読書部の日常〜ポンコツ系美少女な部長とただ駄弁るだけの不毛なる学園生活〜

ジェロニモ

本の管理方法について



「 あー困ったー。これは困ったなー!」


 部長の口から本日6度目になる、棒読みでの話聞いて欲しいアピールが繰り返された。
目線は僕の方をじっと見つめたままだ。


 先程から回数を重ねるごとに声量を増していたので、流石にうんざりしてお望みの言葉を掛けることにした。


「どうしたんですか部長。」


 僕の言葉に部長は目をらんらんと輝かせる。


「なんだぁ独り言が聴こえちゃったのかしら、ごめんなさいね。
実はねぇ、家で本の置き場が無くなって困ってるのよ。」


 白々しくそう言いながら、部長は前髪をくるくると指に絡ませた。


「へー。そんなに本が増えたんですか。良いですね。」


 本の置き場が無くなるほど本を買えるとは羨ましい限りだ。ただの自慢話だろうか。


「でもねぇ。流石に置き場所無いのよねぇ。部屋の中がダンボール箱だらけになってきたのよ。
 私って床に布団を敷いて寝てるんだけど、周りに積んでるダンボールが倒れてくるんじゃないかって毎日怖いのよね。」


 そう言って部長は長いため息をついた。


「文庫本一冊の重さが大体150グラムぐらいあるって言いますし、ダンボール一箱分でも落ちてきたらシャレにならないダメージですよね。
部長の部屋には今、何冊くらいあるんですか?」
「んー。数えたことないから分からないけど、棚の本だけでも1000冊は超えてると思うわよ。」


 なかなかの量なのではないだろうか。読書部というだけはある。
 しかし本を読んでいるからと言って清楚な文学少女とは限らないということか。
 物静かで奥ゆかしい読書好きの美少女という存在は、虚像に過ぎないのかもしれない。
 僕は普段の部長の振る舞いを思い出しながらそう思った。


「んー。僕は電子書籍の方が割合が多いくらいなんで、そんな状態は理解できませんね。部長もそうすればどうですか?」


 電子書籍は場所は取らないし、夜でも読めるし。文字の大きさも変えられるわで快適だ。


「えーないわー。私ってやっぱあの紙の質感っていうか、自分でページをめくる感触が良いのよ。
  電子書籍って指でスライドしたりボタンを押したりでなんか読んでる気がしないのよね。
 だから私は紙媒体の物しか基本買わないわ。でも紙だとかさばるのよねー。」


 部長はそう言って頭を抱え込んだ。


「そんなに紙と電子書籍で変わるものですか?僕にはよく分かりませんけど。」


 読み方が変わるだけで一緒のものではないのか。むしろ最近は電子版限定で特典が付いてたりすることもあるし。


「変わるわ!変わるのよ!なんかこうアレがアレな感じで変わるのよ。
後輩君みたいに鈍い人には分からないかもしれないけど、私のように感受性豊かな人間には分かってしまうのよ。」
 どれがどのような感じで変わるのかを具体的に教えて欲しいところだ。
 自分を立てるのは良いとして、そのついでに引き立て役のように僕のことを貶すのは辞めてもらいたい。


「電子書籍は汚れませんし、紙媒体よりも安いことが多いですから良いと思いますけどね。」


「まぁ紙の良さが分からない鈍感君はそっちを使えばいいんじゃない?私は紙で揃えたいのよ。それに電子書籍にもデメリットはあるじゃない。」


 ふふんと部長は自信ありげな顔をした。


 果たしてこの人は僕に悩みを相談している側だという自覚はあるのだろうか。


「へー、何ですか?」


 僕が尋ねれば部長は嬉しそうに笑みを深くする。


 なんだかんだで部長は構ってちゃんなので、今度徹底的に無視してみるのも面白いかもしれない。


「電子書籍の発売って、紙媒体が発売されてから遅れることが多いじゃない?」


「そうですね。書店で並ぶ本を見ながらやきもきしたりします。」


「で、結局我慢しきれずに紙媒体の方を買っちゃうのよ。後輩君は我慢とか出来なさそうだから経験あるでしょ?」


 言い方がムカつくが確かによくある。電子書籍だと出るのが紙の1ヶ月後なんてこともざらにあるので、どうしても我慢できない時はある。


「別に一冊で完結したものならそれで良いわよ?
けど、1巻2巻っていうシリーズ物でそれをやっちゃうと、1巻は電子書籍なのに2巻は紙媒体っていうなんか嫌な感じになっちゃうのよ!これぞ電子書籍の欠点なり。」
部長はバンッと強めに机を叩いた。
「悔しいけどすごい分かりますね。なんか嫌ですよね。同じシリーズの本が違う媒体で読まなけゃいけないって。むしろ、僕は同じ作者の作品が違う媒体っていうの嫌ですし。」
やっぱりきっちり揃えたいのだ。
やはり同じシリーズの本、同じ作者の本などが統一性を持って本棚に並べられている様子を見ると形容しがたい満足感があるのだ。
僕らは本に対して、物語や知識としてだけではなく、収集するコレクション的な要素も見出してしまっているのかもしれない。
「ふふん?そうでしょうそうでしょう?分かったら今日から後輩君も電子書籍なんて辞めて紙媒体信者になりましょう!」
聴いたこともない宗教に入門を勧められた。
「僕は部長みたいにダンボールに囲まれた生活は嫌なんで。」
本に囲まれた生活はちょっぴり憧れなくもないけれど。何事も適度が1番だと思うのだ。
「あーそうだったわね。その事で悩んでるのをすっかり忘れてたわ。全然問題解決してないじゃないの……。もういいわ。今日の活動のテーマは私の部屋を圧迫する本をどうにかするにしましょう。」


 おや、部長が部の活動の決定権を私的濫用し始めたぞ。


「さ、早く考えなさい。」


 この通り、平然と命令をしだす始末である。


「もう売れば良いじゃないですか。一階読んだらもう十分、なんて本山ほどあるでしょうに。」


「私って物を手放した途端に後悔するタイプなのよ。だから無理ね。」


「部長は破局したカップルが、数週間後に『離れて改めてお前の大切さに気づいた。』みたいな発言をしてよりを戻そうとする時と同じ思考ってことですね。」


 分かりやすい例えを持ち出したら、部長の貫手が僕の喉仏をダイレクトアタックしてきた。僕は体を逸らしてなんとか皮一枚で攻撃をかわす。


「ちょっと何避けてるのよ後輩君の癖に。」


「避けますよそりゃ。急に何ですか……。」


 僕にかわされたことが余程悔しいのか、ぐぬぬぬと部長は歯をくいしばって地団駄を踏んだ。
そしてぺっと机に唾を吐いた。うわぁ汚い。


「例えがその通りだけどすごいムカついたのよ。むしゃくしゃしてやりました。今は反省してますぅー。」


 部長は人を煽るように顎をしゃくれさせて、反省してない人が言うセリフを放った。


「どうでも良いけど唾ちゃんと掃除してくださいよ……。」


「失礼ね。私も自分の唾を触らせるほど変態じゃないわよ。」


 まず唾を吐くなよ。


 部長の素材は良いのだ。素材は。しかし中身が全てを台無しにしている。むしろ外見で期待する分、その落胆はよりも大きいのではないだろうか。


「あーあ。図書館は良いわよねぇ。借りても読んだら返せるじゃない?だから部屋を圧迫もしないし、また読みたいと思ったら図書館に行けばいつでも読めるわけだから後悔もないし。しかもタダよ。
図書館こそこの世で最も素晴らしい建築物よね。」


 その意見には僕も賛成だ。図書館はお金がなくて本を買えない人間の救済地だ。
読者好きなら図書館に住みたいと思ったことが一度はあるんじゃないだろうか。
しかも読書をする為の静寂な環境すら整っていると来た。


 図書館には及ばないものの、この学校の図書室も個別に区切られた机にがあり、静かに、快適に読書ができる。 
大量な本の管理も図書館側がしてるのだから言うことはない。


 ただ、自分の読みたい本があるとは限らないという、それだけが図書館の欠点である。


  僕はそう考えて、あっと閃いた。


「本、図書室に寄付しちゃえば良いんじゃないですかね?」


「キフ?ちょっとなんのことだか分からないし、善行だとか施しだとかって言う、そういう自分にメリットのない行いって嫌いなのよねー、私。」


  部長はそう言って手をひらひらと振った。


 部長のこういう正直なゲスさは嫌いじゃない。 善人振ってる、というよりは自分を善人だと思い込んでいる輩よりは断然マシというかむしろ好ましい。


「図書館のシステムって神だと思うんですよ。」


「その通りね!分かってるじゃないの。」


「例えば部屋を圧迫する本をこの図書室に寄付してしまえば、いつだって読めるようになるんじゃないですか?」


「つまり学校を倉庫がわりに使おうという魂胆ということね?ほぉほぉ。後輩君は中々にゲスな発想をするじゃない。」


 部長は僕が到底真似できないようなゲス顔でニンマリと笑う。


「いいわ。その案を採用してあげようじゃないの!」


 謎の上から目線で僕の意見が取り入れられたようだ。
しかし、僕は一つ敢えて言っていないことがあるが彼女は気付いているだろうか。


「じゃあ早速司書さんに話してくるわ!」


部長はダッシュで走り去って言った。


 部長は近場の図書館ではなく、この学校の図書室に寄付する選択をしたらしい。


 彼女は寄付の意味をしっかり理解しているだろうか?
寄付というのは贈るということで、一時的に貸すというわけではない。
つまり、寄付したものは返ってこない。卒業したら滅多なことでは学校の図書室など利用できないということを、最後まで彼女は気づかないままだった。


 僕は吐き捨てられたままの部長の唾をティッシュで処理すると、図書室への新たなる本の入荷を楽しみにして、家に帰った。




 それから何週間かして、部長の本達は図書室に入荷した。
 僕は労せずして多くの本を読めるようになったわけだ。最近は図書室に入り浸り、今日も5冊ほど部長のものだった本を借りて来たばかりだ。


 なにせ卒業後は学校の図書室を利用する機会などないだろうから、今のうちに全てを読んでおきたいのだ。
 つまり卒業後、部長は数多くの本を手放すことになるのだが、肝心の本人は僕の目の前で「いやーほんとうに部屋が広くなったわー。」と晴れやかな笑顔をしている。


 部長は部屋がスッキリした。僕は新しい本が読める。これは、まさにwin-winの関係というやつじゃないか。
 そう思いながら、僕は部長のものだった本、今では学校のものになった本をひらいた。






本日のテーマ
部屋を圧迫する本の管理はどうすれば良いのか


結論
近場の図書館に寄付するべき。さながら図書館を倉庫がわりに使うことが出来る。
しかし気軽に利用できるからといっても、通学している学校の図書室に寄付すると、卒業後に滅多に読めなくなるので注意が必要。



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