ラヴ・パンデミック

ロドリゲス

このように、俺は今恋愛を成し遂げようと燃えに燃えているが、映画を通してわかったことがある。
実は俺自身、既に恋愛を経験済みなのだ。
いや、より正確に言うと恋愛を『半分』体験したことがある。
いやさ、現在進行形で体験中である。
というのも、映画の中では『恋愛』とは特定の異性を想うと、その人のことが頭から離れず、食事も喉を通らなければ、夜も眠れないと説明されている。
まさに俺だ。
今まで何度もそれを体験してきたし、今は校門の少女に恋愛中である。
そのようにして俺は今まで我知らず『恋愛』をしてきていたのだ。

しかし、その『恋愛』は完全ではない。
映画によると、『恋愛』とはそれが成就した時、天にも昇る気持ちになるという。
『天にも昇る気持ち』!
そんなもん生まれてこの方体験したことねえ!
地に堕ちる気分なら百万回も味わったろうか(しかも恋愛がらみで)。
俺も味わってみたい。天にも昇る気持ちってやつを!
どんな気分なんだろうか?
想像するだけでテンションが上がる。
まさに風雲昇り龍だ。
恋愛、それは成就させねばならぬものだ。

その後、晩メシを食い終わった俺は丸崎に頼み込んで、もっと映画を観せろと詰め寄った。
その日はもう遅いからということだったが、別の日だったら喜んで観せると言ってくれた。
丸崎としても密かな趣味を気に入ってくれた奴を見つけて嬉しいようだ。

なぜ密かな趣味かというと、実は丸崎が観せてくれた映画は不法に入手したものだったらしい。
かなり穏やかではない話だが、聞けば丸崎はネットワークについて独学したと言う。
興味を持ったのは中学に上がる前あたりからで、最初は将来の自分への投資の一つとしてかじってみたそうだ。
しかし、やってみたら案外面白く、のめり込むととことん追及してしまう性格もあって、気付いたらウィザード級のハッカーになっていたそうである。

「それにほら、僕は勉強ができるから」

と、得意げにのたまう丸崎だったが、「ほら」もクソも入学したてでそんなこと知らないし興味もないし、勉強にはコンプレックスしかない俺はそんな得意げな彼の背骨を折ってあげようかと思った。
しかし、そんなことしたら今後昔の映画を観れなくなってしまうので我慢した。

ハッカーとなった丸崎は様々なところから情報を得まくったと言う。
最初は普通の人なら知らないようなゲームの攻略法を仕入れる、というようなかわいらしいものだったらしいが、それから色々あって(その『色々』については詳しく語ってくれなかった)、某所にアクセスしたところ(その『某所』についても詳細は伏せたままだった)、昔の映画を大量に、丸崎曰く『発掘』したそうである。
まぁ、正確に言うと発掘ではなく窃盗だと思うが、そのことは流しておいた。

で、最初はあんまり興味はなかったらしいのだが、せっかく『発掘』したのでその昔の映画を片っ端から観ていったら、これが意外にも新鮮で、昔の日本の姿を垣間見ることもできて面白く、ハマってしまったんだそうだ。
ちなみにこの部屋のスクリーンもテーブルの下にある再生機(黒光りする機械がそうだった)もネットで手に入れたらしい。
どのように入手したかは詳しく語ってくれなかったが、やはり闇的なマーケットから手に入れたであろうことは想像に難くない。

ちなみにまだ生徒なのにお金はどうしたのか聞いてみたら、ゲームのダウンロード課金で稼いだのだそうだ。
丸崎はコンピュータープログラミングについても勉強したらしく、メタワールド内ゲームを幾つも開発し、そのゲームを有償で配信してお金を作ったのだという。
その中には俺も知っている有名なものもあった。無料の体験版だけやったことがあるが、面白かったのを覚えている。
そして、続きがやりたいのにお金が払えなくて悔しい思いをしたことも覚えている。
なぜ完全無償にしなかったのかと、にわかに丸崎に対して腹が立ってきたが、昔のことなので水に流すとしよう。

そんな感じでなかなかにしてキナ臭さ満載なコンテンツだが、なぜそれを会ったばかりの俺に観せてくれたのかはわからない。
もし俺がこのことを通報したら未成年にして社会的に抹殺されるのは火を見るより明らかだ。
一緒に観た、ということで俺も共犯になるから通報されない、という計算が働いたかもしれない。
しかし、俺はこう思ってしまうのだ。お互い外れ物同士、似た雰囲気を感じたのかもしれないのではないか。
だから俺にシンパシーを感じ、俺を信頼したのではないか。

ここで、なぜ丸崎みたいな勉強ができる優等生が外れ者なのか?と疑問を持った向きも多いと思う。
確かに丸崎は落ちこぼれで女好きな俺とは全く真逆の人間だ。
しかしその真逆さが彼をして外れ者たらしめているのだ。
勉強ができること、ウィザード級のハッカーになってしまうくらい頭が良いこと、なるほどそれらはむしろ将来精子バンクに自らの精子を提供できるかもしれないくらいの優等な特性であろう。
落ちこぼれの俺とは逆だ。
しかしもう一方の俺の特性とは真逆の特性をも有しているのだ。
バス停での俺と丸崎の会話を覚えている賢明な方はもうお気付きと思うが、つまり彼は女が殊の外嫌いなのである。
前にも言ったように、今は女を好きな男がいない一方、女を毛嫌いする男もまたいない。
だから必要以上に女を嫌う丸崎もまた、俺同様異常な存在であり、外れ者なのだ。

映画を観た後で二人で晩飯を食ってる時、俺が映画の余韻に浸り、恋愛について思案している横で丸崎はクドクドと女についての愚痴を語っていた。
正直、最悪ウザかったが、映画を観せてもらった手前、無視するのも悪いと思い、話を聞いてやったところ、丸崎の語った話はこうだった。

この映画にあったように、昔は男が社会の中心であり、男が社会を作っていた。
それなのに今はどうだ。社会は女に仕切られている。
学生時代の今は大して女と交流はないからいいだろうが、社会に出れば我々男は女にいいようにこき使われるのだ。
それを男子生徒諸君は全然理解していない。
これは嘆くべき現状であるのに皆危機感がない。
だからせめて僕だけは一生懸命勉強して女性の上に立つべく努力を怠らないのだ。
幸い僕は頭がいい。
おりこうさんだ。
しかし、成績上位者は皆女ばかりだ。
この現状にはますます危機感を募らせられる。
だから君にも頑張ってもらわなければならない。

そんなこと言われても俺は全く頭が悪く、中学までの成績は全教科壊滅的だし、高校でも何とか落ちこぼれないようについていくのがやっとだろう、と恥ずかしかったがいずれわかることだから正直に告白すると、丸崎は残念そうにやや俯き、そうか、と短く呟いた後、「君は背が高いし、カッコいいからなぁ」と突然トンチンカンなことを言い出した。
よく思い返せば、こいつはバス停でも同じことを言っていた。
更によくよく話を聞いてみると、丸崎の女性コンプレックスは全て彼の背の低さが原因であるらしいことがわかった。

丸崎は子供の頃から人一倍背が低く、常に同じ学年の全員から、時には年下の子からも見下ろされていたという。
それでも、子供の頃は女子も男子も似たような体型だし、小学生高学年ともなると大抵女子の方が成長が早いから、丸崎も「女子より背の低い男子」のうちの一人でしかなかった。
しかし中学に上がると男子は竹のように背が伸び始め、それまで自分たちよりも背が高かった女子たちを一気にゴボウ抜きにしてしまうものだ。
俺にしても中学で更に身長を二十センチほど伸ばした。

ところが、丸崎の背は伸びなかった。
相変わらず学年の誰よりも背が低く、男子の中で一番低いことは言わずもがな、女子の多くからも物理的に見下される日はいつまでも続いたのである。
聞けば丸崎の身長は一六五センチだと言う。
女子の平均身長よりも少し高いくらいだ。
女子の集団に入っても完全に埋もれてしまうだろう。
ちなみに現在の日本の男性の平均身長は一七五センチということになっているが、俺らの世代だけでいうとまた少し伸びているような気がする。

基本的には身長は世代を重ねる毎に伸びていくはずだ。
というのも、今の人間は優秀な卵子と精子をかけ合わせることにより産まれてくることは前にも言ったが、優秀ということは頭脳だけではなく身体的にも優れた遺伝子ということになる。
だから、卵子及び精子を提供する人間は頭脳と共に体格的にも恵まれた個人が選ばれることが多い。
もちろん、そのような人工出産を重ねてきているので、頭脳と体格が共に秀でている人間を探すこと自体は最早さほど難しいことではない。
現在ではどれだけ秀でているか、その傑出度が重要なのである。
故に三世代前なら卵子や精子の提供を求められていたであろう人材も現代では特に珍しくもない、普通の人でしかなくなっているのだ。
日本人はその血を濃くすることによって確実に進化しているのだ。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品