ラヴ・パンデミック

ロドリゲス

ツッコむポイントが多いが、じゃあ先ず、そもそも『突然変異』とは何ぞやという話をしよう。

現在の人間は人工出産施設の中で生まれるのは前にも話した通りだ。
しかし、これは極秘事項らしいのだが、実はその際に遺伝子操作されているという。
どのような遺伝子操作かというと、異性を好きになる感情を削ぎ落としているというのだ。
この話を聞いて、俺は頭が沸騰するくらい一瞬にして怒りを覚えた。
なぜそんなことをするのか、その理由はまた後で説明するが、人類に対する暴挙だと思う。
で、この操作をされて異性を好きになる感情、つまり恋愛感情が欠落した人間が現在の日本では『普通の』人間ということになる。
しかし、丸崎から聞いた話にもあったように、異性を好きになる人間が一定の確率で現れてしまう。
遺伝子操作がうまくいかなかったのか、或いは後天的な要因があるのか、そこまではまだハッキリとはわかっていないそうだ。
これが政府の言う『突然変異』である。
また不思議なことに『突然変異』になるのは決まって男だという。

そして、この世にはそのどちらにも、つまり『普通の』人間にも『突然変異』にも当てはまらない人間がいるという。
それは人工出産施設で産まれなかった人間である。
この話を聞いた時もブッたまげた。
現代の人間は全て人工出産施設から産まれてきたと思っていたからだ。
じゃあ、それ以外の、もう一つの人間はどこから産まれたのか。
それは、人間の腹の中らしい。
そんな原始的な、イヌやネコと同じように産まれた人間なんかいるわけないだろう、とはじめは疑ったが、どうやらそれは本当の話であるらしい。
当然、今年産まれる子供たちは皆例外なく、人工出産施設から産まれるが、俺らが産まれた頃、今から十六年ほど前までは、まだ若干数ではあるが人から産まれた子供がいたという。
しかしそれが最後の、人から産まれた世代だ。
そしてそのような、人から産まれた人を白石は『生身の』人間と称している。
彼女はこの『生身の』人間を探しているらしいのだ。

しかし、ここまでの話だけだと『突然変異』も、白石の探している『生身の』人間も大して変わりはないように思われる。
恋愛感情を遺伝子レベルで削ぎ落とされてるのが『普通の』人間ならば、それがあるのが『突然変異』だ。
『生身の』人間は元々遺伝子操作されていないので、『突然変異』と『生身の』人間との差はないように思われる。
しかし、白石は明確に『生身の』人間を区別している。
そして、その理由はこうである。

先ず、恋愛と性欲は密接に関係していると言う。
「性欲」という言葉を初めて耳にしたので白石に問うと、言いにくそうに「異性の体を求めること」と教えてくれた。
「求める」とはどういうことだ、と問うと、しばらく間があった後「交尾をしたくなること」と、随分小さな声で教えてくれた。
そしてこの性欲が今の『普通の』人間には基本的にはほとんどないそうである。
恋愛と性欲が関係しているのであれば、当然の成り行きだろう。
そして精子の数も以前の人間に比べ、少ないのだそうだ。
性欲と精子も密接に関係しているらしい。
これらの事象は恋愛感情を取り除いたことに対する副作用だと白石は考えている。
それを何世代も重ねてきているので、現在では更に少なくなっているらしい。
但し、特に検証したわけではなく、あくまで個人的見解なのだそうだ。

もちろん、少ないとはいえ『普通の』人間にも精子はある。
それを体内に留めたままだと精子の質が低下してしまうので、定期的に体の外へ出すように推奨されている。
精子の質が低下してしまうと、精子バンクに登録する時に困るからだ。
狭き門とはいえ、精子バンクへの登録は万人に開かれてはいる。
俺らも小学校六年の時に学校から「局部マッサージ器」なるものを支給された。
ただ、周りの人間を見ると、丸崎も含め、どうもそれを使うのはひと月に一回くらいだ。
俺は大体三日に一回。
中二の時は毎日のように使っていた。
何というか……気持ち良くて病みつきになってしまったからだ。
しかし、どうも周りの人間はそうではないらしい。
先日、丸崎に「あれ結構気持ち良いよな」と言ったら変な顔をされた。
そして「スッキリの間違いじゃない?」と言われた。
丸崎としては「排便に似ている」のだそうだ。
確かに俺もスッキリはするが、この気持ち良さがウンコと同レベルということはない。
なんというか、下半身がブッ飛ぶような感じというか。
宇宙空間に放り出されたというか。
宇宙行ったことねぇけど。
とにかく、スッキリもするが気持ちいいのだ。
この違いは何だろう、と今まで不思議に思っていたのだが、白石の説明で明らかになった。
……なるほど、これが「性欲」なのかもしれない。

そして、『突然変異』が異性を好きになる、ということは言い換えれば、生殖意欲が旺盛、ということらしい。
『突然変異』は『普通の』人間に比べて、精子の量も多く、性欲も備わっている。
それは精子の多さや快感指数が高いことに起因するのではないか、と白石は言うのだ。
この「快感指数」というのが、例のミラクルタワーマッサージの時の気持ち良さ、そしてその感度の高さのことを言う。
だから『普通の』人間である丸崎はミラクルタワーマッサージをしても特に気持ちいいことはなく、『突然変異』の俺はめちゃめちゃ気持ちいいのだ。

しかしながら、この『突然変異』も『生身の』人間には生殖意欲という点では劣るらしい。
『突然変異』といっても、何世代も遺伝子操作をされ、精子の数を減らしてきた人間の子なので、元々持っているポテンシャルはそんなに高くはない。
一方、『生身の』人間は遺伝子操作をされたことがない人間の子孫であるため、生殖という点において非常に高いポテンシャルを持っているということになる。

白石の説明で『突然変異』と『生身の』人間の違いはわかった。
では、なんでその両者の違いは一度政府に「回収」されないとわからないのだろうか。
その前に、なぜ「回収」された『突然変異』はあの睡眠カプセルで眠らされているのだろうか。
それには次のような事情があるらしい。

日本が人工出産を始めてから五十年余りだが、その間、卵子バンク及び精子バンクに登録されるのは少数精鋭であり、世代を経るごとにどんどん血が濃くなっていった。
そのため、何らかの問題を抱えて産まれる子供が、近年特に増えてしまったのだそうだ。
また問題はそれだけではない。精子の数も世代を重ねる毎に減少するだけではなく、その質も低下してきており、卵子と結合させても上手く受精卵にはならない事例が増えてきているのだそうだ。

そこで目を付けたのが『突然変異』だ。
彼らは精子の量も質も『普通の』人間よりも多く、上質だ。
政府は秘密裡に『突然変異』を見つけ次第「回収」し、質の良い精子を採集する方向へと舵を切った。
今や『突然変異』は排除すべき社会不適合者から良質な素材となった。
いや、精子提供者としての質は少々低下しているかもしれないが、現在直面している問題を回避することを優先した、といったところか。
また、結局は素材であり、共存すべき市民ではない、ということを考えると、『突然変異』たちにしてみれば特に立場に変化はないのかもしれない。
「回収」された後『突然変異』は睡眠カプセルに寝かされ、延々とエロい夢を見させ続けられ、死ぬまで精子を搾り取られることになる。
俺も睡眠カプセルに入れられたが、どうりであんな気持ちいい……、いや、エロい……、いや、奇妙な仮想空間だったわけだ。

で、なぜそのカプセルに眠らされると『突然変異』か『生身の』人間かがわかるのか、ということだが、『突然変異』があのカプセルに眠らされると、もう二度と起きることはないそうである。
正確に言うと、人工出産施設で遺伝子操作された人間は、ということになる。
だから『普通の』人間もあのカプセルで眠らされると二度と起き上がることはない。
というのも、あの睡眠カプセルは遺伝子操作の際に編集されたDNAに反応するとか何とからしい。
頭の悪い俺には何のことだかさっぱりわからなかった。
詳しいことは俺に聞くな。
まぁとにかく、遺伝子操作された人間はあのカプセルに寝かせられると二度と起きない、ということだけ知ってくれればいい。
つまり、逆に言うと、あの睡眠カプセルに寝かせられ、起きることができれば、それは『生身の』人間ということになる。

そう、睡眠カプセルから起き上がった俺は『生身の』人間だったのだ。

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