読書部の日常〜ポンコツ系美少女な部長とただ駄弁るだけの不毛なる学園生活〜

ジェロニモ

ファンタジーの定義について

「ファンタジーってなんだと思う?」


 読んでいる小説が盛り上がってきたので、話しかけるなオーラを醸し出していたにも関わらず、部長はそう聞いてきやがった。さすが空気を読まないことには定評がある部長だ。


「何ですか。僕にググれって言ってるんですか。ほら出てきましたよ。空想、幻想、夢ですって」


 スマホをポチポチして何でも知ってる大先生に尋ねればすぐ答えは出る。文明の力は何と偉大か。僕はまた小説を読み出した。しかし、今読んである小説が手から抜き取られてしまった。


「人が質問してるのに本を読むなんて失礼だと思わないの?」


「部長、この同好会の名前覚えてます
か」


 読書部って言うんだぜ。読書して何が悪いのか。


「その人を小馬鹿にした顔を今すぐ辞めなさい。あと部活だって何度も言ってるでしょうに」


 部長は目を細めて僕を見た。


「そういえば隅田さんは今日も習い事ですか?」


「ええ、なんか武術を習ってるんですって。良いわよね、かっこよくて。私も俺TUEEEしたい」


 確かに隅田さんはTUEEEけど


「現実世界で俺TUEEEとか格闘家以外じゃあただのヤベー奴じゃないですか。今のご時世手を出した時点で負けみたいなところありますし。」


「そうなのよねぇぇ」


 部長はぐてぇっと机に突っ伏して、「全く世界が世紀末になれば良いのに」と馬鹿みたいな望みを口にした。
 僕は水を求めて殺し合いをする殺伐とした世界などごめん被りたいが、部長なら世紀末をなんだかんだで生き抜けそうな気がした。


「ってなんで世紀末の話なんかしてるのよ。違う違う、私がしてるのはファンタジーの話よファンタジー! 別に直訳しろって言ってるんじゃなくて、私が聴きたいのはジャンル的なファンタジーの定義なのよ」


 部長は急にキレ出して机をバンバン叩き出した。一人芝居かな。


「ジャンルって言うとあれですか、SFとかミステリーなんかのあのジャンルですか」


「それよそれ。実は昨日の夜、唐突に『そうだ、ファンタジー物の本を読もう。』 そう思って私はネットでファンタジー、本、オススメで検索をかけたわ」


「いったい昨日の部長に何があったんですか……」


「あるじゃない、唐突に一つのジャンルの本が読みたくなること」


「ありますけど。」


あるけど、そんな神の啓示を受け取ったみたいに言われると少し気になってしまう。
 読んだ本が面白かったりすると、その本と同じジャンルの本を読み漁りたくなったりすることは多々ある。部長も昨夜そんな感じだったのだろうか


「ほら、最近ライトノベルなんかじゃ異世界転移、転生物の本って流行りじゃない? 私もそういうジャンルは大好物だからついつい気になっちゃって。ファンタジー物を探しまくったわけなの」


「とりあえず前置きは分かりましたけど」


 話の本題は全く見えてこないが。


「でね? ファンタジーって私にとっては異世界なのよ。世界観的に言うなら魔法があって、人以外に色んな種族が居て、文明的にはヨーロッパ中世。それがファンタジーの定期だと私は信じていたの。」


「僕もそんな感じですよ。ファンタジー=異世界、的な。」


「でも昨日、オススメ小説を見て私は目を疑うことになったわ。んん」


 部長はそこで言葉を切って、姿勢を正して咳払いをした。


「では私がこれじゃないと感じたネットサイトでオススメされたファンタジー小説No.1! 魔法少女物~」


なんか始まった。


「……なんかありました?」


 なんだがテンションが異常である。


「なんもないわよっ。今日はこういうテンションなのよ文句あるの!?」


「無いです」


 いつにも増して言動のおかしい部長を心配しての発言だったのにものの見事に逆ギレされた。カリカリしてるしもしかしたら生理なのかもしれない。ならしょうがないと僕は部長の奇行を暖かい目で見守ることにした。


「なんで魔法少女物はダメなんですか?魔法とか出てきてますし充分ファンタジー溢れてると思いますけど。」


「魔法があるっていう点ではオッケーなの。だがしかーし! さっき話したように私にとって、ファンタジーというジャンルの物語の舞台って異世界なのね? でも魔法少女物って現代が舞台なことって多くない?」


「そうですか?」


「そうなの!」


 断言された。どうやら決定事項らしい。


「いくら魔法があるって言っても地球の、それも現代が舞台だとどうしてもファンタジーって感じがしないのよね。これは異能系バトル物にも言えることだけれど」


「そうですかね。僕的にハリーポッターなんかは現代が舞台ですけど、バリバリのファンタジーな感じしますけど」


 魔法があればなんだってファンタジーだろうに。


「ああ、あれはファンタジーよ。あとハリーポッターは少女じゃないでしょう」


「魔法少女も少年も似たようなもんでしょう。じゃあプリキュアはどうなんです?」


「ダメよ! ていうか後輩君プリキュア見てるの? ちなみに私は見てるわ!」


 部長の謎のアピールでどうでも良い部長知識がまた一つ増えた。
 ついでにいうとプリキュアを見ているかという質問に対する答えはイエスだ。子供の頃も面白かったけど今見ると別の観念から楽しめる良シリーズである。


「見てますけど。てかなんですかその微妙な合否のラインは」


 ファンタジーの定義とか言っときながら適当にフィーリングで決めてるんじゃ無いだろうなと疑い始めた。


「とりあえずその詐欺師を見るような目を辞めなさい。」


 僕は眉を吊り上げて今にも怒りが沸点を超えそうな部長に向けてにかっとパーフェクトスマイリング。


「きもっ」


ひどっ。


「ちゃんと考えて決めてるに決まってるでしょう? まず私の中で現代を舞台にした作品がファンタジーというジャンルに定義されるには条件が二つあるわ。」


 部長は腰に手を当てながらピースをした。


「何かわかる?」


「えーっと、まほ」「はいブッブー!時間切れでーす!」


「……」


 魔法とさえ言えずに不快な声が部屋に鳴り響く。答えさせる気がないなら聞くな。僕は無言で湧き出る怒りを鎮めた。渡辺さんに絵の具にされてしまえ。


「答えは魔法、要するに不思議現象と現実世界の他に魔法界なんかの異世界がちゃんとあることよ。これなら魔法と異世界が入ってるからギリファンタジーでも許せるわ。そういう魔法界って古風な西洋っぽい感じのことが多いし。」


 魔法使いが出る作品に魔法界ってありがちだけど、あれも異世界と思えば異世界なんだろうか。


「わかったようなわからないような。ようするに異世界っぽいのがあれば良いんですね。」


  どうやら一応部長の独断と偏見ではあれど基準みたいな物は設けられているよ
うだ。


「でも人間界と魔法界があるプリキュアもありますけど。」


「じゃあそれはオッケーで」


やっぱり適当言ってるかもしれない。


「そもそも物語の舞台が現代っていうのがファンタジー感が激減するのよね。妖怪とか怪異物もファンタジーかって言われるとなんとも言えないじゃない。現代ファンタジーっていうのが我慢ならないのよね。」


と、部長はグチグチと仰られているわけだが、結局のところ個人のさじ加減だろう。これは区別いうより、部長の好き嫌いに近いと思う。


「じゃあ次No.2~。」


 まだあるのか。あと何回この茶番を繰り返す気なのだろうか。


「参考までにナンバー何まであるのか教えてもらっても良いですかね」


「ノリで言っただけだから実はそんなにないのよね。多分No.3くらいで打ち止めかしら」


 部長は自分で言っておいて首を傾けている。本人に分からないなら答えは誰にも分からないのだろう。


「下校時間までに終われば何でもいいですけどね」


「頭が悪いわねぇ後輩君。下校時間内に終わらなかったら明日続きをすれば良いだけじゃない」


「どんどんいきましょう。端折りまくっていきましょう。」


 さらっと未来の僕の自由が奪われかけていた。あと頭が悪いとは心外である。こちとら伊達に読書部なんて酔狂なものに入っていない。人の何十倍も本を読み漁っているだけあって国語だけは高得点である。
 他は大体平均くらいなので、国語が抜きん出ている分、僕は平均レベルより上だということだ。


「じゃあNo.2! SF系の近未来物」


「SFですか。それは僕も悩むところですね。」


「そうでしょう!例えば某黒い剣士が活躍するライトノベルを筆頭にVRMMO物が世溢れかえったじゃない。」


 部長は机に体を乗り出した。グッと僕と部長の顔同士の距離が縮まる。近い。僕は体を軽くのけぞらせた。彼女が机に身を乗り出すたび、この人のパーソナルエリアは一体全体どうなってるんだろうかと僕は毎度疑問に思う。


 しかしVRMMOか……。確かにSFなのかファンタジーなのかジャンル分けしろといわれたら難しいかもしれない。そんなもん気にしてどうなるでこの話題は全てバッサリ切れるのだが、それをしてしまうと部長が発狂しそうなのでやめておこう。


 MMOとはMassively Multiplayer Online RolePlaying Gameの頭文字を取って略したもので、日本語に訳すと大規模多人数同時参加型オンラインRPGとかそんな感じだ。これ自体は現代でも沢山のゲームが存在している。
 しかし多くの物語でとりあげられるのはそこにVRという二文字が付属する。これはvirtual realityを意味していて、仮想現実を指す。


  最近だとVRゲームなるものが出てきて時代の進化を実感してワクワクするが、VRMMOは未だ現代の技術では実装されていない架空の産物である。
 視覚聴覚のみに対応したVRゲームに対して、VRMMOは、実際に仮想現実空間にて五感すべてを再現した自分のアバターを操作する。いわば物語の中に入り込むような夢のゲームだ。早く現実でも実装されて欲しい。


 ともかく、現在の技術で再現できない以上、VRMMOを扱った作品は時代背景が近未来であることが多い。100年後ならタイムマシーンくらいあるだろとか、そんな感じのノリである。
 つまり仮想現実空間に五感を没入させる未来の技術であるVRMMOは、完全にSFというジャンルに属していそうに思えるのだ。


「VRMMOなんてハイテクじゃない?未来の技術じゃない?でもなぜかファンタジーのジャンルにずけずけと入り込んできたわけ。まぁ面白そうなの多かったらオススメされるがままにリンクを踏んでポチりまくったけれど。」


「満喫してたみたいで良いじゃないですか。」


「それとこれとは話が別でしょう! なんだが自分の中のイメージと違うところにカテゴライズされてる物を見るとイライラするのよ」


 イライラがぶり返したのか、部長の貧乏ゆすりによって机がカタカタと揺れた。


「でもVRMMO物って、現実の世界観は近未来でも、VRMMO自体は剣と魔法のファンタジーな世界観なことが多いですからね。ファンタジーにカテゴライズされても仕方ないと思いますけど。」


 少なくとも僕はVRMMO物がファンタジーにカテゴライズされることに違和感を感じたことはない。
 最近だとVRMMOの世界に転移転生とか、VRMMOをやってたらゲームのアバターのまま異世界に転移とか、 VRMMO物と異世界物がごっちゃ混ぜになって来ている感があるし。


「一理あるわ! 偉い人も『高度に発達した科学は魔法と区別がつかない』なんてカッコ良い言葉を残してるように、ファンタジーとSFって混合しがちだもの。」


 部長が僕も聴いたことのある言葉を言い放った。すごく聞き覚えがあるのだが、これ誰の言葉だっただっけ。今度ググろうとスマホにメモをした。


「だからVRMMOに関してもファンタジーを名乗っていても許せる基準を考えたわ」


「またですか」


つまり独断と偏見である。


「まず前提条件としてVRMMOの世界観がファンタジー、つまり魔法が存在すること」


「異論ないですね」


まぁわかる。


「そして現実世界の話が少ないこと。」


まぁわかる。


「ゲームの中はファンタジーでも現実世界は近未来ですもんね。スケボー型ホバーボードとか出てきたら完全にSFですよね」


「そう。だからVRMMO内の話が9割五分を占めていれば、私もその作品はSFじゃなくファンタジーと認めてもいいわ。」


 許可制とは随分と上から目線である。僕に上からなのは、彼女は部長で僕は部員だからまだわかる。しかし作品に対しては全く関係ないのだが、一体部長は何目線で話してるんだろうか。聴いたら「神」くらい本気で言いそうなので少し怖い。


「たしかにそれならファンタジーと言えるかもしれませんけど、それだとゲームの話ばっかで、主人公がゲーム廃人みたいになりませんかね」


 現実世界の話が出てこないと、どうしても登場人物達がゲームばっかやってる現実捨ててる勢なんじゃと勘ぐってしまう。
 何も友達がいてリア充してますアピールをして欲しいわけではないけど、個人的にはちゃんとした食事を食べてるシーンなんかを少しで良いから織り交ぜて貰えると安心できる。


「別に良いじゃないの。逆に現実生活をエンジョイして課金もしてないのにゲーム内じゃあ注目プレイヤーみたいな作品の方がおかしいのよ。偶々レアなスキルが手に入ったり~とかプレイヤースキルが~とか、全てを捨ててゲームにリソースを割いている人達がかわいそうでしょうに。ゲームっていうのは時間と金を捧げた物に微笑むべきなのよ!」


 随分と熱のこもった口ぶりを見るに、部長はネトゲ廃課金者なのかもしれない。課金戦士は僕ら無課金プレイヤーにとっては英雄である。
 なんせ課金者が金を製作者サイドに撒いてくれるからこそ、僕たち無課金プレイヤーが金も払わずに充実したサービスを受けられるのだから。僕は心の中で部長に感謝の拍手を送った。


「何よ唐突に優しげな目なんかして。なんか気持ち悪いわね」


 部長がそんな僕の方を見て気味の悪いものを見たように眉をひそめた。優しげな目を気味悪がられるというなら僕はどんな顔をしてれば良いというのか。


「とにかくSFをファンタジーと認めるには最低でもその二つの条件をクリアしてないとダメね」


「つまり現実世界でリア充すんなよとそういうことですか」


「そうよ!」


 部長は他人の幸せが認められない心の狭い人間ですと恥じらいもなく言い切った。


「ゲームの中でイチャコラしてるのを見る分には何故か許せるのよね。なんでかしら」


「現実のネトゲだとゲームで恋愛とか自分から黒歴史作りに行くみたいな印象あるからじゃないですか。おっさんに告白とか、おっさんと付き合うとか、おっさんと結婚とかするハメになるかもしれないですし。ネトゲの女性プレイヤーって少ないですからね」


「それはあるわね! 女性プレイヤーは少ないのに、なぜか女性アバターは男性アバターよりはるかに多いんだから、そりゃホモォするのもしょうがないわよね。自分が付き合ってると思って女性アバターにせっせとアイテム貢いでいた男性プレイヤーが、相手がネカマだとわかった時の発狂、私大好物なのよね。発狂した人はもれなくゲーム引退することが多いから、そのことをネタに煽れないのが残念なところだけれど」


 部長はゲーム内でも変わらずクズらしい。もっと純粋な気持ちでゲームを楽しむことはできないものか。


 VRMMO物だとなんやかんやの理由で自分の性別でしかアバターを作らず、ネカマやネナベが出来ない仕様になっていることが多いのはそんなホモォな惨劇を起こさずに恋愛をできるようにという配慮かもしれない。


「ま、相手がモノホンの女だろうと、どんな顔と体系してるかなんてわかったもんじゃないけれどね。アバターって総じて美形だもの。つまりゲームの恋愛はろくな結末にならないから微笑ましい気持ちで見てられるってことね。」


 部長は清々しい顔でゲスいことを言い放った。


「で、次は何ですか?」
 

魔法少女、SF、次は何だろうか。


「次はNo.3! えーと、」


 僕が尋ねると部長は首を捻ってうーんと唸りだした。


「どうしました。ネタ切れですか」


「いや違うの!なんでゲーム内の恋愛がノンストレスで見てられるかが分かってスッキリしたら、話そうとしてたこと全部忘れちゃったのよ!」


「じゃあ帰ります?」


僕はここぞとばかりにそう提案した。


 部長はしばらく忘れた記憶を思い出そうと悩んでいたが、しばらくして「そうね。きっと明日になったら思い出すでしょうし、帰りましょっか」と諦めてカバンを手に取った。部長の頭が残念なことに今日ばかりは感謝した。


 その翌日、鳥頭の部長がファンタジーの定義について話題にすることはなかった。鳥頭万歳






今日のテーマ
ファンタジーの定義について


結論
部長的定義に基づくと、魔法少女物は魔法界などの異世界があるならぎりぎりファンタジーということで許せるらしい。VRMMOも、ゲームの世界観がファンタジーかつ現実世界の話が少なければファンタジーとしてぎりぎり許せるらしい。本のカテゴリごとのおすすめサイトではカテゴリーエラーな作品が紹介されていることもあるが、自分の興味がなかった作品に触れる良い機会でもある。カテゴライズに違和感を感じても、心の小さな部長のように怒り狂わず、広い心で受け入れよう。その作品が面白ければいいのである。



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