冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
18:オレンジ色の湯の乙女
「今日はどこに行くの?」
<森は広い。動物たちの声、妖精の導きを気にかけながら進むさ>
「つまり明確な進路はないのね」
真っ白な雪原には足跡一つない。
道も……獣道があったかもしれないけど、雪に覆われてる。
どこにでも行けるんだ。
レールが敷かれていない進路。
なんだか、視野が大きく広がった気がした。
真っ白な雪に心も洗い流されたよう。なーんて。だいたいフェンリルの愛情とグレアの治癒のおかげだよ。
「今日は何と出会うのかなぁ」
<楽しそうですね、エル様。適度に気を引き締めていてください>
「はーい」
うん、おかげさまで楽しいよ。
二人が私を楽しませようとしてくれているのがよく分かる。
でもさっき意識的にスプラッタ見せたのは根に持ってるからね!?
また卒倒しかけたわ!
<ここで暮らすなら必要な習慣です。肉からしか得られない栄養もあります>ってもー!
肉だけ、植物だけにしか含まれない魔力があるらしい。バランスよくお食べください、ってグレアはお母さんかな?
…………。
私はスマホを手放せなかった。
魔法ポシェットを作り、そこに携帯している。
<……エル様。たてがみに顔を埋めるのはおやめ下さい>
「ンフフ」
<笑い声はもっと優雅で上品に。ほら、景色を楽しんで下さいませ>
ん?  いつもなら<笑い声が下品>くらい言いそうなのに。
「柔らかく上手な誘導!  物言いが上達してる!  ……あ」
<フフン>
やっば上から目線だった!?  って焦ったけど、グレアはすんごく嬉しそうだ。尻尾もゆらゆら。単純だよ。
あー……グレアが従者でユニコーンは主人だから、上からの物言いは気にならないのかな?  可愛いものね。
フェンリルのもとに雪妖精がやってくる。なにか、報告かな?
<……なに!?  レヴィがもう現れたのか?>
焦ってる。珍しい。
びっくりしながら眺めてると、振り返った。
<エル、グレア。
湯の乙女レヴィが温泉を展開して、その周囲が温められて雪が溶けてしまったそうだ。動物たちが熱気の影響を受けてのぼせている。急いで向かおう>
<承知いたしました!>
「わ、分かった。……えっ、温泉があるの!?」
私が反応したことに、フェンリルが驚く。
<エルの世界にも温泉があるのか?>
「あるよ。気持ちいいよねぇ。あったかいお湯に浸かるの大好き。ああお風呂が恋しくなってきちゃった……!  
でも、雪が溶けたのは困ることなんだよね。引き止めてごめん、向かう?」
<そうしよう>
フェンリルとグレアが、雪妖精を追って駆ける。
冷たい風がさわやかに頬を撫でていく。
ふと、温かみを感じた。
だんだん、空気に熱がこもってくる。
この冬用保温ドレスでは少し暑いなって思うくらい。
<エルは温泉が好きなのか>
「うん」
<……レヴィが喜ぶかもしれないな。やはり、私の愛娘はすごい>
「な、なに。照れるよぉ」
<会ってからのお楽しみだ>
やがて、オレンジ色の温泉が見えてきた。
けっこう大きい!
誰も入浴してないね。
そして、まわりの雪が溶けてる。動物がぐったりしてる……これはかわいそう。
動物を雪でふんわりと包む。
そして小さめの氷柱をところどころに出現させた。
<エル様。お見事です>
「役に立てたかな?  雪も氷もまた溶けちゃうかもしれないけど、体調を立て直すくらいはできるかもって思ったの」
<耳を澄ましてみては?  エル様は獣の耳、人の耳をお持ちですから、どちらもの種族の言葉を聞けます。小動物たちは何か言っていますよ>
「そういうことなの!?」
今日一番のビックリだよ!
<俺たちは成獣の姿のままでは人に言葉を伝えられないので、時に人型になるのです>
なるほどねぇ。
最初、獣耳が生えてない時からフェンリルの声は聞こえてたけど、あれは魔力同調したからなのかな?  それとも潜在適正のせい?  ……まあそんなもんでしょ。
意識して、獣耳の聴力に集中する。
<ありがとう冬姫様>
「……えへへ、どういたしまして」
気配りに対して、感謝されるのって嬉しいね。
あ、やば、泣く……
雪原に一輪、雪の花が咲いて揺れた。
フェンリルがオレンジ温泉の淵に立って、声をかけた。
<レヴィ!>
温泉がとろりと揺らいで、お湯が渦を巻く……!
中央に女性の形が現れた。
透明感のあるオレンジ色だよ。
うわぁ神秘的〜。あったかそうな存在だなぁ。
<怒った声で呼ばないで。なにかしら?  フェンリル様>
じんわりと響くような声。
あ、表情は不服そう。
<なぜ、もう温泉を展開したのだ?  まだ冬を呼んだばかりだろう……。動物たちは冬毛になっていない、この熱気に耐えられない。協調性を乱さないでくれ>
フェンリルは顰め面。そうだよねぇ。
<いい子でいなさい、だなんて、押さえつけないで。いやよ!
だってわたくし、もう5年も誰にも会えなかったのよ。地中で一人、冬を待って、もうさみしくてさみしくて……>
乙女の目からしくしくお湯が流れている。
水面に波紋が広がった。
う、かわいそうだけど……
<それはすまなかった>
私はね、フェンリルの方が心配なんだよ。
冬を呼べなかったことをすごく気にしてるから、あんな風に言われてとても辛そう。
乙女は、責めるつもりはなかったんだろうけど、ね。
「フェンリルはとても頑張ってるって知ってるから!」
<エル>
近寄って行って、脚を抱きしめた。
「元気出して……」
<ありがとう>
鼻先でつつかれた。
あ、耳が少し立ったね。気分転換くらいにはなれたかな。
グレアが<俺もフェンリル様のご活躍を多々存じ上げておりますので!!>ってアピールを始めてる。ふふっ。
<あなた!>
湯の乙女に呼ばれて振り返ると、ぷくーっと頬が膨らんでいる。
<わたくしが悪者みたいじゃないの!>
えー。私にとっては悪者ですよ。
「事情をよく知りません。そんな中、頭をつっこんだことは謝ります。
でもフェンリルを責めてもなにも解決しません。
レヴィさんのお気持ちを教えてください。そして、困っていることがあれば一緒に考えさせて下さい」
乙女がウッと口をつぐんだ。言葉で責めてたって自覚した?
<上出来すぎるくらい、上出来だ。エル>
フェンリルの眼差しから、深い感謝を感じ取る。
あなたにはもっとたくさんの好意をもらったから、これくらいはさせてほしいの。
<……わたくしのこと、どれくらいご存じ?>
乙女が話しかけてくる。よかった、歩み寄る気持ちはあるみたい。
って、物理的に近寄ってきた。なかなか熱いね。
「お湯の乙女さんで、温泉を展開する。……くらいでしょうか」
<そう>
近くで見ると、オレンジのお湯で作られた顔は可愛らしいね。まろやかなお湯が揺らぐ感じ……ううう温泉いいなあああ!
うずうず見つめていると、
<じゃあ、教えてあげる。
湯の乙女たちは温泉を展開する精霊なの。乙女は湯、湯は乙女。
温泉水を吸い上げて完全な人型になり、歩いて移動、温泉を展開する場所はさまざま。
その中でもレヴィは一番心が熱い。
とても熱くて雪を溶かすから、冬が終わる頃にやっと現れて、天空の雲と抱き合って空に登り、あたたかな雨で春を連れてくる>
「冬を、終わらせるの?」
動揺した声が出た。
だって、フェンリルがあんなに望んでやっと冬になって、他の動物も冬を喜んでいるのに。大地もまだ回復してないよ?   
それなのにどうして出現したの。
湯の乙女って、さっきフェンリルが言った通り協調性をもってないワガママっ子なの?
<そんなつもりじゃないわ>
湯の乙女はふるふると頭を振る。
<ただ、さみしいの>
抱きついてきた!?
うわっぷ!
温泉の熱に溺れる。
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