人生3周目の勇者

樫村 怜@人生3周目の勇者公開中!

第1話 勇者アルビン

オレは勇者、人生3周目の勇者だ――。


昔偉い人が言っていた。

『人は徳を積んで生まれ変わり、何周人間として生きたかで、その者の素養は決まる』

つまり、すぐカッカッしたり、余裕の無い人は人間として産まれたのが初めてなのだそうだ。

「あの人、なんであんなに懐が広いのだろう」「どうしてあんなに愛されて生きているのだろう」と言われる人は、記憶に無くとも人間を何周か経験しているのだと言う。

しっかり徳を積まないと人間に生まれ変われないそうだ。


オレの名前は、アルビン

アルビン・ヴェレツキー(Albin・Velecky)


日本人だった時の名前は、と言うと分かりにくいのですが
つじ 源次郎げんじろうという名前で生きていました。

しがないサラリーマンを40年間続け、趣味のヲタ活に励みつつ家族を養い、2人の子供を立派に育て上げ……っとまぁ遠い昔の、正直、今更現実味の薄い記憶の彼方の話なので省略しますが、――これが人生1周目の世界。

77歳の喜寿を迎え、心臓発作であっけなくおっちにまして、身体の重みからフワッと解放されると、ゆっくり落ちていくような感覚を味わいました。次の瞬間には、7歳のアルビン君をやっていました。読んで字のごとく「やっていました」。

――これが急に迎えた2周目の世界。

どう説明していいものか……完全にアルビンでした。ヴェレツキー家の姉を二人と妹を一人持つ、長男の少年。アルビンの7歳までの記憶と感覚を全部持っている。村の外に出る魔物の虫系モンスターが嫌いで、2つと3つ離れた姉二人がちょっと怖いけど好きで、いつでもどこでもついてくる4つ下の妹エルサ(Elsa)が少し鬱陶しいけど、可愛い。

いつでも笑顔のママと、若くして村の領主を務めるかっこいいパパ、愛のある家庭に育ち、ヴェレツキー家に誇りを持つ少年アルビン。

「77歳の源次郎が、7歳の少年に乗り移る」というより「7歳の少年が77歳の源次郎の記憶を思い出す」と表現した方が的確、そんな感覚です。

2つの意思、人格が喧嘩するとかは一切無く自然に、当たり前に、源次郎がアルビンで、アルビンが源次郎でした。

その後は壮大なストーリーの幕開けです。

77歳のおじいちゃんが急に若さを手に入れ、7歳の少年が、日本の昭和から令和に渡る荒波に揉まれ鍛え上げられた、強靭な忍耐力を手に入れたのですから。
謙虚な努力に努力を重ね、あっという間に勇者の称号を掴み取りました。

アルビンが生まれ育ったここは、ディエステラと言う世界。西のノール大陸の4つの大国に挟まれた小さな国「リア」

3年に1度、世界の大きく分けて6つの大陸にある様々な国の国王が大陸ごとに勇者を選抜し、魔王討伐を命ずる習わしがある。

アルビンは源次郎の記憶を手にする以前から、勇者候補として名前をあげられており、剣術や魔法の訓練を行っていました。そこに源次郎が入ったものだから、少年アルビンは12歳という若さでノール大陸を代表する勇者に選ばれました。

世界各地を回り、ありとあらゆる問題を解決して行く輝かしい冒険の日々を送るが、だからと言って勇者というエリートな称号を振りかざすわけではなく、日本人の持つ謙虚さを活かし、出る杭になりすぎず自然に当たり前の事のように世界各地を救っていきました。

源次郎としては、正直人付き合いが得意な性格でも無い、いわゆる人見知り気質な可愛いところもあるものですから、1人で黙々と世界を回っていたのですが。寂しさに堪え兼ね、限界を知った所で心の置ける仲間を探していきました。

その時点でチート級の強さはすでに手にしていて、2番目の街で買ったロングソードを一生使っていました。日本人は物を大切にするのです。

正直な話、あぁ、これ異世界転生俺TUEEE系ストーリーだ。と踏んでいたので、仲間の強さは気にせず、ほんとに仲良くなれた友達と共に冒険の旅をしていた感じです――。


楽しかった。つかちょ~ヤバかった。いや、はんっぱなかった。何かと言うと、この世界での魔法がほんとえげつないものだったのだ。

魔法といえばそれはそれは非現実的な能力だと、0から1を生み出すスーパーパワーだと思われるかも知れないのだけど。この世界、ディエステラの魔法は、想像通り膨大な効果を及ぼす事の代償に、薬物の使用時と同じような副作用を持つ。いわゆる魔法酔い。この世界の魔法酔いはドラッグのそれだった。

特にヤバいのがバフ系や回復魔法、それら魔法を使うと後に酷い睡眠欲に駆られ、そのまま眠れば問題無いのだが、この睡魔を我慢すると半端ない。つまりトブんだ。キマる。

各国で、そのような魔法の使い方を「デブラ」と言い、使用者の事を「デビー」と馬鹿にする風潮があった。

こいつが魔法を頻繁に使う冒険者にとって最大の天敵であり、最高の快楽でもあった。と言っても、オレは知らないのだ、オレはその副作用が無かった。

仲間達は激しい戦闘が長引くと徐々にうなだれはじめ、最初はただ疲弊しているのだと勘違いしていたのだが、次の瞬間には異様なテンションで暴れまくる奴もいれば、倒れ込んで動かなくなる奴もいる。それがもう、面白くて仕方なかった。

オレは勇者ゆえなのか、デブラに掛からず戦闘を続けていたけど、周りがみるみるおかしくなって行くから、自分もなんかその気になって楽しんでしまう。飲み会の席で、自分はウーロン茶だけど周りが酔っぱらって異常なテンションになると、つられて雰囲気酔い出来るみたいな。そんな感じ。

まさにアホの集団。

人間が使える魔法は、基本的にアモンアクアのエレメントのみ。エルフが、バフ系魔法の種類が多いガイアを得意としている。

最初は、子供のガルグイユ(背中に甲羅のあるドラゴン)を従えてビーストテイマ―を務める戦士のデズモンド(Desmond)と酒場で知り合い、異様に馬が合って2人で冒険を始めた。気が付いたら女騎士のエミー(Emmy)も仲間に加わってて、3人パーティーの時はデズモンドとエミーが、たまにデブラをたしなむくらいだった。4人目の仲間、エルフのミラ・ハールス(Mira・Haarus)が加わってから一気にブーストした。ミラが本物のデブラ中毒だったというより、エルフという種族が日常的にデブラ常習者だったって方が正しい。分かりやすく言うと、沖縄の人は酒が強いってイメージ。

毎日テンション爆アゲ⤴で旅してまわり、パーティーの全員が目ん玉を真っ赤に充血させながら各地の問題に取り組む。
オレはデブれない体質だから、仕方なく闇取引で売買される怪しい薬物を行く先々で買い漁った。酒を大量にあおり、ありとあらゆる薬、魔具、ドラッグインジェクション、仲間と一緒にトベるなら何にでも手を出した。これが功を奏し、各国の治安維持につながってたりもして、更に英雄視されたのは伝説だ。そんな事も含め、本当に楽しかった。

イカれた旅を長年続けながら、なんだかんだ魔王軍の情報を仕入れては魔王幹部を討伐し、遂に魔王城に乗り込む日がやって来た――。

その日の吐き気は過去最高だった。

「……気持ち悪い」

口を抑えながらぼやくと、デズモンドが茶化しにかかる。

「うわ~、めっちゃ二日酔いじゃん」

エミーがオレの背中を力まかせにさすりながら言う。

「あはは、大丈夫かよ」

そんな姿を見てミラが一言。

「人間は弱いわね」

正直、勇者だ英雄だと持て囃されて、30年という長旅をしてきても、源次郎として生きた感覚は存分にあるので小心者な所は変わらない。昨晩はどちゃくそ飲んだ。

「おえっ……」

魔王城は広大で、散策に時間がかかった。『魔王の間』は分かりやすく、魔王城の入り口から巨大な一本の廊下があり、その先に扉があるのは見えていた。だが行かなかった。後回しだ。

ボス部屋に行く前に、とことん最後のダンジョンを調べ回る。高ランクの宝箱を開け、装備を整え、あわよくばレベル上げを狙うアレ。終盤ボス前のご褒美。

魔王城は、時々メイド姿の雌型クリーチャーが襲い掛かって来て、それをいなすくらいなもんで想像していたより静かだった。幹部が一斉に集まり、同時にこれまで戦った全幹部と最終戦闘に、なんてのも想像してたけど全く無いまま、城を隅々まで荒らしまくった。

充分に時間をかけ、貰える物は全て掻っ攫った所で満足し
魔王の部屋、最後の扉の前に着く。

高さ20メートルくらいあるとても巨大な扉の両脇に、人間サイズの普通の扉がある。

「うわぁ……、魔王ってもしかしてめっちゃデカい??」

「イチモツも巨大かもな」

エミ―の言葉に、堂々とセクハラをかますデズモンド。

「ウケるわね」

おっさんおばさん達は楽しそうだ。といっても、ミラはエルフ族の長寿により、外見は20代前半くらいに見える。初めて会った時から何も変わらない。

30年楽しく旅をしてきて、みんな年を取った。オレもアルビンとして、しっかりおじさんになった。この戦いでいよいよ終わるのだ。

そんな想いを込めながら、人間サイズの扉に手をかけた。

「行きますか」

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