ラヴ・パンデミック

ロドリゲス

白石が言うには、恋愛を復活させるためには性欲を復活させればよいと言う。

恋愛とは性欲を促すための発露ではあるが、元々は性欲があって、恋愛という感情が生まれたのだと。
そして、いくら遺伝子操作をされているとはいえ、現代日本の『普通の』人間も動物であることには変わりない。
動物は三大欲求に弱い。
一つは食欲、二つ目は睡眠欲、最後は性欲だ。
その三つの欲求は一言で言ってしまうと、動物が存在を維持するために絶対的に必要なものだ。
食と睡眠を取らなければ死んでしまうし、性欲がなければ種が滅んでしまう。
特に性欲は個よりも集団を存続させるためのものなので、より上位の欲求と言っても差し支えない。
この欲求を取り上げられて、そのままであるはずはない。
何かしらひずみが起こるはずだ。
現に『突然変異』が一定の割合で産まれているではないか。
だとすれば、性欲を復活させる策はあるはずだ。
一度捨てた機能でも必要とあれば必ず復活する。

「でも、進化の不可逆性ってものがあるよ。一度捨てたものは元には戻らないんじゃないかなぁ」

丸崎がそう茶々を入れたが、

「捨てたわけじゃない。捨てさせられたの。それを進化とは呼ばない」

と、白石は丸崎を言下に斬り捨てた。
丸崎は力なく視線を落とし、黙ってしまった。
お前、女に勝つんじゃなかったのかよ。

白石は更に話を続けた。
捨てさせられた性欲を取り戻すために白石が目を付けたものは快楽だった。
人間は快楽に弱い。
煙草、酒、麻薬など、健康を害し、時には命まで危険に晒すことがあるとわかっていても、快楽の魅力には抗えない。
元々性欲とは快楽と結びついていた、というよりは性欲イコール快楽だった。
だから、その快楽の味を思い出させてやれば恋愛は復活するというのだ。

ではどうやって人々に性欲の味を思い出させるか。
メタワールドを使うのだと、白石は言う。
メタワールドでは基本的に気温や速度や触覚などを本物そっくりに体感するためにメタスーツという服で全身を覆う。
それを利用するのだと。
先ず、セックスの快楽をデータ化する。
そしてそれをメタワールド越しに日本中にバラ撒くのだ。
全日本人に性欲を取り戻させるのだから、快楽の感度は高ければ高いほど良い。
そのためには『生身の』人間の方がより望ましい、というわけだった。

ちなみに俺が閉じ込められていたカプセルにハッキングした時に、丸崎は俺の快感指数を計測したそうだ。
俺のミラクルタワーに装着されていた、あの不気味な装置のディスプレイに表示されていた数値がそれであったらしい。
俺の快感指数は九十六点であったそうだ。
満点は一〇〇点なので、相当に高い。
ちなみに、『突然変異』の平均点が大体四七点、『普通の』人間に至っては十点に満たないと言われているそうだ。
それに比べると俺の高さがいかに異常かということがわかるだろう。

俺が白石に選ばれた理由はわかった。
では、その快楽のデータ化とはどうやるのだろう?
白石の話では、性欲の快楽とは、つまるところセックスに行き着くらしい。
では、セックスとは何か?
それを問うと、白石はなぜだか恥ずかしそうに視線を外し、口ごもった。
この白石と、俺と丸崎をブッ飛ばした白石と、下半身丸出しの俺が自分のバイクに跨がるのを嫌がって騒いでた白石と、そして校門を風のように通り抜けていった白石が、同一人物とは思えない。
女ってみんなこんなにくるくると感じが変わるものなのか?
そして今、目の前で恥ずかしそうにしている白石の様を見て、俺の心の臓がなぜだか速く強く鳴った。


セックスとは、……いや言うまい。
全てを言ったら野暮になるだろう。
俺は白石に説明され、セックスというものがわかった。
ミラクルタワーの、ある意味メインの使い方を知った。
天地がひっくり返ったような衝撃を受けた。
後にも先にもこんな衝撃を受けることはないだろう。
最初は極めて悪質な冗談かと思ったくらいだ。
しかし、白石の表情は最後まで真剣だった。

「そういうことだけど、大丈夫?」

俺は、即答でOKした。
俺も恋愛禁止政策をブチ壊したいと思ったからだ。
それから、白石の頼みだったから、というのもある。
それだけだ。うん。

そして事に及ぶ前に、丸崎が俺を呼び、ネット越しに丸崎の家のコンピュータにアクセスし、「スプラッター映画」と言って見せたものがある。
そのものズバリ、セックスを記録した映画だった。
丸崎はセックスを知っていたのだ。
聞いたところ、興味本位でネットから(確実に無断で)ダウンロードしてみたら、地獄絵図だったと言う。
でも最後まで見たらしい。
見終わった後、嘔吐が止まらなかったと言う。
知識欲旺盛というか何というか、そんなに嫌なら見なければいいのに。

しかし、丸崎がスプラッターと称したのもわからんではない。
彼のような『普通の』人間からすればまさにスプラッターかもしれない。
『生身の』人間である俺ですらブッたまげたくらいだ。
セックスとはこんなことをやるのか。
ということは、昔の人間はみんなこんなことをやっていたのか。
ヌキヌキポンどころではない。
最早カオスである。
理解の範疇を完全に越えている。

そしてこの行為をこれから俺は白石とするのだ。
未来がどうなるか、本当にわからない。
入学式の日に白石とすれ違った時、こんなことになるとは全く予想もしなかった。
最早カオスである。
理解の範疇を完全に越えている。

気付くと、俺のミラクルタワーは極度に反応していた。
頭は大混乱だが、体の方はお祭り気分らしい。
理性と本能のせめぎ合いというやつか。
いや、本能の方が正直なのだろう。
本能が先にあり、理性がそれに従おうが抗おうが遅れてついていくのだ。
やはり俺は『生身の』人間なのだろう。

そしてその頭の方では、混乱しつつも本能にリードされたか、冷静に「セックスってどうやるのか?」を見極めようと、画面を食い入るように見つめていた。
だが、大体の流れはわかったものの、肝心の「部位」がどうなっているのか、そしてそこをどうするのか、モザイクがかかっていてわからなかった。
おそらくそこが最も肝心なところだと思うのだが、そこを映さないとは一体どういう了見だろう。
全く理解に苦しむ。
嫌がらせ以外の何ものでもない。
教則ビデオとしての役割を放棄していると言われても、これを作った者に反論する資格はない。
セックスの肝の部分は分からずじまいで、結局やり方はわからなかったが、おそらく白石の方で知っているだろう。

しかし、白石は『普通の』人間であるのに、セックスとか平気なのだろうか?
おそらく、それくらいの覚悟の強さなのだろう。
『普通の』人間なら丸崎のようにセックスに対して強い嫌悪感を抱くはずだ。
そこを乗り越えて果敢にもセックスに挑む。
並大抵の精神力ではできない。
そうまでして恋愛を我々の手に取り戻そうとしているのだ。
その熱い心意気に涙を禁じ得ない。実際は泣いてないけど。

そんな感じで役に立ったような立たなかったような、まぁ見ないよりはマシだったかもしれない丸崎のビデオを見て、いざ事に及んだ。
先ず、全身にメタスーツと同じ素材・構造のチップを貼る。
そのチップが触感や動きなどを観測し、そのデータをコンピュータに飛ばすのだ。
そのようにして得たデータをゲームアプリという形にする。
そのゲームを個人のメタスーツにハッキングして強制的に送りつけ、強制的に体験させる。
強引かつ言い逃れようがなく違法行為だ。
しかし、俺はもう元の生活には戻れない。
何せ死んだことになっているのだから。
後戻りができない今、違法行為であっても、だからどうした?という感じだ。

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