人生3周目の勇者
第33話 旅の話
連れてこられたのは養護施設も兼用した魔王教の大聖堂だった。勢力のバランスが崩れていた事で貧富の差が生まれ、育てる事が叶わず捨てられた子供。戦争により親を亡くした子供。『レフトサイド』として天界から堕とされ、ディエステラを彷徨っていた子供。それだけじゃなく、魔族特融の発達障害、魔力を上手くコントロール出来ず、成長が止まってしまう『魔力障害』の子供もいた。
様々な事情で、自立できていない子供達を収容している教会。ここには魔族だけでなく人間の子供も居た。
5歳6か月の人間の女の子イリナ(Irina)、産まれて間もない頃に『奇跡の日』の大災害で親を亡くし、ママさんの命で実験的に収用した初めての人間の子供だそうだ。
魔族は幼少期の成長速度が早い。産まれて10年で成人を迎え、その後は膨大な時間をかけてゆっくりと老いていく。ママさんのように15325歳になってやっと人間でいう20代後半くらいの外見だ。この教会に引き取ったその当時からイリナと同い年の魔族の子供達は、今やイリナの面倒を見ている。そんな環境で育ってきたイリナは、周りに負けじと賢く育っていったそうだ。5歳半の女の子の周りに魔族の子供達が群がる様は、猛獣使いのようだった。
そんな姿を見て涙を流すママさん。咄嗟に声をかける。
「……大丈夫か?」
「えぇ……ごめんなさい。……私が人間との仲を取り持てた初めての功績なの」
その空間において、差別は存在していなかった。ママさんが魔王になる前の14966年間、魔王として働いた355年間、魔族の教育を測り、街を繁栄させ、やっと子供達を受け入れる事が叶った、そして今、魔族の敵であるはずの人間、その子供まで立派に育てあげているのだ。いわばこれは、天界から捨てられたママさんの渇望、差別の無い世界、夢そのものなのだ。
「グレちゃんが魔王様に成られた時、この景色を見せてあげる事が出来なかったから。今の貴方なら理解して頂けると、そう思って連れて来たの」
オレが入る以前のグレガリム、『奇跡の日』からゼウスのように女を求め、寡黙に俗世との関係を断ち切った魔王。彼には理解できないと踏んでいたそうだ……。
「……」
何も言えないでいた。以前のグレガリムとオレは大差ない、勇者だったオレも自分の快楽だけを求めて好き放題していたんだ。たまたま魔王の身に転生して、見なきゃいけなかった現実を知った。魔族も生きているという事に気付かされた。だが根っこまでは変わっていない。言われるがまま魔王や源次教の神を名乗っているだけで、オレはアルビンでしか無いのだ。この景色を見て、本当の意味で理解できているとは言い切れないでいた。
「……なぁ、ママさん。ママさんが魔王を続ければ良かったんじゃないか?」
ふと口を突いて出た言葉。伝える気は無かったが、本心だ。ママさんのように目標があり、夢があり、魔族全体のみならず、人間の事までも真に想って差別を無くそうとしている。こういう人こそが王になるべきだ。
「いえ、……それは無理ですね」
それなりに覚悟を持って発言したつもりなのだが、あっけなく玉砕された。
「何故だ?オレなんかよりよっぽど経験もあって、明確な目標があるじゃないか!オレなんてただ、たまたまこの身体に移ってしまっただけの本当にどうしようも無い男だ!あの子達を見ても、ちゃんと理解できているかも分からない!ただ前世の記憶があるだけで!力も無い!おれなんか……」
人差し指で唇を押さえられ、言葉を止められた。オレは何故だか感情的になり、ただただ愚痴をこぼしていたのだ。
「大丈夫ですよ、魔王様」
そう言いながら優しく抱きしめられた。
「貴方が、無理をされている事も分かっております……」
諭されて急に恥ずかしくなり、抱かれている腕を解いた。
「無理とかじゃない!努力なんてしていない!オレはただ弱いんだ!魔王の身体に転生して、権力に溺れて女を抱いた!当たり前のように毎日偉そうに過ごしてるだけだ!何も努力なんかしていない!!」
オレが吐露する言葉を、ママさんは「はい」とだけ言いながら全て受け入れていく。そしてまた手を引いて、ママさんの胸の中へと抱かれる。
あまりに受け入れられるから、もう全部話す事にした……。グレガリムに転生する前のアルビンの事も、日本人の源次郎だった時の事も。オレがいかにわがままで、そのくせ流されやすく、意思の薄い男なのかという事を全部話した。その後は逆に、ママさんのこれまでの話を聞いた。以前聞いた内容とは違い、ディエステラに堕とされて間もない頃、そこに焦点をあてた話だ。
聖堂の最奥にある巨大なサタンの像を眺めて話す。いつの間にか教会には誰も居なくなって、あたりの日は陰り、夜を迎えていた。
「……やはり苦労されてきたんですね。尊敬します。」
「そんなんじゃない……、全部たまたまなんだ。成り行きに身を任せ続けた結果がこれだよ。何故普通に死ねないのか……」
「それは私も同じことを感じておりますわ……。長寿のおかげで見れたものもあれば、長寿が故に後悔してきた数も計り知れません。……お互い大変ですね」
「ママさんの方こそだよ。オレなんて別に……」
「いいえ、同じですわ。私だって永く生きて過ちを繰り返しているだけです。……私は、貴方様の事を心から尊敬しております。……やはり貴方様が魔王にあるべきですわ」
「そうだろうか、まぁ……ママさんがそう言ってくれるなら、やってみようと思う……改めて、これから魔王になろうと思うよ」
「はい!これまでの旅のお話。お聞かせ頂きありがとうございました!……あぁそうだ……是非ゲルダにも同じように話してあげてください。あの子も、きっと理解してくれますわ」
「分かった。ママさんも話してくれてありがとう。聞けて良かった」
自分の人生、人として生きて死に、また別の人間になって生きて来た。それらを全て『旅』と称されて自然と腑に落ちた。あれは全部、旅の物語だったのだ。
――そして、ママさんとゲルダの『旅』も、改めて壮絶である事を知った。
様々な事情で、自立できていない子供達を収容している教会。ここには魔族だけでなく人間の子供も居た。
5歳6か月の人間の女の子イリナ(Irina)、産まれて間もない頃に『奇跡の日』の大災害で親を亡くし、ママさんの命で実験的に収用した初めての人間の子供だそうだ。
魔族は幼少期の成長速度が早い。産まれて10年で成人を迎え、その後は膨大な時間をかけてゆっくりと老いていく。ママさんのように15325歳になってやっと人間でいう20代後半くらいの外見だ。この教会に引き取ったその当時からイリナと同い年の魔族の子供達は、今やイリナの面倒を見ている。そんな環境で育ってきたイリナは、周りに負けじと賢く育っていったそうだ。5歳半の女の子の周りに魔族の子供達が群がる様は、猛獣使いのようだった。
そんな姿を見て涙を流すママさん。咄嗟に声をかける。
「……大丈夫か?」
「えぇ……ごめんなさい。……私が人間との仲を取り持てた初めての功績なの」
その空間において、差別は存在していなかった。ママさんが魔王になる前の14966年間、魔王として働いた355年間、魔族の教育を測り、街を繁栄させ、やっと子供達を受け入れる事が叶った、そして今、魔族の敵であるはずの人間、その子供まで立派に育てあげているのだ。いわばこれは、天界から捨てられたママさんの渇望、差別の無い世界、夢そのものなのだ。
「グレちゃんが魔王様に成られた時、この景色を見せてあげる事が出来なかったから。今の貴方なら理解して頂けると、そう思って連れて来たの」
オレが入る以前のグレガリム、『奇跡の日』からゼウスのように女を求め、寡黙に俗世との関係を断ち切った魔王。彼には理解できないと踏んでいたそうだ……。
「……」
何も言えないでいた。以前のグレガリムとオレは大差ない、勇者だったオレも自分の快楽だけを求めて好き放題していたんだ。たまたま魔王の身に転生して、見なきゃいけなかった現実を知った。魔族も生きているという事に気付かされた。だが根っこまでは変わっていない。言われるがまま魔王や源次教の神を名乗っているだけで、オレはアルビンでしか無いのだ。この景色を見て、本当の意味で理解できているとは言い切れないでいた。
「……なぁ、ママさん。ママさんが魔王を続ければ良かったんじゃないか?」
ふと口を突いて出た言葉。伝える気は無かったが、本心だ。ママさんのように目標があり、夢があり、魔族全体のみならず、人間の事までも真に想って差別を無くそうとしている。こういう人こそが王になるべきだ。
「いえ、……それは無理ですね」
それなりに覚悟を持って発言したつもりなのだが、あっけなく玉砕された。
「何故だ?オレなんかよりよっぽど経験もあって、明確な目標があるじゃないか!オレなんてただ、たまたまこの身体に移ってしまっただけの本当にどうしようも無い男だ!あの子達を見ても、ちゃんと理解できているかも分からない!ただ前世の記憶があるだけで!力も無い!おれなんか……」
人差し指で唇を押さえられ、言葉を止められた。オレは何故だか感情的になり、ただただ愚痴をこぼしていたのだ。
「大丈夫ですよ、魔王様」
そう言いながら優しく抱きしめられた。
「貴方が、無理をされている事も分かっております……」
諭されて急に恥ずかしくなり、抱かれている腕を解いた。
「無理とかじゃない!努力なんてしていない!オレはただ弱いんだ!魔王の身体に転生して、権力に溺れて女を抱いた!当たり前のように毎日偉そうに過ごしてるだけだ!何も努力なんかしていない!!」
オレが吐露する言葉を、ママさんは「はい」とだけ言いながら全て受け入れていく。そしてまた手を引いて、ママさんの胸の中へと抱かれる。
あまりに受け入れられるから、もう全部話す事にした……。グレガリムに転生する前のアルビンの事も、日本人の源次郎だった時の事も。オレがいかにわがままで、そのくせ流されやすく、意思の薄い男なのかという事を全部話した。その後は逆に、ママさんのこれまでの話を聞いた。以前聞いた内容とは違い、ディエステラに堕とされて間もない頃、そこに焦点をあてた話だ。
聖堂の最奥にある巨大なサタンの像を眺めて話す。いつの間にか教会には誰も居なくなって、あたりの日は陰り、夜を迎えていた。
「……やはり苦労されてきたんですね。尊敬します。」
「そんなんじゃない……、全部たまたまなんだ。成り行きに身を任せ続けた結果がこれだよ。何故普通に死ねないのか……」
「それは私も同じことを感じておりますわ……。長寿のおかげで見れたものもあれば、長寿が故に後悔してきた数も計り知れません。……お互い大変ですね」
「ママさんの方こそだよ。オレなんて別に……」
「いいえ、同じですわ。私だって永く生きて過ちを繰り返しているだけです。……私は、貴方様の事を心から尊敬しております。……やはり貴方様が魔王にあるべきですわ」
「そうだろうか、まぁ……ママさんがそう言ってくれるなら、やってみようと思う……改めて、これから魔王になろうと思うよ」
「はい!これまでの旅のお話。お聞かせ頂きありがとうございました!……あぁそうだ……是非ゲルダにも同じように話してあげてください。あの子も、きっと理解してくれますわ」
「分かった。ママさんも話してくれてありがとう。聞けて良かった」
自分の人生、人として生きて死に、また別の人間になって生きて来た。それらを全て『旅』と称されて自然と腑に落ちた。あれは全部、旅の物語だったのだ。
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