ある日世界がタイムループしてることに気づいて歓喜したのだが、なんか思ってたのと違う

ジェロニモ

状況の確認

「はい。じゃあ今日の授業はここまでね。ちょっと時間オーバーしちゃってゴメンね。じゃあ次の時間までにさっき読んでた所の訳をしておくこと。以上よ。」


 次の授業の課題に生徒が「えー」と大げさなリアクションをした。
 これで3度目のループである。今回はタイムループに驚いて急に立ち上がったりしていないので、星野先生に睨まれることもなかった。


 僕は少し状況を整理しようと、古典のノートの後ろの白紙部分を開いて、そこに『タイムループ』と書き込んでぐるぐると円で囲った。


 タイムループ。同じ時間を何度も繰り返す現象だ。最初はドッキリかとも思ったが、それにしては手が込んでいる。試しに古典の授業が終わった瞬間全速力で学校の外に出て家に帰ろうとしたが、帰路の途中でいきなり教室の席に戻された時に、ドッキリの疑いは完全に消えた。体の疲労感や汗も完全に消えたし、スマホの時刻もちゃんと巻き戻ったし。
『繰り返しの周期』
 これは明白である。1限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った瞬間から、二限目の授業が始まる直前までの10分間である。つまり一限と二限の合間の休み時間を僕は何度も繰り返しているわけだ。


 ふと今メモしているこの内容も、次のループでは無かったことになることに気づいた。
 書いた記録は消えるので、持ち越せるのは自分の記憶だけということになる。覚えたいことは脳で記憶しろということだ。鳥頭の僕に酷なことをおっしゃる。
『ループの原因』
  これは不明だが、僕が時間操作の能力に目覚めたという説を推したい願望はある。
『ループの終わり』
 これも不明だ。繰り返しの回数に制限があるのか、それとも永遠にこの10分間の休み時間が続くのかはまだ分からない。


 以上、現状で分かっていることを踏まえて僕がするべきことを考えてみた。
 まず考え付いたのは僕以外の人々にタイムループしている記憶があるかどうかの確認作業である。これは簡単だ。ループのたびに「タイムループしてません?」と生徒一人一人に聞けば良い。
 タイムループしている記憶があるのなら不自然とは思われないし、ループの記憶が無くて、「何言ってんだこいつ。ていうか誰だこいつ。」と思われても次のループに行けば、前回のループで僕が質問したことは無かったことになるのだ。つまりビビる要素はゼロ。これほどのイージーゲームはない。何も怖がることはないのだ。


 そうやって調子に乗って、強気になっていた僕は手始めに近場から、具体的に言うと隣の席に座ったヤンキー女二人組に笑顔で質問をした。してしまった。


「あのさー。タイムループしてない?」
「あ?」「は?」


 二人の威圧感に思わず理由も無く土下座しそうになった。正直タイムループに浮かれてどうかしてたと思う。質問して1秒足らずで後悔した。何がイージーゲームだ。ベリーハードだわ。


「あ? んだよタイムループって。『時かけ』か?」
「菜々子バカじゃん。あれはタイムリープでしょ。」


 彼氏とカフェに行った方の茶髪のヤンキー女(これより茶髪ヤンキー女とする)がもう片方の金髪のヤンキー女(こちらは金髪ヤンキー女とする。)にドヤ顔でツッコミを入れた。


 『時かけ』とはタイムリープを題材にした人気アニメーション映画の略称である。僕も大好きだ。ブルーレイと小説版も持ってるし、多分映画も20回以上は見ている。
 どうでもいいが、こんなヤンキーっぽい子が『時かけ』とか可愛い略し方してるとかギャップが凄い。正直ちょっと萌えた。


「ウルセェ知ってるし!」


 金髪ヤンキー女は顔を真っ赤にして机の脚を蹴った。そして何故か僕の方を鋭い眼光で睨みつけてきた。よく睨まれるなぁ。


「おめーが変な質問するから恥かいたじゃねぇかよ!」
「えぇ。絶対僕のせいじゃない」「ウルセェ!」


 タチ悪っ。沸点低っ。
 流石に僕は悪く無いぞと反論しようとするも、瞬時に逆ギレされて胸ぐらを掴まれた。


「でもタイムリープとタイムループってほぼ同じだし。タイムリープは過去や未来に自分が飛ぶことで、タイムループは同じ時間を何回もループするっていうだけだから。時間移動してるって点では同じだから。だいたい『時かけ』のタイムリープとおんなじようなもんだから気にしなくていいと思うよ。」


 慌てて早口でフォローを入れると金髪ヤンキー女はプルプルと震え出した。


「結構違うじゃねぇかよ!」


と涙目で殴り掛かろとしてくる。むしろ怒った。
 うん。タイムリープとタイムループ、考えてみたら結構違うわ。僕もそう思う。なんかごめんなさい。これはフォロー出来なかった償いに一発くらい殴られておこうかなと覚悟を決めると、ポンポンと金髪ヤンキー女の肩を茶髪ヤンキー女が叩いた。


「菜々子それは流石に理不尽っしょー。逆ギレ乙―。あれ?ていうか泣いてない?」


と茶髪ヤンキー女がからかうように金髪ヤンキー女の顔を覗き込んだ。


「バババ、バッカじゃねぇのっ。 ななななな泣いてねぇよ!」


 金髪ヤンキー女は僕の胸ぐらを離して茶髪ヤンキー女から顔を背けるように逃げた。


「えぇーほんとにぃ?」


 茶髪ヤンキー女は悪どい顔でニンマリと笑ってら金髪ヤンキー女の顔を右に左にとフェイントを織り交ぜながら執拗に覗き込もうとする。


「ちょっ、バッ、やめろ。やめろっての」


 金髪ヤンキー女は戸惑ったように茶髪ヤンキーから逃げることに必死になって、僕のことなど気にかける余裕はなくなったようだ。
 ふっ、どうやら命拾いしたようだな……僕が。


 これ幸いと一息ついて時計を確認した。そろそろループの時間である。よし。再び彼女の理不尽な怒りの矛先が僕へ向く前にタイムループできそうだ。この調子で周囲がタイムループを認識していないという確認を取っていこう。
これで僕がタイムループ中に何をしようと次のタイムループには皆忘れてくれるという確認が取れれば……。僕はさっきの茶髪ヤンキーのようにニンマリと笑った。よしよし、面白くなってきたじゃないか。
そしてチャイムが鳴って、また時間がループする。



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