読書部の日常〜ポンコツ系美少女な部長とただ駄弁るだけの不毛なる学園生活〜

ジェロニモ

ブックカバーについて

「毎回思ってたんだけど、後輩君の、その新聞紙のブックカバーなんなの?」
 

 特にやることもなく、本を読んでいると、机に上半身をぺたりとつけた部長がそんなことを尋ねてきた。


「ハードカバーの本ってブックカバーつかないじゃないですか?僕本は全部ブックカバー被せときたい派なんで、自作してるんですよ。」


 僕は読んでいた推理小説をパタンと閉じながら答えた。


「どうせあれでしょ?恥ずかしい内容の本ばっかり読んでるからタイトルとか見られるのが恥ずかしいんでしょ。表紙も肌色ばっかなんでしょ?」




「何ですかその失礼な憶測は。」


 表紙がエッチなやつとかを読んでる時も多々あるのだが、今読んでいるのが推理小説だった為、僕は狼狽えずに答えることができた。


「いえね、別にエッチなのが悪いって言ってるんじゃないの。エロスって学問みたいなもんじゃない?いわばこの世の真理。
本当に恥ずかしいのはね、それを恥ずかしがって隠そうとする後輩君の心よ!」


 ビシッと部長が僕の鼻を人差し指で小突いた。指から良い匂いがしてきて鼻先がムズムズする。
 多分ハンドクリームの匂いだろう。
 僕は部長の指を本で押しのけた。


「僕の心は」部長と違って「清らかですよ。」




「僕にはよく分からないですけど、ライトノベルなんかは表紙や挿絵がちょっと肌の露出多めの、中身が官能小説だと思われても仕方ないようなイラスト多いじゃないですか?あと萌え萌えな奴とか。」


 万が一でも、電車やバスの中で好きな人にそんな表紙の本を顔をにやけさせながら読んでいるのを見られたら死にたくなると思う。


「別に恥ずかしくはないと思うけどね。萌えも日本の文化なんだし。
そんなに他人の目が気になるなら公の場で読まなけゃいいじゃない。
家でじっくり読めば?。」


 部長がごもっともなことな指摘をしてきた。確かにそうだ。


 プライベートスペースで読むのが1番心の平穏が保たれた状態で、見ず知らずの女性に「キモッ」とか言われずに快適な読書が楽しめると思う。


「それはそうなんですけどね。家の中に潜む身内こそが1番警戒しなければならない伏兵だったりするんですよ。
 僕には経験ありませんけど、母親が部屋を掃除して、部屋に戻ったら整理された部屋の真ん中にエッチな表紙の本が積まれてたら死にたくなるでしょう?」


 よく考えて欲しい。公の場ならば相手は知らない人で、これからの僕の人生には何ら関わらない人達ばかりだろう。
 いや、トラウマという形で今も僕の心に傷を残してくれた人は何人かいるけども。


 それは置いておいて、家族に、僕の読んでる本を見られて「うわー。こんなエッチな表紙の本を読んでるんだ引くわー。」と思われたとしても僕たちは同じ屋根の下で毎日顔を合わせなければならないのだ。
 正直いっそ殺してくれと思うくらいの拷問である。


「思春期の男子ってエロ本を色々な工夫を凝らして隠すって言うものね。なるほど、だからなのね。
 でもラノベはエロ本じゃないからいいんじゃないの?たまに18禁じゃないのが不思議なくらいヤバイやつが混じってるけども。」


「エロ本じゃなくても、エロ本のように思われるのが問題なんですよ。」


「男子って大変なのねー。」


部長が他人事のようにあくびをしながら呟いた。


「ふぁう。けど自分が好きな本を隠すっていうのもなかなかな罪悪感じゃない?好きな本は誇りを持って、他人に宣伝していくくらいじゃないと。」


「単純に赤の他人に自分の嗜好を知られるっていうもの嫌じゃないですか?あいつこんなの読んでるんだーとか、こんなの好きなんだーって思われるの。」


「誰も後輩君の読んでる本になんて興味ないわよ。よってブックカバーしてようとしてまいが変わりませんー。はい論破!」


 部長がそう言ってゲラゲラ笑った。


「あーヤバっ。人に自分が読んでる本が気にされてると思って、カバーを自作までしちゃう自意識過剰な後輩君滑稽すぎてプククッ。」


 椅子から転げ落ちてなおも笑い続ける。


 今回ばかりは正論だった。そうだ。僕が読んでる本なんてどうでもいいよなぁ。何気にしてたんだろう。あれたなぁ。軽く死にたい。


「あー。良い感じに腹筋鍛えられたわー。まぁ良いんじゃないの?ブックカバーしてれば汚れもつかないし、日焼けなんかもしないし。ちゃんと意味はあるんだから。ぷふ。」


 部長はゼェゼェも息を弾ませて立ち上がると、指で涙を拭った。言わずもがなの、僕を嘲って流した笑い涙である。


「最近はおしゃれでブックカバーする人もいるらしいですけどね。ほらこんな感じで。」


 僕は模様やキャラクターが描かれた自作のブックカバーが表示されたスマホを部長に見せた。


「へー!良いじゃないの!これわたし達で作りましょう。今日のテーマはおしゃれブックカバー作りって事で!」
 

 部長が目を輝かせて僕の手からスマホをぶんどった。指をヒュンヒュン振って、画面をスクロールしては「ほー」とか「ほへー」と偏差値の低そうな声を出している。


「でも紙とかないですけど。どうします?プリントを使っても良いですけど、出来れば下地は無地が良いですよね。この新聞紙みたいな感じで文字とか入ってたらダサいですし。」


「大丈夫よ後輩君。ここをどこだと思っているの?美術準備室よ!紙なんていくらでも拝借すれば良いのよ。」


 それはつまり盗むということではないのか。部長は早速机の中を覗き込んだりして物色をし始めた。


「いや、勝手に取るのはダメでしょ。」


「バレなきゃいいのよ。」


 咎めたものの即答された。


 さすが部長、部屋を貸してもらっている美術さん一同に対する罪悪感はカケラもないようだ。


 呆れ果てていると、背後からドンッと何かを叩きつける音がした。


 驚いて振り返ると、そこには美術部の部長、渡辺さんが立っていた。
 渡辺さんは一言で言うならミニマム。座っている僕と同じくらいの位置に目線がある。けれど小さいからって馬鹿にすると絵の具の材料になるので要注意だ。


「如何されたんですか渡辺様!何か不都合がおありでしたか?」


 部長がへこへこしながらこちらに飛んできた。


 この美術準備室は美術部の好意でお貸し頂いているので、僕たちは基本的に彼女には頭が上がらない。ちなみに渡辺さんも部長も二年生、タメである。
 しかし部長は長いものには巻かれるスタイルなので必然的にこうなる。


「いや、石膏像デッサンするから運んでもらおうと思って。頼むわ。」


「はい仰る通りに。ほら後輩君早くやりなさい!」


 ここまで扱いが違うとむしろ怒りも湧いてこない。
僕たちは準備室を使わせてもらっている代わりに雑用などをよく頼まれる。
 実行するのはだいたい僕で、部長は椅子でふんぞり返ってるけど。


「ていうか、さっきウロチョロと何やってたんだ?」


 渡辺さんの疑問に部長の身体がビクッと跳ねた。
うん。僕はやめたほうが良いと止めたのだから無関係を決め込んだ。


「自分たちでイラストを描いてオリジナルブックカバーを作ろうと思ってですね。その、紙を探しておりました。」


「何か馬鹿にされてるみたいでムカつくからその喋り方やめろ。」


「あっはい。」


 部長がダラダラ冷や汗を流しながら相槌を打った。部長、無様なり。
 僕は渡辺さんにいいぞもっとやれ!とエールを送る。


「ふーん。面白そうじゃん。それ今日の美術部の活動にするわ。私らもそれやっていいか?」


てっきり紙パクろうとしてんじゃねぇと部長の首と胴体が永久にお別れすると思ったけど、案外気にしてないらしい。


「え、デッサンとか良いの?」


 タメ口を解禁された途端に躊躇なく使っていく部長。心なしか生き生きしている。
 多分敬語とか向いてないんだと思う。他人とか尊敬してなさそうだし。


「ブックカバーとか描いて学生に配ったら美術部の印象とか上がりそうだろ?活動実績にもなりそうだしさぁ。」


 渡辺さんはこちらの部長とは違い自分の部活のことをよく考えていらっしゃる。こちらのポンコツな部長とは違って。


「部長、良いんじゃないですか?美術部の人が描いたブックカバーとかふつうに欲しいですし、一緒にやって貰いましょうよ。」


 自分で作ると新聞紙一択なので、むしろこの申し出は望むところなのだ。


「じゃあよろしくね渡辺さん。」


「ん。わかった。」




「出来たわー。んー。」


 部長が体を逸らして大きく伸びをした。


 美術準備室、僕と部長は黙々とイラストを描いていた。あと何故か渡辺さんも。


 彼女曰く「こういうのを作るっていう部員の見本みたいなのを作りたいから」って言って、僕たちと一緒にイラストをお描きになっている。


  僕は四つ葉のクローバーの全体に散りばめたデザインのものを描いた。
 栞に四つ葉のクローバーの押し花を使っているので統一感を狙いに行った。完全に自分用である。


「じゃあ見せ合いっこしましょう。いいでしょ渡辺さん。」


「良いぞ。じゃあせーのな。せーの。」


 全員のイラストが出された。


 渡辺さんのイラストは、机に座って読書をしている、女生徒が描かれたものだった。女生徒はこの学校の制服を着ている。


 あれ?明らかにクオリティの高さが可笑しいんだけど、皆んなおんなじ時間で描いたよね?
この人1人だけ精神と時の部屋状態だった訳じゃないよね?


  お金を出して欲しいレベルだ。本気で今度リクエストしてみようかと悩んだ。
 

そして部長。紙には化け物が描かれていた。絵巻に描かれてる妖怪みたいなやつ。


「あの。部長これ何ですか。」


「猫よ。」


 ハッキリとした一言だった。
 

 あー。あれだ。たまにいる常識じゃ考えられないレベルで感性がズレてる人だ。
 猫と言われましても、クトゥルフ神話に出てきそうなシルエットなんだけど。


「どうよ。私のクリエイティビティが遺憾無く発揮されてるでしょう?」


「これ、手とか何本あるんですか。触手みたいになってますけど。」


こう、うねうねーと波打っていて本当にキモい。
「手じゃありませんー。前足ですぅぅぅ。だって抽象的な感じにした方が天才っぽいじゃない?」


「渡辺さんどう思います?」


 クソうざい部長の煽りをいなしながら、僕は渡辺さんに聴いた。
 願わくばけちょんけちょんに貶してくれることを祈りながら。


「まぁほら。芸術性って人それぞれだし?い、いいと思う。」


 なんか部長をフォローするような事を言い出した。


 仕方ないので僕も「独創的でいいと思います。」と適当な事を言っておいた。


「やっぱー?わかっちゃう?私の才能が絵からほとばしっちゃってる?」と部長が自分の世界に浸っている隙に僕は渡辺さんに小声で話しかけた。


「いや、どうしたんですか渡辺さん。らしくない事言っちゃって。」


 クソ下手くらいは言ってくれると思っていたのに。


「やっぱり一生懸命描いた絵を貶されるのって凹むし、かわいそうで……。」


 渡辺さんは眉をひそめて今にも泣きそうな声でボソボソと言う。
 なんかトラウマがあるようだ。なんかへんな期待しちゃってすいません。


 ならば仕方ない。正直な気持ちを伝えるのもまたコミュニケーション。    


「部長の絵、気味が悪いですよ。正直狂気すら感じます。」


と言うと、部長は数秒何を言われたか分からないと言った様子で固まった後、僕に飛びかかってきた。


「ぎゃふん!」


 しかし部長は空中で、親猫に咥えられた子猫みたいに渡辺さんに首根っこを掴まれて静止した。


「おい、暴力はダメだろ。しかも後輩に。」


 うん。正しいことこの上ないのだけど、僕らのことを絵の具にしようとした人の言うことじゃあないや。


 手を離されて、部長が床に崩れ落ちた。
 一体その小さな体のどこにそんな力が眠っているんだろうか。


「じゃあ美術の奴らにできたイラスト見せてくる。作ったやっぱりあとでコピーして渡すわ。」


と言って渡辺さんは美術部に戻っていった。


「コピー。なるほどね。これはいけるわ。」


 床に這いつくばった部長が不気味な笑い声をあげていた。


 後日、美術部の部員たちが作ったブックカバーは、図書館に置かれ、本を借りるとどれか好きに選んで貰えるシステムになっているらしい。


 好評だったようで、ブックカバーづくりは美術部の恒例行事にするかもしれないと渡辺さんは喜んだ様子で言っていた。


 あと印刷する際に、部長がこっそりあの狂気の絵を美術部のイラストに紛れ込ませていたらしく、おぞましい絵は量産されることになった。


 そして意外なことに部長のブックカバーが1番人気らしく、訳がわからない。教室でもあの気味の悪い猫?のブックカバーをした本を読む人々を見かける。
自分の絵は二番人気だったと言う時の渡辺さんは「別に悔しくなんかないけどさ。」と口を尖らせて拗ねていた。


 うん。あれに負けるのは納得いかないと思う。


「ちなみに僕は渡辺さんのブックカバー使ってますよ」と、鞄からカバーのしてある本を取り出すと渡辺さんは「て、照れるじゃねぇか!」と顔を真っ赤にして、僕の顔をはたいてきた。


 照れ隠しの強さではなく、3日ほど頰の痺れが消えることはなかった。


 この件のせいで部長は一週間ほどイキリっぱなしだった。




本日のテーマ
自作のおしゃれブックカバーにについて。


結論
自作のブックカバーを作りたい時は、例え自分は絵が下手、デザインのセンスがない、と思っても尻込みせずに描いてみよう。自分では落書きのような絵と感じても、友達に配ったら不思議なことに高評価かもしれない。


本日の活動、終了。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品