魔法学院の裏の魔法使い

月田優魔

疑念

 オレは部屋の壁にもたれかかり休んでいた。
 ミレイ先生が近づいてくる。


「随分こっぴどくやられちゃったね」


「やっぱり首席には敵いませんでしたね」


 ミレイ先生が首をかしげる。


「負けるって分かってたの?」


「首席に勝てるわけありません。あれはオリビアを納得させるために受けただけです」


 用も済んだのでオレは特別演習室を後にすることを決める。


「それではオレはこれで失礼します。審判ありがとうございました」


 頭を下げて礼だけ言うと特別演習室を出た。
 廊下に出ると生徒会長のキース・グランハルトが待っていた。
 会釈だけして通り過ぎようとする。


「レイヴァルド、話がある。少し付き合え」


 突然声をかけられて少し困惑する。
 断ろうかとも思ったが、有無を言わせぬ眼光がこちらを捉えて逃がさない。


「……手短かにお願いします」


 断れそうにないのでやむなく了承する。


「歩きながら話すぞ」


 キースが先に歩き出しその後ろをオレが続く。
 世間話をするような間柄ではないオレたち。
 気まずい空気が漂う。
 放課後の誰もいない静かな校舎を2人の足音が響く。
 少ししてキースがようやく口を開く。


「さっきの試合、手加減してただろ」


「してません。何故そう思ったんですか?」


 そう思った根拠を訊ねる。


「根拠はない。言うなれば経験と勘だ。で、どうなんだ?」


 訝しげな視線でこちらを睨みつける。


「全力でした。手を抜いたりしたら相手に失礼でしょう」


「白黒つけると言っていなかったか?」


「戦えば負けるというのを白黒つけただけです」


「……そうか。それならそれでいい」


 一定の納得はあったようで会話を切り上げる。
 オレは変わらずキースの後ろをついて歩く。


「お前はこの世界のことをどう思っている?」


 抽象的な質問に何と答えたものかと悩んだが、すぐに考えをまとめる。


「残酷だと思います。力が無ければ生きることすら許されない、そんな世界です」


「その通りだ。世界のほとんどは黒死獣と呼ばれる生物に支配されている。人間が生きることができたのはこのゲヘナ島と呼ばれる島の中だけ。この島には黒死獣は入って来られないからな」


「そうですね。それだけが救いです」


 人間はこの島の中から出ることはできない。
 世界から見たらこの島は小さな鳥かご。
 その中に人間は囚われている。


「何でこんな話になったんでしたっけ?」


「ちょっとした気の迷いだ。時間をとらせたな」


 キースはそのまま足早に廊下を歩いていった。
 まったく、何の真似なんだか。
 オレも寮へと帰るべく足を早めた。










 次の日の昼休み、約束していたオリビアと食堂で食事をしていた。オレとクシェルが並んで座り、その向かい側にオリビアが座っている。
 オレと話したくないオリビアだったが約束は約束なので一緒の席に座っていた。


「それでクシェルさん、話って何かしら?」


 開口早々オリビアがクシェルに訊ねる。
 前置きなしのいきなりの質問で意味が分からずクシェルはオレに視線を向ける。


「クシェルが聞きたいことがあるってオリビアに言ってたんだ」


「そうだったんだ。うん、聞きたいことがあったんだよね。オリビアさんはどうやってそんなに強くなったの?」


「どういうことかしら?」


 オリビアが質問の意味がわからず逆に訊き返す。


「どうやって首席になるまで強くなったのか知りたいの。私も自分の身を自分で守れるくらいに強くなりたいから」


「それは努力するだけよ。あとは才能の部分も否定しないわ。魔法の才能は血統に依存するもの」


 魔法の才能は親から受け継ぐことが多い。
 逆に言えば、親以上の力を身につけることは難しい。
 生まれながらにその力は決まっている、非情なまでに残酷な世界。


「……そっか。そうだよね」


 どこか寂しげな瞳でうなずくクシェル。
 何かに期待して諦めたような、そんな表情だった。


「納得いく答えを貰えたか?」


「うん。ガゼルありがとう、この場を用意してくれて。自分の中で答えが見えた気がする」


 聞きたいことを聞けたようでクシェルは満足していた。
 この程度でいいならお安い御用だ。


「話はそれだけかしら?」


「あ、うん、ごめんね。こっちの用事に付き合ってくれて」


 それを聞くとオリビアは食事の乗ったお盆を持って席を移動しようとする。


「一緒に食べたらどうだ?」


 オレがそう言うとあからさまに機嫌を悪くする。


「私は1人が好きなの。今日食堂に来たのもクシェルさんの話が気になっただけ。話が済んだら用はないわ」


「そう言わずに、座ってるだけでもいいぞ」


 オリビアはこちらが引き止める意味が分からず眉をひそめる。


「あなた何が目的?どうして私に構うの?」


 さて、何て答えたものか……。


「おい、お前ら」


 威圧的な声が聞こえて振り向くと昨日絡んできたミハエル・スタベストが取り巻きと一緒にこちらを見下ろしている。


「何ですか?」


「邪魔だ、そこをどけ」


 昨日と同じで嫌がらせを受ける。
 明らかにオレに目をつけている。
 諦めて大人しく席を立とうとすると、


「その必要はないわ」


 オリビアの声がオレたちの間に割って入る。


「この人たちの言っていることは明らかに理不尽よ。席を譲る必要はない」


 分かってはいたがオリビアはハッキリと言う性格のようで真っ向から否定する。
 こういう時、オリビアの性格は頼もしい。


「誰だお前。お前なんかに用はない。引っ込んでろ」


 ミハエルがオリビアに威圧的に距離を詰めていくがオリビアは引き下がらない。


「目に入った以上見過ごすわけにはいきません。あなたたちの言っていることはめちゃくちゃです」


「それが俺のやり方だ。誰にも文句は言わせねぇ」


 視線がぶつかり合い激しく火花を散らす。


「俺はガゼル・レイヴァルドに用があるだけだ。首を突っ込んでくるならお前も可愛がってやろうか?」


 ミハエルがオリビアの頰に手を伸ばす。
 パンッ、とオリビアはそれを手のひらではたく。


「触らないでもらえますか。穢らわしい」


「あ?」


 それが相当気に障ったようでミハエルのこめかみに血管が浮き出ている。


「生意気だなお前。ぶっ潰すぞ」


 ミハエルがオリビアの胸ぐらを掴み上げる。
 今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気に周りから視線が集まる。


「どうします?殴りますか?」


 挑発するオリビア。許可なく戦うことは禁止されている。


「………チッ」


 ミハエルは掴んでいた手を放す。


「オリビアとかいったな。覚えてろよ」


 そう吐き捨てるとミハエルは去っていった。
 緊張していた空気が緩む。


「大丈夫か?」


 怪我はなさそうだが一応オリビアに訊ねる。
 オレとクシェルは静かに席に座っていた。
 刺激しない方がいいと考えたからだ。


「余計なお世話よ。私が彼の態度が気に入らなかったから言っただけ。あなたのために言ったわけじゃない」


 どこまでも無愛想なオリビア。


「オリビアさん、ありがとう」


「お礼を言われるようなことは何もないわ。クシェルさんの話も終わったし、私はこれで失礼するわ」


 オリビアはそのままどこかに行ってしまった。
 その後ろ姿をオレは見送る。
 彼女のおかげでミハエルを撃退することはできたが逆撫でする結果になってしまった。
 ミハエルの捨て台詞からもそれはわかる。
 今回のことで決定的に目を付けられることになるだろう。
 そう、オリビアがな。

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