機械と花 ロボットだろうが感情はあるんだから恋愛くらいしてもいいだろ?

トリカブト

盲目の少女と戦うロボット 7

 俺たちが三俣夫妻にお礼を言った後、帰路についた。
 外は、透き通るような夜空に綺麗に光る幾つかの星々があった。彼女はこの空を見たらどんな表情をするんだろうか?そんなことを考えながら、白い息を吐く彩花を眺めていた。
「今夜は寒いですね‥‥」
 沈黙に耐えられなかったのか、彼女が問う。俺は、機械だから気温の変化が気になることはないのだが‥‥。しかし、彼女についた噓を思い出すとそんなことも言えず
「ああ、今日は冷えるな‥‥彩花は大丈夫か?」
 と口裏を合わす。
横を向くと彼女は俯き、顔を赤らめ、言葉詰まらせている。何が言いたいのだろうか?気になって思わず
「何か気になることでも?」
と聞くと、彼女は下を向いたまま
「手を‥‥つないでもいいですか?」
と恥ずかしそうに問う。人間なら温かみを感じさせることができたのだろうな、そんなことを憂いていると
「ダメ‥‥ですか?」
と彼女が申し訳なさそうに続ける。その表情は悲しげに感じられた。俺は、
「そういうことでは無くて‥‥」
 と言いつつ、彼女の手を握る。柔らかくか細い手、少し力を加えれば壊れてしまいそうだ。
 彼女が満足げに少し微笑み
「やっぱり冷たい手‥‥だけど優しい感じがします」
 と嬉しそうに言った。俺は、この時間が永遠と続いてもいい、そんなことを思った。
 しかし、無情にも基地へと着いてしまった。
「着いたぞ、俺は、明日の準備のために博士のところへ行ってくる」
 と告げると、彼女は少し寂しげな表情をした。俺だって君ともっと話したい。そんなことを素直に言えるはずもなく、俺は博士の家へと向かった。
「いってらっしゃい‥‥一将さん」








 寒空の下、俺は博士のもとに向かいゆっくりと歩いていた。もし、次の戦線にラクアがいれば、俺は殺されてしまうのでは?そんな不吉な予感がしたが、最強の兵士の三俣さんも戦線に出るから大丈夫だと自身に言い聞かせ、綺麗な夜空を見上げ、目的地を目指す。
 俺が景色を楽しんでいると、何やら無粋で大きな影が現れた。博士の家だ。景観を損ねられたことに少し憤りを感じたが、水に流すことにした。
俺は、インターホンを鳴らし、暫しの間待った。しかし、一向に出る気配がない。留守中なのか?いや、ラボの電気がついている。ああ、これは研究に没頭しているなと感じ、仕方なく引き返すことにした。
これから行く戦場は、過去にないほど危険だから、一応挨拶がしたかったのだが‥‥帰ってきたら、研究に没頭しすぎるなと注意してやらねばな。そんなことを考えながら、基地へと戻った。






 基地へ帰り、狭い自室に戻ると、俺は武器の手入れを始めた。愛銃や投擲物の在庫の確認、地形の把握などいつもより念入りにした。
幾つもの戦場へ赴いたが、これほどまでに事前準備をしたことがなかった。やはり緊張しているのか、それとも不安なのかよく分からなかった。その答えは出ないまま、三俣さんとの約束の時間が近づいていることに気が付くと、俺は、待ち合わせ場所へと向かった。
基地を出て、目的地に着くと、三俣さんが待っていた。俺は、
「三俣さん、お待たせしました」
 と少し申し訳なさそうに言った。俺が、彼のもとへと歩み寄ると、彼は、眠そうな表情をしていた。ひょっとして、朝が弱いのか?思わぬ弱点の発見だった。
今度絡まれた時にネタにしようと考えていると、彼は、欠伸をしながら
「7号君、おはよ~。じゃあ早速行きますか!」
 と言い、少し伸びをした後、ゆっくりと街の外へと歩き出した。
 俺は、その背中に揺るがない決意なようなものを感じた。その背中を見失わないように、ゆっくりと歩み始めた。






「7号君は、東雲ちゃんにちゃんと別れは言えたかい?」
 前を進む三俣さんが呟く。俺が首を横に振るのを見ると、彼は
「そうか、7号君もか‥‥俺も妻に言ってなくてね」
 と少し後悔をしているような様子で言った。俺は、その姿に少し親近感を覚えた。不安や後悔、マイナスの感情を持ってしまうのは、死線を前にした生きたものとして正常な姿に感じた。
 長い沈黙の中、俺たちは目的地へと急ぐ。空の色が少しずつ明るさを取り戻してきた。もう少し早く出るべきだったか?そんなことを考えていると、多くの迷彩柄のテントが目の前に現れた。どうやら仮拠点についたらしい。
 何とか間に合ったと胸をなでおろすと、機械音を鳴らしながら、前方からロボットが現れた。
「オマチシテオリマシタ、ミツマタ様、7号様。コチラヘ」
 と無機質な声で出迎えてくれた。彼は、N型001。我が国の最新モデルのロボットだ。
 俺たちが、彼の後を追うと、周囲とは違って立派なテントの前に着いた。
「シキカン様二、クワシイサクセンヲ、オキキクダサイ」
 彼がそう言うと、そそくさと自身の持ち場へ戻っていった。小隊を組まず活動する俺にとって、他の型のロボットと話す機会はほとんど皆無だったが、あれほどまでに無愛想なものだったのかと少し驚いていると
「ああ、初期のP型以外はああいう感じだよ」
と三俣さんが教えてくれた。
自国の兵士の約6割がロボットに置き換わりつつあるが、その中で初期のP型と呼ばれる機体は、俺だけだった。なんとなく疎外感を感じたが
「いや~初期のP型は人付き合いも出来たんだけどね~」
と三俣さんが残念そうに話す。何か少し引っかかるような感じはしたが、俺たちは指定されたテントの中へと入り、作戦の概要を聞いた。






 澄んだ空に淀んだ空気、あちらこちらで聞こえる銃声と爆発音、いつも通りの戦場だ。
 俺は、敵の銃弾を掻い潜りながら愛銃をぶっ放す。壊した敵のロボットが出すバチバチという炸裂音、血を流しながら悲鳴をあげる敵の兵士。悪いが、今日の俺はすこぶる調子がいいらしい。
 敵を次々に殲滅していると、ふと路地裏に白いものが視界の端に見えた。俺は敵だと思い銃口を突き付ける。しかしそこにあったのは花だった。
 白くて美しい花‥‥こんな戦場でも咲くものなのか、俺は感心しながら銃口を下げる。
 この花を持って帰れば、彼女は喜ぶだろうか?そんなことを考えていると、ふと何かを思い出す。ユウガオ‥‥この花は、ユウガオだ!確か花言葉は‥‥
 思い出そうとしている俺の視界に、突如として黒い残像が現れ、鈍く光る切っ先が襲い掛かった。



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