人生3周目の勇者

樫村 怜@人生3周目の勇者公開中!

第18話 簡易闘技場

えぐられた地形。燃え盛る木々、火山噴火のように立ち上がる煙。地割れは起きていないにしても低い山1つ分くらいは明らかにへこんでいる大地。雪も溶けて、裸の地面が顔を出している。魔王城から東に離れた一帯、元々何があったのかも分からないそこに作られた『簡易闘技場』。

この魔王の身体が持つ力をどこまで使えるのか試してみたくて「自由に動ける場所が欲しい」とゲルダに提案したのが間違いだった。悪魔へのお願い事は、慎重にしようと心に誓った。

「『悪魔の産声』――ライトニング・クライ」

グレガリムが生後2か月で落とし、旧魔王城を崩壊させたというベーゼバールの融合魔法、それをゲルダが放った。

「ぼっちゃまのように大地を割る事は出来ませんが……」

こんな技も使えるぞ、と。たぶん見せたかったのだろう。そんなゲルダの可愛い一面を覗いた。更地になったそこへ、ゲルダに抱えられ降り立つ。

城中を回りきるのは広すぎて敵わなかったが、それでも充分驚くようなものが見れた。ビキニぐらいの生地しか着ていないセクシーな5人組のメイド隊、サメのように何重も牙を生やした幼女、屋根裏に住む下半身が蜘蛛の園丁、礼儀が異常に正しいが顔の無い紳士、ヤドカリのように甲羅を背負いそれを住処にする娘。

オレもそれなりに色々見て来たはずだが、こんな見世物館は初めてだ。そしてシメの落雷。やり方が豪快過ぎるだろう。と、色々思う所はあったが、魔族の規格外さに半ば慣れて来ていたので難なく受け入れた。とりあえず丁度いい練習場を用意してもらったのだから快く使おうじゃないか。

「あ、そうだ!忘れてた。剣を用意してなかった」

「ぼっちゃまはお持ちでございますよ」

「?」

ゲルダが言うに、左腕の目のようなデザインの入れ墨、その中に施されている印。これが異空間に繋がっていて、そこに剣が収納されているのだとか。

「いやわっかんないよ、取り出し方知らないよ?」

「私もここに、愛用の鎌をしまっております」

そういうと、耳の裏から両手持ち用の首切り鎌を取り出して見せた。一瞬の動作、手品のようにぱっと現れた。

「どうなってるの!?」

「こちらに『印』が施してあります」

指で耳を裏返して見せてくれるゲルダ。確かに小さな入れ墨があった。

「そんな便利な機能があるんだね……。オレの旅はいったい何だったんだ……」

大金をはたいて馬と馬車を買い、次の街までの旅に必要なパーティー全員分の食糧、飲料水、戦闘用の道具セット、敵から採取した皮や肉を積んで、着ている鎧も持っている剣だって馬鹿にならないくらい重いし、集めた金貨はそれだけで重量がかさばって馬が走らなくなるから、惜しみながら何度も捨てた経験がある。オレの旅は……。

この入れ墨ひとつさえあれば……。そんな苦い思いを込めて、言われた通りに左腕を撫でると、片手剣が取り出せた。なんとも説明し難いのだが、出来た。

軽く、風邪を切る音をたてて振ってみる。思ってた以上に軽い。あまりレベルの高くない装備のようだ。

「魔王のローブみたいに最高級の剣が出てくるとか、変に期待してたわ」

「武器は魔王様方、それぞれが好きなものをご用意していらっしゃいました。そちらの剣では不服ですか?」

「……うーん、練習用だし今はこれでいいかな」

アルビンの時に勇者として旅に出てから52年間、しっかり愛用したロングソードが手元に無いのだから仕方がない。片手剣に対する手慣れなさはあるが、ゲルダと向き合い、対峙する。

柄の短い片手剣を強引に両手で持ち、姿勢を正して呼吸を整える。剣道を取り入れた魔法剣術『源次流奥義』くっさい名前だが、記憶に沁みついているため、こんな小さな身体でも扱える。

「では、失礼致します」

一言置いて迫りくるゲルダ。地面と水平に鎌が空気を裂いて向かってくる。ギリギリ目で追えるくらいの超スピードに、無理矢理身体を動かして対抗する。

「てやぁっ!!!」

渾身の力で剣を振り下ろした、だが遅すぎる。アルビンの時の身体より鈍い。首元に輝く鎌の刃、ゲルダが寸止めにしてくれているが、これがちゃんとした戦闘なら確実に死んでいた。

「あっれー……」

正直な話、ゲルダの鎌に剣をぶつけて、受け流した後に追撃を入れる。そんなイメージで動いたつもりだったが、結果がこれだ。それと「てやぁっ!!!」という掛け声。なんだこれは。子供か。あぁ子供だわ。

何も言わないゲルダの目が、いつもの数倍冷たい……。これはマズい。魔族の王って強さで選ぶんでしょ?強く無いと駄目じゃなかったっけ。

「ゲルダ……お姉ちゃん……?」

撫で声で、弟である事を強調した甘えを見せてみるが、ゲルダは何も言わず両手持ちの鎌を印にしまいその場から立ち去る。「あ、これ捨てられた」と思ったが、地面に転がる木の棒を拾って戻ってきた。

「……特訓しましょう……」

「げるだぁ~……」

スピードをオレに合わせて、打ち合いに付き合ってくれるゲルダ。何度か振り込むと、なんとなく現状が分かって来た。

「この身体が小さすぎるせいだ。」

打ち合い、というか稽古を続けながら話す。

「確かに、姿勢も剣筋も見事なものでございます……源次教の神髄が垣間見えるのですが、単純に筋力が足りていないようにも思います」

「僕、源次郎様ですからね」

「……」

『伝説の剣士』と、もてはやされた名前を置いて現状の非力さを誤魔化してみるが、当然相手にされなった。

「弟さんはこんなに筋肉無かったの?」

「……いえ、そんなことはございません。……その……」

真剣のオレに対し、木の棒で軽くあしらいながら少し恥ずかしそうな表情を見せるゲルダ。

「どうした?」

「……初めての時……」

「なんて?」

「言いにくいのですが、私のヴァージンを奪った夜伽の際、本気で抵抗したのですが敵いませんでしたので……」

あぁ……なるほど、母親と共に襲われたという例の事件の話か。

「……そんなに強かったの?」

「はい。私も、力には自信がございます。本気で抵抗いたしました。ですが、頭を素手で抑え付けられた時の力は、大樹に伸し掛かられたような重みを感じました」

「そりゃすげぇ……」

では何が足りないのか……。体力はある、しばらく打ち合いを続けているが、もう数週間でも動き続けられる気がするくらい、全く疲れを感じない。

本来あるはずの筋肉を扱えていないとするなら、転生の影響なのかと考える。上手くいったのかどうかも分からない転生の儀だが、昨晩の営みは問題なく出来た。むしろ人並み以上に動かせるし『身体を交えると命をも奪う』というサキュバスの性技を、全て受けきる程の体力は立証済みだ。本当に、勇者ごときが扱える力では無いってことか?一端、打ち込む手を止めた。

「休憩になさいますか?」

「いや、次は魔法の方も試したい。……色々考えたが、答えが見つかりそうにも無いからね……。やれる事を探そう」

「承知いたしました、お付き合い致します」

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