ラヴ・パンデミック

ロドリゲス

そいつは背が高く、俺よりも少しデカいかもしれない。
そして細身だ。
そのことがこいつの背をより高く見せ、手足もより長く見せているようだ。
しかし、何よりも先ず目を奪われるのは顔だ。
筆で描いたような二重まぶたの目は大きく、やや垂れ目。
その上の眉毛は意志が強そうに眉間のやや内下側から勢いよく眉山へと上がり、そしてなだらかに下って余韻を引くように終わっている。
もちろん鼻筋は通っており、高すぎず低すぎず、先端も綺麗に尖っている。
唇は薄めだが、逆にその酷薄そうなところが顔全体の印象をクールに締めている。
隙がない作りだ。
ミディアムの長さにまとめた真っ黒なさらさらのストレートが風になびいている。

服装はというと、黒のレザーのロングコートを黒の肌着の上に直接はおり、黒のレザーパンツを黒のブーツで支えている。
全身真っ黒だ。

「おぉ、丸崎」
「え! 何でわかった? 僕のアバターを君に見せるのは初めてなのに!」

丸崎はびっくりしていたが、一発でわかった。
なぜなら丸崎とは真逆の容貌だからだ。
しかしここまでわかりやすくコンプレックスを丸出しにした奴も珍しい。
何かに秀でた奴は何かが著しく足りないのだろうか?
それに、アバターは声も変えられるので、当然のごとくこいつは変えてて、低く深いながらも艶のある典型的なイケメンボイスにしている。
しかし、喋り方は変えられるものではない。
「君、真島くんだよね?」と俺にかけた言葉のイントネーションは紛れもなく丸崎のものであった。
ちなみに服装も最近俺と一緒に観た「昔の近未来映画」の主人公によく似ていて、それがダメを押していた。

「おお、何だよ。よくここにいるのわかったな」
「あぁ、なんとなくね。やっぱり最近元気ないから、一人になりたいのかな、って。一人になるとしたらここはうってつけだからね」
「おぉそうか……。悪いな、なんか気ィ使わせちゃって」

元気がない期間が長いから、さすがに声をかけにきた、ってとこか。なんだか迷惑かけっぱなしだし、迷惑の度合いが深くなってる気がする。
ちなみにリアルの世界では人は一人でいるのが普通だが、メタワールドでは人と会うことが多い。
友達だったり、見知らぬ人だったり。
一緒にゲームしたりスポーツしたり。
人との交流はむしろ盛んかもしれない。
ただ、それでも深い付き合いになることはほとんどない。
人数合わせだったり、対戦相手だったりで都合が良いからつるんでいるにすぎない。
メタワールド内でも個人の都合が優先されるのは変わりない。

「いや、いいんだよ。それより、その……何があったの?」

「その」から「何が」までの「……」がたっぷり三十秒はあったような気がする。
丸崎の方でも、こういう時どう声をかければいいかわからないらしい。
気持ちはよくわかる。
それにしても、やっぱりそういう理由で俺に会いにきてくれたのか。
とはいえ、相談に乗ってもらうとしても、事が事だけに、特に丸崎には相談しにくい。
そうは思っても、わざわざ大事な昼休みを俺を追ってこんな辺鄙なところにまで来てくれたことに何か意味があるような気がしたのもまた事実だ。
そんな丸崎になら相談してもいいような気がしてきた。
笑われるかもしれない。
笑ってくれる分にはいいが、嫌われるのはちょっと避けたい。
嫌われたら……、もう女なんて好きにならないよ、俺が間違っていたって言おう。
その場は。

「……ここじゃあれだから、家帰ってからでいいかな?」

そう、一見ここは湖のほとりだが、実際には学食のど真ん中なのである。


放課後、丸崎と二人で家に帰る。
『参道』を抜けて停留所まで行き、バスを待つ。
生徒の帰りに合わせて走っているので、いつもそんなには待たない。
参道を歩いてきた生徒たちが次々とバスを待つ列に並んでいく。

「今日何食う?」
「こんな時、大人なら酒飲むんだろうな」

丸崎と短い会話をしているうちにバスが来た。
バスが停車し、ドアが開き、乗り込む時に何となく肩のあたりがむず痒く感じた。
何だろうと思って振り向くと、校門の少女がこっちを見ていた。
俺たちより三人くらい後ろに並んでいる。
むず痒くなるくらいの視線を送っていたとは、目にレーザーでも仕込んでるのだろうか。
バスに乗ると、俺は逃げるように一番後ろの座席を取った。

「どうしたの?」

俺たちが下りる停留所は出発してから二つ目なので、いつも帰る時は真ん中らへんより前の席を取ることが多い。
だから丸崎は少し驚いていた。

「今日はウチ来ないの?」
「いや、行くけど……」

そういや、本来の自分の家にはメタスーツを取りに行って以来帰ってないなぁ、という思いが頭をよぎりながらも校門の少女を見ていた。
校門の少女はずんずんと俺たちの方まで来る。

「あの女、」

俺の視線の先を追ったのか、丸崎が明らかに校門の少女を見て言った。

「え?」
「白石由記だ」
「知ってるの?」

どういうことだ? やはり底知れぬ男だ。

「三年の学年トップだ」

三年生の成績まで知ってるのか!
さすがに女には負けたくない、と豪語しているだけのことはある。
負けてたけど。

そうこうしているうちに校門の少女、いや白石由記はどんどん奥の方へと迫って来る。
俺の隣は空いていた。
どこまで来るのだろうか。
しかし、白石由記は俺たちの二つ前の空いている席に座った。
彼女が座るのを待っていたかのようにバスは出発した。

「……真島くん? 大丈夫?」

動悸が激しく、息苦しい。過呼吸になりそうだ。

「あぁ……」

俺は気持ちを落ち付けようと窓の外を見た。
だだっ広い平原と鬱蒼とした森が交互に訪れる。
大体一定の間隔だ。
ずっと昔、ここらに広がる平原は田んぼや畑だったらしい。
しかし現在、農業のほとんどは東北地方で行われている。
しかもオートメーション化されているから、人はほとんどいない。
機械を管理する人はいるものの、そう多くの人員は必要ない。
かつては全国的に展開されていた農業が、なぜ基本的には東北地方のみに縮小されたかというと、先ず人口の問題がある。
かつては一億二千万を誇った人口も現在はその約四分の一程度にまで減っている。
食料生産は以前に比べて量は問われなくなったからだ。
また、先の大災害で関東付近の原子力発電所が一度に破壊され、放射性物質が広範囲に拡散されてしまった。
そのため、しばらくは農業用地としては使えなくなってしまったのだ。
その上、計画的な人口減少の成功も重なり、多くの地域の農業は閉鎖されてしまった。
だから今ではこの辺りは手入れのされていない森と、雑草が生い茂る何もない平原が広がるばかりだ。

俺が窓の外を一心不乱に眺めていると、最初のバス停に着いた。
見ると、白石由記がバスを降りていくところだった。
俺たちが降りる停留所の一つ前だ。
俺は窓越しに白石由記の姿を見た。
バスを降りた他の生徒と一緒にバスの進行方向側にある学生寮村へと歩いている。
相変わらず可憐だ。
よくよく考えたら、こうしてじっくり彼女の姿を見るのは入学式の時以来だ。
そしてバスは走り出し、俺らの生徒村へと向かう。
バスが白石由記を追い抜く時、白石由記は急にバスを振り向き、俺の目を見た。

あんたがこっちを見てるのは知ってるのよ。

そう言われた気がした。
俺は目を逸らすこともできなかった。


「それ、白石由記でしょ」

図星だった。図星すぎた。
丸崎の家に着いてから、酒はないし、そもそも大人ではないので、俺はグラスに入った丸崎のダイエットコーラ片手に悩みを打ち明けた。
俺の悩みは、『ある人』とやたら目が合ってすごく気になる、ということにした。
やはり「恋愛で苦しんでる」とは言えなかった。
とはいえ、嘘の悩みではない。
むしろガチの悩みだ。
しかし悩みを相談したところ、丸崎は即座にその人物名を言い当てた。
やはり底知れぬ男だ。

「なんでわかった?」
「だって君、食堂で一緒に昼ごはん食べた時、彼女の方見てギョッとしてたじゃないか」
「気づいてたか……」
「気づいてた、っていうか、明らかに様子がおかしかったよ」

そうか。
自分では平静を装っていたつもりが、傍から見れば俺の動揺は丸わかりだったわけだ。
なんだかすごく恥ずかしくなってきた。
そして、あの時の俺が恥ずかしいという今の俺の心の動揺も丸わかりなんだろうか?
更に恥ずかしくなってきた。
そんな風に二重に恥ずかしいと感じている俺も……。

「それにさぁ、」
「お、おう!」
「さっきのバスでも白石由記のこと見てたでしょ」
「お、おう……」
「その時も様子変だったもん。座る席もいつもと違うし、そりゃ白石由記だってわかるよ」
「そ、そうか……」
「しかし、確かに何だって白石が君のことをそんなに見てるんだろう? 君はズバ抜けて体格が良いから何食べてるのか気になったのかな? そういや学食で君を見てたということを鑑みるとその線は全く可能性がなくもない。今日日、女子の平均身長は男子以上に年々伸びてるから、白石がそこを気にするのは実に自然な流れかもしれないね。やはり将来的に卵子バンクへの提供者となることを視野に入れるとそこも重要になってくる。見た感じ彼女はそんなには背が高くないからなぁ。或いは、」
「俺、白石由記のことが好きなんだ!」

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