上京して一人暮らしを始めたら、毎日違う美少女が泊まりに来るようになった

さばりん

買い物

 優衣さんと出会った後、午後予定通りに業者が来て、家電の搬入を済ませて、一通り家具を定位置に置いて、レイアウトを整えた。


 一段落着いたので、俺は部屋の中央に置いたローテーブルの前に座り、テレビのリモコンの電源ボタンをポチっと押す。カチっという音が鳴った後、液晶画面に番組が映った。


 映ったテレビでは、丁度ドラマの再放送をやっており、そこには女優の井上綾香いのうえあやかが映し出されていた。


 彼女は、子役時代からテレビ業界で活躍し、今でもドラマやバラエティーに引っ張りだこ。その、透き通った透明感あふれる立ち姿と顔立ち。そして、人の心を掴んだら離さない真っ直ぐな黒い瞳と、しなやかさ溢れる演技力に人々は魅了され、今では日本で知らない人はいないであろう清純派女優である。北の大地出身かつ同い年であったため、勝手に親近感を持っていたが、都内でこのようにテレビに映っている姿を見ると、改めて自分とは住む世界が違うであることを実感させられる。


 今冬ドラマの月9でやっているやつの再放送で、どうやら今日の夜最終回が放送されるため、先週までの話を午後の時間に再放送しているらしい。ドラマでは、井上綾香が演じている女の子が、主役の男の子を突然振っていた。


 そのシーンを見て、俺は嫌なことを思い出してしまった。


 俺はつい先月、付き合っていた一つ上の先輩に振られた。
 しかも、俺が都内の大学へ合格して、進学を決めた翌日のことだった。


 先輩に振られた理由は、『他に好きな人が出来た』というよくありがちな理由だった。


 既に都内の別の大学に進学して、一人暮らししている後を追って都内の大学へ進学することをモチベーションにしてきたのに、奈落の底に落とされた気分だった。


 先輩に振られてから、都内に上京するというモチベーションを保つのは難しかった。けれど、周りからの声もあり、逆にポジティブに捉えることにしたのだ。
 都内には、今テレビに映っているような可愛くて美人な清楚感あふれる井上綾香のような女性が沢山いるはず!


 だから、先輩よりも可愛い彼女を作って、絶対に見返してやると決意したのだ。


 俺は改めてその決意を再確認して、井上綾香が映っているであろうテレビへ視線を向けると、気が付けばエンドロールが流れていた。その映像の中で、井上綾香は涙を流していた。


 そして、最後に出てきた主人公に、抱きしめられ、『僕と、結婚してください』と言われたところで、ドラマが終わった。




 我に返り、ふと壁に掛けた時計を見ると、そろそろ夕食の準備をしなくてはいけない時間になっていた。


 初めての一人暮らしで、自炊したい気分だったので、近くのスーパーで、食材を調達しに行くことにした。


 玄関で靴を履き、ドアを開けて廊下に出ると、丁度優衣さんも隣の部屋から出てきた。部屋着なのだろうか、紺色の上下のスウェットを着て、だらっとした格好をしている。


 俺の気配に気が付いた優衣さんと目が合った。


「お? どこかお出かけ?」
「あ、はい。食材全然買ってなかったんで、近くのスーパーに行こうかと」


 俺が答えると、優衣さんは目を輝かせながら期待を込めた表情で見つめてくる。


「え、本当に? じゃあ、スーパーの場所とかわかる?」
「はい、わかりますよ」
「よかったぁ……」


 優衣さんは安堵した表情で、軽いため息をついて、俺に再び向きなおる。


「私もちょうど食材買いに行こうとしてたんだけど、方向音痴で迷子になっちゃいそうで。その、嫌じゃなかったら一緒にスーパーまで案内してくれると嬉しいかなぁ、なんて……」


 優衣さんは「えへへ」と照れ笑いを見せながら俺に頼んできた。


「別に構わないですよ」
「ホント!? ありがとー!」


 俺は特に断る理由もなかったので、あっさりと承諾した。優衣さんは俺にペコペコお礼を言いながら頭を下げてきた。


「本当にありがとね。あっ、何かお礼におごってあげるよ!」
「いや、いいですよそんな」
「いいの、私がそうでもしないと気が済まないの! それじゃ、レッツゴー」


 優衣さんは俺の元へ駆け寄って来て、手を掴んできた。一瞬何が起きたのか分からなかったが、そのまま優衣さんに手を引かれながら歩みを進める。
 全くこの人は……と、心の中で思いつつ、俺は恥ずかしさから顔を赤らめて俯きながら、優衣と一緒にアパートの階段を下りていった。









 スーパーに到着し、お互いに買い物かごを手に取り、各々買い物を始めた。キッチン用品は一通り揃えてあるので、あとは米や調味料など料理に必要な基本的なものをかごへ入れていく。


 今日は何を作ろうかと悩んでいると、隣から声を掛けられた。


「今日は何作る予定なの??」


 急に声を掛けられビクっと身体が反応した。声の元へ顔を向けると、優衣さんが俺のカゴの中身を覗き込むように見ていた。優衣さんの顔がすごく近くにあり、ふわっと優衣さんからいい香りが漂ってきた。俺は瞬時に、身体を半歩のけ反らせる。


「あ、いや特には何も決めてなくて……」
「そうなんだ」


 優衣さんは不思議そうな表情で、俺の買い物かごの中身を見ていた。


「料理とかしたことあるの?」
「まあ、両親が共働きで忙しかったので、よく夕飯は作ってましたよ」
「へぇ-」


 俺も優衣さんの買い物かごの中身を確認すると、かごの中にはまだ何も入っていなかった。


「あの……買い物しないんですか??」
「えっ!?」


優衣さんは少し身体をびくっとさせて半歩後ずさりし、何かを思い出したかのように手をフリフリしながら答える。


「あっ、いやぁ、夕食何にしようか迷っててさ、大地君と同じものにしよっかなぁと思って」
「なるほど、でも特にこれが食べたいとかなくて……」


 どうしようかと考えてると、優衣さんは「はっ!」っと、何かを思い出したように俺に尋ねてきた。


「そうだ! 大地君は、引っ越しそばってもう食べた?」
「え? 引っ越しそばですか?」


 そういえばどこかで聞いたことがある。引っ越した日に、そばを食べるといいみたいなことを。でも確か……


「あれって、ご近所とかに配るのが正しいんじゃなかったでしたっけ?」
「まあまあ、細かいことは気にしない気にしない! お互い引っ越してきたばかりだし、渡し合いっこみたいな感じでどう? よかったら一緒に食べない? 引っ越しそば」


 予想外な優衣さんからの提案と、彼女の無邪気な笑顔に、俺は気が付いた時には、首を縦に振っていた。そりゃ、こんな綺麗な人に、そんな素敵な笑顔で言われたら頷いちゃいますよ。


「じゃあ、早速そばを買おう!」


 優衣さんはそう言って、また俺の手を掴んで無邪気に引いていき、買い物を続けた。



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