元魔王の人間生活

月田優魔

番人

「よくぞここまで辿り着いたな」


 白骨死体から声が聞こえる。


「何者だ?」


 睨みつけるように警戒しながらガゼルが訊ねる。


「私の名はハイム・カースト。この迷宮の番人である」


 ガゼルはその名前に違和感を覚えた。どこかで聞いたことがあるような名前だったからだ。しかし、どこで聞いたか思い出せず、そのまま流す。


「番人がオレに何の用だ?」


「迷宮を攻略した君たちには話さなければなるまい。私がなぜここにいるのか。そして、これから先の君たちの使命を……」


 そうしてハイムは話しだした。


「この世界が黒死獣に支配されているのは知っているな?」


「いや」


「………え?」


 いきなり話の腰を折られてハイムは言葉が出ない。


「ガゼルさん、そんなことも知らないんですか?」


 今まで黙っていたミアが話に入ってくる。


「悪いな。常識を超えた世間知らずで………」


「………」


 ハイムもミアも呆れてものも言えなくなっていた。


「………仕方ない。一から説明しよう」


 ハイムは気を取り直して説明を続けた。










「………本当なのか?」


 説明を聞き終わったガゼルは思わずハイムにそう訊ねた。


「本当だ。今言ったことに嘘偽りはない」


 ガゼルは確認のためにミアの顔を見る。


「ほ、本当です」


 ハイムの説明したことを要約すると、今から999年前突如としてこの世界に現れた巨大な黒い化け物、それが黒死獣。黒死獣は増えすぎた人類を減らすかのように人間を食らいどんどん数を増やしていった。当然人類も黙っているわけもなく、人類と黒死獣の激しい戦争が起こるが、驚異的な再生能力の前に為す術をがなかった人類は黒死獣に敗北した。残された人類は、黒死獣を寄せ付けない特殊な磁場が発生する島、ゲヘナ島に逃げ込み、そこで生活しているという。
 転生前の人間界の様子との違いにガゼルは驚きを隠せなかった。


「それで、人間はどれぐらい生きているんだ?」


 事情を知っているであろうミアにガゼルは訊ねる。


「黒死獣が現れる前と比べると1000分の1まで減少したと言われています」


「1000分の1か…………」


 ガゼルは少し気の毒に思った。
 転生前は人間のことなど何も考えずに殺していたが、ミアと出会って人間にも意思があり感情があることを知り、人並みの仲間意識を持っていたからだ。


「そこで君たちに頼みがあるのだ」


 ハイムがタイミングを見て本題を切り出す。


「これから迷宮攻略者の君たちに大いなる力を与える。その力で黒死獣と戦い人類を救ってほしい」


「断る」


「…………え?」


 変な空気が二人の間に流れる。


「『え?』じゃねぇよ。断るって言ったんだ」


「で、でも今のは流れ的に、『任せてください!』ってなる流れでは………」


 ハイムがあたふたした声で呟く。


「流れなんて知るか。オレは、後悔せず自由に生きると決めたんだ。そんな面倒くさそうなことをやるなんて、冗談じゃない」


「わ、私もできれば戦いたくないです。黒死獣と戦ったら私なんて一瞬で死んでしまいます」


 ミアもガゼルと同じ意見のようでガゼルに続く。


「困っている人を救うのが、力ある者の使命だと思うのだが………?」


「使命だろうと宿命だろうと運命だろうとオレの知ったことじゃない。オレの自由を邪魔するヤツは誰であろうとぶっ殺す」


「な、ならば、どうして迷宮に挑み、力を得ようと思ったのだ?」


 迷宮に挑み力を得ようとするのは世界を救う為、という固定概念があるようでそんなことを訊いてくる。


「オレ達は道に迷ってここに来ただけだ」


「み、道に迷ったって………」


 信じられないといった口調で思わず声を漏らすハイム。


「期待に添えず、すみません……」


 ミアが申し訳なさそうに頭を下げる。


「………いや、構わん。道に迷っただけなのなら仕方あるまい。………そうか………そういうこともあるか…………」


 ハイムは独り言のようにブツブツと呟く。


「せっかくレリシアと迷宮を造ったのだが、無駄骨だったかな………」


 この言葉にピクリとガゼルが反応する。


「ちょっと待て。レリシアって………お前勇者の仲間なのか?」


「そうか………私が何者なのか教えていなかったな」


 ハイムがゆっくりと説明し始めた。


「私は勇者軍魔王討伐隊大神官の一人、ハイム・カースト。今から1000年前に人間界に現れた魔王ヴァルヘイム・レイ・ヴァルキュリアを倒した勇者軍の一人だ。魔王を倒した1年後に現れた黒死獣に危機を感じた我々は後世に力を残す為に迷宮を造り、そこの番人となった」


 この時ガゼルは、ハイムの名前を聞いた時に感じた違和感の正体に気づいた。前世の自分を倒した勇者軍の一人ならばその名前ぐらい聞いたことがあっても不思議ではない。


「なるほど。だから黒死獣を倒すことが攻略したオレ達の使命というわけか」


「迷宮の番人になってしまった私は世界に直接干渉できない。故に誰かに託すしかないのだ」


 それを聞いてもガゼルは黒死獣と戦う気にはなれなかった。


「悪いな。頼みを聞いてやれなくて」


「構わん。道に迷っただけの君たちにこんなことを頼むのはお門違いだと理解している。それに、自由を求めるならば黒死獣と戦う機会もあるかもしれないし………」


「変な期待はするなよ」


 二人の間に和やかな雰囲気が流れる。


「あのぉ〜、お話し中申し訳ないのですが、私たち地上に戻れるのでしょうか?」


 今まで黙っていたミアが痺れを切らしずっと気になっていたことを訊ねる。


「そのことなら心配ない。私が送り届けよう」


「よかったぁ」


 ミアがホッとした安堵の表情を浮かべる。
 ガゼルとミアの足元に大きい魔法陣が現れる。


「カースト迷宮を攻略した君たちには力を授けよう。地上に戻り使ってみるといい。………さらばだ」


 ガゼルとミアの身体が魔法陣に吸い込まれ、消えた。

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