ある日世界がタイムループしてることに気づいて歓喜したのだが、なんか思ってたのと違う

ジェロニモ

さらば日常、こんにちは非日常

「カラオケって毎週行ってると流石に財布が軽くなるな。バイトすっかなあ。藤崎もバイトしてカラオケ資金稼げよ」
「一生働きたくないから無理」
「死ね」


 カラオケ終わり、僕と加藤菜々子は小粋なトークを交わして別れた。一人帰路につく頃には辺りはすっかり真っ暗だ。
 冬はただでさえ寒いのに、日がすぐ沈んでしまうものだがら余計に寒くてかなわない。自転車をギコギコ漕ぎながらすーはーと吐く息も真っ白だ。一刻も早く帰りたい気持ちでいっぱいの僕は、家の前の公園を突っ切るショートカットを使うことにした。
 公園に突入すると、ポツンと公園のど真ん中にたった街灯が、この公園唯一の遊具であるブランコをゆらゆらと漕ぐ女性を照らし出していた。その顔に見覚えのあった僕は思わずブレーキを握りこんで急停止する。あれは……


「星野先生?」
「あら藤崎くん?」


 つい漏れ出てしまった僕の声に反応して、ぼーっとしていた様子だった女性の顔がこちらへ向いた。
 ブランコを漕いでいたのは我らがクラスの担任、星野先生であった。


 星野先生は、男子諸君がクラスの女子全員を敵に回すことも厭わず、「クラスのお子ちゃまな女子共よりも彼女にしたい」「クラスの女子共とは色気が違う」などと馬鹿な発言をするくらいの美貌を持った美人新人教師である。


 先日もクラスのチャラい系男子が自分の彼女が近くにいるにも関わらず、「星野先生って美人だよなぁ、超タイプだわぁ」と間抜け顔で言っていた。
 それに対し彼女さんは「あ?お前ちょっと来い」と低い声で男を引っ張って教室の外に出て行き、その後二人はしばらくして別々になって教室に帰ってきた。なぜか男の方がひどく落ち込んだ様子で。
 星野先生のお陰でおちゃらけた恋が潰れる瞬間をリアルタイムで目撃できてその日の飯は非常に美味かったことを覚えている。


 そんな魅力溢れる彼女がこんな時期の、こんな時間の、こんな遊具がブランコくらいしかないクソしょうもない寂れた公園で何をしているのだろうか。僕はふと気になった。


「なんで先生がこんな何もない公園に?」
「何もないって失礼ね! って私が言うことでもないか。」


 先生の眉が一瞬つり上がって心臓が止まるほどビビった。怒りはすぐさま鎮火したようで一安心である。
……彼女には、かつて鬼のような形相で後ろから猛スピードで追いかけられたことがあるのだが、その時のことがトラウマになっているのか少し怖いのだ。


「それより藤崎くん。今日のホームルームで最近日の入りが早いから早めに家に帰るようにって言ったはずよね? ダメじゃないこんな暗くなるまで道草食ってちゃ」
「すいません」


 先生のお説教にほぼ反射的に頭をペコペコ下げて謝りながらも、こんな時間にブランコぶらぶら漕いでるやつに言われてもなぁと反抗的な意思を視線に込めて先生を見つめた。


「んん。まぁこんな時間にブランコ漕いでる私が言っても説得力無いかもしれないけど。ダメなものはダメなの。そして私は大人だから良いの」


 僕の「お前が言うな」光線を感じ取ったらしく、先生は思い出したように立ち上がって言い訳をした。しかしその言い訳はどうだろうか。


「どっちかって言うと男子高校生より女性教師の方が危ない目にあいそうですけど」


主にエロ的な意味で。


「それでも先生は大人だから良いの。私、足早いからすぐ逃げられる自信あるし」


 先生は大人を言い訳に使うずるい大人だった。


「藤崎くん、家この辺だったんだっけ?」
「はい。すぐそこに見えてるアパートです」


 僕が正面に見えるあまり綺麗とは言いにくいアパートを指差すと、先生は驚いたように眼を見開いた。


「へー! 奇遇ね。私も昔、学生時代は家族であのアパートに住んでたのよ」。


 彼女は少し嬉しそうに微笑んだ。担任が昔同じアパートに住んでいたというのは、生徒としてはどんな反応をすればいいのか分からなかったので、とりあえず愛想笑いをプレゼント。


「まぁ今は学校近くの物件で一人暮らししてるんだけどね」


あれ? 僕は先生のその発言に違和感を覚えた。


「昔ってことは今は住んで無いんですよね?なんでわざわざこんな何もない公園に」


質問が最初にループした。


「そういえば最初はそういう話だったわね。んー。なんていうかいわゆる思い出の場所ってやつなのかしらね」
「へー、そうなんですか」
「学生時代にね、私が教師を目指そうって思ったきっかけをくれた友達と出会った場所なの。」


 先生の口から学生時代と聴いて、僕の妄想力がせっせと仕事をし始めた。脳内シアターにセーラー服姿の先生が映し出される。
 学生時代の先生か。なんだそれ絶対に可愛いじゃないか。写真でも良いから一度見てみたい。


「その友達と出会った時って言うのが、日にち的に言うと明日でね。毎年この時期になると足を運んでは懐かしがっちゃうの。って昔を懐かしがるってなんかおばさん臭いわよね。……もう8年前になるのかぁ。私も随分歳とっちゃったかな」


 先生はそう言って恥ずかしそうに頰を掻いた。その可愛すぎる仕草に「いえ、今でもあなたは綺麗です」という口説き文句が思わず口から出かけたが、多分これはイケメンにしか許されないセリフだと思ってグッと我慢した。顔面偏差値が平均未満の奴が言ってもきっと顔がセクハラとか言われて通報されるのがオチだろう。世界の不平等が悲しい。


「今何してるのかなー」


 先生は伸びをしながら、懐かしむように夜空を見上げた。思い出に浸っているだろうその顔はとても綺麗で、むしろ普段よりも魅力的に感じた。
 いかん、このままでは惚れてしまう。危機感を覚えた僕は気をそらすべく会話を振ることにした。


「さ、最近は会ってないんですか?その友達」
「うん。8年前から一度もね。会うのはいつもこの公園だったし、向こうは高校生だったから。そうだなぁ、ちょうど今の君くらい……」


 先生は話の途中で言葉を切り、唐突にずんずんと近寄ってくると、僕の顔を左右からガシッと手のひらで固定した。そして眼を細めて至近距離で僕をジーッと見つめる。
 チカイ、トテモチカイ、イキガカカル。突然の不意打ちに僕の思考はロボットと化した。


「……君、お兄さんとかいる?」
「へ? ひゅ、ひゅとりゅっこでしゅけろ」


 頰を両手で挟まれているので上手く喋れなかった。


「え?なんて言ったの? ……あっ、ごめんなさい。つい」


 僕の頰を潰していた先生の手がパッと離れ、ついでに距離も離れる。どうやら無意識の行動だったらしい。ああ、両頬の温もりが……。


「一人っ子ですけど」
「そうよね。 ま、そんな偶然ないわよね」


 僕が改めて言い直すと、先生は少し残念そうに笑った。……一体なんだったんだろうか。なんだか無性に気になった。


「ふぅ。さてと。じゃ藤崎くん。家が近いとはいえあんまり遅いとご家族が心配するだろうから早く帰ってあげなさい。先生ももう帰るから。あ、教師に呼び止められて遅くなったとか言い訳しちゃダメよ。先生が怒られちゃうから」


 先生はそう言って人差し指を唇に押し当てて両目を閉じるなんちゃってウインクをした。……僕が怒られるのは良いのだろうか。でも可愛い仕草のせいで怒りが湧いてこない。やっぱり大人はずるかった。


 確かにそろそろ観たいテレビ番組も始まる頃合いなので解散に異議はない。会話のネタも尽きかけていたし。
 話し相手が教師って言うだけで大分気まずいのに、更に美人な異性と二人っきりなのだ。
 僕は会話のネタが無くなって更に気まずくなったらどんな気持ちになるか想像してみた。地獄だった。
 よしさっさと帰ろうそうしよう。僕は自転車にまたがりつつ先生に別れの挨拶を


「はい。それじゃあ先生、さようなってうわっ」


しようとして、スカッと自転車のペダルを踏み外して前のめりにバランスを崩した。
 ヤベ、倒れる、痛いの怖い。僕は無我夢中で、咄嗟に目の前にあった支えに手を伸ばした。具体的に言うと星野先生に。更に具体的に言うと星野先生のおっぱいに。僕はいわゆるパイタッチというものをガッツリ決めてしまった。


「……あ」
「……キャッ」


 突然のラッキースケベに僕の思考は停止した。星野先生も生徒からの突然のセクハラ行為に理解が追いつかないのか、少しの間フリーズしたあと、一気に顔を真っ赤に染め上げた。そして先生は可愛らしい悲鳴とは対照的な可愛らしくない破壊力のビンタを僕の頰に炸裂させた。  


 セクハラ野郎は地面にぶっ飛ばされてゴロゴロと痛みに転げ回った。多分普通に倒れてた方が痛くなかった。損したのか、胸を揉めて得したのか。ちょっと判断がつかない。なんとか痛みに耐えて動けるようになると、僕は地面に這いつくばったままポーズを陸地に打ち上げられた魚から土下座にフォームチェンジして、


「すいませんでしたぁぁ!!」


と思いっきり叫んで謝罪した。


 警察だけは勘弁してくださいと願ったまま頭を地面にスリスリしながら待機するが、待てども待てども一向に先生からの反応が返ってこない。
 冷たい瞳でただ僕を見下ろしているのか。そう思い恐る恐る顔を上げると、そこには誰もいなかった。


「あれ? 先生?」


 周囲を見渡しても、先生の姿は全く見当たらない。
 僕が痛みに悶えている僅かな間に、僕の認識外に移動したというのも彼女の足の速さならばあり得なくもない。しかし音も無くとなってくると話は別だ。
 先生はNINJAなのか、もしくは足音を殺すのが癖になってたりするのか。


 先生が今頃交番にでも駆け込んでいて、少ししたらおまわりさんと共に戻ってくるのではないかという未来予想が脳裏をよぎり、僕はしばらくその場でビクビク待った。
 しかし先生も警察も一向にやって来る気配がない。クソ寒い夜空の下で待ち続け、ついに一時間待っても先生は戻ってこなかった。


……観たい番組はもう終わってるがそんなことはどうでも良かった。
 謝罪ができなければ許してもらうこともできない。きっと僕はこのままセクハラの容疑で逮捕され、一人寂しく刑務所の中で死んでいくのだ。
 よしんば刑務所行きを免れたとしても周囲には「無理やり教師の胸揉んだ変態クズ野郎」と蔑まれるのだ。


 被害妄想の広がりはとどまる所を知らなかった。僕はどんよりとした心からを引きづりながら、今日のところはもう帰ろうと自転車を……自転車を……。あれ?


「あれ? 自転車どこいった?」


 先生ばかりか、さっきまで確かにここに転がっていたはずの僕の自転車が忽然と消え失せていた。


は? なんで?

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