁を許すと。
……ちょっとイヤだなぁ、なんて、ほんのちょっとだけ嫉妬してしまった。
う、独り占めしたいっていう醜い感情なんだけどさ。
フェンリルが抱きつくことを許すのって、今まで私だけみたいだったから。
多分、ね。
「あれ?  長いこと抱きついてると、フェンリルの魔力が浸透しすぎて動物とかにとっては危険だって……」
<まあその通りだ。相打ち覚悟だった>
「レヴィを倒しちゃダメでしょ」
<まあ……そうなのだが……他に方法がなくてな>
<わたくしなんて消滅してもいいってお考えだったのかしら!?>
「まってレヴィ落ち着いて」
レヴィがカーーッと怒ったから、温泉のお湯がぷくぷく沸騰してるよ!?
ホラ周りの雪が溶けてきちゃってる!
私もさすがに熱いし!
「適度なところで離れようって思ってたはずだよ。ね?  フェンリル、そうでしょ?」
<その通りだ>
そうだよ頷いとこう!
”最悪、他の湯の乙女たちで埋め合わせをするしかないかと思ってた”って顔に書いてあるけど!
きっと私とグレアくらいしか気づいてないから大丈夫!
レヴィの怒りが収まって、私たちはホッとため息をついた。
<わたくし、カッと熱くなりやすいの……。もともとお湯の温度が高いから火がつきやすくて、心が燃えるとまたお湯の温度が上がって>
「相乗効果になっちゃうんだね」
それは困った事態だなぁ。
落ち着いているレヴィは悪い子ではないし、本来の性質が困った風に作用しているみたい。
「お湯の温度を調節しやすくなったらいいのにね」
<それはもう色々と試したのだ、エル。雪や氷で冷やそうとすると、温泉が雪解け水で薄まってレヴィの調子が悪くなる>
「んー」
そっか、何もしてないわけがないよねぇ。フェンリルは優しいんだから。
異世界人の私ならではの発想って、なにかないかな?
うーん、うーん、と唸りながらポカポカ温泉に浸かって考え事をする。
<……エル様。考える様子を見せながら能天気に温泉を満喫していませんか?>
「そんなことないってー。温泉に浸かっていたいって欲があるからこそ、真剣にレヴィが存在し続けられる方法を考えているんじゃない?」
<ぐうう!>
グレアが唸ってる。とっさの屁理屈なんだけど、私うまいこと言ったなぁ。
言ったからには、何か思いつきたいけど。
グレアの背後に、雪の花を見つけた。
さっき、私の涙から咲いたやつだ。
「そうだ……。レヴィ、このブレスレットの留め装飾を溶かしてもらってもいい?」
<?  わかったわ>
フェンリルが氷魔法でブレスレットを作ってくれたんだけど、ごめん、溶かすね。フェンリルの悩みを解消するために。
レヴィがちゅっとキスをする。
う、うわわわ!?  そういう解放の仕方!?  あ、ありがとうございます。
キスは熱く、フェンリルの氷魔法すらも溶かして、ブレスレットになっていた涙の真珠が温泉に散らばった。プカプカと浮かんでいる。
「溶けない雪の花よ、咲け」
イメージするのはスイレンの花。真っ白くて雪みたいな花びらで。
真珠は可憐な花になった。ひやりと冷気を纏っていて、温泉の温度を優しく下げる。
「どうかな?」
レヴィはほうっと心地良さそうな吐息を吐いた。
<ああ……!  心がとても穏やかよ。なんて優しい冬かしら>
「よかった!  効果がありそう。フェンリル、どうかな?」
振り返ってみると、あっ。
フェンリルとグレアはあんぐり口を開いていた。
その顔めちゃくちゃ愛嬌あって好きだよ。面白いねー。
手を振ってみると、やっと二人がハッと覚醒する。
フェンリルがゆっくり近寄ってきて、足先を温泉につけた。
フェンリル様ーー!?  ってグレアの悲鳴が上がってるんだけど、うん落ち着いて?  フェンリルが考えなしにこんなことするはずないって。
<うん。他の湯の乙女と同じくらいの温度になっている>
<そうなの?>
レヴィが頬を両手で包んでポッと温かくなった。
「あ!?  感動してるのに温度の上昇が穏やかだね」
<冬姫様のおかげだわ>
泣きながら抱きついてきたから涙はじゅわっと熱かったけど、まあ心地いい温度だ。
多分43度くらい。冬にはぴったりだね。
<ここにずっといてもいいかしら?>
<うーむ>
そのお願いには、フェンリルが唸る。
<私たちの目の届く範囲にいてもらいたい。レヴィの湯は特別魔力が濃いから。この場所は少し遠いのだ……移動する気はあるか?>
<まあ。よろしくてよ>
<それならば、ともに来てくれるか。山の頂付近になるが、歩いて行けるか?>
<地中に帰らずにすむのだもの。こんなに嬉しいことってないわ。がんばる>
レヴィがくるくると周り、温泉が縮小していく。
広がっていたオレンジのお湯がスカートのようにまとわりついた。
蓮の花がカチューシャと首飾りのようにレヴィを彩る。
優雅なお辞儀。
「さ、寒いっ」
急に温泉がなくなったから。
慌てて立ち上がって、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
<まあ大変>
レヴィがさっと寄って来て、包み込むように抱きしめてくれる。
あーーったかーーい!
残念なものを見る目をして呆れてたグレアはあとで覚えときなさいっ!
「ありがとうレヴィ」
<お礼を言うのはこちらこそだわ。感謝もうしあげます、冬姫様>
ふわりと身も心もあたたまるような微笑みだね。
ずっとレヴィと抱き合ったままでは移動できないから、いったん離れて私は冬ドレスに衣装チェンジした。
レヴィは思い出に浸るように、出現した地面を眺めている。
いつもここに湧き出ていたんだって。
<あら?>
ん?  レヴィが温泉跡地に歩いていって、何かを拾う。
<なにかしら。これ?>
くるりとこちらを向いた。手に持っているのは……
「防災バッグ?」
<エル。知っているのか?  どうやら異世界からの落し物のようだな>
レヴィからバッグを受け取って、中のものを探っていく。
「うん、非常食や緊急時に必要な便利グッズが入っている。防災バッグだね。悪いものじゃないよ。……本当だよ!?」
そのギラギラした目と爪と牙とツノは控えようね!?  二人とも!
どうしてこんなに攻撃姿勢なのかな!?
<……そうか。それならばいい>
<納得いたしましょう>
「はい、大丈夫です!」
防災バッグは持っていくことになった。
異世界の落とし物は見つけた人のものらしい。
<短期間に、こんなにもたくさん落し物が見つかるなんて>
<前代未聞ですね>
フェンリルとグレアの会話を聞きながら、私の心はすこしざわざわとしていた。
ポシェットの中のスマホが、またズシリと重くなった気がした。
私の内心を知ってか知らずか、レヴィがぎゅっと抱きついてくる。
即席の氷の橋をつくって、その上を私とレヴィが歩いているんだけど、さっきから何度こうしてハグされたかわからないくらい。
あまり立ち止まっていると氷が溶けちゃうんだけどなぁ。
少しだけ、この温かさに甘えた。
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