ラヴ・パンデミック

ロドリゲス

というわけで、俺は丸崎を昼メシに誘った。
昔の映画ならここで感謝の気持ちを表すために「今日は俺が持つよ」とか言って奢るところだが、残念ながら学食は無料なので奢るもクソもない。
仕方がないので普通に一緒にメシを食うだけにとどまった。
俺はかき揚げ蕎麦の特盛、丸崎もかき揚げを頼んだ。
もちろん、ダイエットを気にしているのか普通盛りであるが、麺はうどんを選んだ。丸崎はどうもうどん派らしい。
俺はどちらも好きだが大抵蕎麦をチョイスする。
お互いに無言で麺をすする。
ズルズルという鼻水をすするようでちょっと違うサウンドが心地良く響く。
汁に浸かり、ちょっとやわらかくなった揚げがこれまたうまい。
俺としては伝えたいことはあるのだが、やはりメシの方が先だ。
ひと月ほど寝食を共にしてわかったことだが、丸崎も俺同様メシを食うことが大好きらしい。
やはり食うことは楽しいし、何よりうまい。

そんな感じで今日は一緒に昼メシを堪能した俺らだが、一緒にメシを食うだけでも実は相当な親密度の表れでもあるのだ。
なぜなら昼休みと言えば、皆そそくさとメシを胃袋に流し込んだ後は速攻でゴーグルを装着し、メタワールドへと埋没するからだ。
その時間を削って一緒にメシを食いながら話をするというのは余程の用事があるか、余程仲が良いか、である。
そして、後者の場合はほとんどない。
だから、余程の用事のない俺らは、目立つ。元々俺は人並み外れてデカいし、丸崎は人並み外れて小さい上、デブである。
だから余計に目立つ。
食事を終わってもゴーグルもかけず、何をやるでもない俺たちに怪訝そうに一瞥をくれる奴らは少なくなかった。
でも、皆良くも悪くも他人には興味がないのですぐにゴーグルを嵌め、メタワールドへと入っていく。
本当なら丸崎もメタワールドへ入りたいのかもしれない。
感謝の意を表しているどころか、却って迷惑をかけてしまっているのかもしれない。
だから俺は丸崎の、

「どうしたの一体? 急に昼飯一緒に食おうだなんて」

という言葉に対して答えた。はっきり伝えなければ丸崎に来てもらった意味がない。

「いや、その……俺お前……いや何つーかまぁ……、俺、随分お前に迷惑かけたな、って……」
「ああ! いや、何だよ改まって、全然いいよそんなこと」

俺がごめんとありがとうを言う前に丸崎はそう言った。
そして「何があったの?」などと詮索をしないあたり、やはり底知れぬ男だ。
でも俺はちゃんと感謝の意を表すべきだ。
このままでは何のために昼メシに誘ったのかわからない。
何のために丸崎のメタワールドの時間を奪ったのかわからない。
でもそんな風に言われたら今更ごめんやありがとうなんて恥ずかしくて言えない。
だから俺は言った。

「あの、……席、変わろうか?」
「え? うん、いいよ」

丸崎は立ち上がりかけた。

「いや、この席じゃなくて、教室の……」
「え? ああ!」

丸崎は笑った。

「いいよ今更。さすがにもう慣れたし」
「そうか、……悪い」

丸崎があれ程こだわっていた、俺たちが仲良くなったきっかけでもある座席の交換を申し出たが、断られてしまった。
俺にしてみりゃ最大の感謝の意の表し方だったのだが……。
どうもうまくいかない。
まぁ、頭の良い丸崎にはおそらくはもう既に伝わっているとは思うが、やはり気持ちはハッキリと伝えねばならん。
どうしようか改めて考えてみようとしたら、校門の少女のことが頭をよぎった。
ごめんやありがとうを伝えるのは好きだと伝えることに似ているのかもしれない。
自分の気持ちを相手に伝えるのはどうしてこうも難しいのか。
そんなことを考えていたら、女子の集団が目に入った。
こんな時でも俺の高性能女センサーアイは作動してしまう。

よく見ると、食堂にいる女子の中に四、五人ほどのグループが幾つかできていて、楽しそうに談笑している。
男子は皆一様にゴーグルを嵌め、メタワールドへと没入している。
ここにいない連中はおそらく自分の教室の自席で同じことをやっているはずだ。
一方、女子の多くはもちろん男子と同じでゴーグルとイヤホンを嵌めているのだが、何人かの女子は(食堂を見渡したところ女子全体の三分の一くらいか)そのようにグループに分かれてゴーグルも嵌めずに話に夢中になっている。
今までは俺もメシを食ったらすぐにゴーグルを嵌めてメタワールドへとダイヴしていたのでわからなかった。女子もみんな男子と同じようなのかと思っていたら、どうも違うようだ。
思えば、いつ頃から昼休みになるとすぐにメタワールドへ行くようになっただろう?
確かゴーグルやスーツを支給されたのが小学校に上がった時だったから、それ以来か。
その前は女子と男子ってどうだったっけ?
保育所の頃の記憶は曖昧だ。うまく思い出せない。

そんなことを考えながらぼんやり女子のグループを見ていたら、

「女子って楽しそうだな」

という言葉が口をついて出た。誰にともなく出てしまった言葉だったが、自分に言ったものと勘違いした丸崎が答えた。

「えー? そうかなあ?」
「え? あぁ、そりゃまぁ、別にそんなでもないとは思うけど……」

俺は慌てて取り繕った。
ただでさえ女好きと知られたら変態扱いされるだろうに、女嫌いのこいつに俺の女好きがバレたら一発で嫌われるだろう。

「なんかあんなしてグループになって話してさあ、なんかウザくない? 何話してんだろうな。正直不気味」
「あぁ、まぁなぁ……」

そんな風に俺が心にもない相槌を打った時、ある女子のグループの中に校門の少女を見つけた。
というより、目が合った。
というより、俺が彼女を見つけた時には既に俺の方を見ていたようだ。
ものすごい勢いで俺の心臓が強く音を鳴らした。
目の前にいる丸崎に聞こえたのではないかと思う。
それくらい、胸が高鳴った。
一瞬息が止まったほどだ。
またしてもいきなりの牽制球を放られ、俺は虫の息だ。

「どうしたの?」

明らかに挙動が変わったのだろう。
それは自分でもわかる。
だから当然のように丸崎が俺に声をかけた。

「あ、いや……。そろそろ、メタワールド行かねぇか?」
「うん、いいけど、僕ゴーグル教室に置きっぱなしだ」
「じゃあ、戻るか」

全然メタワールドに行く気分ではなかったが、俺は苦し紛れにそう言い、丸崎も同意してくれた。
学食からすぐに出たかったから教室に戻ることになったのは丁度良かったが、何のために丸崎と一緒にメシを食ったのかわからなくなってしまった。
まったく俺は一体何をやっているのやら。
席を立った時、ちらっと校門の少女の方を見てみた。
もう彼女はグループの女の子たちとの談笑に戻り、こちらには何の興味もなさそうに見えた。


その翌日、三年の階の廊下をあてどもなくほっつき歩く作戦を再度実行してみた。
迷惑をかけてしまった丸崎に報いなくてはならんからだ。
結局、丸崎にはごめんもありがとうも言えないじまいだったので、もう行動を起こすしかない。
とは言ってもうまくいこうがいくまいが、丸崎には報告しないので何のこっちゃという感じだが、これは俺の中での問題だからよいのである。
だったら丸崎関係なくお前一人の問題じゃん、と思ったそこのあなた。全く正しい。
しかしそうではないのだ。
あなたは正しいが全くそうではないのだ。
関係者であるにも関わらずそいつが知らない真実というのはあるのだ。
今回の場合、丸崎は俺が何を思い、何を行動するか全く知らない。
でも、俺が行動する動機は丸崎にあるのだ。
その事実は変えられないし、その意味で丸崎は丸崎自身知らないまま、この件と関わりを持ってしまっているのだ。
だから俺のこの三年の階の廊下をあてどもなくほっつき歩く作戦は俺のための作戦でもあると同時に丸崎のための作戦でもあるのだ。
まぁ俺のためなんだけど。

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