人生3周目の勇者

樫村 怜@人生3周目の勇者公開中!

第8話 カルマ

瞬間移動、ゲートを開いて移動する時にも似た一瞬の出来事。確かに窓の方に向かったいたはずの足が、先程散髪を受けた身長の合わない椅子に座らされ宙ぶらり状態。

「……魔族の名前は……神聖なものなのだろう?」

「あなた様は『魔王』、クラスに差があるものに名前を述べた所で何事もありますまい」

魔王……だと?いや、今はいい。首から1ミリと満たない所に突き付けられる鎌。すぐに首を取らないあたり、会話の余地はあるのかもしれない。

「……」

「やはり、違うのですね」

そういうと、鎌を首元から外して仕舞う。ぼやけていても分かる、鏡越しに見える彼女の顔はどこか悲し気だった。

「あなたが現27代目魔王様に、ぼっちゃまに乗り移っている事は分かっております」

「!!」

「元より、いつかこの日が来ることを把握しておりました」

「どういう事だ?」

「ミラ・ハールス様より、お伺いしております」

「っ!!!」

ここで、かつての仲間、ミラの名前が出てくるとは……全く想像もしていなかった。

「どういうことだ!やはりここはディエステラなのか!!教えてくれ!!」

「一端落ち着いてください。先ずはお茶をご用意いたしましょう」

ゲルダが一瞬にしてその場から消える。部屋の最奥にあるテーブルにお茶と菓子が運ばれた。いや運ばれたというより、瞬時に現れるイメージ。気が付いたらそのテーブルに隣接してあるソファに座っていた。また一瞬にして運ばれたようだ。

「……凄いスピードだな」

「……以前のぼっちゃんなら、当たり前……いえ、何でもございません」

言葉を途中で止め、黙ってお茶を勧めてくる。毒などの可能性も懸念したが、殺そうと思えばいつでもやれるはずだ。無粋に思い、カップに手をかける。

一口すすると衝撃が走った。花と果実の香り。日本で言うライチとベリーのような
果物からブレンドした華やかな香りのするフレーバーティー。アルビンの時も呑んだ事の無いお茶だ。激しく美味い。体中に沁みる暖かさ。久しく感じていない気のする安心感、心底落ち着く。紅茶を口にするオレを、ゲルダは異様に終始観察して、また悲し気な表情を浮かべる。

「……飲まれるのですね」

「……物凄く美味いぞ。毒でも入れているのか?」

「……私があなた様を手に掛けられようはずがございません……」

今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべ、ゲルダもお茶をすする。

「なら、何故そんな悲しそうな顔をする?」

そう聞くと、少しの沈黙を置いて口を開いた。

「あなたは、違い過ぎる……。ぼっちゃまは私が淹れたお茶を飲んだ事はございません……。と言いいますか、何も口にされない方でした」

「……」

納得した。紅茶が美味すぎた。味覚を初めて感じるような感動。衝撃。口に入れた物の成分を分子まで全て味わいにいく程の枯渇さ。気が付いたら菓子も頬張っていた。これも物凄く美味い。

「それに、そんな私を気遣うような一面を見せて頂いた事もございません」

魔王……、この身体の元の持ち主がどういうやつなのか。それを聞こうとも思ったがなんだか今聞いてしまえば責めているように思い、紅茶と一緒に一度飲み込んだ。

「……名前を尋ねただろう?オレの名前はアルビン、アルビン・ヴェレツキーだ」

「そうですか……やはり、やはり勇者アルビン」

勇者である事も把握しているがまだ受け入れられない様子だ。

「なぁ、ゲルダ。改めて乞う。教えてくれ、どうなっているんだ?」

「……そうですね。わたくしも混乱しているのですが、あなた様が勇者アルビンである事が事実ならば、ミラ様が仰ったように、これは『呪い』でございます」

呪い……?

「……ミラ。エルフの、元勇者パーティーに居た魔法使いのミラだよな?『呪い』とはいったいなんなんだ?」

「はい。……詳しくは私も分からないのですが、ミラ様が仰るに『人は徳を積んで生まれ変わり、何周人間として生きたかで、その者の素養は決まる』と。いつか魔王様が、人の変わったように人格が入れ替わる日が来るのだと。そう聞いておりました」

ミラはこの状況を詳しく知っている、という事か?

「あなた様がぼっちゃまに乗り移る前の、勇者アルビンだった時に何かそれにそぐわぬ行いをされたのでは無いのでしょうか?トクヲツムとかどうとか……」

「徳を積む?……徳を積んで無いから魔王に転生したと??」

「いえ、私には何が何だか分かりかねますが……」

「オレも分からない。……カルマってやつだろうか」

徳を積む。日本の伝承、古くからある思想のようなものだった気がする。善行を働いて、見返りを求めず、善良で在り続ける事で孫の代まで天が報を与えてくれる。とか、そんな感じの。カルマ。いい人で無かったから、人では無い魔族に転生したというのか?じゃあこれは天罰か?『呪い』ってそういうこと?

いやいやいや、勇者としてちゃんと働いてたことない??弱き人を守り、導き、魔物を懲らしめて、勇敢に魔王城に乗り込んだじゃん!!天使とかヤバめな敵が現れて、ちょっと心が折れたところあったけど、再起すべく転生の儀を受けたじゃん!?なんだそれっっ!!!

「は……はは……」

笑ってた。勇者だった人間が魔王に生まれ変わるなんて、どこかにありそうなストーリーじゃないか、冗談じゃないぞ。ゲルダがそれを不思議そうに見ていたが、黙っていてくれたので気にならなかった。

お茶を飲み終わると、ゲルダが「おかわりは」と促してくれたのでもう一杯もらう。考え事をしているオレを気遣ってか、向かいのソファに座って何も言わないゲルダ。

「魔族って、そんなに優しいものかね?」

「……優しい?何かしましたでしょうか?」

紅茶を勧めてくれる事も気遣いの沈黙も、彼女にとっては何でもない事なのかもしれない。悪魔とはこういうものなのか?

「いや、ありがとう」

「あなた様に礼を言われる日が来るとは思いませんでした」

困った顔をしているが、口元は微笑んでいた。どんな野郎だったんだ。

「……そうか、ちょくちょくこの身体の少年の話を聞くけど、そんな冷徹なやつなのか?」

「そんな!滅相もございません。ぼっちゃまは寡黙で俗世のような、小さい事をお気になさらない大変大きな方だったのです」

「そうか……、本来なら転生しても記憶は残っているはずなのだが、この身体の記憶が何もないんだ。教えてくれないか?」

「そうですか。……ぼっちゃま本人にぼっちゃまのお話をするのは不思議な気分でございます」

「……先ずは、この少年の名前を教えて欲しい」

「そうですね。ぼっちゃまは……」

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