人生3周目の勇者

樫村 怜@人生3周目の勇者公開中!

第35話 父を殺した話 後編

村の村長と、その時代に有名だった1人の勇者が、私達の住む売春小屋の扉を叩いた。それを嗅ぎ付けたパパは咄嗟に判断を下し、これまで準備を重ねて来た作戦を決行した。魔族による『反乱』である。

売春小屋の周囲に潜んでいた同胞達が、武器を持って勇者に突撃する。私とママは、パパに促されて秘密裏に作られた抜け道を通り、全力で逃げた。細いトンネルの中、何匹ものネズミの死骸の上を張って、必死で逃げる。

体中に獣の血肉と泥を付けてトンネルを抜けると、立派な家の前に着いた。その家の主らしき人間の手招きを見て、咄嗟に入り込む。産まれて初めて、人間の家に入る瞬間だった。ママと二人、恐怖で震える身体を抑え、見た事も会った事も無い人間に言われるがままクローゼットの中に隠れる。

それからどれだけの時間が経過したのか分からない、暗闇の中で勇者の存在に怯え続けていた。しばらくして扉を開ける音と共にパパの声が聞こえた。生還した事が嬉しくてママと二人で泣いていると、誰かがパパを支え、この部屋に入って来るのがクローゼットの隙間から見えた。

パパを支えていたのは〇〇だった。この家は〇〇の住んでいる家だったのだ。

パパに唆《そそのか》されて、〇〇の家族ごと魔族の味方につけたらしい。しばらくの間〇〇の家に匿ってもらう事になった。最初は良かった。〇〇とパパの仲には目をつむり、客人のような持て成しを受けて感謝したが、滞在期間が延びるにつれて当然雑になっていく。特に、私とママへの当たりが急変していった。

率先して私達を追い込んだのは、パパを自分のものにしたい〇〇だった。〇〇の両親もそれを望んでいるらしく、拍車をかけて日に日に悪化していく。出されるパンにはカビが生え、許可を得ないと飲み水ももらえない。便はすべてバケツで済ませる、まるで監獄のような生活。いくら頑丈なベーリヒとはいえ、存在を忘れられて数週間単位で飲み水を得られないと衰弱する。

特に絶望を感じたのはパパの態度だった、何を期待していたのか、パパは完全に私達を見捨て、まるで情けで置いてやっているかの如く、〇〇の家族と結託していた。元よりパパは働かず、私達が働いて得たマムで食わせていた、考えればこれは当然の結果だったのかもしれない。でもそれには理由があった。私達はパパが掲げる高位種族主義の思想を信じていたのだ。その時の私達は若かった。何も見えていない、何も知らない私達は、パパの掲げる思想が正義だったのだ。

完全なる裏切り、私達はそんなパパにも捨てられた。

この時からママがよく言うようになった言葉「あなたは悪くないわ、悪いのは全部私よ」、何度も何度も何度も何度も聞いた。

衰弱し、友達だった頃の〇〇を忘れ、生きる希望を失い始めた時。なんの前触れも無くママが薄情した。

「あの子、〇〇ちゃん……あの子が何故……お友達になったか……憶えてる?」

「……」

「あの子……最初から……パパが好きだったのね……。パパに近づくために……あなたと友達に……」

「……」

「……〇〇ちゃんと……パパがシテるとこ……何度も見ちゃったわ……」

ママは、かすれた声でそう言って、涙を流して笑っていた。12年間ずっと騙されていた事を、改めて知った所で何も感じ無くなっていた。私達は限界だった。

なんのために産まれたのか、何のために死ぬのか。産まれた時から否定され、偽物の幸せを存分に味わって、暗い部屋で異臭を放ちながら死ぬ。そんな事を何千回と考えた末に、やっぱりちゃんと死を覚悟した。目をつぶって、眠りについた。


次に目を開けた時には全てが終わっていた。

家に勇者が突入し、〇〇の家族は全員取り押さえられたらしい。私は、積み上げられた魔族の同胞達、その死骸の中に捨てられていた。酷い悪臭の中、一番近くにあった死骸の肉を貪り、血をすする。同族の肉を食べたのだ。

手に付く全ての肉を吸収し、みるみる衰弱から回復する。全身を真っ赤に染め上げながら、今度は肉の山からママを探し、見付けた。同じように食事をさせる。無理矢理同族の血肉をママの口へ押し込んだ。回復した私達は、次にパパを探した。

魔族の死骸に火を放とうとしていた人間を全員殺して、また新しく積みあがった肉をたいらげる。同族の肉より旨味を感じた。それで復活した嗅覚を最大限に活かして、パパの匂いを追う。死骸の山にはいなかった。地中に作ったトンネルの中に居たのだ。私達も〇〇の家族も見捨て、一人だけ生きようと必死で逃げるパパ。ママと一緒に地面を割って無理矢理引っ張りだした。

「ベーリヒこそが至高の種族、私達は間違ってなどいない!」

未だそんな事を言っていた。哀れだ。こんな劣悪な環境、誰も私達に見向きもしない世界で、まだそんな事を謳うのだ。きっとこの人は変わらない。〇〇の家に居た時からそう思ってはいたが、それでも自分の父親なのだ。救わずにはいられなかった。

やっとの思いで、何とか3人そろって村を出たが、後ろから風を切って何かが近づいてくる。勇者の気配だ。私達の目前で立ち止まり、口を開いた。

「悪魔ども、何故あのような非道を行うっ!」

勇者の、あまりに現実が見えていない、滑稽極まりない発言だ。

「……勇者様、あなたは魔族をどうお思いになられますか?」

冷静に質問で返す。別に期待しているわけじゃない。どう対処するかを考えていた。

「魔族とは醜き者!聖ピクサリスが定めた悪である!貴様らのように残虐を好み、村を血の海にするような者を、私は許さない!!」

「分からない……私達が何をしたというのですか?」

「貴様らは、悪を目論んでこの村を拠点としていただろう!私はお前達を成敗しに来た!!」

「知らない……私達は人間の皆様に合わせて静かに生きておりました」

「なにを戯けた事を!!長年にわたって潜んでおったではないか!この魔族め!」

真実など存在しない。差別され迫害を受けている私達の言葉に意味は無い。悔しかった。

「……私は魔族だ!!!ただの魔族だ!人間と変わらない……!!生きてこの世界に立っている!!人間の皆様に合わせて力を制御し、働いてマムを稼ぎ!!食事を得て来た!!!それでも否定される事には慣れている!それも受け入れられる!私達が魔族だから!!!村で人間の持ち物が無くなれば私達の仕業、村の人間が病にかかっても私達が原因だ!!全部受け入れて来たわ!!これ以上何を受け入れろというのか!!!」

誰にも言った事の無い本心を晒け出した。だが返って来た現実はあまりに冷酷だ。

「死を受け入れろ!!!」

勇者が剣を構えて突進してくる。……想いを乗せた言葉も届かない。きっと私の言葉など聞こえていないのだ。私ごときがどう足掻いても無駄だ。分かっていた事だがあまりに虚しい。ママを助けて、パパを見付けた所で何も変わりはしない。きっとこれからも同じ日々が続いていくのだろう。誰にも期待できずにいたが、とうとう自分さえも信じれなくなり、向かってくる勇者の剣がむしろ、救いに見えた。

死を受け入れる。それが正しいのかも知れない。

気付いたら前に出て、身体でその切っ先を受け止めようとしていた。

――ママを助けるために。

私に残されたのはママだけだった。ママだけがいつも私を救ってくれていたし、ママだけが私を理解してくれる唯一の存在だ。私に情欲が向かないよう1人で全て受け止め、私が失敗しないよう、全て事前に教えを与えてくれていた。

死ぬ前に気付いたのはそれだった。唯一ある私の大切ものを守るために、勇者の剣を止めるつもりで前に出た。だが、……ママも同じ事を考えていたらしい。

私よりも前にママが身を乗り出した。

咄嗟の判断。ママを失うわけにはいかない。これまでも度々使用していた限界を超えたスピード、無意識下で意識的に、パパを盾にして勇者の剣を受け止める。

腹部に勇者の剣が突き刺さり、大量の青い血を吐くパパ。これまでに見た事の無い苦しそうな顔を浮かべ叫んでいる。自分の父を盾にして出来た一瞬の隙をつき、ママに手を引かれてその場から逃げた。

「悪魔どもめ!!!」

必死で走り去る中、ずっと聞こえて来た言葉だ。

――私は父を殺した。

父の死を利用して生きる道を選んだ悪魔だ。

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