ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア1056~1078

(1056)
 アフレル「ここか……」 アフレルは赤坂にいた。建物が込み入っていて、地形の起伏もあって、なんだかゴチャゴチャした印象を受ける場所だ。ミギノウエの住居は、4階建てのこじんまりとしたマンションだった。アフレルはお土産のエイリアン漬けを握り締め、意を決してエントランスに入った。


(1057)
 インターフォンなどという前時代的なものはない。アフレルはミギノウエにリプライした。アフレル「ごめんください」 やや、間を置いて返事が来た。ミギノウエ「はい、どちらさまで?」 アフレル「ノルコとワクの父のアフレルです。子供らがお世話になっているようなので、ご挨拶にきました」


(1058) 
 すぐにロックが解除され、アフレルは部屋に通された。ミギノウエ「これはわざわざ……。ご覧の通り、お客をもてなす部屋もないものですから」 アフレル「いえいえ、長居はしませんので。これ、つまらないものですが」 と言ってエイリアン漬けを渡すアフレル。ミギノウエは少し困ったようにまばたきをした。


(1059)
 彼の住居は1Kで、おそらく10畳もないだろう。玄関にいながら部屋の中が丸見えだった。部屋はこの上なく閑散としていて、絨毯とコタツとタンスしかなかった。生活感がまるでなく、窓は分厚い遮光カーテンでさえぎられている。アフレル「お一人で暮らしているんですか?」 ミギノウエ「ええ、そうです」


(1060)
 ミギノウエ本人の容貌は、初老の男性といった風情だった。髪には白髪が混ざり、丸メガネをかけており、ボヤっとした印象を受ける。しかしまだ30代なのだ。アフレル「ゲンお爺さんと知り合いだったとか?」 ミギノウエ「ええ、懐かしいですねえ。よく色んなことを教えていただきましたよ」


(1061)
 アフレル「生前はお世話になりました」 ミギノウエ「いえいえ、こちらこそ。この間いきなりゲンさんが呟かれた時はビックリしましたよ。娘さんなんですよね?」 アフレル「ええ、僕の娘がやったことなんです」 ミギノウエ「ええ……いやあ、すっかりアフレルさんにご挨拶するのを忘れてて、申し訳ないです」


(1062)
 まったくだ。とアフレルは思ったが、胸のうちに留めた。そして話題を切り替えた。アフレル「お仕事はプログラマーをしておられるとか」 ミギノウエ「ええ。といっても在宅ですが」 アフレル「在宅? ここで仕事をしているんですか?」 そしてチラと部屋を見た。仕事道具のようなものは一切ない。


(1063)
 ミギノウエ「はは、仕事場には見えませんよね。でも、僕らの仕事は殆ど道具を必要としませんから」 アフレル「そうなんですか……」 バイオツイッターに開発ソフトを直接組み込んでプログラミングするので、現代のプログラマーが情報機器に触れることは殆どない。


(1064)
 ミギノウエ「僕らの職業はよく魔法使いに例えられますね。実際こんな何も無い部屋で黙々とアプリを操作している姿は、何か魔術的な儀式をしているようにも見えるでしょう」 アフレル「ふむふむ」 必要なのは道具ではなく知識だということだ。クサヨシさんもそんなふうにエイリアン発見器を作ったのかなとアフレルは思った。


(1065)
 アフレル「ここでの暮らしは長いんですか?」 そう聞くと、ミギノウエは一瞬考え込んだ。アフレルがこの質問した目的はそれとなく『実家はどこか』と聞くためだ。まさか『実家はなんたら星雲のうんたか星です』とは言ってこないだろうけど。ミギノウエ「大学を出てからずっとです。僕は早くに親を亡くしたもので……」


(1066)
 アフレル「えっ?」 予想外の返答だった。アフレルは、もっと彼の身の上について調べてくれば良かったと思った。その気になれば、役所のTLを通じて、明治の初め頃まで家系を辿れるはずなのだ。ミギノウエ「母は僕を産んだとき40を過ぎていて、僕が16のときに病気で……」 アフレル「ああ……」


(1067)
 ミギノウエ「父は僕が物心つく前に亡くなったらしいのですが、母は最後までその死因を教えてくれませんでした」 アフレル「調べることもできなかったんですか?」 ミギノウエ「ええ、父はツイッターを入れていなかったんです。もちろん父の両親も」 アフレル「そうだったんですか……」


(1068) 
 ご親戚は? とアフレルは聞きたかったが、話しぶりからして、おそらく居ないか疎遠であるかのいずれかだろう。ミギノウエ「でも、良い世の中ですよね。血縁を失っても孤独になることがないんですから」 アフレル「え?」 ミギノウエ「部屋から一歩もでなくても、友達100人つくれるんですからね」


(1069)
 その100人のなかに、ノルコとワクも含まれるのだろう。今の世の中、孤独になることほど難しいことはないのだ。ミギノウエ「だから全然寂しかったりはしないんですよ?」 そう言ってミギノウエはニコリと笑った。アフレルも引っ張られるようにして笑った。ぎこちなく笑った。


(1070)
 その後アフレルは、どうでも良いような話題でしばし話し込み、握手までしてミギノウエの部屋からおいとました。アフレル(……とてちてたー) アフレルは思考を整理するために、近くのコーヒーショップに入った。そしてシナモンロールとキャラメルラテを注文した。カロリー警告を受けたが無視して席についた。


(1071)
 アフレル(いま、僕の脳はブドウ糖に飢えている……) アフレルはひとしきりシナモンロールをモグモグし、キャラメルラテで流し込んだ。だいぶ血糖値があがってきて、停滞ぎみだった脳回路がぐんぐんと回転数を上げていった。アフレル(結論から言おう、ミギノウエしは宇宙人であっても『おかしくない』)


(1072)
 早くに両親を亡くして、若くして白髪頭になった人のことを、エイリアンだと疑うことはあんまりではないか? アフレルはそう思っていたが、シナモンロールを食べたことにより考えを変えた。アフレル(あの人のことを、可愛そうな人だと決め付ける権利は誰にも無い!) ゆえに宇宙人と疑うことに問題などない。


(1073)
 アフレル(それに、こんなに綺麗さっぱり親戚関係の無い人はそうそういない!) それこそまるで、エイリアン達が自分の都合のために、お役所のデータを改ざんしたのではないか思われるほどに、彼の4親等以上の人とのつながりが、綺麗さっぱりないのだった。アフレル(かといって宇宙人と決まったわけではないんだけど……)


(1074)
 なにか地球人らしからぬ行動でもしていれば、まだ宇宙人と疑う余地もあるのだけれど。アフレル(うーん……) アフレルはミギノウエ氏のことをよーくよく思い起こした。なにか変な所はなかっただろうか。地球人らしからぬような、人間らしからぬような……、はたまた生物らしからぬような……何か。


(1075)
 人間に必要なもの……衣・食・住。ミギノウエ氏の部屋にあったものは、絨毯とタンスとコタツ。キッチンも使われた痕跡がなく、綺麗なものだった。そういえばゴミ箱も無かった。ちょっとそれは、人間らしからぬことではなかろうか? 生きていれば、何かしら廃棄物が出るものだ。


(1076)
 アフレル(どこで食事をとってるんだろう?) そう思って調べてみると、行き着けのパン屋があることがわかった。そこで朝と晩にベーグルを一個買って、近くの公園で食べるらしい。アフレル(……すごい小食な人だ) そして変わった人だ。排泄物の量も、きっと少ないに違いない。


(1077)
 アフレル(何とかして調べられないかな……) はしたないとは思いつつ、アフレルはその方法を探った。そして水道局のTLにアクセスし、ミギノウエの部屋の下水道使用量を調べた。異常な数値ではなかった。しかし。アフレル(上水道使用量とぴったり一致している……!) アフレルは思わず立ち上がった。


(1078)
 キャラメルラテを飲み干すと、アフレルはミギノウエがいつも食事を取る公園へと向かった。そしてそこで夕方の5時まで待った。やがてミギノウエがベーグルを持ってやってきた。ミギノウエ「ああ、いたんですか」 アフレルは腹を決めて言う。アフレル「ミギノウエさん、あなたは宇宙人ですね」 彼はにべもなく……。ミギノウエ「バレましたか」 と言った。





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