上京して一人暮らしを始めたら、毎日違う美少女が泊まりに来るようになった

さばりん

拗ねる綾香

 外国語の授業中、愛梨さんが一緒に行こうと誘ってくれたことで、ちょっと浮足立うきあしだっていた。
 偶然俺たちを見かけたから誘ってくれたのだろうか? 


 それにしても、俺が一番驚いたのは綾香がサークルに参加するということだった。


 綾香はただ詩織に連れられてきただけだと思っていたのに、どうしてサッカーサークルなんかに入ろうと思ったのだろうか?
 教室内で綾香の方へ視線を向けると、こっちに気を取られることなく真剣な表情で前を見つめて授業を受けている。 


 俺は視線を前に戻して、またも愛梨さんの事を考える。


 にしても、やっと愛梨さんと一緒にサークル活動が出来るのかぁー。
 頬杖を突きながら、無意識に頬がにやけてしまう。だが、ふと新歓の時冨澤先輩に言われた言葉が頭をよぎる。


「愛梨先輩は気を付けたほうがいいぞ。噂によるとサラリーマンの彼氏がいるとか、他のサークルの男子とラブホに行ってヤりまくってるとか、謎が多い人だから」


 やっぱり、そんな風には見えないんだよなぁ……
 表向きだけ見れば、愛梨さんは誰にでもフランクで人当たりのいい優しい先輩というイメージしかない。だがその裏に、詩織や春香が言うような何かめている裏の顔があるのだろうか?


 より謎が深まる愛梨先輩の真実が気になってしまい、結局授業は全く集中できずに終わってしまった。




 ◇




 授業終了を告げるチャイムが鳴り、先生が号令をして教室から出ていく。
 俺と綾香は、先ほど愛梨さんに言われた通り、待ち合わせ場所のカフェスペースへと戻った。


 カフェスペースの入り口の扉を開けて中へ入ると、まばらに残っている生徒の中に、スポーツウェア姿の愛梨さんを発見した。
 愛梨さんが俺たちの姿に気が付くと、小走りでこちらへと向かってくる。


「二人とも来たね」


 愛梨さんがニコっと微笑んで俺たちを出迎える。黒のウェアに身をまとい、髪を後ろに結びポニーテールにしている愛梨さんを見て、俺は思わず見とれてしまう。


「じゃ、早速向かおうか!」


 愛梨さんは、立ち上がって机に置きっぱなしだった荷物を取りに行き、俺達に手招きをしていた。
 そんな姿をただ眺めているだけだった俺に、とんと背中を誰かに押された。
 振り返ると、綾香がキョトンと首を傾げていた。


「どうしたの大地君? 早く行こうよ」
「あぁ、うん、そうだな。行こう!」


 こうして、俺達は愛梨さんに連れられて、活動が行われる大学近くの中学校へと歩き出した。




 ◇




 歩いている間、俺は授業中に考えていた、冨澤先輩に教えもてらったあの噂話を頭の中で思い出していた。
 愛梨さんに直接聞いてみてもいいのだろうか? いや、でもなぁ……そんなことを考えていたらふいに愛梨さんが首を傾げて口を開く。


「どうかしたの? そんなに真剣な表情で何か考え込んでるけど」
「え? あ、いや……」
「なになに? なんかあった?」


 俺が口ごもったような返答をすると、愛梨さんは、興味津々といったように身体を傾けて、俺の顔を覗き込んでくる。俺は視線を逸らして、しばし俯いて黙り込んでいたが、ふと頭に浮かんだ別の言葉を口にする。


「いやっ……何と言いますかその……髪型似合ってるなと思いまして」


 俺が言った言葉に、愛梨さんは照れたように頬を染める。


「や、ヤダなぁー、大地君は褒めるの上手なんだからー」
「いやっ、そんなことは……」


 なんて失言をしてしまったのだろう。そんなことを思っていると、愛梨さんが振り返って小悪魔的な表情を浮かべて俺を覗き込んできていた。


「もしかして、お姉さんに見惚みほれちゃった?」
「なっ……!」


 俺が咄嗟とっさにぷぃっと視線を逸らした先では、むぅっと頬を膨らませている綾香の姿があった。


「……ど、どうしたの綾香?」
「はっ!? べ、別に何でもない!」


 綾香にもぷぃっと顔を逸らされてしまい、俺が首を傾げていると、愛梨さんが短いため息を吐いた。


「全く、大地君は罪な子ね」
「へっ?」
「行こうか、綾香ちゃん」
「はい、行きましょ愛梨先輩」
「え?」


 俺は訳が分からないまま、なぜか意気投合した美少女二人の後を追っていくことしか出来なかった。




 ◇




 初めてのサークル活動は、驚きの連続だった。まずは、この前新歓で潰れてしまったことを太田おおた先輩と冨澤とみさわ先輩に謝った。二人とも全く怒ってはおらず、むしろ『大丈夫だった?』と心配までしてくれた。


 次に驚いたのは、借りている中学校の設備だった。更衣室が男女別に完備されており、温水シャワー付き、さらになんとグラウンドは人工芝。中学校で人工芝なんて……都内の学校はやはり違うなと感心する。


 そして、何より最も驚いたのは、愛梨さんのサッカーの実力だった。男子のプレーに引けを取らないほどのテクニックを持ち合わせており、ピッチでとても軽快に動き回り、パスやドリブルを披露していた。


「す、すげぇ……」


 思わずそんな感嘆の声が出てしまう、そんな一方で綾香はというと……。


 やはり有名女優ということもあり、初日から男性陣にもてはやされていた。


「綾香ちゃんパス!」
「綾香ちゃん、そこでシュート!」


 優しいグラウンダーのコロコロっと転がるパスを受けて、何度もシュートを打たせてもらっていた。まあ、そのボールを大きく空振りして恥ずかしそうに顔を抑え、皆から『ドンマイ』と言われていたのはご愛嬌。


 まさに、オタサーの姫状態。まあでもこのサークル、オタサーでもないし、綾香は元が良すぎるので、むしろとでも言ったところだろうか。


 すると、へとへとになった綾香が俺の元へとやってきた。


「疲れた!」


 そう言いながら、俺が座っている隣に座り込む。


「お疲れ様」


 俺はそう言って、綾香に持っておいてと頼まれた少し大きめのポーチを手渡した。


「ありがとう」


 そう言って、綾香は中からタオルを取り出して、顔に掻いた汗を拭きとる。
 そんな綾香が目にしたのは、目の前で華麗なテクニックでボールを操る愛梨さんの姿。


「愛梨先輩、サッカー上手だね」
「そうだな。思わず見とれちゃうよ」


 あれだけサッカーも上手く運動神経抜群で、美人でプロポーションも最高なら、愛梨さんはもう、サークルの王女を通り越して、と表現するべきだろうか?


 とにかく、いろんな意味で別格過ぎる。
 改めてとんでもない女性に、俺は好意を抱いてしまったのではないかとつくづく思ってしまう。


 俺がそんな憧れを含んだ眼差しで愛梨さんを見つめていると、ふと綾香が尋ねてきた。


「やっぱり大地君って、愛梨さんみたいな女の子の方が好きなの?」
「えっ、どうして?」


 急にそう尋ねられ、少々驚いたように綾香の方を振り向くと、ピンクと白のラインが入ったスポーツウェアで黄色のタオルを首にさげながら、髪を愛梨さんと同じようにポニーテールに結んだ綾香が、こちらを見上げるようにして、少し拗ねたように見つけてきていた。


「だって、愛梨さんの事ばっかり見てるし、さっきだってスポーツウェア姿可愛いですねって唐突に言い出すし。それに……私には何も言ってくれなかったし」


 綾香は最後の方は消え入りそうなぽしょっとした声で言って、そのまま視線を下に向けて俯いてしまう。
 あぁ……そういうことか。


 色々と察した俺は、一つ咳ばらいをしてから、綾香に向き直る。


「そのぉ……確かに愛梨さんにはあぁ言ったけど、綾香だってそのスポーツウェア姿も、俺からしたら新鮮味があって素敵だと思うし、髪型だっていつもと違うから、ちょっといいなぁって思ってる……ぞ」


 俺が気恥ずかしい気持ちを抑えて言うと、綾香は少し唇を尖らせて尋ねてくる。


「本当にそう思ってる?」
「うん」
「本当の本当に?」
「あぁ、すげぇ可愛いって思ってる」


 小恥ずかしい気持ちを耐えながらそう言うと、綾香はぽっと頬を染めて身をよじる。


「そっか、あ、ありがとう……」
「ど、どういたしまして……」


 何故か俺たちの間にむずかゆい雰囲気が流れる中、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。


「おーい、大地君もこっちでミニゲームやろうよ!」


 陽気な声で愛梨さんが手を振って俺を呼んでいる。
 俺はついつい綾香の方を確認してしまう。
 だが、綾香は朗らかな笑みを浮かべて答えた。


「行ってきなよ! 私は大丈夫だから」
「で、でも……」
「大丈夫だよ! 心配しないで、ね?」


 その綾香のにこやかな表情は、嘘をついているようには思えない。心なしか、どこかすっきりした表情にも見て取れる。


「大地くーん、はやくー!」
「はい! 今行きます」


 愛梨さんに急かされ、俺は立ち上がってもう一度綾香の方を見た。


「それじゃあ、行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい。楽しんできてね」


 綾香に見送られ、俺は愛梨さんがいる方へと向かって行く。


 にしても、綾香の奴。どうしてあんなこと聞いてきたんだろう?
 さっきの先輩たちにだって、かわいいとかきれいとか言われてたのに……。


 そんなことを考えつつも、俺は愛梨さんたちと、サッカーを思い切り楽しんだ。

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