ラヴ・パンデミック

ロドリゲス

目が覚めて起き上がると、頭に激痛が走った。
どうやら俺が寝かされていたのは一種の睡眠カプセルとでも言うべきものらしく、そうとは知らずに起き上がろうとした俺は覆われた蓋に思い切りヘッドバットをかましてしまった。

丸崎から教えられた通り、湖に飛び込むと目が覚めた。
飛び込む前、湖の水面に自分の顔が映った。やはり俺の顔だった。
白石のせいでこんなところ(正直に告白しよう、俺ガールズとの別れは名残惜しかった)に入れられたのだから、白石を一発ブン殴るために俺は現実に戻ってきた。
別に丸崎の分も一発余計にお見舞いしてやるためではない。

蓋にぶつけた痛みにしばらく悶絶していたが、ようやく落ち着いたのでカプセルの外に出てみようとした。
蓋を押したら難なく開いた。
鍵らしき装置はあったが、おそらく丸崎がハッキングして開けてくれたものと思われる。
しかし起き上がろうとしたら色々と引っかかる。それに妙に寒い。
見ると、先ず全裸である。
俺専用仮想空間だけでなく、実際の俺まで全裸であった。
仮想空間での俺の姿はおそらくこの格好をトレースしてアバターにしたものと思われる。
そして引っかかるのは何かと見てみると、左腕に点滴らしき管が刺さっていた。
引っかかっていたのは腕だけではない。
あろうことか、俺のミラクルタワーにまで細工がしてあったのだ。
一瞬声を上げるくらい驚いてしまった。
何か得体の知れないものに覆われている。
血圧計のようなもので、側面にはディスプレイがあり、わけのわからん数字が細かく数値を変えている。
そしてそのブツの先からは太めの管が出ている。
この管も左腕の管も、先はいずれもカプセルの壁に直結していて、そこから先はカプセルの中からだと最終的にどこに繋がっているのかわからない。

とりあえず外に出よう。
ちょっと痛かったが、先ず左腕から管を引きちぎり、その後ミラクルタワーを覆っているブツを外した。
場所が場所なので、なるべくデリケートに、そうっと引っこ抜こうとしたが、スルリと、案外簡単に外れたので一安心した。
抜く時にちょっと気持ち良かったということは内緒だ。
そして抜いた後の穴の中から、色で言うなら「青」っぽいすごい臭いが立ち込めてきたということもちょっと内緒にしていただきたい。

とりあえず着るものはないかと、カプセルから出て部屋を見渡す。
先ず目に着いたのは俺が寝ていたのと同じカプセルが四つ、俺のを合わせると全部で五つ並んでいた。
それ以外にはこれといったものはない。
残念ながら服もない。
しばらくは全裸決定だ。
部屋全体の広さは大体生徒村の家のダイニングくらい。
窓はなく、壁も床も真っ白で殺風景を絵に描いたようだ。
その中に睡眠カプセルだけが並んでいる光景はなんとも薄気味悪い。

俺は並んでいるカプセルを覗いてみた。
蓋は透明になっているので中の様子がわかる。
四つのカプセルのうち、三つに人が入っていた。一つはカラだ。
中にいる人はみんな寝ている。眠らされているのだろうか。
やはり全裸で、俺と同じ装置が着けられている。
ここは一体何なんだ?
額のあたりが冷えていく感覚がする。
血の気が引いていってるのだろう。
年齢はバラバラのように見える。
中年のおっさん、二十代くらいの青年、あとの一人は俺と同じくらいの年齢だが、こいつにはどこか見覚えがある。

思い出した。

俺の初恋がなぜ唐突に終わったのかについての話をしよう。
保育所時代、ある日を境に一人の子供が消えた。
特に何の連絡もなく、唐突にいなくなったのだ。
俺はももよ先生にあいつはどうしたのかと聞いた。
すると彼女の顔から表情が消えたのだ。
悲しそうな顔をしたのでもなく、怒ったのでもない。
仏頂面でもない。
素の表情というのとも違う。
無表情ですらない。
表情が消えた、としか言いようがなかった。
何かすごく作り物めいた顔だった。
人形のようだった。
それがすごく怖かった。
いつも笑顔のももよ先生からは想像もつかない表情だった。
だから余計に怖かった。
以来、ももよ先生のことは好きではなくなってしまった。

そのいなくなった子供がここにいた。
カプセルの中のこいつは俺の親友だ。
名前は健多朗という。
いつも健多朗と呼んでいたので苗字は覚えていない。
間違いない。
こいつのミラクルタワーの付け根の右側にホクロが三つ、オリオンの三ツ星のように並んでいる。
健多朗にも同じ三連星が同じところに並んでいた。
一緒に風呂に入った時にお互いのタワーを見せ合った時に盛り上がったのを覚えている。
ちなみに俺にはケツの上の方にホクロが三つ並んでいるらしい。
健多朗が俺に教えてくれた。
以来、俺たちは自分たちのことをホクロ兄弟と呼んでいた。
その健多朗がここにいる。
顔の方もきっちり十年分歳を取っている。

健多朗は俺と同じく女が好きという珍しい奴だった。
二人でよく誰それが好きだとか可愛いとか言い合っていた。
俺と話が合う今まで生きてきた中で唯一の人間だ。
健多朗はある女子のことを特に気に入っており、遂にある日、健多朗は俺に「好きって言ってくる」と言った。
俺も盛り上がって、行け行け、なんて言って応援して、俺も一緒に行きたいと言ったが、恥ずかしいからと断られた。
まさかあれが健多朗との最後の会話になるとは思わなかった。
その日の夕食の時、もう既に健多朗の姿はなかった。
その翌日、俺はももよ先生に、健多朗はどうしたのか、と聞いたのだ。
ももよ先生は表情が消えたまま「事故で死んだのよ」と言った。
以来、俺は丸崎に会うまで誰にも女が好きだと言わなかった。

俺にしろ健多朗にしろ、女のことが好きだと知られたからここに監禁されたのはほぼ間違いないだろう。
それにしては何であんなにエロい仮想現実空間に放り込まれたのだろう。
女が好きだから捕まって、その挙句エロい夢を見させられているというのはなんだか辻褄が合わないような気がする。
こんな面倒なことはせずに社会にとって害悪なら殺せばいいだけのことだ。
なぜこんなに手間暇もコストもかかるようなことまでして生かしておくのだろう。
確かにこうして傍目から見ると、丸崎の言うように死んだも同然だが、生きてはいる。
あの閉ざされた空間に一生閉じ込められるのは嫌な気もするが、俺にしてみりゃサービス空間のようにも思える。
健多朗も俺と同じような仮想空間に閉じ込められているのだろうか。
そうだ、健多朗もこのままだと一生このカプセルの中だ。
特にこいつの場合、十年間もこのままなのだ。
それを思うととんでもないことだ。
いくら女が好きだからといってここまでする必要はないと思う。
女を好きになることがそんなに悪いことなのか。
俺は健多朗が寝かされているカプセルの蓋をこじ開けようとした。
やはり鍵がかかっているらしく開かないが、両手両足を使って全身のバネで力を入れたら半ば壊れるようにして(というより壊したのだが)蓋が開いた。
ガラス越しではなく直で健多朗の顔を見たら、なんだか泣けてきた。
悲しくもあり、そして嬉しくもあった。
こんな形での再会ではあったが、再会は再会だ。
俺は健多朗の肩を揺すぶった。

「健多朗! おい健多朗! 俺だ! コウだ! 目を覚ませ! エロい夢見てる場合じゃねぇ! 帰るぞ! 起きろ!」

しかし、俺がどんなに強く揺すぶっても健多朗は目を覚まさない。
焦って更に強く揺さぶると、部屋のドアが開いた。
ドアは自動ドアで、そこに白衣を来た男が立っていた。
三十代くらいの眼鏡をかけた痩せ型の男で、俺を見て一瞬何が起こっているのかわからなかったようだが、すぐに状況を飲み込んだらしく、急いで廊下に出た。
俺はヤバいと思い、すぐに男を追いかけ、そいつの襟首を捕まえ、部屋に投げ戻した。
男は床に倒れ込んだがすぐに立ち上がり、俺に向かってきた。
俺は男にカウンターでジャンピングニーバットを見舞った。
都合よく俺の膝は男の顎にクリーンヒットし、男はそのまま大の字に倒れ、気を失ってしまった。
そういや俺の仮想空間の中で丸崎が起きたら早く脱出しろと言っていた。
グズグズしている暇はないかもしれない。
全裸ではあれなので、俺は男から白衣を脱がせ、それを羽織った。
本当はズボンも欲しかったが、ウエストが入らなかったので断念した。
俺がデブなのではなく、こいつが痩せすぎなのだ。
部屋を後にする前にもう一度健多朗を見た。
心の中で謝った。

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