人生3周目の勇者
第14話 ゲルダという悪魔
とんでも無い身体に転生してきた事を知り、現実味なんか全く無いが、とりあえず目の前に並べられた美味いものを食した。やけくそだ。
「それにしてもよく食べるわね。あなたがそんなに食べているのを見るのは初めてなものだから……なんだか感動しちゃいますわ」
「……私も、今日は紅茶を飲んで頂きました。ふふ」
2人の美女に見つめられながらの食事。落ち着かん。
「ゲルダは座らないのか?食事介護みたいなのは必要ないぞ」
「……ご命令とあらば」
「じゃあそれでいいよ、座りな」
そういうと姿を消して、瞬時に椅子を一脚用意し、余所余所しくテーブルの中央あたりに座る。長テーブルに3人で向い合せる形になった。
「用意してもらっといてオレが言うのもあれだけど、ゲルダもお食べよ。こんな大量なの、ママさんと2人で食べきるのは難しいし」
「いえ、お食事までご一緒するのは……料理は残して構いません。不要になれば片づけます」
「もったいないよ。命令で良いから、食べな」
「……はい、畏まりました」
ゲルダがスプーンを手に取り、スープを1口すすった。言うとおりに食事を始めるゲルダを見て微笑んでいるとママさんが口を開く。
「なんだか……あなたたち2人が仲良くしてくれてるの、お母さんとしてものすっごく嬉しいですわぁ~♪こんな日が来るなんて夢にも思ってなかった……」
「すんません、オレは中身息子さんじゃないですし、あなたは外見がお若すぎて発言に違和感しかないっす」
「あら嬉しい♪でもそうですよね、中身ねぇ……、ちょっと前までのあなたも中身はゼウス様のようでしたし、こう言っちゃなんだけど今更感がありますわ。慣れって怖ろしいです……」
「いや、この身体が怖ろしいっす」
その後3人でひとしきり食事を済ませ、腹ごなしをしているとゲルダが不安そうに切り出す。
「お母様、今後どうされるおつもりですか?ぼっちゃまは今この状態ですし……」
「もう、ゲルダちゃんは……ママって呼んで頂戴。そうねぇ~……困ったわねぇ。もういっそこのまま、魔王やってもらおうかしら」
そういうと、ゲルダの空気がほんの少し凍り付いた。オレも冗談じゃない。
「冗談よ。……って言いたい所だけど、半分本気よ。転生の技術なんて700年前にちょっと流行っただけのオカルトな話じゃない。どうしようも無いわ」
魔王歴15179年より前から生きてるオカルトな存在がそう言うのだから信憑性が高い……。
「まぁ……、なんか、こうオレの意思なんて今更あれなんだけど、正直寝て起きたら、魔王な幼児になってたって感じで、心境的には本気で勇者の心持ちでして……。魔王やれって言われましても……」
「……あら、あなた本気でまだ勇者をやりたいんですの?」
「……」
そう言われると困る。アルビンとして生きた世界から572年の経過。元々勇者として尽力していたのは待遇が良いから、とかそんな単純な理由だった気がする。……これだけ年月が経ってしまうともう別世界のような感覚だ。今更どうしたいとかも無いような気がした。転生の儀を受けた理由も、あの天使を倒すためだけだし。
「なら、魔王をおやりになりながら勇者をされたらいいのでは無いかしら?」
「……はい?」
「人界で勇者様を、また魔王様をどう捉えているのか詳しくは分かりませんけど、勇者様は国の王が選んだ冒険者で、以後は功績でのみ判断されるもの。魔王様は魔王城下の皆から愛され、魔族の皆を導くもの。魔王城の魔王様が外に出て名声を上げ、勇者として得た功績と獲得したものを魔王城に持ち帰って下されば、何の問題もありませんことよ?」
「……その理屈なら理解できるが、オレがやっていた勇者はそんな御大層なものじゃない。……薬とか酒をやって、仲間と遊び感覚で各地域の問題を解いただけだ。責任のある席は、向かない」
これが正直なところだ。この世界に対して適当な覚悟で臨んでいたオレが、魔王なんて高位な座に着くのは心苦しい。気まずい感覚に襲われながら顔を伏せるが、それでもママさんは言葉を続ける。
「気楽に世界を救えるなら、そんないい事無いじゃありませんの!それに『源次流奥義』。人間も魔族も、種族関係無く皆が習得出来る剣技。こんな素晴らしいものを展開させた者は、永年生きてきて見た事も聞いた事もございません!」
「あれは……、確かに魔族にも指南した覚えはあるが、そこまで話が広がっているとは思っていなかったんだ。それにあれはただの剣術じゃないか」
「……?アルビン様の常識がどこにあるのか分かりませんが、人間と魔族が共有できる技術は永年「衣・食・住・魔」の4つだけにございます。剣技、相手を殺す為の武術は戦の場でのみ披露するものであって、指南、ましてや敵側の勢力に渡していいものでは無い。この常識は、相手に伝えた技で殺されるかも知れないという妄想を恐れたもの。あなたはそれを恐れなかった。そして600年間、種族を越えて受け継がれていったものにございます。それは魔王様に成るのに相応しい、輝ける功績だと言えましょう」
26代目魔王万歳、ママさんかっけぇ……。だがやはり納得はいかない。そんなルールがある事も知らなかっただけなのだから。
「本当に、そんなのでいいのだろうか……」
「大丈夫です、わたくしも微力ながらお仕えさせて頂きますし♪」
「私は反対です」
「あー……」
ですよね。ずっと響いてない顔してましたもんね。オレがママさんの言葉に心を打たれかけていると、ゲルダの唐突な拒否が入った。
「確かに、ゲンジロウ様なら仕えるべき魔王様に御成りになるでしょう。……ですが、ですが!…………私の弟を返していただきたいっ!!!」
意外な、というか想定外な発言だった。ママさんに目をやると、唖然とした表情。どうやら同じ感想を持ったようだ。
「えと……、勇者が魔王になるなんて許し難い!とかでなく?」
「いえ、それは元勇者のアルビン様が魔王就任後に勇者の志をお忘れになれない、という理屈として充分に理解できます……そんな事ではございません」
オレの問いに、厳しい表情で応えきる。
「……あなた、グレちゃんに抱かれて喜んでいたじゃない?あの時のグレちゃんの中身はゼウス様よ?……たぶん」
おっと驚きの発言だ。当たり前のように喋るから聞き逃しそうになった。っというかグレガリムおぼっちゃんはグレちゃんって呼ばれてるのね。
「ママ!!あれは違うわ!!あの時はおぼっちゃまの中身が入れ替わってるなんて思って無かったもの!!」
地雷を踏んだようだ。ゲルダの突然な荒ぶりように、ママさんも困惑する。
「……え、……だってずっとおかしかったじゃない」
「それは知ってるよ!!だからずっと心配してたんだもん!!お食事もとられないし、話しかけてもお返事を下さらない!!ずっと心配だったの!!」
「『奇跡の日』からよ……?」
「っ!!その『奇跡の日』だって気に入らないわ……!何が『奇跡の日』なのよ!!私の弟が食事を取らなくなった日が『奇跡の日』ですって!?ママは魔王様のお仕事で忙しそうだったけど、ずっとぼっちゃまを看て来たのは私よ!!雷の時からおかしかったのくらい知っているわ!!」
溜まっていたものを吐き出すように怒り散らすゲルダ、そのまま息もつかずに言葉を続ける。
「それから3歳までは、大人しくていい子だったじゃない!!3歳からだって、城の妾に手を出すのは、魔王様になられたのだから当たり前の事よ!!何がゼウス様よ!!ママに手を出したって!!私のヴァージンを奪ったって!!大した問題じゃないわ!!でも、……あの子がもう居ないなんて信じられない!!!」
返す言葉が見つからないのだろうママさんも、オレも黙って聞き入れる。この場において、ゲルダより正しい者はいなかった。
「みんなゼウス様ゼウス様って言うけど、ゼウス様みたいな仕草も、お言葉も、お喋りにならなかったわ!!!ぼっちゃまは、ぼっちゃまだったのよ!!」
「ゲルダ……、その、情で判断しないんじゃないのか……?」
オレは必死に頭を回転させ、なけなしの言葉の中から、なだめる目的でそう言った。
「分かっておりますっ!!情で判断などしておりません!!弟だから!!!弟だからぁああああぁぁぁ……!!!」
大粒の涙を落として、子供のように泣き出してしまった。あんなに冷徹で冷静沈着で、氷の空気を纏っていた『メイド長』が「弟だから」と、大声を上げて泣いている。ゲルダは、なんて愛情深い、弟想いな悪魔なのだろう。こっちまで泣けて来た。ママさんも既に釣られて号泣している。
3人で、ゲルダを包むように寄り添って泣いた。この3人は広い魔王城の中で、しっかり「家族」をやっていた。
オレだけが邪魔だった。アルビンで源次郎なオレだけは、この家族に置いて、ゲルダにとって異物なのだと思い「ごめんな」と謝りながら泣いた。
源次郎だった時の奥さん。こよりさんの事を思い出す。彼女も泣き上戸だった。2人で楽しくお酒を飲んで、お酒との付き合い方を間違えると、毎度こんな風に泣いていたっけ。優しい子だった。泣いて喚いた時だって、人の悪口を言わない、とてもいい子だった。その時も僕が「ごめんな」と謝ると、「源次郎君が悪いんじゃないの」ってまた泣き始めた事が何度もあった。……会いたいな。
ゲルダという悪魔は、とてもいい子だった。
「それにしてもよく食べるわね。あなたがそんなに食べているのを見るのは初めてなものだから……なんだか感動しちゃいますわ」
「……私も、今日は紅茶を飲んで頂きました。ふふ」
2人の美女に見つめられながらの食事。落ち着かん。
「ゲルダは座らないのか?食事介護みたいなのは必要ないぞ」
「……ご命令とあらば」
「じゃあそれでいいよ、座りな」
そういうと姿を消して、瞬時に椅子を一脚用意し、余所余所しくテーブルの中央あたりに座る。長テーブルに3人で向い合せる形になった。
「用意してもらっといてオレが言うのもあれだけど、ゲルダもお食べよ。こんな大量なの、ママさんと2人で食べきるのは難しいし」
「いえ、お食事までご一緒するのは……料理は残して構いません。不要になれば片づけます」
「もったいないよ。命令で良いから、食べな」
「……はい、畏まりました」
ゲルダがスプーンを手に取り、スープを1口すすった。言うとおりに食事を始めるゲルダを見て微笑んでいるとママさんが口を開く。
「なんだか……あなたたち2人が仲良くしてくれてるの、お母さんとしてものすっごく嬉しいですわぁ~♪こんな日が来るなんて夢にも思ってなかった……」
「すんません、オレは中身息子さんじゃないですし、あなたは外見がお若すぎて発言に違和感しかないっす」
「あら嬉しい♪でもそうですよね、中身ねぇ……、ちょっと前までのあなたも中身はゼウス様のようでしたし、こう言っちゃなんだけど今更感がありますわ。慣れって怖ろしいです……」
「いや、この身体が怖ろしいっす」
その後3人でひとしきり食事を済ませ、腹ごなしをしているとゲルダが不安そうに切り出す。
「お母様、今後どうされるおつもりですか?ぼっちゃまは今この状態ですし……」
「もう、ゲルダちゃんは……ママって呼んで頂戴。そうねぇ~……困ったわねぇ。もういっそこのまま、魔王やってもらおうかしら」
そういうと、ゲルダの空気がほんの少し凍り付いた。オレも冗談じゃない。
「冗談よ。……って言いたい所だけど、半分本気よ。転生の技術なんて700年前にちょっと流行っただけのオカルトな話じゃない。どうしようも無いわ」
魔王歴15179年より前から生きてるオカルトな存在がそう言うのだから信憑性が高い……。
「まぁ……、なんか、こうオレの意思なんて今更あれなんだけど、正直寝て起きたら、魔王な幼児になってたって感じで、心境的には本気で勇者の心持ちでして……。魔王やれって言われましても……」
「……あら、あなた本気でまだ勇者をやりたいんですの?」
「……」
そう言われると困る。アルビンとして生きた世界から572年の経過。元々勇者として尽力していたのは待遇が良いから、とかそんな単純な理由だった気がする。……これだけ年月が経ってしまうともう別世界のような感覚だ。今更どうしたいとかも無いような気がした。転生の儀を受けた理由も、あの天使を倒すためだけだし。
「なら、魔王をおやりになりながら勇者をされたらいいのでは無いかしら?」
「……はい?」
「人界で勇者様を、また魔王様をどう捉えているのか詳しくは分かりませんけど、勇者様は国の王が選んだ冒険者で、以後は功績でのみ判断されるもの。魔王様は魔王城下の皆から愛され、魔族の皆を導くもの。魔王城の魔王様が外に出て名声を上げ、勇者として得た功績と獲得したものを魔王城に持ち帰って下されば、何の問題もありませんことよ?」
「……その理屈なら理解できるが、オレがやっていた勇者はそんな御大層なものじゃない。……薬とか酒をやって、仲間と遊び感覚で各地域の問題を解いただけだ。責任のある席は、向かない」
これが正直なところだ。この世界に対して適当な覚悟で臨んでいたオレが、魔王なんて高位な座に着くのは心苦しい。気まずい感覚に襲われながら顔を伏せるが、それでもママさんは言葉を続ける。
「気楽に世界を救えるなら、そんないい事無いじゃありませんの!それに『源次流奥義』。人間も魔族も、種族関係無く皆が習得出来る剣技。こんな素晴らしいものを展開させた者は、永年生きてきて見た事も聞いた事もございません!」
「あれは……、確かに魔族にも指南した覚えはあるが、そこまで話が広がっているとは思っていなかったんだ。それにあれはただの剣術じゃないか」
「……?アルビン様の常識がどこにあるのか分かりませんが、人間と魔族が共有できる技術は永年「衣・食・住・魔」の4つだけにございます。剣技、相手を殺す為の武術は戦の場でのみ披露するものであって、指南、ましてや敵側の勢力に渡していいものでは無い。この常識は、相手に伝えた技で殺されるかも知れないという妄想を恐れたもの。あなたはそれを恐れなかった。そして600年間、種族を越えて受け継がれていったものにございます。それは魔王様に成るのに相応しい、輝ける功績だと言えましょう」
26代目魔王万歳、ママさんかっけぇ……。だがやはり納得はいかない。そんなルールがある事も知らなかっただけなのだから。
「本当に、そんなのでいいのだろうか……」
「大丈夫です、わたくしも微力ながらお仕えさせて頂きますし♪」
「私は反対です」
「あー……」
ですよね。ずっと響いてない顔してましたもんね。オレがママさんの言葉に心を打たれかけていると、ゲルダの唐突な拒否が入った。
「確かに、ゲンジロウ様なら仕えるべき魔王様に御成りになるでしょう。……ですが、ですが!…………私の弟を返していただきたいっ!!!」
意外な、というか想定外な発言だった。ママさんに目をやると、唖然とした表情。どうやら同じ感想を持ったようだ。
「えと……、勇者が魔王になるなんて許し難い!とかでなく?」
「いえ、それは元勇者のアルビン様が魔王就任後に勇者の志をお忘れになれない、という理屈として充分に理解できます……そんな事ではございません」
オレの問いに、厳しい表情で応えきる。
「……あなた、グレちゃんに抱かれて喜んでいたじゃない?あの時のグレちゃんの中身はゼウス様よ?……たぶん」
おっと驚きの発言だ。当たり前のように喋るから聞き逃しそうになった。っというかグレガリムおぼっちゃんはグレちゃんって呼ばれてるのね。
「ママ!!あれは違うわ!!あの時はおぼっちゃまの中身が入れ替わってるなんて思って無かったもの!!」
地雷を踏んだようだ。ゲルダの突然な荒ぶりように、ママさんも困惑する。
「……え、……だってずっとおかしかったじゃない」
「それは知ってるよ!!だからずっと心配してたんだもん!!お食事もとられないし、話しかけてもお返事を下さらない!!ずっと心配だったの!!」
「『奇跡の日』からよ……?」
「っ!!その『奇跡の日』だって気に入らないわ……!何が『奇跡の日』なのよ!!私の弟が食事を取らなくなった日が『奇跡の日』ですって!?ママは魔王様のお仕事で忙しそうだったけど、ずっとぼっちゃまを看て来たのは私よ!!雷の時からおかしかったのくらい知っているわ!!」
溜まっていたものを吐き出すように怒り散らすゲルダ、そのまま息もつかずに言葉を続ける。
「それから3歳までは、大人しくていい子だったじゃない!!3歳からだって、城の妾に手を出すのは、魔王様になられたのだから当たり前の事よ!!何がゼウス様よ!!ママに手を出したって!!私のヴァージンを奪ったって!!大した問題じゃないわ!!でも、……あの子がもう居ないなんて信じられない!!!」
返す言葉が見つからないのだろうママさんも、オレも黙って聞き入れる。この場において、ゲルダより正しい者はいなかった。
「みんなゼウス様ゼウス様って言うけど、ゼウス様みたいな仕草も、お言葉も、お喋りにならなかったわ!!!ぼっちゃまは、ぼっちゃまだったのよ!!」
「ゲルダ……、その、情で判断しないんじゃないのか……?」
オレは必死に頭を回転させ、なけなしの言葉の中から、なだめる目的でそう言った。
「分かっておりますっ!!情で判断などしておりません!!弟だから!!!弟だからぁああああぁぁぁ……!!!」
大粒の涙を落として、子供のように泣き出してしまった。あんなに冷徹で冷静沈着で、氷の空気を纏っていた『メイド長』が「弟だから」と、大声を上げて泣いている。ゲルダは、なんて愛情深い、弟想いな悪魔なのだろう。こっちまで泣けて来た。ママさんも既に釣られて号泣している。
3人で、ゲルダを包むように寄り添って泣いた。この3人は広い魔王城の中で、しっかり「家族」をやっていた。
オレだけが邪魔だった。アルビンで源次郎なオレだけは、この家族に置いて、ゲルダにとって異物なのだと思い「ごめんな」と謝りながら泣いた。
源次郎だった時の奥さん。こよりさんの事を思い出す。彼女も泣き上戸だった。2人で楽しくお酒を飲んで、お酒との付き合い方を間違えると、毎度こんな風に泣いていたっけ。優しい子だった。泣いて喚いた時だって、人の悪口を言わない、とてもいい子だった。その時も僕が「ごめんな」と謝ると、「源次郎君が悪いんじゃないの」ってまた泣き始めた事が何度もあった。……会いたいな。
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