読書部の日常〜ポンコツ系美少女な部長とただ駄弁るだけの不毛なる学園生活〜

ジェロニモ

クラス異世界召喚物に備えて鞄に入れる物について(実践編)合宿四日目 ①

「あー。目がしばしばする。」


 合宿四日目の朝、僕は寝袋から体を起こすも、目の中に銀紙でも張り付いているかのような異物感に苛まれていた。
 時刻を確認すれば午前9時。


 おかしい……。僕がこんな遅い時間に眼を覚ますとは。初日はスッキリと起きられたのだが、日に日に疲れが溜まっている気がする。
 昨日の焼き魚は美味しかったし、栄養補給は出来たと思っとんだけどなぁ。いくら栄養を取っても、野外で体を動かすなんて慣れないことをしているから疲れが勝つのも当然の結果といえなくもない。


 毎日毎日、拷問のような練習をしている運動部の連中がスーパーマンに見えてきた。
 それでいて友達とはっちゃけたり彼女とイチャコラしたりするのだから恐れ入る。
 僕の脳にも筋肉にもそんなリソースはない。


 ペチペチと自分の頰を叩いて、なんとか立ち上がった。
 部長はまだぐーぐーと控えめないびきをかきながら寝ていた。
 部長も昨日まではいびきなどかかず、すーすーと静かな寝息をたてていたので、疲れがたまってきているのかもしれない。
 顔を弛緩させ、大口を開ける部長の顔は笑いを堪えるのが必死なほどの傑作だった。


「おはよう隅田さん。」


 僕はすでに起きてストレッチをしているし隅田さんに近づきながら声をかけた。


 隅田さんは『おはようございます。』とスマホの画面をこちらに向けて、僕から距離を取るように後ろに下がった。


 え、なんで?


 ストレッチのステップかなにかかもしれないとポジティブシンキングして、もう一歩近づくと、隅田さんは三歩下がった。


 ……うん。これはあれだ。明らかに故意に避けられている。昨日までは普通だったのに、何か嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。


 もしかしたら昨晩の僕のいびきがうるさすぎたのかもしれない。もしくは気色の悪い寝言を言ってしまっていたのだろうか?
 朝っぽらからの強烈なメンタルアタックに心が沈む。


 とりあえず2人だと気まずいので部長をサモンしようと、足元に転がる芋虫のような寝袋をゲジゲジと蹴って、しゃがんで顔を覗き込んだ。


「朝ですよ。起きてください。」


 カモン、部長カモン。


「んあー」


と部長がゴシゴシ目をこすって、僕を見た。パチパチと瞬きする。


 そして、「ふぁーー!!」と変な叫び声をあげて芋虫状態のままうねうねと寝袋をくねらせながら僕から離れようとする。
 僕はその様子を見て唖然とした。隅田さんから避けられ、部長から避けられ。まるで汚物にでもなった気分だ。


「あの、僕が一体何をしたっていうんですか……。」


「いや待って。違うのよ。別に後輩君が何かしたとかそういうんじゃないんだけどね?昨日の夜、隅田ちゃんと話してて気づいちゃったのよ。」


 慌てたように部長がうねうねと蠢いた。僕に非はないと聞いてひとまず安心した。


「じゃあなんなんですか。海に走っていって入水自殺する程度には心が傷ついたんですけど。」


「溺死はやめたほうがいいわよ。肌とかブヨブヨになって醜いらしいし。」


 いや、自殺の方法についてじゃなくてまず謝ってくれ。
 そんなことを言ったら首吊りだって力むせいで下の方から大きいのやら小さいのやらを漏らすのだから。


「で、僕が避けられる理由はなんなんですか。」


 自分に非はないと言われればこっちのもの。思いっきり強気でマウントを取りに行く所存だ。


「合宿ももう四日目じゃない?」


「そうですね。」


「つまりお風呂にもう何日も入ってないわけよ。いやちゃんと海水を染み込ませたタオルで体は拭いてたわよ!?本当よ!?」


 急に一人で言い訳を始めだした。情緒不安定かよ。


「わかりました。わかりましたから。話を進めてくださいよ。」


「なんか投げやりな反応ね。ホントに清潔を保とうという乙女らしい意識もちゃんとあったんだからね?……でもやっぱり夏だし汗とかすごいじゃない?それで昨日隅田さんと嗅ぎ合いっこしたらね、」「ほうほう」


 僕は思わず声を上げた。


 嗅ぎ合いっこ。つまり部長が隅田さんの、隅田さんは部長の匂いをクンカクンカしたという認識でよろしいだろうか。


 そういえば昨夜、不自然に二人して「お花を摘みに行ってくる」なんて言っていたのを思い出した。なるほどあの時だろうか。


 僕がソシャゲを周回している裏でそんなエデンが広がっていたとは。
 ラッキースケベなんて起きなくたっていいからそのシーンを是非とも見てみたかったこんちくしょう。


「なんか後輩君瞳孔がガン開いちゃってるけど大丈夫?」


「大丈夫ですからどうぞ続けてください。」
 ただちょっと色々と妄想しているだけだ。現実世界には毛ほども影響は与えない。


「そう?まぁいいけども。んん。それでね、やっぱりそのちょっと臭ったのよ。こう、体臭ってやつ。もっというなら繁殖した菌の臭いってやつ?やっぱり私たちは今をときめく女子高生じゃない? 美少女じゃない? 後輩君が私たちに抱いている、『デュフフなんだか良い匂いがするですなコポォ』みたいなイメージを崩して欲しくなくて。」


 部長は「サーセンサーセン」と後頭部を撫でながらペコペコと頭を下げてきた。誠意が全く感じられない。


「いい加減その悪意あるモノマネ辞めてくれません?完全に別人になってるじゃないですか。」


「でも大体合ってるでしょう?」


「違いますよ!デュフフとかコポォとか言ったこともありませんよ。ていうかあれって現実世界で言うやついないでしょう。いわゆるネットスラングってやつでしょうし。」


 酷い言いがかりである。


『ホントにござるか~?』


 隅田さんのスマホにそんな煽り文句が書き込まれていた。そういうのは知ってるんだ、隅田さん。


「ホントでござるよ。なんでそんなにノリノリなの隅田さん。」


『私、如何にもなオタク口調って結構好きなんですよね。』


 変わった趣味をお持ちなようだ。
 もしそれが真実だと言うのなら、僕はこれからオタク言葉で話すことも検討するでござる。いや、多分ネタ的な意味での好きなんだろうけども。


「確かに女の子は体臭がいい匂い、みたいなイメージは持ってたかもしれませんけど。フェロモン的なやつっていうんですかね?」


 悔しいことにそこは正しかったのだ。ただモノマネの仕方に悪意があっただけで。


「バカね。女の子の体臭は天然のフレグランスだなんて思ったら大間違いよ。あれはシャンプーとボディーソープ、そして着ている服の柔軟剤の匂いなんだから。女の子も何日もお風呂に入ってなかったら臭くなるのよ。」


 なんだか聴きたくないことを聴かされてしまった。確かに女の子に対するイメージは若干壊れたかもしれない。


『気になる女の子の匂いを楽しみたいなら、その子の使っているシャンプーや柔軟剤を買えば良いわけですね。居ますよね、芸能人が使ってるって紹介したシャンプーにすぐ変える人。』


「いるわね。影響されやすいミーハーな輩は。もしかしたらただの企業から宣伝を頼まれただけかもしれないのに、低脳
な奴らよね。」


 と、読んだ本にめちゃくちゃ影響されやすい部長が何か言っている。
 ブーメランって知らないのかな。


『本当にそのシャンプーを使ってるかなんて確かめようがないですよね。確かめるには嗅がなきゃ分からないわけですから。テレビの向こう側の匂いを嗅ぐことはできませんし。』


「本当かどうかは関係ないのよ。自分の中で『あ、あの〇〇さまが使ってるシャンプーの匂い!つまり〇〇様の匂い!クンカクンカッ!ぺろぺろ! 』てホントだと思い込んでれば嘘でもホントと同じことだもの。お前の中ではそうなんだろうな。お前の中ではな。ってやつね。」


 部長がぺっと砂浜に唾を吐き捨てた。仕草だけじゃなく本当に唾を吐くところが部長のガチでヤバいところだ。


「だからどうして部長のモノマネはそう悪意があるんですか。シャンプーを嗅いでた人、グルシャンしちゃってるじゃないですか。完全に犯罪者予備軍じゃないですか。」


 現実に存在するのなら、事件でも起こしそうな逸材だ。ストーカーとか普通にしてそう。


 ちなみにグルシャンとはグルメシャンプーの略で、シャンプーをテイスティングする行為を指す。
 当然のことだがジャンプーは口に入れるものではないので真似してはいけない。というか常人はそんなことはしない。




「モデルとなったクラスメイト共への悪意が演技に滲み出るのよ。故意じゃないから私は悪くないわ。」


 部長は腕を組んで「フンッ」と鼻を鳴らした。


 当然のごとくクラスメイトを敵対エネミー扱いする部長の心の闇は深い。


「つまり女の子を臭くなる、なってしまうの。そして私たちは今、臭い。」


 部長の言葉に隅田さんも頷く。


『それで、水浴びがしたいんです。もうこの際海水でもいいので、とにかく体と髪を洗いたいんです。』


「そういうことなの」


「はぁ。」


 水浴びか。別にすればいいじゃないかと思うが、水浴びということはつまり裸になるということだ。
 うん、僕というY染色体を持つ異分子がいる前では気軽にできる事ではないな。


「でも後輩君がラッキースケベを演出して私たちの無垢なる肉体を覗くという可能性は避けられないじゃない?」


「いや避けられますよ。覗いたら社会的に死ぬし、二人にボコられて物理的にも死ぬじゃないですか。そこまでの代償を払ってまで見たいとは思いませんよ。」


 見ただけで二度死ぬんだぞ。明らかにリスクとリターンが釣り合ってないじゃないか。


『その言い方だと私たちに魅力がないと言われているようでイラッとします。』


「禿同。一発ぶん殴りたくなるわね。」


 隅田さんは鼻息で前髪を浮かし、部長はシャドーボクシングを始めた。


 覗かないアピールをしたらこの扱いである。一体どうすれば良いといのか。


「じゃああれですよ。僕の手足を縛って目隠しすれば良いじゃないですか。それなら覗きようがないでしょう。」


 僕の明晰な頭脳が最適な解答を導き出した。


「えー。なんか特殊なプレイみたいで嫌なんだけれども。大丈夫? それって後輩君の願望とか入ったりしてないわよね?」


『Mなんですか?』


 部長と隅田さんがスススと息を合わせたように僕から遠ざかり、言葉の凶器はザックザックと僕の心に刺さった。


「わかりました。僕がそこらでちょいと入水自殺でもしてあの世に行けば流石に覗きなんてできないでしょうから、任せてください。」


「あーわかったわかったわよ!ちょっとからかっただけじゃないのもう。ちょっとストップ! スタァァァップ! 」


『縛りプレイ! 縛りプレイの案で良いですから!』


 海に向けて歩き出すと、二人があわわわと必死で僕を止めようとする。


 僕はどちらかというと、こうしてパニクった人を見て楽しむSである。Mではないし縛られるよりも縛る川の方が良い。
 二人の慌てっぷりを見ることができて、僕の嗜虐心が満たされた。


「じゃあ手足を縛って目隠しするって事で。」


「それでいい。それでいいから!」


 隅田さんもブンブン頭を縦に振った。


「じゃあ、そういうことで。さっさと縛っちゃってください。


 僕は手錠をかけられる犯罪者のように、両手を差し出した。



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