ある日世界がタイムループしてることに気づいて歓喜したのだが、なんか思ってたのと違う

ジェロニモ

大丈夫だ問題ない

「なんか顔色悪くなぁい? 保険室行けば?」


 僕がきょとんとしていると、何故か下から聴こえてきた声に目線を向けると、床にしゃがみこんで、下から椅子に座っている僕の顔を覗き込んでいる加賀恵がいた。あまりの距離感の近さに思わずドキっとして、仰け反って椅子から転げ落ちそうになった。
 彼女が貢物と顔で男を選ぶ中々に恐怖の女だということを知らなければころっと恋に落ちてしまっていたかもしれない。


 さて、僕の肩をくいくいと引っ張ったのはどちらか。
 これが加賀恵なら、彼女はボディタッチとか平気でしてきそうな、勘違い男大量生産マシーンなところがあるようなのでまだわかるのだけど。


 しかし意外なことに実際に僕の肩をつまんでいたのは、加藤菜々子の方だった。
 逆ギレして僕に怒りを向けている顔しかあまり見てこなかったので、その行動は僕から見るとなんだかものすごい違和感であった。
 きっと僕は今、いわゆる鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているだろう。彼女から怒り以外の感情を向けられている。ただそれだけのことなのに、これまでとのギャップに、なんだかおかしくて笑いが込み上げてきた。


「ぶふぅ」
「なっ、おまえ何笑ってんだバカにしてんのか! 人がせっかく心、心配してやってたっていうのによぉ! 」


 思わず漏れた笑い声に、加藤菜々子は額に血管を浮き上がらせて立ち上がった。


「まぁまぁ。ステ~イステ~イ」


 こちらにガニ股で向かって来ようとする彼女を加賀恵が諌める。彼女たちのやり取りを見るのも随分と久しぶりな気がする。なんというかこう、上手く言えないけどホッとする。


「私はおまえのペットか! 」


 見るからに飼い主とペットっぽい。もしくは子供とお気に入りのおもちゃ。僕は加藤菜々子のツッコミに心の中で同意を示した。


「あー。ごめんごめん。いっつも怒ってるみたいな顔の加藤さんがそわそわと心配そうな顔をするもんだから、なんだかおかしくなって。」
「ぶはははははっ」


 僕の発言に加賀恵は爆笑である。多分彼女の前世は笑い袋か何かだと思う。そうでもなければいくらなんでも笑いのツボが浅すぎる。こんなに笑って鍛え上げられる彼女の腹筋はきっとシックスパックだ。お腹とはいえ素肌を見るほど親密にでもなれなければ真相は謎だけども。


「なっ。お、おまえぇぇっ。何言って、つーか恵も何笑ってんじゃねぇっ」
「あー腹痛ぁ~。」


 加藤菜々子は僕に怒鳴って、笑い転げる相方にも怒鳴ってと大忙しだ。


「おまえらぁっ……!」


 彼女は顔を真っ赤にして握りしめた拳をプルプルと震わせた。


「いやぁありがとう。笑ったら体の調子も良くなってきたよ。」
「わー。ほんとだ。血色良くなってる。まー菜々子程じゃないけどねー。」


 加賀恵がぐいっと下から近づいてきて、上目遣いで顔を覗いてきた。加藤菜々子の場合は血行が良いというより血が逆流してるって感じだろうか。今にも噴火しそうである。が、ループの最中にいくらおちょくっても彼女に殴られたことがないので特に恐怖はない。
 きっと今回もなんだかんだで実際に手を出されることはないだろう。むしろいつも通りの彼女に安心感すら湧いてきた。


……うん、大丈夫だ。暗示のごとく何度も何度も繰り返し呟いても信じきれなかったその言葉を、今は何故だかすんなりと信じることができた。
 それが誰のおかげかなんていうのは、わかりきっているけども。

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