読書部の日常〜ポンコツ系美少女な部長とただ駄弁るだけの不毛なる学園生活〜

ジェロニモ

クラス異世界転移に備えて鞄に入れるものについて①



「異世界転生って知ってる?」


 僕が美術準備室に足を踏み入れた途端に部長に掛けられた言葉がそれだった。


「まぁ知ってますけど。」


 異世界転生や異世界転移と言えば今web小説なんかでメジャーとも言えるネタである。僕も何作品も読んだことがある。
 主人公が何らかの理由で異世界に転生したり、身体はそのままに転移したりするというものだ。


 個人的には主人公が赤ちゃんだったり幼かったりするのが我慢出来ないので異世界転移派だ。


「でね、その中で学校ごと転移されるとか、クラスで転移するものとかあるじゃない?」


「ありますね。ていうか何ですか急に。」


僕はとりあえず椅子に腰かけた。


「いえね?そこで私は思ったわけよ。この学園が異世界召喚される可能性も無くは無いんじゃないか?ってね。」


 部長は名推理と言わんばかりのキメ顔を決めて、片手を銃に見立てて僕を差す。
いや。ねぇよ。


……あれかなぁ。クラス転移の本でも読んで影響されちゃった奴かなぁ。
 いや確かにある。もしも異世界転生されたらとか考えることは確かにある。
けど1時間後にはそんなことあるわけねーじゃんと冷静になるものだ。


しかしそこは部長クオリティ。本気で異世界転移されることを心待ちにしているようだ。
居るよね、メディアに影響されやすい人って。


「あぁ、うん。まぁあるんじゃないっすか?」


 現実を突きつけるか迷いながらも僕はそう答えることにした。


 サンタクロースを信じてる子供にサンタとか居ないと真実をぶちまけて絶望をする様を観察するのも楽しいが、僕はあえて妄想を信じ切った滑稽な様を見守っていくスタイル。


 いつかこうやって異世界転移のことを本気で信じて他人に誇らしげに話していたことが、部長にとっての黒歴史となる日が来るのだろう。


「そこで!異世界でほかの学生達より一歩先を行く為に、色々と準備をしておくべきだと思うの。」


「えっと。それは異世界転移された際の準備って意味ですか?」


「ええそうよ。ほら備えあれば憂いなしって言うじゃない?
いつもはクラスを仕切った気になってるスクールカーストトップ共に異世界でザマァする為の第一歩ってやつね。」


おや。これはなんだか面白い展開になってきた。


「だから今日のテーマは異世界転移させられた時に備えて持っておくべき物についてよ。」


「へー。なんか面白そうですね。僕だったら銃くらいは欲しいですかね。」


「それダメ!確かに日本の法律が適応されなくなって害悪リア共を殺戮したい気持ちは分かるけども。
実際に学校にいる時に転移されても大丈夫なように、持つものは現実世界で自分が手に入れられる物、自分が学校に持ってくる鞄に入れられる物に限定しましょ。
そうなると何が1番良いかしらね。電ノコ?いや流石に鞄には入らないわね……。」


 そのスッとした顎に手を当て、眉間にシワを寄せて真剣な様子で検討する部長。


 銃が欲しいと言ったのはモンスターに備えてだったのだが、部長にとってはリア充こそが人の皮を被ったモンスターに見えているのかもしれない。
なるほど。人を殺してはいけないという法律はこういう人の為にあるんだなあ。   
 僕は目の前の犯罪者予備軍を見ながら感心した。


「これはアレね。よく分かんないからホームセンター行きましょうか。」


「いや、なんでそうなるんですか。物を探すにしても別にアマゾーンとかで良くないですか?現代っ子らしく足じゃなくてネットを活用しましょうよ。」


「ノンノン後輩君。これはテレビとネットサーフィンみたいなものなのよ。」


「ちょっと何言ってるか分からないんですけど。」


部長はチッチと人差し指を立てて左右に振った。


「ネットサーフィンって自分の気になることしか検索しないじゃない?ノコギリとかハンマーとか特定の物を探したい時は便利よ。けど自分が知らないことは調べられないのよ。
 それに対してテレビなら、番組表とかであーこんなんやってるんだーとか、適当にチャンネル弄ってたら思いもよらない面白い番組やってたりするじゃない?つまり発見があるのよ。
 だからもしかしたらこれが役に立つんじゃないか?っていう新しい発見はネットじゃなくて直接お店に行くのが一番ってわけよ!分かった?」


 説明し終えた部長は「ふぅー」と偉業を成し遂げたかのように満足気な息を吐いた。


「いや、わかりましたけど。なんていうかアレですね、部長って論理的に話すこととかできたんですね。」


 説明的には凄まじくド正論だったのだけど、それを喋っているのが部長という事実が物凄い違和感だった。


「え?何言ってるの。私って知的でクールな美少女でしょ?
事実教室だと休憩時間もほとんど喋らないで外とか見てるし。」


 部長はある理由からこの学校では生徒どころか教師もあまり関わりたがらない為に、いわゆるボッチである。
 その理由は彼女の人格的問題についてではないとだけ言ってくことにする。


ていうかうん、知的でクールか。本気で言ってるんだろうか?
 目の前の何を言ってるのか分からないと惚けた顔で僕を見ている部長を見る限りそのようだ。


 今度iCレコーダーで会話を録音して聴かせてあげよう。
きっと現実と向き合ってくれる筈だ。


 だかその時までは一応先輩でもある部長を立ててあげよう。僕はそう決めた。


「あ、うん。そう……ですね。はは。」


自分でも驚くほどの滅茶滅茶乾いた笑いが出た。


「ちょっと何その反応!?思ってない、思ってないんでしょ!
辞めてよそういう気を使われた感じが1番傷つくんだからね!
ていうかじゃあ私って後輩君から見たら何系美少女なの?」
部長が難しい質問をしてきた。


「え、なんかアレですね、あのー、部長って明るいですよね!」
「それってうるさくてウザい人をオブラートに包む時の奴じゃない!
そうなのね。後輩君って私のことウザいって思ってたのね。
 なんか御免なさいねーイキがっちゃって自分のことクール系とか言っちゃって。そりゃ乾いた笑いも出るわよねぇ勘違い乙って感じよねー。
 そっかー。私って知的でもクールでも無かったのかー。そっかー。私が勝手に思い込んでただけなのかー。」


 部長の体がみるみるうちに灰のように白くなっていった。いかん、燃え尽きかけている。
部長のプライドはもう風前の灯し火のようだ。
 その後僕はいかに部長が素晴らしいかという話を延々と聴かせ続けることにより部長に再帰を果たさせることに成功した。
 それに反比例するように僕の心身ともに疲弊することとなったのだが、まぁいい。


「で。行くんですか?ホームセンター。」


 僕の貢ぎ物であるせんべいをバリバリと食べる部長に声を掛けた。


「んー。その前にどういう感じの異世界に行くのか、現地のシュチュエーションを絞りましょっか。」


 部長はせんべいを咀嚼しながら喋った。
せんべいだったカケラが僕の方に飛んで来た。いや、女子力……。


「あの。食うか喋るかにしてくれません?せんべいの成れの果てが飛んで来てるんで。」


「何よ。美少女である私の口から出たものが飛んでくるんだからむしろ感謝した方が良いレベルなんじゃない?
 もはや一万円のお捻り投げつけられてるのと同じようなようなもんでしょ。」


 部長はハンッと僕の注意を鼻で笑い飛ばした。
 これはアレだな。彼女のプライドを完全に鎮火させておいた方が良かったかもしれない。


僕は黙って椅子を人一人分後ろに下げた。


「ちょっと汚物を避けるみたいな行動はやめなさいよ!」


「いや、実際に唾とかせんべいのカケラとか汚いんで。僕そういうの気にするタイプなんですよね。」


大声を出したことでより飛んだ煎餅に僕は更に椅子を一歩下げた。


「待って待って辞めます!喋りながら食べるの辞めるから距離取らないで。」


涙目で手をワタワタさせて、部長は喉をンググと鳴らした。喉仏が大きく動く。


「ほら飲み込んだ。飲み込んだから早く椅子を戻しなさいって。」


あーんと大きく口を開けた部長がベーと舌を出す。


 なんか必死すぎる様子にドン引きしてしまって更に身をのけぞらせてしまった。


「ちょっとなんでまた下がろうとするのよ。」


「あ。すいません。今のは無意識の行動だったんで大丈夫です。」




「なお悪いんだけど。むしろほんとに避けたがってる感が出ちゃってるじゃない。」


 部長の目に溜まった涙は決壊寸前のようだ。溜まった涙がウルウルと揺れていた。


「ほら。戻りました。戻りましたよ。食べ物を飛ばさない部長ならこんなに近づいても平気ですよ。むしろ近づきたいくらいですって。」


 僕はグイっと部長の方に身を乗り出して、部長の鼻と僕の鼻がくっつくくらいに近づいた。
 いつも部長が不意に近づいてくる時の距離感だ。


「それは近づきてダメ!距離感距離感!」


 部長が両手でで僕の顔を押し退けた。




 「まぁ私の顔ってむしろ芸術品だし近づこうとするのも分からないでもないけど。むしろモナリザみたいなものだけど、だからこそ一定の節度を持って接さなきゃいけないのよわかった?」


 部長はメチャクチャ早口でまくし立てた。顔は真っ赤だ。


 部長はグイグイと僕のパーソナルスペースを侵略してくるくせに、僕の方からされるのは嫌だというのは理不尽じゃないだろうか。
 僕はそう思いながら部長を見つめた。


「んん。じゃあ本題。本題に戻りましょ。とにかく異世界転移でどんなシチュエーションが予想できるか考えましょ。」


 部長は僕のじとっとした視線を咎めるように咳払いをする。
このままだとへんな雰囲気になりそうだったので僕もそれに乗ることにした。


「そうですね。異世界って言っても森の中や無人島にいきなり転移される奴とか、城の中に召喚されるパターンとかありますもんね。」


「他にもレアケースとしては学校ごと転移したりする話もあるわよね。」


「1番途方にくれるのは多分人里離れた場所になんの説明もなく放り出される場合ですかね。」


 何せ意味がわからないだろう。みんな「え?」「え?」ってなるだろう。カーストトップのリア充共を出し抜けるとしたらこの状況しかないんじゃないだろうか。
 人里じゃあ群とかグループを操作することに長けた奴らの方が有利に事を運ぶだろうし。


「そうねぇ。それじゃあ私達は人里以外に転移されると仮定しましょ。
 人里だったら……一端ザマァは諦めて大人しくリア充共の庇護に入る振りをして媚を売っておきましょう。そして、気を見計らってやっちまいましょう。」


  部長はそう言って親指で首を切るジェスチャーをした。だから怖いんですって。


「じゃあ予想するシチュエーションは無人の場所ってことで。まぁあとは適当に決めればいいんじゃないですかね。」


「そうね。ホームセンターまでも距離あるから、それまでに話せばいいでしょう。じゃ、行きましょっか。そういえば後輩君って自転車通学?」


「いえ、徒歩ですけど。」


「チッ。使えないわねー。まぁいいわ。」


 部長はそう吐き捨てて部屋を出ていった。僕は無言でそのあとをついて行く。


『気を見計らってやっちゃいましょう』


 部長の後ろ姿を見て、僕は先ほどの部長の言葉とジェスチャーを思い出していた。
 なんていうかアレだな。今ならやれる。僕はそう思った。


 すると前を歩く部長がバッと後ろを振り向いて訝しげな瞳で僕を見た。


「なんか今不穏な気配を感じたんだけど。」


「気のせいですよ部長早く行きましょう。」


 ささ。と僕は部長を前に促した。
 部長は首を傾げながらも再び前を向くと足を進め始める。


 僕はその様子を確認して安堵のため息をついた。



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