冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

16:励まし



 ふわふわとベッドが揺れる感覚……えっ地震?  
 がばっと起きた。

<おはよう。エル>

「おはようございます。エル様」

「………………おはよう……あれ。二人。おっきなオオカミと紫美形……。……ああ、そっか。ここ異世界だ」

「毎度のことながら寝すぎで……大きなオオカミ?  フェンリル様とお呼び下さいませ!」

「ちょ、グレ、グレア、耳がキィンと……っ!?  寝起きに優しくなぁい。近いー」

「エル様が手を離しませんでしたので」

 ふと右手を見ると、グレアと繋いだままだった。
 あれ……?  昨日の出来事を振り返る。あー、うん、まあ。

 フンと小馬鹿にした表情。

 ……さりげなく私から手を繋いできたようにされてない?
 ちょっぴり不服じゃない?

「フェンリルぅ。助けてー」

 あ、グレアが大慌てしてる。
 でも耳がへにょんと伏せてるよ。元気ないね。

 ……っ!
 私、すごく自然に、助けを求めてしまった。
 唖然とする。

<ああ。いいぞ?>

 ……受け入れられた。

「フェンリル様ぁ!?  俺はですね、粗相をするつもりではなくフェンリル様への尊敬と感謝を忘れぬようにと……!  ……エル様?  何を笑っているのです?」

 え?
 まんまる目のグレアとフェンリルが見てる。

 ……だって、雰囲気が優しくて、安心して。嬉しくて。

「えっとね。私、ちゃんとフェンリルに感謝も尊敬もしてるからね。グレアとは表現が違うかもしれないけど」

 白銀の毛並みを撫でて、埋もれる。

「本当にありがとう」

 目尻の涙が、毛に吸い込まれたような気がした。
 グレアのこれ見よがしなため息が聞こえた。

<エル、気を持ち直したようだな。よかった。きっとグレアの治癒の効果もあるはずだ>

「本当にそうだよね。ありがとう」

「どういたしまして」

 グレアは誇らしげに言った。

「……エル様のお気持ちは分かりましたよ。
 しかし外部では発言にお気をつけ下さいませ。皆、フェンリル様を慕っているのです。エル様の表現によっては、いらぬ不評を招きかねません」

「あ、そういうこと……オオカミって呼んだ件。
 そうだね、気をつける。外部って森の動物や妖精とか?」

「それらもですが、フェルスノゥ王国の民衆ですね。古(いにしえ)よりフェンリル様を讃える者たちですから」

 そういえば王国があって、人が暮らしているんだ。

「まあ信者として俺が一万人ほどいるとお考えください」

「きつい!!!!」

 しまった本音が!
 グレアが怒った顔してるー!
 なぜか責めてはこないんだけど、それかえって不気味で……えええここは怒ってよかったよ!?  なんなの!?

「フェンリルー!」

 また助けを求めてしまった。
 だってフェンリルってば、身体を大きく揺らして笑いを堪えているのが丸わかりなんだもん。

<エルの様子に安心したよ。グレアも感情制御の勉強中なのだ>

 ん??
 なんかピンとこない。
 グレア”も”?

<エルが昨夜、鋭い氷を出してしまっただろう?>

「う!  ご、ごめんなさい……」

 しょんぼり気まずくなって、私も耳が伏せてしまう。
 フッとフェンリルが息を吐きかけてきて、冷たさにピンと耳が立った。

<あれを私が注意したな?  穏やかに過ごすように、感情の制御を心がけよう、と。
 グレアも同じく成長しようとしているんだ>

「そうなの?」

 驚いてグレアをじいっと見る。
 まあよく怒るもんね。

<ええ。平常心です>

「めっっっちゃ面白い顔になってるよ。怒り堪えすぎて」

 きついとか言ってごめんってば。

<んんんっ!>

「フェンリルは笑い上戸すぎかな?」

<……ご機嫌なのはいいんだ。魔法がより上手く使えるから>

 そうなんだ?  じゃあたくさん笑わなくちゃね。
 にーーーっこり笑った顔を付き合わせてみる!  グレアと変顔にらめっこみたいになっちゃった。
 敗者は圧倒的にフェンリルだ。

<グレア。喜び以外の感情を抑えるなとは言っていない。大切なのは制御(コントロール)なのだから>

「!  覚えておきます」

 グレアがスッと真顔になったので、あっやばい。叱られるわ、コレ。
 私は大慌てでフェンリルに話しかける。

「ねぇ!  フェルスノゥ王国って?  昨日山のてっぺんから見た所?」

<その通りだ。そういえば、また行く機会があるかもしれない。
 冬の訪れについて、連絡などが必要だ。
 まああちらからの使者が来る方が早いかもしれないがな。
 いつも、我々が冬の森をパトロールし終わって王国に向かう前に、確認の使者がくる>

「へぇ……偉い人?」

<大臣などだな>

「とっても偉い人だー」

 う。偉い人って苦手かも。上司を連想させ……あああダメだダメだ。こういう時、切り替えろ。そうだコレ。海に向かって吠えるイメージ。
 うるせぇ!!!!!
 奮い立て、私!!!!!
 過去の細かいことはいいんだよ!!!!

 ……脳が上手くリフレッシュしない。
 昨日のせいかなぁ。
 うう、早く元気になりたいよ。

「……ん。大丈夫」

 フェンリルとグレアがすごく心配そうに眺めているから、えーと、とりあえずカラ元気いっぱいに笑っておく!

「あはは!  ふたりとも耳がしょんぼりしてるよ!」

「<エル(様)もだ(ですね)>」

 ……あーーー!?
 触ってみると、獣耳はぐったりとしていて立ち上がらない。し、しっかり!  こんなはずでは!
 心と体はどうしても連動してしまうのね?

 無理をせず、苦笑する。
 もっと、切り替え上手にならなくちゃなぁ……。

<よし!  気晴らしだ!  グレア!>

「はい!」

 え!?
 グレアが私の手をぐいっと引いて立ち上がる。
 そしてユニコーンの姿となって、前脚を折った。
 ……とりあえず、乗ってみる。

<食事か、遊びか。どちらになさいますか?>

「それって、昨日フェンリルが言ってたやつ……?  寝るのは?」

<さっきまで何をしていらしたか覚えていらっしゃらない!?>

「ジョーダンだからー。……ふっ!」

 あ。今度こそ、気分転換できたんじゃないかな。
 私のお腹がきゅーっと鳴った。

<では狩りに行こうか。愛娘のために張り切ろう>

<覚悟していて下さいませ、エ、ル、様!>

「ノーーーーー!?」

 フルーツとかでいいです!  と思ったけど、獣たちは速度を上げてビュンビュン駆ける。
 もーーーーーー!

 朝ごはんは青い毛皮のイノシシだった。
 朝から重くない?

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品