読書部の日常〜ポンコツ系美少女な部長とただ駄弁るだけの不毛なる学園生活〜

ジェロニモ

クラス異世界召喚物に備えて鞄に入れる物について(実践編)合宿ニ日目 ①

 夏なので日の出も早い。太陽が辺りを照らし始め、スマホを確認すると6時だった。


 結局寝ることが出来ずにスマホをポチポチといじり続けていた僕は、今頃になってようやく眠気がやってきていた。
 そんな眠気を取り払う為、日の光を浴びてみるも、効果は薄い。


 両手を広げてサンパワーを補充していると、もぞもぞと迷彩柄の寝袋が蠢いた。どうやら隅田さんが起きたようだ。


 寝袋のチャックを少し開いて上半身を起こすとほわーと欠伸をして、キョロキョロと不安げに辺りを見回しては首を傾げる。「ここはどこ?」といったところだろうか?


 海側に立つ僕を見つけると、僕の方に寄ってこようとしたのか寝袋のまま立ち上がろうとして、コケた。顔面から砂浜へとベッドスライディングを決めていく。
 隅田さんはペッペッと舌を出しながら砂を吐き出すと、寝袋から出てきてスマホを取り出して駆け寄ってきた。


『おはようございます。合宿2日目ですね。』


と、何事もなかったかのように挨拶をしてくれた。砂まみれで。


「うん。とりあえず海で砂でも落としてきなよ。」


 隅田さんは顔を赤くしながらコクリと頷いて早足で海の方へと進んでいった。
今日の予定も決めなければならないし、さっさと部長を起こそうとオレンジの寝袋に近づいていく。


「朝ですよー。もう2人とも起きてるんで、今日のこと決めましょうよ。」


 寝袋ごと身体を揺らすと、「んぅあ」と腑抜けた声と共に眩しそうに目を開いて、確かに僕を視認すると、舌打ちをして寝返りをうった。
 そしてまたすーすーという寝息が聴こえてくる。


 中々に腹の立つ行動だ。寝坊しそうな子供を起こす親はこんな気持ちなのかもしれない。


「いや起きてくださいよ。今完全に目があったじゃないですか。目、覚めてるんでしょう。」


「覚めてはないわ。まだ瞼がしばしばするし、体は眠りなさいって訴え続けてるもの。」


 寝起きでろれつも思考も回らないのか、ゆったりとそんなしょうもないことを言いながらまた寝ようとする部長に、僕は寝袋のチャックを全開にして無理やり中から叩き出す。
 部長はぼとりと砂浜に落ちて、今度は砂浜で寝ようとする。


 仕方ないので僕は隅田さんが海の方に行って、水筒に海水を汲むと、部長の顔にドバドバと海水をかけた。


「なにこれ冷たいっ!」


 部長は飛び跳ねて起きた。


「目、覚めました?」


 僕が聴くと、部長は


「えーえー覚めましたよ!」


と歯を剥き出しに、眉を吊り上げ目を見開く。ちゃんと目は覚めたようだ。


「全くもう!そんなんだからモテないのよ。」


「そのまるで僕がモテてないみたいな偏見はやめてください。」


 普段の僕を知らないだろうに、何を根拠にそんなことを言うのか。


「じゃあ自分がモテてるとでも言いたいの?」


 その質問に僕はグググと喉を詰まらせた。そう、実際のところ交友関係がほぼ無いのだから、モテるも何も無い。


「いやほら、密かに想いを寄せてくれてる子がいるかもですし。」


「それってあれでしょ?消しゴム拾ってくれたからとか、毎日挨拶してくれたとかってだけで、『あ、あの子は僕のことがしゅきなんだぁ!ブヒー!』て勘違いしちゃうストーカーの考え方でしょ?」


「その悪意のある演技はやめてくださいよ!そんな口調で喋ったこととか一度もありませんから。」


「一例よ。一例。」


 部長は笑いながら僕の訴えを受け流すと、ボストンバックをガサゴソとあさり出す。


「そういえば、以前、異世界に備えて鞄に入れてくものっていうテーマだと、鞄は通学時に普段使いしている鞄に限定してましたよね。部長のそれは何ですか。」


 僕はビシッと部長が漁っている重量感溢れるボストンバックを指し示す。


 これは、部長が重すぎて通学を断念したものだ。つまり通学用の鞄ではない。
 僕は着替えなんか以外、サバイバルに役立ちそうななものは薄っぺらい通学用鞄の中に入っているものに限定されているというのに、部長はボストンバックいっぱいに便利道具を詰め込んでいる。
 これは理不尽じゃあないだろうか。


『そんなテーマがあったんですか?』


 砂を落としていた隅田さんが戻ってきて、そんなことを聴いてきた。


「隅田さんはその時はまだ居なかったから、別にいいんだけどさ。」


『じゃあ私もこれからあのリュックサックを通学用にしますね。』


 隅田さんが指で指すのはパンパンのリュックサック。登山の時に持っていきそうな、大変重量感溢れる代物だ。
 試しに持ち上げようとしたが、重い。  
 背負ったら両肩がデストロイされることは間違いない。現に、両手で持ち上げた際、腰が逝っちゃいそうだったし。


「いやぁ。これは流石にやめた方が」


 無理をするのは良くないと思って、そう進言しようとすると、隅田さんはリュックサックを片手でひょいと持ち上げた。僕は進言やめ、黙った。


「で、部長はなんで普段使ってる通学用の鞄にしなかったんですか?」


 自分の貧弱さを受け止めることが出来ず、早急に話を隅田さんのリュックから部長のバックに戻す。


「ほらあれ!やっぱりどんなものが使えるかって使ってみなきゃ分からないと思うの。それにこれは本番に備えた予習みたいなものだし、いいじゃないの!ね?」


 部長が目をぐるぐるとさせて、千手観音のように手を慌ただしく動かした。


 後付けの言い訳であることは一目瞭然、明々白々なわけだけど部長の苦し紛れの言い訳も一理ある。


「まぁそうですね。ゆるくやって行きましょうよ。」


 部長は露骨に「ふひぃ」と安堵の息を吐いた。
 これは本当の異世界ではないのだから、ゆるゆるでやれば良いと思う。
 辛いのは嫌だし。


辛いと言えば、


「夜は蚊が凄かったみたいですね。」


 良く見れば部長のおでこや鼻先、隅田さんの頬っぺたにも赤くポツポツと蚊に刺された跡があった。
 会話の最中も、時折ぽりぽりと指で掻いている様子が何度か見受けられた。


 隅田さんの頬っぺたの刺された跡にはバッテンのような跡が上から作られていた。
 うん、爪でつけたのかな。爪でバッテン印をつけると痒さが和らぐような気はするよね。頬っぺにあるとちょっと間抜けだけど。


「それ!それよ!やっぱり合宿はやっといて正解だったわね。異世界なんてどんな病原体を持った虫がいるのか分からないから、虫除けは必需品ね。」


 部長は蚊の話題が出たことで痒さに意識を取られたのか、腕をぽりぽりと掻いて、世界から虫を根絶やしにでもするような忌々しそうな顔で舌打ちをした。


『メモしました。』


と隅田さんが報告してくる。


 スマホを常時弄っているから、記録係としては最適な役回りかもしれない。


「まぁありがとう。隅田ちゃんは優秀ねぇ。」


 部長はそう言って、弛緩した間抜けな顔で「でへへ」と隅田さんの頭を撫で回す。される隅田さんはやっぱりちょっと嬉しそう。


 どうでも良いが、「隅田ちゃんは」の「は」の部分。暗にもう一人が優秀じゃないと示すこの助詞ははたして必要だったのだろうか? おもむろにもう一人の部員である僕の心を傷つけただけではないのか。
 僕の心が今確かにピシリと傷ついた。


「ていうか、後輩君に刺された跡がないのが不審ね……。これは一体どういうことなのかしら。」


 部長がジロジロと目を細めて僕の体を見てきた。
 疑問ぐらいならまだしも、何故不審に思うのか。まるで僕が自分だけずるい手段を使っているみたいじゃないか。


 部長の言葉で、隅田さんも近づいてきて、僕の肌を上から下まで舐め回すように観察する。


『本当ですね!刺された跡が1つもないです!なんでですか?』


 隅田さんは不思議そうに首を傾げた。
二人は虫除け効果のあるものを僕が隠し持っているものを期待しているのかもしれない。
 それを使わせてもらうなり、僕から奪うなりすれば残りの合宿もどきは快適に過ごすことが出来るだろう。


しかし、現実は時に非常だ。


「僕って蚊とかに刺されない体質なんですよね。人生で一度も刺されたことないんじゃないですかね。だから蚊に刺されとかの痒みって理解できないんですよね。」


 僕がそう言うと、隅田さんはがっくしと肩を落として、『そうですか』と弱々しい指の動きで書き込んだ。


 部長はペッと唾を吐いて


「血がよっぽど不味いのね。私たちの血はきっと美味なんだわ。そう捉えておきましょう。」


と自分と隅田さんを鼓舞していた。


 蚊に刺さされやすいかどうかは血液型で決まるなんて説もあるくらいだし、僕の血が不味いというのはあながち間違ってないのかもしれない。


 吸血鬼物の本でも、処女の生き血は美味だと言うし、神への供物として処女は上等なものだったらしいし。
 いや、2人が処女かどうかは知らないけど。


 僕がもし蚊だったとしても、どこぞのヒョロい男よりも、可愛らしく柔らかい肌を持った二人を刺しに行くだろう。
 太ももとかお腹とか刺したい。


 そう考えたら蚊って意外と羨ましい。叩き潰されるのは嫌だけども。


「じゃあとりあえず乙女達は着替えたり色々あるから、後輩君は海で遊んどきなさい。」


 部長にしっしっと追いやられて、僕は海辺に座り込んで砂遊びを始めた。
 バックも持ってきているので、着替えもチャチャっと済ます。
 覗き、というのも合宿の醍醐味らしいが、普通に犯罪どからやめておく。


「カモン!」


という部長の声が聴こえてきたので、作っていたお城を壊して戻ると、全身ジャージ姿の二人が立っていた。


「よし。じゃあ改めて合宿の説明を行うわよ。」


 部長はそこら辺で拾ってきた良い感じの木の棒を振り回し、隅田さんもやる気満々なようで、鼻息荒く頷いた。


「まず、はいどーん!」


 部長が掛け声と共にボストンバックから水やらレトルトパックやらを出した。


 隅田さんもそれに伴ってリュックサックから同じように水と食料を出す。
 隅田さんの食料は殆どが乾パンで、缶詰がちらほら見える。


「この通り水も食料も豊富なわけだけど、これはあくまでも保険よ。これに頼りっきりじゃあただキャンプを楽しんでおしまいだもの。私たちの目的は真の経験を積むことよ。だから水も食料も出来るだけ自分達で集められるように頑張りましょう。いいわね?」


 部長は言い切って、確認するように僕らを見る。


 流石に水、食料なしでサバイバルを開始するほどスパルタではなかったようで僕はホッとした。


「けど、僕は虫とかは流石に無理ですよ。」


「大丈夫よ、私もだから。まぁ植物とか魚とか探すことになるのかしらね。あんまり森の深くまで入ると迷子になって死ぬかもしれないけれど。」


『私は虫も大丈夫です』


と入力されたスマホをブンブンと振って、僕や部長に、虫食べれますアピールをしてくる隅田さん。


 うん。向上心があることは良いことだと思います。部長はちょっと引いてるみたいだけど。


「そ、それで」


 部長の声が裏返った。


 何もそこまで引くことはないだろう。世界的にみたらポピュラーな食材で、タンパク源として優秀なのだから。


「んん。それでね。食料は貪らない限り何日間かは余裕で保つと思うわ。」


 そこは一週間分あってほしかった。


けど、人間が一日に飲む水の量って2リットルくらいだから、3人分を一週間分用意すると、それだけで2リットルペットボトル14本分か、えげつないな。


 見たところペットボトルは9本。ほかのものも大量に持ってきていることを考えたら頑張った方なのかもしれない。


「一応、水や食料が尽きかけたらその時点で合宿終了って事で船を呼ぶ手筈にはなってるのだけど、それに安心して消極的になっちゃダメよ。特に後輩君。」


 部長は僕をジト目で見てきた。


 何故指名で注意するのか。そりゃあ隅田さんはそれこそランボーみたいになりそうだけどさ。


『今日は何をするんですか?』


 隅田さんは隠しきれない期待にそわそわと体を揺らしながら、口角をニンマリと歪ませる。


「日ごとの目標は一応決めてあるわ。今日は火起こしね。」


「いや、昨日やったじゃないですか。」


 もしやボケたんじゃあるまいなと僕は部長を訝しげな目で見る。そんな僕を部長は鼻で笑いやがった。


「昨日はチャッカマンなんて使っちゃったじゃない?結局あれも限られたアイテムな訳だし、無から火を生み出せておいて損はないわ。ほら、やっぱり生ものは食べたくないじゃない?」


 現代の文明の力を使わない火起こしを覚える理由がビビりな部長だった。


 いや、僕もアニサキス菌とかサルモネラ菌とか怖いけどさ。


 特に、目視で確認できるアニサキス菌はともかく、サルモネラ菌は目視できない上、鶏肉の20%ほとがサルモネラ菌に汚染されてるらしい。
 うん、豚肉鶏肉はしっかり火を通そう。


『食料や水の確保なんかは良いんですか?』


「火起こしが出来てからにすれば良いんじゃない?もしあれなら明日からでもね良いわけですし?」


 どれだよ。仕事を探そうとするニートのような甘えに僕は心の中でツッコミを入れた。


「こういう状況だと、物語なんかじゃ作業分担するのが定石ですよね。」


「そしてあれ?後輩君は?って一人帰ってこない人間がいるのもホラーやミステリーだとテンプレなのよね。」


「勝手に殺さないでくださいよ。」


 あと怖くなるようなことを言うな。


『そう考えると、無人島に遭難とか狂いそうな状況で、更に役割分担してそれぞれ別行動とか勇気を通り越して蛮勇ですよね。』


 隅田さんがそんなことをスマホに入力した。


「そこはほら、効率的っちゃあ効率的なわけだし、一人になるのは怖~い。ムリ~。なんてウザイセリフでダダをこねるのはわがままぶりっ子女性キャラって相場が決まってるから。皆んなが皆んなビビりだと物語が進行しないだろうし。」


『居ますよね。くだらないことを言って皆んなの足を引っ張るクソキャラ。』


「そういうキャラってスカッとする死に方をしてくれることが多いから良いんのだけどね。読み手にストレス以上の爽快感を与えてくれるし。」


「たまに生還したりしますけどね。中では自己中な自分を認めて改心したりするものもありますし。」


『生還ルートは胸糞です。改心ルートは話の流れによりますけど。』


 全員が全員、わがままぶりっ子キャラ死亡がスカッとすると意見が一致した。
 やぁ僕らって気があうね! とでも思っておこう。


「とにかく単独行動とか怖すぎておしっこ漏らしちゃうから、作戦はみんな仲良くで行きましょう。」


 部長の言葉にぼくたちも頷いて肯定する。うん。一人は怖いよね。


 部長はそんな僕らを見て、悟りを開いたかのような定まらない視点でどこか遠くを見ていた。


『どうかしました?』


と隅田さんがスマホの画面を目の前に突き出しても無反応だ。


「部長、意識とんじゃってますけど。」


 仕方ないので大きめの声で呼びかける。


「あ、ごめんなさいね。まさか自分がみんな仲良くなんて言葉を使う日が来るなんて思わなくって。ほら、私っていっつも先生からみんなに、ちゃんと仲良くしてあげなさいって言われる側だったし。」


 あ、うん。もういいです。何故だか胸がズキズキと痛む。
 隅田さんも僕と同じように胸を手で押さえていた。
 そう、僕らはまるで他人事とは思えずに、思わず部長に共感してしまったのだ。


 本当に教師ってデリカシーがないよね。彼らが何十年前は僕らと同じ子供だったということなど到底信じられない。
 僕はあいつらのこと、「大人」という一種の種族みたいに考えていた時期もあったほどだし。


「で!部長ほら火を起こすなら燃料集めましょう枯れ木とか!みんなで!」
『行きましょう行きましょう!みんなで行きましょう!』


 僕らはそれぞれ、部長の左右の手を繋いで、囚われの宇宙人ポジションに収めると、森の方へと歩き出した。
 しばらく歩くと、握っていた部長の手が僕の手を握り返してきた。意識が戻ったのだろうか。


「なんかごめんなさいね、気を使わせちゃって。」


「別に気にすることないですよ。ほら、少なくとも今は部長の仲間が二人居るんですし。」


 そう、過去など気にすることはないのだ。友達か否かは別として、確かに今僕らは読書部という集団の仲間なのだから。


「そうね。」


部長はクスッと笑った。


「まぁ後輩君はしもべだけども。」


 そして余計なセリフを最後に付け加えた。



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