上京して一人暮らしを始めたら、毎日違う美少女が泊まりに来るようになった

さばりん

ずるい幼馴染(春香3泊目)

 夕食を終えた後、片づけを済ませてお風呂に入った。
 今は自室で、寝間着姿にバスタオルを首に掛け、昼間読み漁っていたマンガの続きを読んでいた。
 
 春香は今日、俺の家に泊まっていくらしく、風呂に入った後、隣の大空の部屋で、二人仲良く女子トークに華を咲かせている。
 
 すると、ゴロゴロと外から不気味な音が鳴り響いてきた。

 閉めきったカーテンの隙間すきまから、顔を覗かせて窓の外を見ると、海上の方からピカピカと光る積乱雲せきらんうんが、こちらへ近づいてくるのが見えた。
 これは、一雨ありそうだな……。

 再び漫画に目を通していると、部屋の窓に当たる水滴の音が聞こえてきて、その音が徐々に強さを増し、天井にまで鳴り響くザァっという激しい雨音が聞こえてくるようになった。本降りの雨が降り始めたらしい。
 
 俺はきりのいいところで、一度漫画を読むのを止め、バスタオルを手に持って立ち上がり、部屋を出て1階の洗面所へ向かう。
 階段を降りている途中にも、ゴロゴロと雷の音が、さらにこちらへと近づいてきているのが分かった。

 雷の音に気を取りつつ、バスタオルを物干し竿にかかっているハンガーに掛けてから、洗面所横にある歯ブラシを手に取った。
 歯磨き粉を付けて、歯ブラシを口にくわえて歯を磨いていると、ドドーンという大きな雷鳴らいめいが鳴り響き、地響じひびきで家が少し揺れた。

 俺は思わずビクっと身体を強張こわばらせて、雷の様子を確認するように上を見上げる。
 もしかしたら、春香おびえてるかもしれないなぁ……。
 
 そんな心配をしつつ、歯を磨き終えてうがいをして、再び自室へ戻ると、雨音がさらに激しさを増し、風も出てきて窓をガタガタと叩きつけている。
 俺は部屋に散らかしっぱなしの漫画を本棚に戻し、納戸から布団を取りだして部屋に敷いて、寝る準備を整えた。
 
 何気なにげなくスマートフォンを手に取ると、トークアプリの通知が来ていた。
 メッセージは太田さんからで、『明日の出席を取るので、今日中に回答をお願いします』というメッセージと共に、出欠確認の投票が作られていた。
 俺は帰省していて、当然参加することが出来ないため、欠席の投票ボタンを押した。


 直後、ピカっと外からの雷光が部屋の中に差し込み、ドドーンという音が鳴り響き、現実へと意識が戻される。

 その直後、再びスマートフォンの通知を知らせるバイブレーションが振動した。見れば、愛梨さんからのメッセージだった。

『やっほーごめんね! 勝手にグループから友達申請しちゃった! 明日大地君なんで来れないの?』

 今思えば、愛梨さんに家も知られてて、なんなら同じ布団の中で寝泊りまでしてしまう関係で、『特別』とまで言われているのに、連絡先交換してなかったことに改めて驚く。

 俺は愛梨さんに返事を返す。

『別にいいですよ。今まで知らなかったのが不思議なくらいですし。練習に参加できないのは、今帰省中だからです』

 その後も、愛梨さんとのやり取りは続く。

『帰省してるんだ! 確か、北の大地だっけ? どのあたりに住んでるの?』
『言っても分からないかもしれないですけど、室蘭の辺りです』
『知ってるよ室蘭! へぇーあの辺りなんだぁー! あっ、そうそう! 大地君ってさ、ビーフシチュー好き?』
『唐突ですね……ビーフシチューには結構うるさいですよ? 母がやってるお店がビーフシチューうりにしてるので』
『大地君のご両親お店やってるんだ、凄い! なんていうお店なの?』
『【大地空だいちそら】っていうお店です。旅行雑誌とかにも掲載けいさいされてて、結構有名なんですよ』
『そうなんだぁ! 今度調べてみるね!』

 愛梨さんとのトークを楽しんでいると、コンコンと部屋の扉がノックされた。

「はい」

 俺が扉の向こう側へ返事を返すと、ガチャっとドアが開き大空が入って来た。そして、大空の隣にベッタリひっついて、腕を掴んだまま足をプルプルと震わせ、怯えた様子の春香が、一緒に部屋の中へと入ってくる。
 まあ、大体予想はしていたが……。

 春香は昔から雷が苦手で、嵐が来るといつも怯えて動けなくなってしまうのだ。
 にしても、中学三年生相手に躊躇ちゅうちょなく助けを求めて、なだめてもらっている大学生の春香。威厳ゼロだな……。

「はい、お兄ちゃんだよ、春香お姉ちゃん」
「大地ぃぃぃー!!」
「おわっ……」

 大空が俺を指差して春香をうながすと、涙目で春香が俺の元へ一目散いちもくさんって来て、そのまま抱き付いてくる。
 俺は春香を抱きとめて、よしよしと頭をでてやる。

「雷鳴りだしてから、春香お姉ちゃん、私の元から全然離れてくれなくてさ……」

 大空は相当疲れたらしく、げっそりと顔を引きつらせている。
 あっ、これ春香の世話が面倒になって、俺に押し付けに来たやつだ。

「ってことでお兄ちゃんよろしく!」

 先ほどまで疲れていた様子の顔は何処へ!?
 大空は舌をペロっと出して敬礼ポーズをとると、部屋のドアを閉めて、颯爽と自分の部屋へと逃げていく。
 
 なんと現金な……。
 こんな妹に育てた覚えはないんだけどなぁ……。妹の巧妙こうみょうさに頭を悩ませつつ、俺は春香に意識を戻した。

 春香は身体をプルプルと震わせ、相変わらず雷に怯えている。
 俺はふっと一息ついてから、春香の耳元で優しく声を上げた。

「大丈夫?」
「ダメ……無理……」

 必死に首を横に振り、ギブアップ宣言する春香。

「どうする、このまま一緒に布団入るか?」

 優しいささやき声で尋ねると、鼻をすすりながら、春香はコクリと首を縦に振った。

「よしっ、じゃあゆっくりでいいから、まずは布団の方に行こうな」
「うん……」

 春香の背中をトントンと叩いて、移動するぞと合図をする。
 春香は震える足で何とか動かして、部屋に敷いた布団の前まで移動する。

「先入ってな」

 一旦、春香は俺から身体を離し、さっと布団の中へ潜り込む。その間も、俺の足の裾を掴んで離さない。
 俺は、部屋の明かりを蛍光灯から伸びているひもを2回引いて、部屋の明かりを消す。
 
 ゆっくりとその場にしゃがみこんで、手で布団の位置を確認して、春香の隣へ忍び込むと、春香がすぐさま抱き付いてくる。
 
 お風呂上りのフワッとしたシャンプーの香りと、春香の女の子の甘い匂いが香ってきて、俺の鼻腔を刺激する。思わず思い切り息を吸い込んで、匂いを堪能したくなってしまう衝動しょうどうを抑えて、平静をよそおいながら、春香の背中に片腕を回して、ぎゅっと抱きよせる。俺の左肩に春香の顔を置かせて、もう片方の手で、頭を撫でて落ち着かせてやる。
 
 外ではゴロゴロと稲妻いなづまが鳴り続けており、しばらく収まりそうな気配はない。

 こうして怯えて雷に怯えて怖がる春香を抱きしめて眠るのも、久しぶりだなぁ……。
 感慨に浸りながら、しばらく春香の身体を抱きしめて、頭をポンポン撫でていると、ようやく落ち着きを取り戻してきたようで、震えが収まり呼吸も安定してきた。
 
 そんな中、俺は今日の夕食での出来事を思いだす。

 大空が言っていた、『春香が俺と結婚したい』という言葉の真意はどちらなのか? 
 春香は単なる冗談だと言っていたが、あの動揺どうよう具合や、恥ずかしがる様子を見る限りでは、全くの嘘とは到底とうてい思えなかった。
 もしかしたらコイツ……実は本当に……春香の頭を撫でながら、ぼおっと考えている矢先やさき。春香が声を上げた。

「大地……」
「ん、どうした?」
「その、ごめんね……」

 春香がか弱い声で、申し訳なさそうに一生懸命謝ってくる。いつもは口うるさいくせに、あどけなさを見せる春香に、俺はつい笑みをこぼす。

「別にいいって、気にすんな」

 そう言って、俺は背中に回していた手の力強め、春香をギューっと抱き寄せる。

「んっ……ふぅ……」

 春香が少し苦しいような甘いようなどちらともとれる息を吐いた。
 すると、春香は顔を俺の肩から離して、俺の顔色を窺ってくる。

「大地……」
「ん、どうした?」
「好き……」

 春香は恥ずかしそうにボソっと言い放つと、すぐにまた俺の鎖骨さこつ辺りに顔を埋めて、再び力を入れて抱きついてくる。

 俺は春香の今の行動に、唖然あぜんとして、口をぽかんと開けてほうけてしまう。

 今の春香の発言について頭をめぐらせる。春香の言う『好き』は、たしてどういう意味での「好き」なのだろうか? 

 幼馴染として? それとも雷が怖い自分を助けてくれたお礼としての感謝の意を込めた言葉? はたまた異性としての好意を持った意味での好きなのか……?
 
 俺はそんな春香の突然の言葉にドキっとさせられて、思考を巡らせ、ひたすら考えた。

 考え疲れて、答えが出ないと気が付き、ふと辺りへ耳をすませば。いつの間に雷鳴は鳴り止み、雨も小康状態しょうこうじょうたいになっていた。

 俺の首元では、スースーと寝息を立てて、春香が心地よさそうに眠りについている。
 
 春香が眠りについたことで、俺もようやく肩の力を抜いて、考えることを放棄し、眠りにつくことにした。

 全く、俺の幼馴染は本当にずるい女の子だ。

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