ラヴ・パンデミック

ロドリゲス

なんだか楽しいけど、楽しくない。
欲望と理想、感情と感覚の狭間をぐるぐると行ったり来たりしながら空を見上げる。
動いているような動いていないような雲を見ると、なんとなく気分も落ち着いてくる。
まぁ、なるようにしかならないんだけど……。
そんなちょっと落ち着いてきた気分とは裏腹に俺の足と足の間のミラクルタワーは天高く馬肥ゆる秋の如く屹立し始めた。
見ると、右隣の女が俺のミラクルタワーを握っている。
彼女の手には余るようだ。
そして左隣の女は俺の足と足の間のファイアボール1号2号を鷲掴みにしている。

「第二十二ラウンドいってみる?」

右隣の女が俺の顔を覗き込んでそう言った。
そんなにやってたんだ。
ちなみに一つのラウンドの終了は俺のミラクルタワーからホワイトビー……いや待て。
あれは……。

「わー! 何だこの生き地獄は!」

俺の楽園に来るなり、そんな大暴言を吐く男が現れた。丸崎である。

「おー! お前無事だったんかー!」

俺は心底嬉しかった。
白石由記にノックアウトされた後、どうなっていたか心配だったが、どうやら元気そうだ。何よりである。
それに、ここは楽園ではあるが(丸崎には地獄らしいが)、知り合いが一人もいない状況は正直心細かった。
しかもここは夢か現実かメタワールドかすらも判然としない。
ただ、こいつが来た、ということは現実であるのかもしれない一方、俺の夢の登場人物の一人である可能性も高い。
なぜなら、丸崎はあのイケメンアバターとして登場したからだ。
俺はアバターじゃないのに、だ。

「君わ何て格好をしているんだ!」
「おっ、こいつは失敬」

自分が裸であることを忘れていた。

「やはり背が高いと、そんなとこまで高くなるんだね」
「うおっ!」

俺は慌てて右と左の女の手をミラクルタワーから除けた。
なんだか恥ずかしくなってきた。
しかし、ここで裸じゃないのは丸崎だけだ。
彼の方が今や少数派なのに、なぜ俺の方が恥ずかしがらにゃならんのだ。
しかし、見ると丸崎の出現により恥ずかしがっているのは俺だけのようで、他の女の子たち、通称俺ガールズは特に恥ずかしがる仕草を見せない。
なかなかにして大胆不敵……、と思いきやどうもそうではないようだ。
と言うより、何か変だ。
俺ガールズは丸崎のことを見ようともしない。
ヌキヌキポンを始めない俺を不思議そうに見るばかりだ。

「その女たちは僕のことは見えていないと思うよ」

俺の心の動揺を読んだのか、エスパー丸崎は俺たちから不機嫌そうに目を逸らしてそう言った。

「何でだよ?」
「というより、見えているけど見えていない。多分」
「どういうことだ?」
「外部から誰かが侵入してくるとは想定されていなかったんじゃないかな。それに対する行動はプログラミングされていないんだと思う。だから、僕の存在は認識はしてるんだろうけど、それに対処する判断や行動ができない。それって、見えていないのと一緒だよね」

外部からの侵入?
プログラミング?
一体何のことやらさっぱりわからない。

「ここは一体どこなんだ?」
「ここは政府が作った仮想現実空間の中だ」
「政府? メタワールドとは違うのか?」

確か、メタワールドは半官半民だったと思う。

「違う。あくまで政府が単独で作ったものらしいんだ。そして、ここは君だけの世界だ」
「でも、お前いるじゃん」
「僕は例外的というか、ハッキングしたんだ。本来ここは君専用に作られた場所だから、ここには君一人しかいちゃいけないんだ」
「なんだか話がわかんねぇな。じゃあ、なんで政府がわざわざ俺なんかのために、こんな御大層な個人用の仮想空間を作ったんだよ?」
「ありていに言えば、君が……危険人物だかららしい」
「あぁ……、」

なんとなく話がわかってきた。
やはり俺を取り押さえたあの黒服の男たちは政府の人間なのだろう。
現場を抑えられた、というやつだ。
人を好きになることは、罪である。

「まぁ……、そんなとこだろうな」

そりゃはじめからわかってたことなんだけど、こう現実を突き付けられるとさすがに堪える。
全裸で裸の女に囲まれてるから現実感はないが。
ミラクルタワーもミニチュアタワーくらいになってしまった。
映画を観て一人有頂天になっていた俺は本物のバカだったのだな。
それもまぁ、知っていたことだが。
それにしても何で俺が女好きってわかったんだろう?
俺が白石由記を好きだということを知っているのは丸崎の他には……あ!

「君が怪しいと目を付けていたのは白石由記だ。彼女が騒いだから連中が来たんじゃなく、最初から君を捕えるつもりだったらしいんだ」
「やっぱそうかぁ……」
「どうも彼女自身、政府の人間らしいんだ。学校に怪しい奴がいないかどうか、潜入捜査をしていたのかもしれないね」
「まんまとはめられたわけだ。今にして思うと、よく目が合ってたのはそういうことか……。しかし……牢獄にしちゃ天国みたいなところだな」
「あぁ、だからここ来た時はびっくりしたよ。まぁ僕にとっては地獄だけどね」

丸崎以外の人間にとってもここは狂気の世界なんだろうことは想像がつく。……俺にとっては天国だけど。

「とにかく、地獄だろうと天国だろうと早くここから出よう。でないと、君は一生この世界に閉じ込められたままだ」
「いや……、俺はここに残るよ。お前だけ帰ってくれ。せっかくこんなとこまで来てくれたのに、悪いな」
「なんでだよ! せっかくこんな地獄くんだりまでやって来たのに!」
「ここは俺だけの世界なんだろ? だったらここに残る。ここは楽園だ」
「一見ここは君にとっては楽園かもしれないけど、牢獄と変わりないんだぞ。一生このままなんだぞ! それでいいの?」
「あぁ、いいよ。どうせ今までも世の中にも俺の人生にも何の期待もしてなかったんだから」
「映画も観れないぞ」
「その結果がこのザマだぜ」

俺がそう言うと、丸崎はすごく悲しそうな顔をした。
あ、これはヤベエなぁ、と思ったのですぐに次の言葉を探した。

「それに、現実は甘くないどころか、お前が食ってるピザくらい辛い。なんであんな振られ方しなくちゃいけねぇんだ。同じ振られるにしても、もうちょっと何かあんだろ。蹴られるって何だよ! 内膝蹴られて、おまけに首筋まで打ち抜かれたんだぞ」
「僕だって蹴られたよ。あれ痛かったよね」
「痛いどころじゃねぇよ。意識飛びかけたわ。それに比べて、ここは本当に天国だ。ここは甘い。お前が飲んでるダイエットコーラくらい甘い。あ、あれ飲んでも痩せねぇからな。かえって太るぞ」
「え?」
「甘すぎて、下手すりゃ吐きそうなくらいだ」
「いや、そんな甘くないよ。一応微糖なんだよ」
「お前のコーラの話をしてんじゃねぇよ! ここの世界のこと言ってんだよ。一生ここでぬくぬくとヌキヌキポンをやってられるんなら、俺はそっちの方がいいっつってんだよ。もうクソみたいな現実はたくさんだ!」
「君にとっての現実は女だけなのかい?」
「……え?」
「女以外の現実は価値がないのかな」

現実が嫌なのは、俺が住んでいる世の中に恋愛がないことだけじゃない。
頭が悪いことだってそうだ。
どうせこの先、良い会社に就職できることもないし、精子バンクに登録されることなんて万に一つもないだろう。
良いことなんてなんにもない。

「大人になったら、メタスーツ着て日本の観光名所を回る夢も現実じゃないのか?」

そういや、こいつにそんなことも話したかな。

「もし君が僕と一緒に映画観たりごはん食べたりしたことも価値のない現実だと言うのなら、それはしょうがない。でも僕は君と過ごしたこの二ヶ月間がすごく楽しかったんだ。今まで生きてきた中で一番楽しかったんだ。どうしてもここに残るというなら僕は帰るけど、もう二度と会えないのなら一言お礼が言えて良かったよ。ありがとう。それじゃ、元気で」

そう言い残し、丸崎は背中を向けた。

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