ある日世界がタイムループしてることに気づいて歓喜したのだが、なんか思ってたのと違う

ジェロニモ

年下に金をせびるクズの鏡

「あのー、ドアを閉めずに聴いて頂きたいのですが」


「あと5秒以内に本題に入らないなら閉めるけど」


「後生ですのでお金を貸して貰えないでしょうか」


 僕は今、恥ずかしげもなくアパートへと金をせびりに来ていた。
 金を貸して、と口にしたあたりから、液体窒素さんから放たれる視線が人を殺すような目から、無機物を見るそれに変わった。


「いや、ちょっと待ってくれ。ちゃんと言い分があるんだ。流石に小学生に金をせびるのは人間的にどうかなと思って」
「安心しなよ。赤の他人に金をせびる時点でもう人間として終わってるから」


 余計に蔑んだ目で赤の他人認定をされる。正直少し心の距離が近づきつつあるんじゃないかと思っていただけにショックだ。
 しかし扉が閉められていないということは、まだ話を聴いてくれる気はあるんだろうけども、僕としてはさっきの言い訳が通用しないとなると、説得する術が全く思いつかない。


 ポカンと口を開け、頭を回転させるもののなんの案も浮かんでこない。僕は間抜け面を彼女にさらし続けた。彼女は顔を手で覆って、ため息をついた。それはもう盛大なやつを。


「……まずなんでお金が必要か説明しなよ」


 マジか。こんなふざけたことを言ったのに門前払いされないとは思わなかった。


「えっと、かくかくしかじかでして」


 僕は学生服を脱ぎ捨てる必要があることを彼女に説明した。


「それなら、お金を渡すまでもない。家にある服あげるよ」
「え?いや、毛布まで貰ってるのに」
「遠慮するのはもっともだけど、金をせびりにきた奴がするとムカつくからやめろ」
「すいません」


 僕は正論によって叩きのめされ頭を下げた。


「……まぁ正直、毛布ももう使わない奴だったから」
「あ、そうだったんだ」


 なら貰っても良いか。しかし普通に上等な毛布だったと思うが、デザインが気に入らなかったんだろうか。思春期って複雑だしなぁ。


「その間抜け顔見るに勘違いしてそうだから言うけど、うちの家さ、両親が離婚したの。そういうわけで、成人男性一人分の生活用品が丸々家に残ってたから、処分にも困ってたし、こっちも都合がいいわけ。」
……唐突な超ヘヴィな話に僕は胃もたれしそうである。そんな捨てるに捨てられなかった品物を赤の他人である僕が貰っても良いものなんだろうか。


「まぁ父親はとんだクソ野郎だったし、これを渡しても別に私の心はかけらも痛まないから。あんたは黙って貰っとけばいいんじゃない。どっちみち処分する気だったんだから」


 どうしたものかと思案している僕を気遣ってか、彼女はそんな言葉を付け足した。


 父親をクソ野郎と言うときの忌々しげな顔を見るに、嘘は言っていないように思える。
 そのクソ野郎の父親のせいでこんなにグレた子になったんじゃないだろうなとまだ見ぬクソ野郎に敵意を抱くとともに、彼女の思惑通りにか、離婚した父親の衣服を受け取ることへの罪悪感は薄れた。
 代わりにクソ野郎の服を貰うことへの忌避感は湧いてきたが。


「じゃあ貰うことにするよ」


 クソ野郎の服であろうと、背に腹は変えられないのだ。僕は遠慮なく服を乞食することにした。


「ちょっと待ってて」と奥へと消えていき、戻ってきた彼女の手には衣服がパンパンに詰め込まれた袋があった。
「はい」


と袋が僕へと差し出される。


「ありがとう」


 僕はその袋に手を伸ばして……ああ、そうだ。


「あのー、将来の夢とかある?」


 僕は手を袋に中途半端に伸ばしたまま、唐突にそんな質問を投げかけた。


「なに急に。服の恩返しに夢でも叶えてくれるわけ」


 彼女は視線を鋭くしながらも、わけのわからない質問に困惑しているようだった。
 恩返しというか、どちらかというと罪滅ぼしというか。僕は現段階での彼女の夢が教師であるかどうかを確かめておきたかったのだ。


「まぁそんな感じ?」
「……そういうのさ、要らないから」


 僕が肯定すると、彼女は少し沈黙した後、下を向いて絞り出すように震えた声を出した。
 僕が次のセリフを言う間も無く、ドアがバタンと閉められる。
 何故だろうか。彼女からの冷たい拒絶は見慣れたもののはずだった。しかしたった今しがたの彼女の拒絶に、冷たさだけでなく、どこか寂しさが混じっているように僕は感じた。
 その違和感を確かめようにもドアが再び開く気配はなく、後に残ったのは地面に放り出された衣服の入った袋のみ。


 中を覗くと、暖かそうなもふもふとした服が入っていた。持って行って良いものかと少し迷ったのち、僕は袋を拾い上げ、公園のトイレで学生服としばしお別れをした。



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