ツイートピア

ナガハシ

ツイートピア1015~1034

(1015)
 ノルコは算数の授業を受けていた。得意科目の一つで、いつもならあっという間に過ぎてしまう時間なのに、ノルコの表情は今ひとつ冴えなかった。ノルコ(……ふう) ため息をつくもツイートにはならない。ノルコの視線はまっすぐヤマオ君の席に向けられていた。ヤマオ君は、今日はお休みだ。


(1016)
 先日、山奥の岩の中からヤマオ君のお父さんが発見されたらしく、お母さんと二人で看病に行っているらしい。ノルコ(お父さん……無事に目を覚ますといいね) そしてまたため息を一つ。ノルコ(……聞きたいこと、沢山あったんだけど) そしてまたため息。ノルコ(……おうどん食べたい) ため息。


(1017)
 今日の午後一時から、ミタ・セイ氏本人による法案説明がある。ノルコもそれに参加しなければならない。バイオツイッターによる通信会議なので、どこで何をしていてもかまわないのだが、一応ちゃんとした場所で議論に参加した方が良いということで、校長先生が特別に校長室を貸してくれることになっている。


(1018)
 校長室には立派な木製の机と、真っ黒でツヤツヤした本革の椅子がある。高そうな花瓶とか絵とかも飾ってある。コーヒーサーバーもある。お茶も飲み放題。まさにいたれりつくせりだ。担任の先生と、校長先生と、お母さんが付き添ってくれるのだから、きっと何も心配することはない……はずなのだが。


(1019)
 ノルコ(なぜこの宇宙にはトイレというものが存在するのか?) ノルコはトイレ法について考えに考え続けた結果、宇宙そのものの概念にまで思いを馳せるまでになっていた。今、ノルコの精神は、虚空の果てに宙ぶらりんだ。ノルコはチャイムがなったのにも気づかず、ぼんやりとしたままだった。


(1020)
 ルイ「おーいノルー」 しかし返事がない。 ルイ「ノルコー?」 やっぱり返事が無い。ルイ「飯の時間だぞ! ノル!」 そう言われてお腹がグウとなり、ノルコは我に返った。ルイ「やっと気づいたか……そんなに考え込むなって、ほら、手洗いにいくぞ!」 ノルコはコクンと頷いて手洗い場へと向かった。


(1021) 
 ルイ「私は反対だな、トイレ法」 石鹸で手を洗っていると、突然ルイがそう言った。ルイ「昨日さ、気になってミタ・セイって人のこと調べてみたんだ。凄く……立派な人なんだろうけど、なんかこう……引っかかるんだ」 ひっかかる? ルイ「上手くいえないんだけど、言うことが不自然でぎこちないんだよ」


(1022)
 ルイ「法律うんぬんとかいう話だけじゃなくて、その法律作ったヤツの性格とかもきっと大事なことだと思うからさ、今日はノルコ、そこんとこちゃんと見ておいたほうがいいと思うぞ?」 ノルコはしばし洗う手を止めて考え、そしてルイに向かってコクリと頷いた。そのとき――。


(1023)
 セイ「もっともな意見! 呟音小学校の子供達はなんて聡明なんだろう。ねえ、先生!」 ノルコとルイがビックリして振り向くと、そこには輝くようなグレーのスーツに身を包んだ男、ミタ・セイと、明らかに狼狽した表情で、冷や汗をぬぐう校長先生の姿があった。ルイ「ぅえ!? えええ!」


(1024) 
 コウチョウ「……アワワ、なんと申してよいやら」 ルイ「む、むぐぐ……」 蛇口から流れる水の音だけが、ジャージャーとあたりに響いていた。セイ「いえいえ、良いんですよ、いきなり来たこっちの方が悪いんです。改めまして、私、ミタ・セイといいます。トイレ法の発案人の。今日はノルコさんにご挨拶に来たんですよ」


(1025)
 ノルコはしばしセイの顔を見上げた。第一印象は「意外と子供っぽい」だった。社長というからには、もっと凄みのある人だと思っていた。しかし、今目の前にいる人は、ノルコから見て大人というよりは、むしろお兄さんといった印象だった。セイ「あ、どうぞどうぞ、手、洗っちゃってください」


(1026)
 ノルコは会釈だけすると、せかせかと石鹸を洗い落とし、ハンカチで手を拭いた。コウチョウ「セイさんは、こうしてわざわざ議員全員に会って回ってらっしゃるんだよ」 ノルコはセイと目を合わせると、今度は深々とお辞儀をした。セイ「確か君はいま、つぶやけない状態にあるんだったね」 ノルコは頷いた。


(1027)
 セイ「きっと、とても不便な思いをしているだろうね。でも必ず良くなる。大丈夫さ!」 そう言ってセイはニッコリと笑った。一点の曇りもない、完璧なスマイルだった。そして握手を求めてきた。セイ「僕も、もっと世の中を良くしていけるよう頑張るからね」 ノルコがその手をとると、セイはしっかりと握り返してきた。


(1028) 
 セイ「うん。まだ小学生だというのに、君はとてもしっかりした人だ。議員に選出された理由がわかる気がするよ」 ノルコはブンブンと首を振った。謙遜したのだ。コウチョウ「セイさんはとてもお忙しい。すぐ次に行かなければいけないんだ。今のうちに、何か聞いておきたいことがあるかい?」


(1029)
 そこで校長先生はアッと口を塞いだ。コウチョウ「ノルコ君、呟けないんだっけか……ごめんごめん」 校長先生のウッカリは今に始まったことではないので、ノルコ達はウフフと笑ってやりすごした。ルイ「はいっ! はいー! ノルコに代わって質問していいですか!」 セイ「おお、なんだい?」


(1030)
 ルイ「今日の朝ごはんは何を食べたんですかっ?」 セイ「ええ?」 コウチョウ「ちょっ、ルイ君?!」 ルイ「え、いや……社長さんの朝ごはんってどんなかなーって、えへへ」 ルイがそう言うと、セイは笑った。セイ「ははは! これは面白い質問だ。初めてされたよ、驚いた」


(1031)
 セイ「パンとハムエッグとサラダだよ。普通だろ?」 ルイ「奥さんの手作りなんですか?」 セイ「いや、残念ながらまだ独身なんだよ。サラダは出来合いのものだけど、ハムエッグは自分で焼いたんだよ」 その時、ノルコのアホ毛レーダーがピーンとバリ立ちになった。ノルコ(どのように焼いたのです!?)


(1032)
 朝から自分でハムエッグを焼く人となら、きっといい友達になれるとノルコは思った。少なくとも……そのときは。ルイ「料理が好きなんですか? うちのパパは独身時代、ずっとお店で食べてたって」 セイ「僕も一人暮らしは長い方でね、でも外で食べるのはあまり好きじゃないんだ。食事は家でゆっくり取りたいタイプなんだよ」


(1033)
 セイ「他に質問は無いのかな? 食事の話しかしてないけど」 ルイ「うーん……、えーと……、いえ、特に思いつきません!」 セイ「ははは、だいたい仕事のこととかで質問攻めにされちゃうんだけどね……。何だか気持ちが楽になるよ。暇があるときに、またゆっくり話そうね! じゃあノルコさんはまた後ほど」


(1034) 
 セイは校長先生に案内されて、その場を去って行った。ノルコらはその姿をしばし見送った。そして幾つかの視線に気づいた。ルイ「むっ?」 廊下の影からレイタを含む数人の男子がこっちを見ている。レイタ「……ノルコすげー、まじすげー!」 ユタカ「セイジカだ!」 コウ「モノホンだ!」





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