読書部の日常〜ポンコツ系美少女な部長とただ駄弁るだけの不毛なる学園生活〜

ジェロニモ

努力について

 あと1週間もすれば夏休みが始まると、俄然やる気が満ち溢れる今日この頃。美術準備室には久し振りに拝見する隅田さんの姿があった。


 彼女は習い事とやらであまりここに足を運ぶ頻度は高くないが、一体どんな習い事をしているのだろうか?


 そんな風に考えながら彼女を見つめると、顔を隠すようにスマホの画面がこちらに向けられた。


『部長さんは補習なので遅れるそうです。』


 部長はいつも補習を受けてる気がした。あの人は本当に大丈夫なんだろうか?入る高校を間違えたと思う。


「あれ?でも補習って夏休みにやるって先生から聴いたんだけど。」


 かく言う僕も補習の科目が一つあり、わざわざ夏休みに登校してこいと担任に言われている。
 部長と同じく、入る高校の学力レベルを間違えたんだろうか。


『お願いだから夏休みはやめてほしいってお願いしたら放課後ってことになったらしいです。』


 新たに書き込まれたスマホの画面を見て、少し羨ましかったが、教師に頭を下げるなんていうそんなみっともないことは僕のプライドが邪魔して出来ないので、大人しく夏休みに登校することを覚悟した。


『ちなみに副部長さんは勉強得意ですか?』


と、テストで赤点を取った身としてはあまり聴かれたくない類の質問が飛んできた。


「うん。英語以外は平均よりは幾らか上だとは思うけど、学年三位の人に聴かれると答えづらいんだよね。」


 何という自分が惨めになってくる。


 我が校では成績が張り出されるという公開処刑のようなことをするふざけたイベントがあるのだが、隅田さんの名前が上位に会った時には驚いたものだ。


 ちなみに部長がどんなもんだったかを確認する為だけに2年の方も見に行ったのだが、流石に最下位とは笑えなかった。


 未だにそのことを部長をからかう時の話のネタには出来てない。
いや、本当に部長と同級生になるとかシャレにならんから。


『なんかすいません。せめて勉強ではリア充共に負けたくないと思っていたら自然と学力上がってしまって。』


と、ペコペコと申し訳なさそうに謝ってきたが、悪いことじゃないし、むしろ良いことだと思う。


 努力と動機がどす黒いだけで、むしろリア充への悪感情でそこまで自らを磨けるのは驚愕に値する。


「スポーツも出来て、わいわい友達と騒いで彼女も居て、おまけに勉強もできるとかいうふざけた存在もいるからね。」


 神は二物を与えるのである。そのいくつもの才は、僕のような何に秀でているわけでもないヒューマノイド粗大ゴミ達から掠め取ったものに違いない。あの盗っ人共め。


『最近はスポーツでも負けないように日々トレーニングに励んでます。』


 隅田さんは鼻息を荒くしてガッツポーズをした。一体何が彼女をそこまで追い立てるのだろうか。


 彼女はおもむろにワイシャツを袖を捲り上げて二の腕を出すと、ふん、と力を込めた。
 小刻みにプルプルと腕を震わせ、力こぶがぽこっと盛り上がった。


『触ってみてください。』


と逆の手でスマホに打ち込まれたので、本当に触っていいのか、僕なんかに触られるとかキモかったりしないかと心配しながらもツンツンと力こぶをつつくと、硬質な手応えが帰ってきた。


 そして、隅田さが大きく息を吐くと同時に、力こぶは無くなり、プニプニとした柔らかい触感になった。僕はどちらかといえばこちらの触感が好きだな。


『どうでしたか?』


「うん。結構しっかりと筋肉ついてるんだね。正直大したことないと思ってたからびっくりしたよ。あとちょっと凹んだ。」


『副部長の力こぶも触らせてください!』


 鼻の穴を膨らませ、荒めの息をする隅田さんはスマホを僕の目の前にぶんぶんとアピールし出した。


 どうやら僕の話は聴こえていないらしい。それともこの程度の筋肉なのかとバカにして、マウントを取りにきてるのだろうか?
 隅田さん、なんか筋肉の話になってから様子がおかしくなってないか?


「あ、うん。」


と僕は引き気味に返事をして、僕もシャツの袖を捲り上げ、力こぶを作ろうと腕を曲げる。


「フンッ!」


歯を食いしばり、自分が持ちうる全ての力を右腕に集中させて、これでもかというくらい力んだ。が、ぴょこんとも筋肉は盛り上がらず。


 隅田さんがニンマリと笑って僕のひょろりとした腕を突いた。そして、感想がスマホに書き込まれた。
『硬いです。ただ筋肉じゃなくて骨でした。』


 あれだな。僕は名字を骨皮に改名した方が良いかもしれない。
 しかしテストの点数学年3位といい、この筋肉といい、彼女のたゆまぬ努力は賞賛に値するだろう。


 そして、そんな彼女が目の前にいると、どうしても自分と比べてしまうわけで。
 そうすると、自分が今までなんの努力もしてこなかった向上心のないゴミだということを思い知らされてしまう。


 皆んな努力などしなければいいのにと思うが、もしこの世に努力とというものが存在せず、先天的な才能で優劣が決まるとしても、僕には才能なんてないから底辺に行くだろうし意味がないという結論に至ってしまった。


 あれかな。僕も隅田さんのようにこの世への恨みつらみを原動力にして筋トレとかした方が良いんだろうか。


 部長はいつもの攻撃力からして「きんりょく」のステータスは「かしこさ」に比べて高そうだし。部の中で1番ひ弱なのが僕というのもなんだか格好がつかないしなぁ。


 家族から三日坊主と定評がある僕とはいえ、今回ばかりは頑張ろうか。


「僕も明日から筋トレ始めるよ。」


 よし。っと自分に喝を入れたはずなのに、ここで「今日から」と言えないところがダメなんだろうか?


 僕のぬるい決意に隅田さんはグッとサムズアップをしてくれた。健闘を祈ってくれてるらしい。これは頑張らなくては。根拠はないがなんだかやれる気がしてきた。


「それにしても女の子って筋肉をつけることに抵抗あったりしないの?腕とか太くなるのが嫌だから筋トレはしない。みたいなことをこの前クラスでギャルが喋ってたけど。」


 言うだけあって細身な女子で、朝はスムージーとか飲んでそう(偏見)な小綺麗な顔をしていらっしゃった。


 そのこともあって、僕はその子のことを心の中でスムージーさんと呼んでいる。多分バレたらリンチにされると思う。僕のクラスじゃあトップカーストのグループの人だし。
 向こうは僕のことなど歯牙にもかけていないから、関わること自体がないとは思うけど。


 なんか自分で言っていて悲しくなってきたな。


『そういうマッチョは嫌、みたいなこと言ってるスイーツ(笑)な人いますけど、女性って筋肉が付き辛いし、筋肉を太くするのは相当鍛えないとダメみたいです。むしろ女性は鍛えれば体が引き締まってくみたいですよ。筋肉がつけば基礎代謝もあがるので太りにくい体になりますし。』


隅田さんの指が気持ち悪い速さでスマホを這った。それを僕に見せて、また指を忙しなく動かし始めた。


『スイーツ(笑)なことを言って野菜しか食べないし、とか断食するし、とかバカなことを言っている方々は、脂肪と共に筋肉も落として体の基礎代謝を悪くして、ダイエットの後にぶくぶくとリバウンドして惨めな思いをすれば良いんです。』


 長文を入力し終えた彼女は口元をニヤリと歪めた。


 その場で間違ったダイエットだからやめた方が良いよ。とはアドバイスしてあげず、そのダイエットが無残に失敗することを期待するあたり、非常に共感できた。


 痩せたところから徐々にダイエット前よりも太ってゆく滑稽な様を外から眺めるというのはさぞ良い見世物だろう。


「ダイエットした人がリバウンドするとなんか嬉しいよね。あ、もちろん知り合いじゃない人に限るけど。」


 そしてこの学園の人間は大半が知り合いじゃない。


『リア充の不幸でお米が茶碗3杯はいけます。』


と隅田さんも同意を示してくれた。


 他人の不幸は蜜の味なのだ。いや、蜜と白米は合わないけども。


 明日からクラスで現在進行系でダイエット中の人を探してリバウンド観察でもしよう。
 でもダイエットするする詐欺が多いからなぁ。そもそも一時的に痩せることすらできない奴らが多そうだ。


 そう考えていると、どんどん、とドアがノックされて扉が開いた。


「おー。それが新入部員か。ちょこちょこ歩き姿は見てたけど、ちゃんと見るのは初めてなんだよなー。」


 顔を出したのは美術部の部長、渡辺さんだった。うん。ノックがあった時点で部長ではないとは思っていたけど。


 渡辺さんは上から下まで舐め回すように隅田さんをガン見し出した。


 そしてガン見されている隅田さんは顔を俯かせてプルプル子鹿のように震えていた。
 ああ。そうか。隅田さんは渡辺さんと初対面だった。


「あ、隅田さん。この人は隣の美術部部長、2年生の渡辺さん。ここって美術部の所有スペースだから、善意で貸してもらってる代わりに雑用とかしてるんだ。」


『え?部長さんですか?ていうか上級生なんですか?』


と、幸いにも隅田さんは僕にしか見えない角度でスマホに書き込んだ。


 僕は即座に自分のスマホで、


『小さい、禁句。死。』


と伝えるべき最小限のことを書き記して見せると、隅田さんは体の震えを激しくさせてブンブンと首を縦に振った。


 確かに渡辺さんは小ちゃいけど、それを言うと絵の具にされるから注意してほしい。


 小さくても、人間離れした身体能力がその体躯には宿っているのだ。隅田さんはともかく、僕は秒殺されること間違いない。


「へー。本当に喋らないんだな。まさに大和撫子ってやつか。」


 渡辺さんは感心したように頷いているけど、多分違う。
 しかしまるで隅田さんが喋らない、というこを誰かに聴いたような口ぶりだ。


隅田さんは慌てて、


『一年の隅田です。よろしくお願いしまし。』


と打つと、腰が砕けそうな90度のお辞儀をしながら、スマホを渡辺さんへ向けて両手で差し出した。


「お願いしましかー。あんま緊張されるとやりづらいんだけどなぁ。」


隅田さんは誤字に気づき、顔を赤くして、


『します!』


と訂正した。


「はは。分かったって。にしてもまた変わり種が入ったもんだなー。つーか
可愛いぃぃ。今度モデルになってもらっていいか?」


と渡辺さんは興奮した様子で隅田さんに詰め寄った。隅田さんはタジタジだ。


『顔を出さなくて良いなら。』


と、隅田さんさなぜかオッケーサインを出していた。


「美少女確保!」


と渡辺さんはぴょんぴょんと跳ねて拳を上げた。


 こうしてみると小動物みたいなのだが。隅田さんは、夜とかになってなんでオッケーしたのかベットの上で後悔するやつじゃないと良いのだが。


「部長も時々被写体としてポージングしたりしてるし、あんな落ち着きない人がやれてるから大丈夫だよ。なんなら目を閉じて音楽でも聴いてれば良いし。」


と、僕はフォローをする振りをして、隅田さんが被写体になる方向へと誘導していく。


 ほらやっぱり渡辺さんが描いた隅田さんとか見たいし、なんならめちゃくちゃ欲しい。


「あ、そういや忘れてた。お前らもう帰っていいってよ。今あいつ先生に叱られてる最中だからさ。伝言頼まれたから、言っといた。」


 あいつというのは部長のことだろうが、なぜ先生に叱られてるんだろう。


「なんでまた渡辺さんが?」


と聴くと


「いやほらあれだよ。なんていうか、私も補習?一緒に受けてたっていうか。」


と、渡辺さんは恥ずかしそうに体をよじりながら、口をすぼめて小声でボソボソと喋りだした。


 ああ、渡辺さんも部長や僕の仲間だったのか。言葉にできない親近感が湧いてきた。


「僕も補習ですよ。」


と告げると、仲間を見つけて嬉しいと言わんばかりパァッと顔を輝かせて手を差し出して握手を求めてきた。


「仲間!」


 伸ばした手が小さな手でガシリと掴まれた。握力で僕の手が握りつぶされそうだが、なんとか笑顔で応えることができたと思う。


『なんで部長さんは叱られてるんですか?』


と、部長の心配をする隅田さんは後輩としてのポイント高いと思う。
 僕は叱られていることになんの疑問も抱かなかったからな。


「ああ。あいつ、自分で平日の放課後にしてくれって頼み込んだ癖に、補習中に爆睡したんだよ。よりによって愛ちゃんの補習でさ。」


と渡辺さんはケタケタと笑った。


 愛ちゃんというのは美術部の顧問の先生の愛称だ。普段はぬるいけど、怒ると割と怖い元ヤン系古典教師だ。


「ちなみに私はまぶたに目を描いてたからバレなかったけどな。」
と、渡辺さんはまさかの発言とともにまぶたを閉じた。そこには元の目と判別つかないくらいに精巧な瞳の絵が描かれていた。
隣で隅田さんも『すごい!すごい!』とスマホを突き出してはしゃいでいる。
先生、ここに堂々と補習をサボっていた罪人がもう一人居ますよ……。


「じゃ、伝えたかんな。隅田ちゃんは今度モデル頼むな。」


 最後に隅田さんの肩を掴んで駄目押しをしてから、渡辺さんは部屋を出ていった。
 ああいう女の子同士の軽やかなボディタッチって羨ましい。僕も美少女に生まれたかった。


「じゃあ帰ろっか。」


 隅田さんは僕の言葉にコクリと頷いた。


 帰宅後、僕の筋トレについて色々と調べて、体幹トレーニングなどをやってみた。
 それなりにキツかったものの、トレーニング後はいい汗を掻いたとはこんな時に使うんだろうなという心地よい疲労感を覚え、悪くはない、これなら余裕でやれそうだと拍子抜けしていた。


 しかしその後、筋トレは本を読んでからにしよう。ちょっとパソコンで動画を見てから。ヤベェ明日の課題やってなかった。もう遅いから寝よう……と見事に先送りにしたり。


 なんか筋トレって夕方が1番効率良いみたいだし今やっても……とか、今日は体育でたくさん運動したし、なんて言い訳をしたり。


 そんなこんなで僕の筋トレ生活は三日で終わりを迎えた。


 結局三日坊主の筋トレは、筋肉は付かず、リア充への恨みつらみでモチベーションを継続している隅田さんがどれだけ凄い人なのかを理解させられるとともに、自分の意思の弱さを実感させられただけで終わった。



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