ラヴ・パンデミック

ロドリゲス

丸崎が立てた作戦とはこうである。
先ず、白石由記がバスを降り、バスが見えなくなったら、すかさず丸崎が白石由記を『襲う』。
丸崎はもちろん目のところだけ開いているマスクを被って顔がわからないようにする。
ただ、体型でバレる可能性も低くはないが、今の丸崎はまぶたを蚊に食われてひどいことになっている。
唯一晒されている顔の一部も普段とは形が違うから、例え体型が特徴的だと言っても、全くいないわけではないので、バレることはないであろう。
災い転じて福となったわけである。
これは天啓かもしれない。
そして丸崎が白石由記を襲うと、すかさず俺が登場し、彼女を助け、告白、という段取りだ。

この作戦を立てた丸崎曰く「僕が観た膨大な量の映画を参考にすると、自分の身を危険から助けてくれた男には極めて高い確率で女は恋に落ちるんだ」。
なるほど、言われてみれば、わずか二ヶ月の間だが丸崎の映画コレクションを見ていた俺ですらそんなシーンを散見している。
これはなかなか説得力がある。
まだ恋愛があった頃の世界ではそんな風に男は女と恋人同士になっていたのか。
なかなかにして劇的である。
まぁ映画は劇なので劇的なのは当たり前だが、映画は生活を映す鏡でもあると思うので、一般の社会でも似たり寄ったりだったのだろう。
何と言うか、昔は普段の生活からしてエンタテインメント性に溢れている感じだ。
今のようにゲームテクノロジーが発達していなくても十分に楽しい生活だったのかもしれない。
俺は完全に生まれてくる時代を間違えたようだ。

ただ、丸崎はこんなことも言った。

「本当はケンカをした後だったらもっといいんだけどね」

丸崎曰く、恋愛とはケンカの後に成就する。
昔の映画を観る限り、どういうわけか女男は両想いになる前にはほとんどの場合ケンカしていると言うのだ。
確かに、ある映画ではものすごい勢いでお互い怒鳴りまくった後、突然キスをし始めたので、あっけにとられたのを覚えている。
他にも、確かにさっきまであんなにケンカしてたのになんでこんなに仲良くなってるんだろう、と不思議に思ったことは何度もあった。

ところで、最初にこの「キス」という奴を見た時の衝撃は凄まじかった。
「うわああ!」と大声を上げ、後ろの壁に後頭部をしたたかぶつけてしまった。
その時、既に丸崎は何度も見た後だったので、特に動じた素振りは見せなかったが、後で聞いたら、最初に見た時は丸崎もぶったまげたらしい。
キスについて丸崎から説明を受けた時はしばらくは信じられなかった。
あんなところとあんなところを合わせることが愛情表現とはねぇ……。
昔は何と言うか……不潔だったと言わざるをえない。
愛があればこんな汚いことも乗り越えられる!というやつなんだろうか?
まぁ、一種の度胸試しなのだろう。

とにかくまぁ、ケンカという要素は今回はないものの、作戦そのものは完璧と言って良いであろう。
とはいえ、停留所から生徒村までの道はそれほど長くはない。
その間、大声を出されて人を呼ばれたら終わりである。
彼女が誰かに助けを呼ぶまでに決着をつけなくてはならない。
電光石火の早業が必要となる。
また、当然他の乗客が白石由記と降りてきた場合も失敗で、この場合は日を改めて再度チャレンジである。
しかし、今日のようなチャンスは滅多にないであろう。

というのも、基本生徒は放課後になると一斉に帰宅するからだ。
授業が終わるのは午後三時。
それと同時に生徒たちはそれぞれの生徒村行きのバスのある停留所へと向かい、帰宅する。
そして自宅でメタスーツに着替え、各々メタワールドへ行くのである。
だから、今回の作戦が立案された当初、どこで実行するかが悩みの種となった。
学校だと周囲の目がある。
衆人環視の中でこの作戦を実行すれば、俺が捕まる前に「襲う役」の丸崎がとっ捕まること請け合いである。
となると学校外での実行ということになるが、学校以外で学生が行く場所なぞ、生徒村しかない。
せいぜいがメタワールドの中だ。
しかし、メタワールドへ入ってしまえば、皆アバターを使っているので誰が誰だかわからない。
せっかく劇的なシナリオを用意しても、その舞台がない。
このまま作戦は頓挫するか、と思われた矢先のことである。
それは今日の昼休みのことであった。
俺と丸崎は食堂で作戦会議がてら頭を突き合わせて昼メシを食っていた。
その時である。
女子のグループから白石由記の声が聞こえてきた。

「今日、放課後、先生に呼ばれてるから帰りちょっと遅くなっちゃうんだ」

確かにそう言った。帰りが遅くなる、ということは一人で帰る可能性が高い。
幸いにも白石由記がどのバス停で降りるのかはこの間の帰りにバスで一緒になった時にわかった。
であれば、その停留所付近で待ち伏せすることができる。
千載一遇のチャンスだ。
耳をそばだてていた俺と丸崎はすぐさま個人チャットで話をまとめ、放課後に作戦を実行することを決めた。

助けるまでの段取りの方はイメージトレーニングもしたし、丸崎との「振り付け」も何度も確認した。
しかし、助けた後、どうやって告白しよう?
やはりシンプルに「好きです」か。
果たして俺の気持ちを受け入れてくれるのだろうか。
だが、好きだと言ってそれを受け入れてくれたとして、その先はどうすればいいだろう?
俺は白石由記とどうなりたいのだろう?
だがしかし、ままよ。
出たとこ勝負だ。
これからどうなるかなんて、俺の気持ちを伝えた後の問題だ。
だって、拒絶されるかもしれないのだから。

そんなことを考えていたらバスが来た。
随分と待たされた。
しかし、いざ来ると、来て欲しいような来て欲しくないような、自分でも不思議な気分だ。
日没は過ぎたのだろう。
山の向うに残照がぼんやりとオレンジ色に滲んでいる。
しかし、そのオレンジ色も深い紺色に侵食されていくのがわかるようだ。
バスの形をした黒く大きな物体が二つの目のようなライトを灯してこちらに向かっている。
そして、車内灯が乗客が少ないことを告げている。
というより、誰も乗っていない?
一瞬落胆したが、最後尾の座席に一人ぽつんと人が座っているいるのがわかった。
この距離からでもわかる。
あれは白石由記だ。
バスは速度をゆるめ、停留所の前で大きな体を揺らして止まった。
こんな暗い時間にバスを見るのは初めてで、夕闇の中に蠢く巨大な物体は何か生物じみている。
車内灯が照らす誰もいない座席は、生徒でごった返している普段見慣れた車内とは別の世界のようだ。
機械的な音を立ててドアが開くと、白石由記が降りた。
その他に降りる人間はいなかった。
バスが出発し、俺たちの前を通り過ぎる。
そして、白石由記が俺らが隠れている木の前まで来た。

俺は心臓が止まりそうになったが、丸崎は何気ない所作で黒マスクを被り、ひょいッと道に躍り出た。
薄闇の中、全身黒づくめで、しかも目の腫れ上がった小太りの男は傍目に見てもかなり異様な、どこか妖怪じみた風体である。
しかし、白石由記は歩みを止めはしたものの、特に驚く様子もない。
暗いのでよくわからないが、口の端には笑みさえ浮かべているような気がする。
そして、丸崎が襲うよりも前に首元にハイキックをお見舞いした。
え?
何が起こったかを理解するのに手間取った。
丸崎もまさか先制攻撃を食らうとは思ってもみなかったのだろう。
何の抵抗もなくうつ伏せにさせられ、手を後ろ手に捻り上げられてしまった。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……」
丸崎は早口で、情けなくも弱々しい声を上げた。
マスクを被っているので声はくぐもっており、余計に悲哀を感じさせる。

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